浮気者かもしれない

目を覚ますと、背中に暖かい人の感触を感じた。

そうだ、芽衣さんがお風呂から戻ってくる前に眠ってしまったのか。

芽衣さんも寝てるみたいだし、二度寝するか。


「おはようございます、輝久くん」


その声に、僕は体を震わせた。

その声は結菜さんの声そのものだ。

恐る恐る、声のした方を向くと、結菜さんが笑みを浮かべながら、ベッドの横に座っていた。


「輝久くん、その汚い女から離れなさい」


横には芽衣さんが何故か裸で寝ていた。


「なな、なんで裸なの!?」


驚いて大きな声を出してしまい、芽衣さんが目を覚ましてしまった。


「うるさいよー」

「め、芽衣さん、なんで裸なんですか!」

「だって、着替えなかったし」


芽衣さんって意外と大きいかも‥‥‥。


「聞こえなかったかしら、その汚い女から離れなさい!!」

「は、はい!!」


慌ててベッドから出ると、芽衣さんも結菜さんの存在に気づいて、布団で体を隠し、鋭い目つきで結菜さんを睨みつけた。


「なに? なんで結菜が輝久の家にいるの」

「輝久くんのお母様に、彼女ですって言ったら簡単に上がらせてくれました」


お母さーん!!

馬鹿なの!?

息子の命がかかってるよ!?


「輝久はもう私と付き合ってるの! 邪魔しないで!!」


芽衣さんが怒ったその時、母親の声が部屋に近づいてきた。


「結菜ちゃん? 輝久、ちゃんと起きたー?」


母親は部屋のドアを開けてしまい、僕達を見て目が点になっている。


「輝久、パパがよく言っていたわよ。男は修羅場を乗り越えた数だけ強くなるって! ドンマイ!!」


そう言い残してドアを閉めてしまった。

お母さん‥‥‥他にフォローする言葉はなかったのか。


そして僕は二人を見るが、目のやり場に困って力強く目を閉じた。


「と、とりあえず芽衣さんは服着てくださーい!!」





それから芽衣さんは制服に着替え終え、三人で小さなテーブルを囲んでいる状況だ。


なにこれ、なんだこの空気。

誰も喋らない‥‥‥僕がなにか喋らないと‥‥‥。


「あ、あの」

「また輝久くんを騙したのね!!!!」

「ひぃ〜!」


結菜さんがいきなり大きな声を出したせいで驚いてしまった。


「騙してるのは結菜でしょ!!」

「私が言ってないことを輝久くんに教えたのは芽衣さんですよね!」


二人はどんどんエスカレートしていき、声が大きくなっていく。


「輝久! 私は嘘なんてついてない! 私を信じて!」

「輝久くん! 私を信じてください!」


二人とも必死だ。

どっちを信じればいいか分からなくなってきたな。

でも、どっちかが嘘をついている‥‥‥。

平和的な答えは‥‥‥。


「ど、どっちも信じるよ!」


その言葉を聞いた結菜さんは僕に詰め寄り、目を大きく見開いた。


「ねぇ、なんで芽衣さんのことも信じるのかしら。ねぇねぇ、輝久くんが好きなのは私だけよね? あんな女を信じるなんて、なに言ってるの? それに、私が嘘ついていると思っているの? 輝久くんのこと、こんなに愛しているのに、ねぇねぇねぇ!! どうして? どうしてなの? あー、そうよね、あの女に毒されているのね。可哀想‥‥‥輝久くん、可哀想です‥‥‥」


怖い怖い怖い怖い怖い!!

近い近い近い近い近い!!


すると、いきなり芽衣さんが不気味に笑いだした。


「ハハハッ、輝久‥‥‥酷いなー。私だけを信じてくれると思ってたのに、胸が痛いよ‥‥‥あ、昨日の夜、輝久に揉まれすぎたらかな?」

「はい!? なに言ってるんですか!?」


結菜さんは明らかに怒った表情を見せ、僕の太ももに軽く爪を立てた。


「今のは本当かしら」

「嘘です! 嘘!」

「えー? もう、やることやったじゃん」

「やることって何ですか!? 一緒に寝ただけですよね!!」

「輝久のせいで、寝るの遅くなっちゃったんだから♡」

「い、いびきがうるさかったなら謝りますけど!?」


結菜さんは僕から離れ、自分のカバンの中を漁り始めた。


「そう‥‥‥芽衣さんは、輝久くんを汚したのですね‥‥‥それならしょうがないですよね‥‥‥」


結菜さんはカバンから、まさかのナイフを取り出した。


「ちょっ!? 結菜さん!?」

「しょうがないんです輝久くん。輝久くんが私だけを見てくれないから‥‥‥輝久くんの周りの女全員消せば‥‥‥私だけを見てくれますよね!!」


僕はこの状況をなんとかしようと、咄嗟に結菜さんを抱きしめた。


「ゆ、結菜さん! ぼ、僕は結菜さんが、そ、その‥‥‥好きです! でも、人を殺したら、結菜さんのこと嫌いになっちゃいますよ!」


うわー、やべー、芽衣さんを守るためとはいえ、これはやばい。

今、公開浮気しちゃってるよ。

怖くて芽衣さんの顔見れないわ。

本当は芽衣さんのことが好きなのに、もう終わりだー。

絶対芽衣さんに振られるな。


結菜さんはナイフを床に落として、僕を強く抱き返してくれた。


「輝久君♡ やっと、やっと目を覚ましてくれたんですね♡ 芽衣さんと寝ていたのも、全部無理矢理やらされたんですよね」

「う、うん」

「ですよね♡ 輝久君が好きなのは私だけですよね?♡」

「そ、そうです」

「よかったです♡」


次の瞬間、結菜さんは抱きついたまま、僕の

背中に爪を立てた。


「ですが、輝久くん」

「は、はい」

「携帯の電源を切っていたのは何故ですか?」

「じゅ、充電が切れてしまって‥‥‥」

「どうして? どうして嘘をつくのかしら、GPSをお互いの携帯につける時見ましたよ? 充電八十パーセントありましたよね」


はい、今日も今日とて人生終了で〜す!!

誰か、今すぐリセットボタン買ってきてくださーい!!


「ごめんね輝久、後でちゃんと私も追いつくから‥‥‥」

「芽衣さん!? なにする気ですか!」


結菜さんは更に僕を強く抱きしめ、僕が動けないようにした。


「ゆ、結菜さん! 離してください!!」


芽衣さんがナイフを持っていると確信した僕は逃げようとするが、結菜さんの力が強すぎる。

次の瞬間、背中にナイフが当たるのを感じ、身体中に力が入った。


「いっ!? 痛くない‥‥‥?」


すると、結菜さんは僕に抱きついたまま言った。


「残念。 それは、刺すと刃物の部分が縮むオモチャなの。輝久くんを殺そうとするなんて、酷い女ですね」


芽衣さんはその場に膝から崩れ落ちてしまった。


「そんな‥‥‥」

「輝久くん、これで分かったでしょ? 芽衣さんは輝久くんを殺そうとしたのよ? 輝久くんのこと、これっぽっちも好きじゃないの」

「芽衣さんが‥‥‥僕を‥‥‥」


芽衣さんが僕を殺そうとした‥‥‥どうして‥‥‥。


僕は結菜さんの抱きつく手を離して、芽衣さんと目を合わせた。


「芽衣さん‥‥‥なんでですか?」

「違うの!!」

「何が違うの? 僕、芽衣さんのこと本当に好きだったんですよ‥‥‥これから芽衣さんのことを沢山知っていこうって」


結菜さんの前だったが、思わず本音を言うと、芽衣さんは泣き出してしまった。


「私だって好きだよ!!」

「じゃあ、なんで僕を殺そうとしたんですか?」

「だって‥‥‥輝久を殺して私も死ねば、天国でずっと二人きりじゃん!!」


はい、ヤンデレ確定だ〜!!


芽衣さんはその場に居づらくなったのか、泣きながら僕の家を飛び出していった。

すると結菜さんは胸を当てるように、僕を後ろから抱きしめた。


「これでいいのよ。輝久君は私の彼氏なんですから♡」

「は、はい‥‥‥」


なんで僕は、こうも別れてってキッパリ言えないんだ。


「輝久くん、明日暇かしら」

「暇ですけど‥‥‥」

「私とデートしませんか?」

「デートですか?」

「はい♡ お付き合いしているのだから、せっかくの日曜日、思い出を作りましょう♡」

「わ、分かりました‥‥‥」


ただの浮気者にはなりたくないのにな。


明日の朝、十時に校門前集合の約束をして、結菜さんは帰っていった。


朝から疲れた。

芽衣さんまでヤンデレだったなんて、なんでこんなことになっちゃったんだろう。

とりあえず朝ごはんでも食べるか。


「お母さん、お腹すいた」

「さっき、女の子が泣きながら飛び出していったわよ?」

「あぁ‥‥‥色々あったんだよ」

「浮気するなんて、パパのダメなところに似ちゃったね」


お父さんが浮気したことがある事実に、軽くショックなのですがお母様。

お父さんの顔も知らないけど。


「浮気なんてしてないよ。多分! とりあえずご飯!」

「はいはい」


朝から、いろいろありすぎて疲労感がすごい。

今日は一日中ゴロゴロしていよう。

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