浮気者かもしれない
目を覚ますと、背中に暖かい人の感触を感じた。
そうだ、芽衣さんがお風呂から戻ってくる前に眠ってしまったのか。
芽衣さんも寝てるみたいだし、二度寝するか。
「おはようございます、輝久くん」
その声に、僕は体を震わせた。
その声は結菜さんの声そのものだ。
恐る恐る、声のした方を向くと、結菜さんが笑みを浮かべながら、ベッドの横に座っていた。
「輝久くん、その汚い女から離れなさい」
横には芽衣さんが何故か裸で寝ていた。
「なな、なんで裸なの!?」
驚いて大きな声を出してしまい、芽衣さんが目を覚ましてしまった。
「うるさいよー」
「め、芽衣さん、なんで裸なんですか!」
「だって、着替えなかったし」
芽衣さんって意外と大きいかも‥‥‥。
「聞こえなかったかしら、その汚い女から離れなさい!!」
「は、はい!!」
慌ててベッドから出ると、芽衣さんも結菜さんの存在に気づいて、布団で体を隠し、鋭い目つきで結菜さんを睨みつけた。
「なに? なんで結菜が輝久の家にいるの」
「輝久くんのお母様に、彼女ですって言ったら簡単に上がらせてくれました」
お母さーん!!
馬鹿なの!?
息子の命がかかってるよ!?
「輝久はもう私と付き合ってるの! 邪魔しないで!!」
芽衣さんが怒ったその時、母親の声が部屋に近づいてきた。
「結菜ちゃん? 輝久、ちゃんと起きたー?」
母親は部屋のドアを開けてしまい、僕達を見て目が点になっている。
「輝久、パパがよく言っていたわよ。男は修羅場を乗り越えた数だけ強くなるって! ドンマイ!!」
そう言い残してドアを閉めてしまった。
お母さん‥‥‥他にフォローする言葉はなかったのか。
そして僕は二人を見るが、目のやり場に困って力強く目を閉じた。
「と、とりあえず芽衣さんは服着てくださーい!!」
※
それから芽衣さんは制服に着替え終え、三人で小さなテーブルを囲んでいる状況だ。
なにこれ、なんだこの空気。
誰も喋らない‥‥‥僕がなにか喋らないと‥‥‥。
「あ、あの」
「また輝久くんを騙したのね!!!!」
「ひぃ〜!」
結菜さんがいきなり大きな声を出したせいで驚いてしまった。
「騙してるのは結菜でしょ!!」
「私が言ってないことを輝久くんに教えたのは芽衣さんですよね!」
二人はどんどんエスカレートしていき、声が大きくなっていく。
「輝久! 私は嘘なんてついてない! 私を信じて!」
「輝久くん! 私を信じてください!」
二人とも必死だ。
どっちを信じればいいか分からなくなってきたな。
でも、どっちかが嘘をついている‥‥‥。
平和的な答えは‥‥‥。
「ど、どっちも信じるよ!」
その言葉を聞いた結菜さんは僕に詰め寄り、目を大きく見開いた。
「ねぇ、なんで芽衣さんのことも信じるのかしら。ねぇねぇ、輝久くんが好きなのは私だけよね? あんな女を信じるなんて、なに言ってるの? それに、私が嘘ついていると思っているの? 輝久くんのこと、こんなに愛しているのに、ねぇねぇねぇ!! どうして? どうしてなの? あー、そうよね、あの女に毒されているのね。可哀想‥‥‥輝久くん、可哀想です‥‥‥」
怖い怖い怖い怖い怖い!!
近い近い近い近い近い!!
すると、いきなり芽衣さんが不気味に笑いだした。
「ハハハッ、輝久‥‥‥酷いなー。私だけを信じてくれると思ってたのに、胸が痛いよ‥‥‥あ、昨日の夜、輝久に揉まれすぎたらかな?」
「はい!? なに言ってるんですか!?」
結菜さんは明らかに怒った表情を見せ、僕の太ももに軽く爪を立てた。
「今のは本当かしら」
「嘘です! 嘘!」
「えー? もう、やることやったじゃん」
「やることって何ですか!? 一緒に寝ただけですよね!!」
「輝久のせいで、寝るの遅くなっちゃったんだから♡」
「い、いびきがうるさかったなら謝りますけど!?」
結菜さんは僕から離れ、自分のカバンの中を漁り始めた。
「そう‥‥‥芽衣さんは、輝久くんを汚したのですね‥‥‥それならしょうがないですよね‥‥‥」
結菜さんはカバンから、まさかのナイフを取り出した。
「ちょっ!? 結菜さん!?」
「しょうがないんです輝久くん。輝久くんが私だけを見てくれないから‥‥‥輝久くんの周りの女全員消せば‥‥‥私だけを見てくれますよね!!」
僕はこの状況をなんとかしようと、咄嗟に結菜さんを抱きしめた。
「ゆ、結菜さん! ぼ、僕は結菜さんが、そ、その‥‥‥好きです! でも、人を殺したら、結菜さんのこと嫌いになっちゃいますよ!」
うわー、やべー、芽衣さんを守るためとはいえ、これはやばい。
今、公開浮気しちゃってるよ。
怖くて芽衣さんの顔見れないわ。
本当は芽衣さんのことが好きなのに、もう終わりだー。
絶対芽衣さんに振られるな。
結菜さんはナイフを床に落として、僕を強く抱き返してくれた。
「輝久君♡ やっと、やっと目を覚ましてくれたんですね♡ 芽衣さんと寝ていたのも、全部無理矢理やらされたんですよね」
「う、うん」
「ですよね♡ 輝久君が好きなのは私だけですよね?♡」
「そ、そうです」
「よかったです♡」
次の瞬間、結菜さんは抱きついたまま、僕の
背中に爪を立てた。
「ですが、輝久くん」
「は、はい」
「携帯の電源を切っていたのは何故ですか?」
「じゅ、充電が切れてしまって‥‥‥」
「どうして? どうして嘘をつくのかしら、GPSをお互いの携帯につける時見ましたよ? 充電八十パーセントありましたよね」
はい、今日も今日とて人生終了で〜す!!
誰か、今すぐリセットボタン買ってきてくださーい!!
「ごめんね輝久、後でちゃんと私も追いつくから‥‥‥」
「芽衣さん!? なにする気ですか!」
結菜さんは更に僕を強く抱きしめ、僕が動けないようにした。
「ゆ、結菜さん! 離してください!!」
芽衣さんがナイフを持っていると確信した僕は逃げようとするが、結菜さんの力が強すぎる。
次の瞬間、背中にナイフが当たるのを感じ、身体中に力が入った。
「いっ!? 痛くない‥‥‥?」
すると、結菜さんは僕に抱きついたまま言った。
「残念。 それは、刺すと刃物の部分が縮むオモチャなの。輝久くんを殺そうとするなんて、酷い女ですね」
芽衣さんはその場に膝から崩れ落ちてしまった。
「そんな‥‥‥」
「輝久くん、これで分かったでしょ? 芽衣さんは輝久くんを殺そうとしたのよ? 輝久くんのこと、これっぽっちも好きじゃないの」
「芽衣さんが‥‥‥僕を‥‥‥」
芽衣さんが僕を殺そうとした‥‥‥どうして‥‥‥。
僕は結菜さんの抱きつく手を離して、芽衣さんと目を合わせた。
「芽衣さん‥‥‥なんでですか?」
「違うの!!」
「何が違うの? 僕、芽衣さんのこと本当に好きだったんですよ‥‥‥これから芽衣さんのことを沢山知っていこうって」
結菜さんの前だったが、思わず本音を言うと、芽衣さんは泣き出してしまった。
「私だって好きだよ!!」
「じゃあ、なんで僕を殺そうとしたんですか?」
「だって‥‥‥輝久を殺して私も死ねば、天国でずっと二人きりじゃん!!」
はい、ヤンデレ確定だ〜!!
芽衣さんはその場に居づらくなったのか、泣きながら僕の家を飛び出していった。
すると結菜さんは胸を当てるように、僕を後ろから抱きしめた。
「これでいいのよ。輝久君は私の彼氏なんですから♡」
「は、はい‥‥‥」
なんで僕は、こうも別れてってキッパリ言えないんだ。
「輝久くん、明日暇かしら」
「暇ですけど‥‥‥」
「私とデートしませんか?」
「デートですか?」
「はい♡ お付き合いしているのだから、せっかくの日曜日、思い出を作りましょう♡」
「わ、分かりました‥‥‥」
ただの浮気者にはなりたくないのにな。
明日の朝、十時に校門前集合の約束をして、結菜さんは帰っていった。
朝から疲れた。
芽衣さんまでヤンデレだったなんて、なんでこんなことになっちゃったんだろう。
とりあえず朝ごはんでも食べるか。
「お母さん、お腹すいた」
「さっき、女の子が泣きながら飛び出していったわよ?」
「あぁ‥‥‥色々あったんだよ」
「浮気するなんて、パパのダメなところに似ちゃったね」
お父さんが浮気したことがある事実に、軽くショックなのですがお母様。
お父さんの顔も知らないけど。
「浮気なんてしてないよ。多分! とりあえずご飯!」
「はいはい」
朝から、いろいろありすぎて疲労感がすごい。
今日は一日中ゴロゴロしていよう。
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