第十六話 隻眼侯

まえがき

ぼんやりのほほんとしたシルミィスに指揮権を任せ、幸次とウェルは犬人領へと足を踏み入れる事にした。

その先に待ち受ける出来事とは……?












 ガルトウルム城の貴賓室きひんしつに比べれば規模も調度品も数段劣るもののしっかりと掃除と手入れの行き届いた部屋。


「こちらの部屋でお待ちください」


 黒い布地の小綺麗な服に身を包んだ老執事が俺達に一礼をして、ゆっくりとした足取りで部屋を退室する。


「……シルミィス。何か感じるか?」


 ドアに耳を当てて執事の足音が遠ざかるのを確認してからウェルが小声で尋ねると、シルミィスはふるふると首を振った。


「なぁんにも~」

「そうか……。ナンブ様、大丈夫なようです」

「ああ、聞こえていた……」


 あれから俺は、準備を整えて戻ってきたウェルにシルミィスを連れていくように提案をした。

 最初ウェルは俺の言った事が理解出来ずに不思議そうな顔をしていたがすぐに「その手がありましたね!」と再び兵士達の方へと走り去って行った。


 頭がキレそうに見えて抜けている所や意外と短慮な点から考えるに、実は出来る女を頑張って演じているだけなのかも知れない。


 結果、もう一人の補佐官に指揮権を一時的に譲渡した事でシルミィスも連れていく事となった訳だ。


 関所を抜けて馬車に揺られることかなりの時間。

 恐らく一時間かそこら……長くて一時間半ぐれぇだろうか?

 と言うのも人間の国にはあるのかも知れねぇが、亜人の国には時計というモンがなかった。


 中央都市では時鳴らしと呼ばれる奴らが太陽の位置や、決まった長さの蝋燭が燃え尽きたのを見て朝と昼と夕に複数箇所で鐘を突いて鳴らしているみたいなんだが……。

 この領地にもいるんだろうか?

 そんな事を考えていた時だった。


 ゾワッ……!!


「っっ!!」


 俺の全身の毛が逆立ち、背中に氷水を流されたような感覚が走る。

 首だけを動かして隣を見てみればウェルとシルミィスは金縛りにあったかのように瞬きもせず、ただ一点……ドアだけを見つめていた。


 ガチャッ……。


 ドアが開き室内に入ってきたのは身のたけ百八十位ある黒毛の犬人。

 第一印象は……ブルドッグだ。

 そのブルドッグの顔の左側に眉から目を通り、頬の真ん中ぐらいまで深い爪痕がある。


「救世主様にウェル副将軍。遠路はるばるこのような所にお越し頂いて申し訳ありませんな。私がブロウウェルです」


 横幅も大きいブロウウェルがちょこんと体を小さくして頭を下げる。

 ウェルのやつめ。

 何が俺と同じか俺より少し大きい、だ。


「ぶ、ブロウウェル侯。今回の勅令ちょくれいに応じなかった件並びに救世主様来訪の知らせにも関わらずこのような不遜ふそんな対応を取る理由を今ここで弁明してもらいたい!!」


 ブロウウェルの放つ威圧感に耐えたウェルが威勢よく声を上げながら近付こうとしたのをブロウウェルは右手を上げて制する。


「その件については間もなく息子が到着するので、それからにしませんかな? ご存知の通り私は息子に政治的な判断を任せておるので」

「なっ……! 領地の全責任はブロウウェル侯にあります! それをご子息に任せているとはいえ説明責任までご子息にさせるなんて認められません!!」

「一つ、いいかい?」


 このままウェルを野放しにしておくと進む話も進みそうにねぇなと思った俺がブロウウェルとやらを見て質問を投げかける。


「何ですかな?」


 右目だけをジロリと俺の方に向けるブロウウェル。


「お前さんのせがれが来たら、召集に応じなかった理由と俺達をここに来させた理由を倅が説明するってぇ事でいいんだな?」

「……それが何だ?」

「つまり、国王陛下の勅令を無視したっつう国に弓引く行為の責任は倅にあるって事でいいんだよな?」

「……何が言いたい?」


 含みを持たせた俺の言い方に、段々と敵意が剥き出しになるブロウウェル。


「いんや。俺達も暇じゃあねぇからよ。さっさとこういう事を終わらせて北部に兵を集結させねぇと人間に蹂躙されて滅びちまうんだわ」

「この世界の事を知らない者が知った風な口を!!」

「ブロウウェル侯、何を……キャッ!!」


 ブロウウェルが止めに間に割って入ったウェルを押しのけて俺へと太い腕を伸ばす。


「ナンブ様!!」


 ブロウウェルの手が俺の首を掴もうとした時。


「父上、そこまでにしてください」


 若々しい男の声が室内に響いた。


「ブラーム……」


 腕をピタリと止め、開かれたドアの前に立つスラリとしたブルドッグを見るブロウウェル。


「救世主様、ウェル副将軍。この度はご足労頂き誠に申し訳ありません」


 そう言って深々と頭を下げるブラーム。


「父から説明があったかも知れませんが、父は一にも二にもすぐさま兵を北部に送ろうとしておりました。それを嘆願して押し止めたのは私なのです」


 そんな説明は無かった気がするが、まぁいい。


「ブラーム殿が……? 何故?」

「ひとまず皆、一度座りませんか? 立ったまま話すような話でもありません故」


 ウェルの質問を受けたブラームは落ち着いた様子でニコリと笑って片手でソファーを差した。




 ・ ・ ・ ・ ・




「説明してもらえないでしょうか?」


 俺を真ん中にして右側にウェル、左側にシルミィスが腰かけ、向かい側にはブロウウェルとブラーム。


 会話の口火を切ったのはもちろんウェルだ。


「その前に、救世主様は心の底から亜人国家を救いたいとお考えですか?」


 突然ブラームが俺を真っ直ぐ見て尋ねてきたので、俺は「ああ」と短く返事を返す。


「何故そうお考えになられたのですか?」

「何故って……。その為に呼ばれたみてぇだからな」


「では、その使命が強制ではないとしたらどうなさいますか?」

「ぶ、ブラーム殿は何をおっしゃっているのですか!? ナンブ様、お答えする必要などありませんよ!」


 ブラームの意外過ぎる質問にウェルが横から口を挟む。

 まぁウェルが何を言おうと俺の答えは変わらねえが。


「強制じゃなかったとしても、乗りかかった船だ。最期まで力を貸すさ」

「信じられんな」


 今度はブロウウェルが口を挟んでくる。

 俺は東郷のようにブロウウェルをジロリと見て鼻で笑ってやった。


「ブロウウェル君、君は幾つかね?」


 口調も真似てやる。

 突然口調が変わった事で「は?」と小さく声を漏らすブロウウェル。


「まぁ、お前さんらの寿命や年齢は知らねえがよ。俺は前の世界で八十年とちょっと生きてるんだ。そんだけ長生きすりゃあなぁ、性格とか考え方はそうそう簡単に変わらねぇんだよ」


「八十……! 私の倍近くではないか!!」


 驚きの声を上げるブロウウェル。

 何だこいつは四十そこらかよ。


「なるほど……。道理であまり物事に動じない方だと思いました」


 納得したように頷くブラーム。

 しかしよくよく見れば毛色といいどことなく親父に似ている。

 ブロウウェルを若くして痩せさせたらこんな感じなんだろうか。


「救世主様、これを」


 と、ブラームが一通の封筒をテーブルの上に置いた。


「どうぞ、お読みください」

「ん……?」


 俺は封筒を手に取り、中身を取り出すとそこには手紙が一枚入っていた。


 何の気なしに目を通していた俺だったが、読むにつれてこれはとんでもない内容なんじゃないかと目を疑った。


「こ……これは……!!」


 横で見ていたウェルが驚きの声を上げる。


「トルビス王子からのお手紙ではありませんか!!」


 トルビス王子。

 確か現国王の息子で、現在行方不明になっていると聞いたが。


「ええ。実は王子が行方不明になられたのとほぼ同時期に我が領地に届きまして……」

「何ですって……!?」

「ただ、王家の印が入っていない為真偽が分かりかねるのです」

「なるほどなぁ……」


 あらかた読み終えた俺が封筒に手紙を入れてブラームに返した。


「その為、父上に派兵を思いとどまって貰った次第です」

「し、しかしそれでは陛下のご意向に――」

「陛下の勅令とは言うが、実際は宰相であるリオンの発行であろうが!! ガルトウルム陛下は病床に伏せっておられるのであろう!!」

「っっ……それは……そうですが……」


 ブロウウェルの怒りを含んだ声に、ウェルが強く反論出来ずにしどろもどろになる。

 確かにこれは難題だ。

 俺は頭を掻いて考えをめぐらせる。

 どうする?

 一度皆に知らせるべきか?

 東郷は猫人領。

 他の皆は中央にいる。


 誰が敵だ? 誰が味方だ?

 犬人は信頼できるのか?

 リオンは信頼できるのか?


 俺の頭の中では答えの出ない問題がぐるぐると渦巻いていた。





(リオン宰相に人間国家と内通の疑いがある。八領主を討伐後、亜人国家を簒奪さんだつし人間国家に降ろうと目論もくろんでいる。心して行動せよ  トルビス)








あとがき

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

犬人から突然の手紙。

幸次はどう動くのか!?

そして真偽は一体……!?

次回をお楽しみください。

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八老戦記 ~異世界召喚救国譚~ セビィ @selvia05

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