第十五話 関所

 まえがき

 南部と女狼人であるウェル副将軍は首都の兵士三千を率いて国家の南部にある犬人領へと向かっていた。











「あちらに見えるのが犬人ワードック領の関所です」


 ウェルが指差した方向。

 地面に丸太が等間隔に突き立てられて、その丸太に板を打ち付けてある造作物が見える。

 背の高い物見櫓ものみやぐらの上に立っていた長くて白い毛の犬人がこちらを指差して下の仲間に何かを伝えている。


 さすがに三千の兵士をぞろぞろつれて関所まで馬車で移動ってぇのは相手に余計な警戒心を抱かせてしまうだろうと言うことで俺達は少し離れた場所で馬車を降りて犬人達の動きを見ていた。


 歩いて関所に向かおうとしたんだが、俺に何かあってはいけないとウェルが伝令兵を駆けさせて、先に中央軍と救世主が来た事を関所に伝えに行かせている。


 待つことしばし。

 馬に乗った黒い毛並みの狼人ワーウルフがこちらへと戻って来た。

 慌てているのか転げるように馬を降りて俺とウェルの前に膝をついた。


「ご報告申し上げます! 中央軍来訪ならびに隻眼侯せきがんこうとの面会を求める内容を伝えた所、遠路はるばるご苦労。だが慈愛侯じあいこうとの戦は自軍で決着をつける。この辺りも戦火に見舞われる恐れもある故、すぐさま中央に戻られたしとの事!」

「何だと!? 救世主様がお越しになられている事もしっかりと伝えたのか!?」


 予想外の返答に、ウェルがドン! と靴のかかとを踏み鳴らす。


「は、はい! 救世主様もこちらにおられる事も伝えましたが返答は変わらず……!」

「我が国家が人間に攻められるか否かの瀬戸際だぞ! 北部召集の勅令ちょくれいを無視しての独断行動の弁明をこの場でせよと伝えよ!」

「はっ……ははぁ!」


 深々と頭を下げてから立ち上がった伝令兵は再び馬に乗ると、関所へ向かって駆け出した。


「全く! 侯爵方は何をお考えなのか!」

「まぁ、落ち着けよ。すぐにカッとなるのはウェルの悪ぃ所だぜ」

「は、はい! すみません……」


 人の事ぁ言えねぇが俺もそれなりに短気だ喧嘩っぱやいだのと言われる方だ。

 いつも俺をいさめる奴はこんな気持ちだったのかなんて考えた時に死んだ家内の事を思い出した。

 あいつがいた時は随分苦労をかけた。

 死後あいつに謝れたら、なんて事を考えてはいたんだがこんな世界に呼ばれた事で会うことも叶わなくなった。

 どのみちあいつは極楽で俺は地獄行きだったから会えなかったんだろうけどな。


「ナンブ様?」


 我にかえるとウェルが心配そうな面持ちで俺を見つめていた。


「すまねぇ、ちょっと考え事をしていた」

「長旅と慣れない世界でお疲れなのでは?」

「いや、大丈夫だ」


 そんなやり取りをしていると先程の伝令兵が馬を降り、肩で息をしながら倒れこむように膝をついた。


「ご、ご報告申し上げ……ますっ……!」

「おい、一度落ち着けって。 水、飲むか?」

「は、はいっ……! 申し訳ありませんっ……! い、いえ!! それは恐れ多いです!!」


 頷いたり断ったり忙しい奴だ。


「で? 犬人は何と言っているのだ?」


 気が逸っているウェルが報告内容を急かすのを受けて、伝令兵が再び報告の構えを取る。


「はっ!! べっ、弁明はさせて頂くがその条件として副将軍と救世主様、それとお二人の身の回りの世話をする最低限の者のみで領地に来られたしとの事です……!!」

「話にならん!」


 伝令内容にウェルが激昂げきこうして吼える。


「ナンブ様! これは罠です!! 我々を領地に招き入れ討つつもりです!」

「うーん……」


 若い頃の俺なら同じように叫んで「開戦だオラァ!」とか言いそうなんだが、隣で面白いように怒り狂っているウェルを見ると、不思議と頭が冷静になるもんだな。

 ……東郷もこんな感じで物事を見ていたんだろうか?

 クソ、自分であいつを思い出しておいて腹が立つ。


「ウェル。お前はここに残って兵士の指揮を取れ」

「ナンブ様!? 何をおっしゃっているのですか!!」


 俺の言葉を聞いて、怒り半分心配半分の声を上げるウェル。


「そのような事認められるはずがないではないですか! これは明らかな叛意はんいです! 即刻関所を打ち破って隻眼侯の屋敷に攻め入り、捕縛すべきです!!」

「ダメだ」

「何故ですか!?」

「ここでそんな実例を作っちまうと噂ってモンはすぐに広がる。他の領主が行動を起こしたり、話し合いに応じてくれなくなるぞ」

「う……」


 そこまで考えていなかったんだろう。

 ウェルが小さく呻き声を漏らして黙り込んでしまう。


「そもそも俺達は戦争しに来たんじゃない。話し合いに来たんだ」

「し、しかしこれは明らかな罠かと思います……。行くべきではありません……」


 その意見だけは曲げずに俺の考えを諫めようとするウェル。


「なぁに。もし本当に俺達を殺すつもりなら警戒させない為にこのまま素通りさせて領内に招き入れるだろうさ」

「そ、そうでしょうか?」

「あぁ。屋敷に招いて毒を盛るとか、会うなりバッサリ斬りかかるとか。やり方は幾らでもあるぜ。総大将のいなくなった兵士なんざ後でどうとでも出来るだろうよ」

「な、なるほど……」


 俺の言葉に心から納得するウェル。

 まぁ、言ってる俺自身も頭が回った事に対して驚いちまったが。


「ほんじゃまぁ、行ってくるわ」

「あっ! ナンブ様のお考えには納得致しましたが、その話とは別です!」

「何だよ、しつけぇな」

「私はナンブ様をお守りし、補佐するようにレオニエル将軍からきつく言いつけられております! ナンブ様が行かれる所、どこへでもお供致します!!」

「お前さんまで来ちまったら、残ったあの三千の兵士はどうすんだよ」


 言ってから俺が顎でクイッと後方にいる三千の兵士を指してやる。


「その点ならご心配なく。シルミィス!!」


 ウェルが振り返って誰かの名前を叫ぶと、少し離れた所にいた桃色の毛をした狼人がこっちに向かって歩いてくる。


「はぁ~い。お呼びですかぁ~?」


 間延びした高めの声で返事をしてウェルの前まで来たシルミィス。


「ナンブ様、この者はシルミィスという私の補佐官です」

「救世主様~、初めまして~、シルミィスです~」

「あ、ああ。南部だ……宜しくな」

「はい~」


 何て言やぁいいのか。

 今までに会った事のねぇタイプだな。


「彼女はお話していてお分かりかと思いますが非常におっとりしています」

「あぁ、そうだな」


 軍人として致命的過ぎる程にな。


「ですが危険を察知する能力が非常に優れております」

「へぇ……。見かけによらねぇもんだなぁ……」

「それについては同感ですが……。とにかく、もし犬人側に開戦の兆候が見られた場合は彼女の判断で撤退するように指示を出しておきます。分かったわね? シルミィス」

「はぁ~い」


 片手を上げ、おっとりした返事をするシルミィス。


「それではナンブ様。参りましょうか」

「本気でついてくるのかよ……」

「当然です。何があっても命を賭してお守り致します」

「生憎と女に守られる程軟弱じゃあないんでな」

「それは頼もしいですね。それでは共の者を急ぎ選別いたします」

「あぁ、頼む」


 俺に一礼していそいそと兵士の方へ駆けていくウェルを見送った俺はシルミィスに視線を移す。


「どうかしましたかぁ~?」


 ゆっくりと首を傾げるシルミィスが眠そうな目で俺を見て笑う。


「ん? いやぁ、危険察知ってのはどれぐらい察知できるのか、と思ってな」


 俺の言葉に、人差し指を顎にあてて「ん~~~~……」と考え込むシルミィス。


「えっと~~、模擬戦の時にですねぇ~~、全体的に危ない~~って言ったんですけどお……。それじゃあ分からないって言われました~~」

「そ、そうか……」


 確かにあの時は中央から右翼、左翼と全体的に俺達の圧勝だったからな……。

 その言葉じゃあさすがにウェルも俺達の手が読めなかったから、押せ押せで来たんだろうか。


 ん?


「そんじゃあ、今回の犬人領に入る時もお前さんが居たら危険かどうかわかるんじゃねぇか……?」

「あ~~、そうですねぇ~~」


 俺的にはすぐカッとなるウェルよりシルミィスを連れて行った方がいい気がしてきたが……。

 さて、どうすっかな……。


 犬人領の関所をぼーっと眺めながら、俺は今後の動きについて考えをめぐらせてみた。





あとがき

ここまでお読み下さりありがとうございました。

次回は犬人領の中を書けたらと思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る