嘘と拘束

クリーニングに出した制服も戻ってきて、今日からまた制服で登校だ。


そして、一人で学校に向かっている最中、後ろから芽衣さんが声をかけてきた。


「輝久! おはよう!」

「おはようございます!」

「学校まで一緒に行こ!」

「あ‥‥‥はい」


やばい、非常にやばい。

この光景を結菜さんが見たらゲームオーバーだ。


「そういえば、輝久はなんでM組に来たの?」

「僕は、いじめの罪をなすりつけられたんです」

「なにそれ酷い! ていうか今、僕って言った! 罰ゲームだ!」

「い、今のは間違えただけで!」

「結菜、いつも学校来るの早くてさ、多分今日も既に教室で本読んでるから、それを奪って男子トイレまで持ってこれたら罰ゲーム終了!」


この女、やる気満々だー!

終わったー!





学校に着くと、芽衣さんは男子トイレの前で楽しそうに言った。


「それじゃ、私は男子トイレの中で待ってるから、本を奪ってこーい!」

「は‥‥‥はい‥‥‥」


教室に入ると、やっぱり結菜さんは本を読んでいた。


「お、おはようございます」

「おはようございます」


僕は席に座る振りをして、結菜さんの手から本を奪って男子トイレに走った。


あー、いい人生だった。

きっと僕は死ぬだろう。

なんかもう、どうでもよくなってきた。


男子トイレに入ると、芽衣さんはニヤニヤしながら、僕の手から本を奪った。


「でかしたぞー! 結菜はどんな本読んでるのかな? 【拘束のやり方】悪趣味すぎー。結菜に変なことされたら私に言いなよ?」


拘束!?

僕を拘束するため!?絶対そうだ!

ま、まぁ、あんな美人な人にされるなら、ちょっと悪くない気も‥‥‥。


「あ、うん、ありがとうございます」

「それよりさ、今日一緒に帰らない?」

「い、一緒に!?」

「だって彼女いないんでしょ? 私が輝久にいろいろ教えてあげる!」


いろいろって、あんなことやら、こんなこともですか!?

いや、下校中にされるのはマズイ。

いやいや、待つんだ輝久。

結菜さんと付き合ってることを言わないと!


「ぼ、俺、結菜さんとつ‥‥‥」


本当のことを伝えようとした次の瞬間、トイレのドアが開いた。

ドアを開けたのは結菜さんだった。


怒っていると思った結菜さんは、嬉しそうな表情を浮かべている。


「私と追いかけっこしたかったのよね。可愛い‥‥‥輝久くん‥‥‥可愛いです♡」


そう言いながら男子トイレに入ってくる結菜さんと、丁度、ドアの陰で結菜さんの視線から見えていなかった芽衣さんの目が合う。

そしてトイレのドアが閉まった‥‥‥。


終わったー!

今からここで誰か死ぬやつだー!


結菜さんは明らかに怒った表情を浮かべ、芽衣さんを睨んでいる。


「なぜ芽衣さんがその本を持っているのかしら」

「輝久とゲームしてたんだよ」


結菜さんは怒った表情から無表情に戻し、僕を見つめた。


「輝久くん、先に教室に戻っていてください」

「は、はい!」


僕はトイレを飛び出した。

助かったー!

僕生きてるー!!

やっぱり神様はいるー!

でも‥‥‥芽衣さん大丈夫かな。

さすがの結菜さんでも、学校で変なことはしないか‥‥‥。



***



輝久が不安を感じてトイレを出て行った後、結菜はまた怒った表情を浮かべていた。


「昨日から貴方に聞きたいことがあったの。輝久くんが自分を僕じゃなく、俺って言うようになったのは芽衣さんが関係しているんじゃないかしら」

「男らしく俺って言えって私が言った」

「なんで私の輝久くんを変えようとするの? なんで輝久くんに近づくの? 輝久くんは私だけが好きなの。私以外の女なんて興味ないのよ!!」


結菜がそう言うと、芽衣はいきなり気が狂ったように言った。


「違うよ‥‥‥輝久は私が好きなんだ。次に僕って言ったら罰ゲームって言ったのに、わざと言ったんだよ。私と遊びたいから! 私のことが好きだから、私と遊びたかったんだよ! なのに、結菜が邪魔をしたんだ‥‥‥お前さえいなければ‥‥‥輝久はずっと私と遊べたのに!!」


その時、授業開始のチャイムが鳴った。



***



僕は教室でソワソワしていた。

トイレで何が行われているのか、不安でしかない。


結菜さんと芽衣さん、まだ帰ってこないし、やっぱり芽衣さん酷い目にあってるんじゃ‥‥‥。


僕は居ても立っても居られずに勢いよく立ち上がり、男子トイレに走った。


「先生! トイレ!」

「先生はトイレじゃありませーん!!」



***



その頃、結菜はトイレの用具入れから、長いホースを取り出して、ニコッと笑っていた。


「その本が役に立ちそうね」

「‥‥‥何する気?」

「ちょっと動けなくなるだけだから安心してください。あと、いいこと教えてあげる。私と輝久くんは、もう付き合っているのよ」


その瞬間トイレのドアが開き、結菜と芽衣は、輝久を見て表情が戻った。


「輝久君? 授業は?」

「輝久! 助けて!」


輝久は状況を見て、すぐに芽衣が危ないと気づいた。


「芽衣さん! こっち!」


輝久は芽衣の手を取り、トイレを飛び出してしまう。


残された結菜は、言うまでもなく怒りの感情が爆発していた。


「芽衣さんも‥‥‥消さなきゃ‥‥‥」



***



僕は芽衣さんの手を握ったまま、学校を飛び出した。


なにやってんだ僕!

終わりだ、絶対に終わりだ!


学校を出て、逃げるように走っていると、芽衣さんが息を切らせて言った。


「輝久! もう大丈夫だよ!」


その言葉で立ち止まると、芽衣さんはいきなり泣きながら僕に抱きついた。


なな、な、な、なんだー!?


「怖かったよ。結菜がね、輝久とのことは遊びだって‥‥‥からかってるだけだって‥‥‥それで私が、そのことを輝久に言うって言ったら、いきなり.私を拘束しようとしたの!」

「ほ、本当ですか?」

「本当だよ‥‥‥私、あの女みたいに、輝久に嘘つかない‥‥‥これからは私が守ってあげるから、あんな女辞めて、私と付き合ってよ‥‥‥」

「そ、そんないきなり!?」

「私なら輝久を幸せにできるよ?それでも‥‥‥ダメ?」


芽衣さんはいい人だし、ヤンデレ感も無い気がする。

それに可愛いし、芽衣さんと付き合えばM組での生活も、少し気楽になるかもしれない。


「つ、付き合うにしても、一度結菜さんと話さないと‥‥‥付き合うのはその後なら‥‥‥」


芽衣さんは僕に抱きついたまま耳元で囁いた。


「大丈夫だよ。私が話しておくから、だから‥‥‥ね?」

「わ、分かりました。それじゃ学校に戻りますか」


芽衣さんは満面の笑みで僕を見つめる。


「そうだね! 輝久、大好きだよ!」


急展開に気持ちが追いつかず、僕はなにも言えなかった。





二人でM組に戻ると、結菜さんは何もなかったかのように、普通に授業を受けていた。


そして莉子先生が僕達二人を見て目を細める。


「二人とも? もう授業始まってるよ?」

「す、すみません」

「早く席に座って」

「はい」


席に座っても、結菜さんはなにも言ってこない。

すごい気まずいけど、こっちから話しかけてみよう。


「結菜さん、あの‥‥‥さっきはごめんなさい」

「いいのよ、輝久くんはなにも悪くないんだから。全部あの女が‥‥‥」

「お、怒ってないならよかったです」


さっきのこともあって芽衣さんが気になり、芽衣さんの方に視線を向けると、芽衣さんは笑顔で小さく手を振ってくれた。

それにしても、結菜さんが僕を騙していたなんて、なんか辛いな。





授業が終わり、下校時間になった。


帰ろうとした僕の制服を掴み、結菜さんが話しかけてきた。


「今日も一緒に」


次の瞬間、芽衣さんが僕の手を掴み引っ張った。


「一緒に帰ろ! 私達、今日から恋人だし!」


えー!?

結菜さんの前で堂々となに言ってるの!?

死にたいの!?

きっと死にたいんだよね!?そうなんだよね!?


芽衣さんがそう言うと、ツインテールの美波さんが驚きながら言った。


「え!? 二人とも、いつのまに!?」

「今日からだよ!」

「へー! 以外な組み合わせじゃん!」

「お似合いでしょ! それじゃ私達は帰るね!」


流れに身を任せて教室を出る時、結菜さんと芽衣さんがすごい形相で睨み合っていたことを、僕は知らなかった。


そのあと、何事もなく家に帰り、食事もお風呂も済ませ、あとは寝るだけになり、ベッドの上でダラダラしいていると、携帯の着信音が鳴った。

結菜さんからの電話だ。


「もしもし」

「輝久くんで間違いないでしょうか」

「は、はい、僕です」

「話があるの。今からM組に来てくれませんか?」

「今からですか!? 夜の十時ですよ?」

「待ってますね、輝久くんが来るまで‥‥‥」


結菜さんはそう言うと電話を切ってしまった。

しょうがない、行くしかないか。



***



電話の一時間前。


「もしもし、結菜です! 芽衣さんですか!?」

「そ、そうだけど、なに? そんな焦って」

「輝久くんが大変なんです! すぐにM組に来てください!」


結菜は芽衣を騙し、学校に呼び出していた。



***



M組に着くと、真っ暗だったが、鍵が開いていた。


「ゆ、結菜さん‥‥‥?」


恐る恐る教室に入った瞬間、結菜さんに押し倒され、尻餅をついたあと、完全に床に背中をついてしまった。


「輝久くん♡ 来てくれると思ってました♡ やっぱり芽衣さんに騙されていたのですね! 安心してください。芽衣さんなら、輝久くんの為にちゃんと消しましたよ♡」


僕は珍しく怒りが込み上げ、結菜さんから離れた。


「騙してたのは結菜さんですよね! 僕のこと本当は好きじゃないんですよね! 芽衣さん言ってました!」


そう言うと結菜さんは顔色を変え、無言のまま立ち上がり、椅子を引きずりながら教室の掃除用具入れに向かい始めた。


「結菜さん‥‥‥?」


結菜さんが掃除用具入れを開けると、そこにはガムテープで拘束された芽衣さんがいた。

芽衣さんは口にもガムテープを貼られていて、喋ることもできずに恐怖で震えている。


すると結菜さんは、芽衣さんの前で椅子を持ち上げた。


「最後に輝久くんの顔を見れてよかったわね。でもね、輝久くんは私が好きなのに、貴方に騙されて可哀想なの‥‥‥私は輝久くんを救ってあげたい。だからね‥‥‥死んで」


僕は咄嗟に立ち上がり、椅子を振り上げる結菜さんの手を掴んだ。


「やめてください!!」


結菜さんは持ち上げた椅子を落とし、また僕を押し倒すと両腕を床に抑えつけ、身動きがとれなくなってしまった。


「殺せないなら仕方ないわね。それじゃ芽衣さん、貴方はそこで、私と輝久くんの愛を見ていなさい」

「結菜さん変です! 僕は芽衣さんと付き合うって決めたんです! やめてください!」

「今、目を覚まさせてあげます」


結菜さんは芽衣さんに見せつけるように、何度も何度も僕にキスをした。

芽衣さんはその光景を、涙を流しながら見ている。





時間が経ち、結菜さんは芽衣さんの口につけていたガムテープを剥がした。


「これで分かってくれたかしら、私達の愛を」

「こ‥‥‥殺す」


芽衣さんの口から、そんな言葉が出ると思わなかった僕は静かに驚いた。


結菜さんはクスクスと笑い、芽衣さんを見下ろす。


「拘束されて何もできないくせに、貴方に何ができるの? 貴方は朝までそこにいるといいわ。あー、でも、明日は土曜日ですね。月曜日までお利口さんにしていてくださいね」


結菜さんはそう言うと、また芽衣さんの口にガムテープを貼り、掃除用具入れを閉じてしまった。

そして、僕の手を力強く握って引っ張り、教室を出た。


「私達は帰りましょ♡」


結菜さんは僕が学校に戻らないように、僕を家まで送った後、自分の家に帰っていった。


部屋の窓から結菜さんが見えなくなったのを確認して、僕は学校に戻る為に家を出たが、学校に向かう途中の曲がり角を曲がった時、そこには結菜さんが立っていた。


「ッ!」

「あれー? おかしいですね。どうして輝久くんがこんな所にいるんですか? こっちは学校に向かう道ですよね? どうしてですか? 芽衣さんを助けに行くなんて考えてませんよね?」

「そ、そんなことは!」

「そうですか、私はそろそろ帰らないと怒られてしまいます。本当に学校に行かないなら、輝久くんの携帯にGPSを付けさせてください。それに、そうすればいつでもお互いの居場所が分かりますし」

「そ、そうだね! つけましょうか‥‥‥」


なんてこったー!!

GPSはヤバすぎる!

大丈夫?僕の生命線、急に縮み始めてない!?


僕は諦めて、お互いの携帯にGPSをつけた。


「輝久くんは私だけ見てればいいんです。大好きです‥‥‥」

「あ、ありがとうございます‥‥‥」

「輝久くんは言ってくれないんですか?」

「だ、大好きです」


今は合わせないと不味いな。


それから少し話した後、結菜さんは安心したように帰っていった。


あー!

僕、完全に浮気野郎だぁ〜!

こういう流れ、最後に男が殺されるやつだ!

おじいちゃん、おばあちゃん、天国で待っててね。

いや、これ以上自分でフラグ立てるのはやめよう。

おじいちゃんとおばあちゃんも生きてるし。


僕はGPSでの追跡を逃れるために、携帯の電源を切って学校に走った。





学校に着き、急いで教室に入ると、掃除用具入れから芽衣さんの泣き声が聞こえてきた。


「芽衣さん! 僕です!」


掃除用具入れを開け、芽衣さんの体からガムテープを外してあげた。


すると芽衣さんは、泣きながら僕に抱きつき、弱々しい声で言った。


「輝久‥‥‥辛かったよね‥‥‥結菜にあんなことされて‥‥‥本当は嫌だったよね‥‥‥」

「何もできなくてごめんなさい‥‥‥それに辛かったのは芽衣さんの方です。もう帰りましょう」

「今日は一人になりたくない‥‥‥怖い‥‥‥」

「それじゃ、どうしたら」

「輝久の家に泊めて」

「ぼ、僕の家ですか!? で、でも、ベッドも一つしかないし!」

「付き合ってるんだから、同じベッドで寝るのは普通でしょ?」

「そ、そうですね! 行きましょうか」


なに納得しちゃてるの!?

こ、これは、ついに大人の階段登っちゃう!?


そして、芽衣さんと一緒に僕の家に帰り、芽衣さんにお風呂を貸してあげた。

その間に携帯の電源を入れると‥‥‥


「不在着信が八十六件!?」


ビックリしすぎて思わず声に出してしまった。

月曜日、どう言い訳しよう。

それにしても疲れたな‥‥‥。

芽衣さん、早く戻ってこないかな。


そう考えてるうちに、僕は眠りについてしまった。

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