第十三話 将軍

まえがき

救世主軍とレオニエル軍による模擬戦は救世主軍の圧勝に終わった。

だがこれは所詮模擬戦。

この先にはまだ、問題が立ちはだかっている。





















「俺の……完敗だ」


 模擬戦後に顔を合わせた南部と東郷、そしてレオニエル将軍とウェル。

 出会うなり開口一番にレオニエルがこうべを垂れて言った言葉がそれだった。


「私は……、私は納得いきません!」


 隣にいたウェルが声を荒げる。


「あんな……! あんな卑怯な戦法で勝利だなんて認められません!」

「よさないか、ウェル副将軍!」

「いいえ黙りません!!」


 レオニエルの制止も聞かずにウェルが発言を続ける。


「それに、我々が知らないような武器や道具を使用するのも公平フェアではないではないですか! あれでは勝つのは当たり前です!!」

「ウェル!!」


 レオニエルの咆哮のような怒声で、ようやくウェルが口を閉じた。


「副将軍の無礼な言動をお許し頂きたい……」

「そんな……! レオニエル将軍が頭を下げる事ではありません!」


 先ほどとは違い、今度は深々と頭を下げるレオニエルの行動に目を大きく開いて声をあげるウェル。


「いや、無礼云々は構わないよ。ただ……」


 別段気にも留めない風に東郷オオカミが答えてから、言葉を続ける。


「そちらのお嬢さん――ウェルさんと言ったかな? 君の発言はどの立場からの発言なのだろうか?」


 まぁた始まったよ、と南部イヌは胸中でため息をついた。

 ある種の潔癖症と言うべきなのか、東郷の「納得いかない事に対してはとことん噛みつく」性分は未だに理解が出来ない。いや、理解したくない。

 そう思っている南部自身もまた、気に食わない事に対してはすぐに口を出してしまう性分がある所からいわゆる同族嫌悪という奴だろう。

 今回の場合は犬人と狼人の為とくくってしまうのもいささはばからられるものがあるが。


 東郷の質問を受けてウェルはチラリとレオニエルを見る。

 レオニエルもまた、ウェルをかばいたいものの何をどう答えるのが最善なのかを考えているようだった。


 返事を返さないウェルの事を気にせずに東郷は話を続ける。


「一個人の立場としてなのか、副将軍としての立場なのか、軍人としてなのか。お聞かせ頂けないだろうか?」

「一個人として、です。将軍や軍は関係ありません」


 出された選択肢の中でも一番他人に迷惑がかからないものを選び、毅然とした態度で東郷を睨むウェル。


「ふむ……一個人として、か。それならば私も一個人として話そう。」


 東郷が一度頷いてからウェルへと向き直った。


「先ほど君は公平フェアではないと言ったが、こちらの軍は士気も低く不平不満も出ていたのに対して君の軍は士気も旺盛だったようだがそれは公平ではないのではないのかね?」

「そ、それは貴方達が士気の下がるような陣配置をしたからで……」

「では全く同じ陣形に同じ戦法、同じパワーバランスで年齢や身長、体重も公平にして戦うべきだと?」

「それは極論です! そこまでは言ってないではないですか!」


 東郷の挑発するような物言いに見事に乗せられたウェルが大きな声を上げる。


「確かに、そこまでは言われてはいない。だが私達には私達の戦術と知恵があるが、それを使う事自体が卑怯だと言うのであれば暗にそう言った事を強要しているのではないのかね?」

「そんなつもりは……」


「君個人がこの模擬戦に何の意味を見出しているのかは知らないし知りたいとも思わない。だが、我々の敵は人間であると言う事は忘れて欲しくはないのだが」

「そんな事、貴方に言われずとも分かっています……!」


「いいや、君は分かっていないな。もし人間と戦争を始めたときにあちらが見たこともないような兵器を使用して我々が知らない陣形を用いてきてこの国が敗北した時は今のように「公平じゃない」と抗議をするつもりかね? 大勢の同胞が死して大地にその身をさらした状態で」

「し、しません!」


「今君が言っているのはそれと同じだよ。卑怯だ何だと駄々をこねる子供だ。国家間同士の戦争に卑怯も正当性もありはしない。あるのはただそれぞれに掲げた正義だけだ」


 言い方は非常に乱暴だが、南部は東郷の言い分が痛いほどよくわかった。

 つまる所戦争とはそれぞれがそれぞれの掲げた正義の元で戦い、強い方が弱い方の掲げた正義を悪とみなして潰すだけの行為なのだ。

 負けた国が後で何を言おうがそれは意味を為さない。


「……貴方は……悲しい人ね……」


 言い返す事が出来ないウェルが苦し紛れに放った言葉に、東郷が慇懃無礼いんぎんぶれい会釈えしゃくをする。


「何とでも言いたまえ。君個人の感情や正義など大きな戦争の前ではどうでもいい小さいものだ」

「貴様ぁっ!!」


 頭に血が昇ったウェルが東郷に平手打ちをしようと右手を上げたが、白くて太い腕がその手を掴んで止める。


「ウェル、やめろ!」

「れ、レオニエル将軍!!」


 ウェルの手を掴んだまま、レオニエルは顔だけを東郷の方へ向ける。


「東郷殿の言い分は全くもってその通りだ。人間が我々の知らないような武器を使ってくる可能性は十分にあるし、我々の陣形とて研究されてすでに破る方法を編み出している事だろう」

「し、しかし……」


 何かを言いかけたウェルだったが、レオニエルは静かにかぶりを振ってその言葉を止める。


「……これより俺とウェルはそれぞれ将軍と副将軍の任を辞して、中央軍の総指揮権を東郷殿に委ねる」

「将軍!?」


 予想外のレオニエルの発言に驚くウェル。

 ここまではこいつの予想通りの流れなのかよと思いつつ南部は東郷を見ると、東郷も少し驚いたようにいつもよりわずかに目を大きくしていた。


「ん? 悪いが将軍と副将軍はそのまま続けてもらうつもりだが」

「な、何故ですか!? 俺達は敗北した。勝者が指揮を執るのが常でしょう」


 東郷の言葉に、今度はレオニエルが目を大きくして驚きの声を上げる。


「君たちの国の文化ではそれが常なのかもしれないが、私や南部が将軍職になるよりも、レオニエル殿とウェル殿に引き続き将軍職に就いていてもらう方が兵の動揺も少なく、士気が高い状態で軍改革が行えると思っているのでね」

「な、なるほど……」


 東郷の思惑を聞き、合理的だと納得するレオニエルとウェル。


「私や南部はあくまで「参謀」と言う立場で改革を行っていくつもりだよ」

「俺もかよ」


 今までのやり取りを黙って聞いていた南部が名前を出されて声を漏らす。


「陸軍の改革は南部の方が向いていると思うがね」

「頭ァ使う事は苦手だ」


 ハッキリと拒絶する南部の言葉に、東郷がやれやれと言わんばかりにため息をつく。


「大体の構想は私の方で描くさ。後の調整を任せる」


 一番面倒な所を押し付けられたと心中で悪態をつく南部を無視して東郷は話を進める。


「さて、レオニエル殿とウェル殿……他指揮官クラスの者達にも今後は我々と同じ考え方を持ってもらうつもりだからそのつもりでいてくれ給え」

「同じ、考え……?」


 ウェルが疑問の声を出したのを受けて東郷が頷く。


「まず、猫人と兎人が戦争に不向きだからという理由で劣等種のように見る事を禁止する。同時に虎人とドワーフが屈強だからと優れていると考える事も禁ずる」

「……」


 東郷の言葉に、納得も否定も出来ない二人が黙り込んでしまう。


「我々のいた国の話にはなるが、戦争において兵士が命を落とす原因は直接的な戦闘による死よりも、遠距離攻撃による死の方が圧倒的に多いのだよ」

「何と……」


 予想外の死因にレオニエルが声を漏らす。


「近接武器は勿論持たせるが、弓矢も持たせる事で非力な兎人や猫人でも十分に敵兵を攻撃、殺傷する事が可能になる」

「そう、ですね……」


 先ほどの模擬戦で兎人にしてやられたと感じているウェルが渋い顔で同意する。


「それ以外にも色々と種族の特徴を生かした兵科を新設していくつもりなので、宜しく頼む」


 そう言って東郷が手を差し出すと、レオニエルは一度だけ頷いてその手を握り返した。


「南部。君も手を出し給え」


 横でボーっと突っ立っていた南部に対して顎でウェルと握手すりょうに指示を出す東郷。


「……よろしくな」


 東郷に促された南部が不本意そうな顔でウェルに手を差し出す。


「……宜しくお願い致します」


 ウェルもまた、東郷とのやり取りがあったしこりが残っているようで不愛想に南部の手を取る。


 こうして救世主軍とレオニエル軍の模擬戦は幕を閉じた。

 そして救世主達は休む間もなく、次の対策へと臨む事となる。






あとがき

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

模擬戦がやっと終わり、国(中央軍)がまとまりました。

次回からは領主編に移れたらなと思います。

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