第十四話 南侵

まえがき

模擬戦に見事勝利した南部達だがこれはまだ始まりですらない。

人間達の侵攻を防ぐ為、休む間もなく次の行動に移る救世主達であった。













 悪路を走る馬車がガタガタと不規則と揺れるたびに座っている体が浮き上がる。


「……」


 俺は無言で対面に座る人物に視線を移す。

 腕を組んで目を閉じている狼人ワーウルフ

 その立ち居振舞いや放っている雰囲気から東郷とうごうを思い出させるんだが、残念ながらウェルとか言う女副将軍だ。


「……何か?」


 そんな事を考えながらずっと見続けちまったようで、視線を感じたウェルが目を開けて俺を訝しげに見てきた。


「悪ぃ、何でもねぇ」

「……そうですか」


 俺の返事にさして興味もなく、ウェルは再び目を閉じる。

(ったく、東郷の顔を見なくて清々したと思ったら次はこれかよ……)

 頬杖をついて外の景色を見ながら俺は誰にも聞こえないように胸中でため息をついた。



 模擬戦が終わった後、城に着くなり東郷が「今後の事について重要な話がある」とか言い出して休む間もなく作戦立案室に集まった俺ら八人とリオン、そしてレオニエルとウェル。

 東郷の言う事には一領主ずつ話し合っていては間に合わないという事でまずは二手に分かれて南の犬人ワードックと南西の猫人ワーキャットの争いをそれぞれ収め、そこから兵士を集めながら半円回りに北部に向かうと言う話だった。


「南西の猫人には俺とレオニエル将軍が。南の犬人には南部とウェル副将軍で対応してもらいたい」

「おい、聞いてねえぞ」

「私もさっき思い付いたのでな。誰かに言う間もなかった」


 悪びれた様子もなくしれっと答える東郷。

 嘘つけ。

 そう思ったが嘘だという事を証明する手段がないので諦めて違う方向から攻める事にした。


「それなら各領地に俺達一人一人が出向けば早くねえか?」

「い、嫌ですよ恐ろしい……!!」


 俺の提案に真っ先に反対したのはウサギ野だった。


「そんな、私一人で敵か味方かも分からない領地に行くだなんて考えるだけでもおぞましいです!」

「わ、私も一人ではとてもではありませんが……」


 続いて控えめに手を上げて頭を上げる佐藤ネコ


「あー……そうだな。悪ぃ」


 二人の事を考えてやれてなかったな。


オイも政治的な事とか小難しい戦略とかは分からんからのぉ」

「アタシもだね」


「あ、あぁ……」


 そんなの俺だってさっぱり分かんねぇよ。


「という訳だ。頼むぞ南部なんぶ。分からない事はウェル副将軍に聞いてくれ」

「……あぁ」


 くそ。

 やっぱりこうなっちまったか。


「ほんじゃワシらはどうしたらいいかのぉ?」


 俺よりも遥かに交渉事に関して頭が回るであろう西海キツネが自分を残留組の頭数に組み込んで東郷に指示を仰ごうと口を開いた。


「あぁ、それについてだが北山さんドワーフ夏目ワータイガーさんは引き続き首都でクロスボウの量産を始め近代武器の製造が出来るかという調査を行ってもらいたい」

「了解じゃ!」

「任せといてよ」


冬木エルフさんと佐藤さんは前のように能力を使って催涙弾の他、ここに記してある物が作れるのかを調べてほしい。販売出来そうな風邪薬や生活道具のリストも作ってあるから売れそうな物が量産出来たら佐野さんが売りさばいて王都内の生活水準を引き上げて欲しい」


「分かりました」


 そう言って冬木は東郷の差し出したリストを受け取った。


西海さんキツネは今まで通りと言えばよいのか……。王都市民の病人や怪我人を診てあげて欲しい」

「心得た」


「明朝すぐにそれぞれ三千の兵士を連れて南侵を開始。王都の兵士の指揮権は一時リオン殿に委ねる事とする!」


 将軍ではない東郷の指示と命令に一同が頷くってぇのは何とも不思議な光景だ。

 だが今の俺達にはそれくらいの権限があり、同時に亜人国家の命運を背負っているんだ。




「この付近で兵達に小休憩を取らせても宜しいですか?」

「あぁ。その辺りの采配はお前さんがたに任せるぜ」


「分かりました。では……止めてくれ!」


 ウェルが御者に声をかけ馬車がゆっくりと速度を落とす。

 完全に馬車が停止したのを確認してウェルが鍵を外し、ドアを開けた途端若草の匂いを含んだ風が車内に吹き込んだ。


「すげぇなぁ……」


 見渡す限りの広大な草原に俺は思わず感嘆の声を漏らす。

 馬車から降りて後続を見れば武具を身に纏った大勢の兵士達が続々と大地に腰を下ろして休憩を取っていた。


「ナンブ様、水ですが飲まれますか?」


 風景を眺めていた俺に、ウェルが液体の入ったグラス差し出してきた。


「あぁ、すまねぇな」


 そう言って俺はグラスを受け取り、喉が渇いていた事もあって一気に飲み干した。

 よく冷えた水が喉を通り胃へと下っていく。


「美味ぇ」

「お気に召して頂けて何よりです。お代わりはどうですか?」


 水差しを持った手をクイッと上げてグラスに注ごうとするウェルの動作を俺は片手で制してやる。


「いや結構だ。ウェルさんよ、そこまで気を使わなくていいぜ。堅苦しいのは苦手なんでな」

「ウェルで結構です。しかしナンブ様は我々の救世主様でありまして……」

「あの時、東郷に噛みついて引っぱたこうとしていた気概はなんだったんだ」


 俺の言葉を聞いて背中に棒が入っているかのように直立するウェル。


「あ、あの時は大変失礼いたしました……! 思いもよらぬ方法と見た事のない武器につい頭に血が上ってしまい……」

「構わねぇさ。俺アイツの事は苦手だし、あれでバシッと一発叩けてりゃあスカっとしたんだけどな」

「そ、そんな不敬な……」

「とにかく、今のその姿勢もそうだが楽にしてもらわないと俺が疲れる」

「しょ、承知しました……」


 ウェルが折れてくれた事で俺も肩肘張らずにこの先やって行けそうだ。


「ところで、南西の犬人領主ってどんな奴なんだ?」


 リオンから説明を聞いた時に一度会ってみてぇもんだとは思ったが正直、忠誠の厚さが凄い奴くらいしか覚えてちゃいねぇ。


「ブロウウェル侯爵は黒い毛色で体格はナンブ様と同じぐらいか少し大きめ。昔魔物との戦闘で片目を失っておられる事から隻眼侯と言う二つ名で呼ばれています」

「魔物ってのはやっぱり強いのかい?」

「ナンブ様の世界では魔物はいなかったのですか?」

「あぁ。種族なんざ人間か動植物くらいで、魔物や亜人なんて見た事ねえな」

「そうでしたか……。魔物の強さも様々なので一概に何とも言えませんが、侯爵が戦われた魔物は自分の背丈より大きな蜥蜴とかげだったと聞きます」

「蜥蜴というか……そんだけデカけりゃあ小型の恐竜みてぇなモンだな……」

「キョウリュウ……ですか?」


 聞きなれない単語だったのか、発音がややおかしい。


「住む世界が違うもんな。やっぱ分からねえか。」

「はい……申し訳ありません」


 そう言って頭を下げるウェルに俺は首を振る。


「いやいや。そんで? ブロウウェル侯爵の性格とかはどんななんだ?」

「あ、はい。隻眼侯は国王に絶対の忠誠を誓っておられますので謀反や反旗からは一番縁遠いかと思います。ただ、政治の方はあまりお詳しくはないようで、常にご子息が表に立って舵取りをされておられますね」

「なるほどなぁ」


 謀反や反旗を起こす人柄ではないが、北方への派兵は拒否……。

 国王直々の勅令ちょくれいを拒否してまで?

 そこが何か引っかかるんだが……。


 うーん……。


「はぁ。うだうだ考えるのは性に合わねえや。やっぱし現地に行って話を聞いてみるのが一番だな」

「……ナンブ様はトウゴウ様と真逆のお考えのようですね……」


 俺の導き出した結論を聞いたウェルが何だか分からねえが驚いた顔をしている。


「ん? まぁ、そんなだからアイツとはウマが合わねえんだろうよ」

「そうですか……。しかしこういう状況下で言えば、そういうお二人が手を取り合っているというのはある意味理想的なのかも知れませんね……」

「はぁ?」


 理想的?

 そんなバカな。

 ん? 確かアイツもそんな事を言っていたな。


「悪ぃ。何がどう理想的なんだ?」

「えっと……。私が思ったのは、トウゴウ様と相性が合わない人は自然にナンブ様の方へいくでしょうし、その逆もまた然りかなと……」

「……」


 ……あの野郎。

 冬木の時といいウェルといい、東郷がちょくちょく理想的だと言っていた理由が今わかった。

 分かった所でどうしようもねぇんだが。


「教えてくれてありがとうよ、ウェル」

「い、いえ。どういたしまして……」


 ひとまずアイツより先に四領主をまとめ上げて北方に集結させてやる。


 俺の心の中に一つの目標が今生まれた。







あとがき

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る