第十二話 勝敗

まえがき

救世主軍は各々の技能を生かした戦法を用いてレオニエル軍の左翼と右翼の動きを見事に抑え込んでいた。





















 右翼、左翼ともに攻撃を受けた事で指揮系統を混乱させられ、軍としての機能を失っているとの報告を受けたレオニエルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「さすが救世主と呼ばれる事だけはある、と言う事か……!!」

「報告によると左翼は兎人ワーラビット狐人ワーフォックス共に半数以上が倒れ、残る者も抵抗する事はおろか撤退する事すらままならない状態との事。右翼は大きな被害は出ておりませんがそれはだからと言うだけの話で、もし実際の戦闘であれば正面からの狐人による火球と側面からの兎人による弓攻撃で左翼と同じく半数以上が倒れている事になるか、と……」


 ウェルも非常に不本意そうな表情を浮かべてはいるものの、冷静に戦況を判断しての結果を嘘偽りなくレオニエルに報告する。


「中央はどうなっている?」

「はい。中央は敵虎人ワータイガーの投げた黒い玉が犬人ワードック狼人ワーウルフの集まっている箇所に着弾、破裂した事で大勢の兵士がうずくまって痛みを訴えており、戦闘継続が不可能な状態に陥っております。」


「何だと!? 模擬戦で投擲武器を使うなど言語道断!! 許されざる卑怯な行いだ!! 死者や怪我人は出たのか!!!?」

「ヒッ!! ……い、いえ! それが……」


 毛を逆立てて激高するレオニエルの怒気に当てられ、ウェルの体が本能的にビクリと跳ねる。

 ウェルはその場から逃げ出したい気持ちをぐっとこらえて、何とか言葉を紡ぎだす。


「黒い玉自体は何かにぶつかればすぐ割れるような軽い素材で作られており、中から出た粉末が皮膚に付着した事が原因で痛みを訴えているようで……特に外傷もなく、死者も出ていないという状態です……!」

「そうか……!」


 死者も怪我人も出ていない。

 その報告を受けてレオニエルの怒りが鎮まったのを見て、ウェルが胸中きょうちゅう安堵あんどのため息をつく。


「そうなると……我が軍で今戦えるのはドワーフと虎人のみか……」

「そう、なります……」


「よし! 当初の目的より大幅に狂ってしまうがこの戦法の本来の目的はなるべく無傷で高い火力を持つドワーフと虎人を敵本陣にぶつける事である! このまま二種族は一本の矢となりて敵最前線の一点を突破する!! 突き進んで敵総大将を討てば我々の勝利ぞ!!」

「リスクは大きいですが、残された兵力からすればその方法が最善ではないかと思われます。すぐに右翼と左翼の残存兵に現状維持にて防ぐよう通達し、動ける犬人と狼人も加えて中央突破させるように指示を出します!」

「うむ! 頼んだ!! 俺自身もその突撃に参加して救世主を討ち果たしてみせようぞ!!」


 レオニエルの言葉にドワーフと虎人達から「うおぉぉぉ!!」と気合と歓喜の声が上がった。


 しばらくして。

 動ける犬人と狼人を外側に配置し、内側には縦に並んだ虎人とドワーフというまさに一本の矢のような陣形のレオニエル軍が救世主軍目掛けて突撃を開始した。




 ・ ・ ・ ・ ・




「やれやれ……。戦力状況も掴めずに突撃一辺倒いっぺんとうとは……な……」


 レオニエル軍の中央が慌ただしく動き始め、突撃の態勢を取り始めるのを確認した東郷が目を細めて鼻で笑う。


「次はどうなさるおつもりですか……?」


 傍に立っていた犬人と狼人の指揮官。

 犬人の方が控え目に尋ねてきたので東郷は視線を移す。


「ふむ。どうやら私達……特に私は君達に不人気のようだが、それでも私の指揮に忠実に従ってくれるのかね?」


「え? も……勿論ですとも……」


 東郷のからかうような言葉と視線に、一瞬何を言ったのか理解が出来ていなかった犬人と狼人だったが、その瞳の奥に本作戦に不満を抱いていた犬人と狼人全体を責めているような色が宿っているのを感じて、返事を返すと同時に目を伏せてしまった。


 犬人の言葉と様子を見て東郷がクックッ、と笑ってから満足そうに頷いた。


「物分かりが良くて助かるよ。さて……それでは犬人と狼人の諸君にも戦働きを見せてもらおうか」


 その言葉を聞いた犬人と狼人の指揮官はお互いに横目でそれぞれの顔を見合わせた。




 ・ ・ ・ ・ ・




「突撃ィィィィ!!!!」


 レオニエルが持っていた鋼鉄の剣を救世主軍中央の方へと振り下ろす。


「ウオォォォォ!!!!」


 あれからすぐにドワーフと虎人各千五百の三千を中心に、無傷で動ける犬人と狼人合わせて千人程をかき集めてその外部に配置させた。

 そして今、無傷の中央軍約四千が一本の細長い矢となって突進を開始したのだった。


「敵の中央は六千!! 我らの一点突破で敵総大将を討てばこの戦は我々の勝利ぞ!!」


「オオオオォォ!!!!」


 レオニエル直々の指揮という事で全兵の指揮は高く、また敵陣に真っ先に切り込めるという武人に取って誇らしい行動に一同は武器を掲げて湧き立っていた。


「見ろぉ! 救世主軍は我らの戦意を見て恐怖におののいておるわ!!」


 レオニエルの言う通り救世主軍は何やらもたついているらしく、こちらへ前進してくる気配は一切見えなかった。

 と、救世主軍の最前線にいた虎人が後方から盾を受け取っているのが見える。


「ガッハッハ!! 虎人に盾を持たせて我らの突撃を阻もうとしておるぞ!」


 レオニエルの笑いにつられ、兵士達の間にも笑いが生まれる。


「我らは目の前の敵にだけ集中せよ!! 横や後ろは振り返るな! 前の同胞が倒れればその後ろの者が最前線を務めよ!!」

「ハッッ!!」


 もう後少し駆ければ最前線同士がぶつかり合うという所まで来たときだった。


 ドンッッ!!!!


 最前線の虎人が盾を地面に突き刺した。

 柵のように綺麗に並ぶ盾。

 そして……。


 ザァァァッ!!!!


「……は……?」


 突然救世主軍の中央六千が踵を返して逃亡を始めた。

 この行動にはレオニエルも一瞬呆気に取られたが、すぐに状況を把握するやいなや顔を真っ赤にして激高する。


「正々堂々戦わずに逃げるなど……それでも武人かァァァ!!!!」


 雄叫びとも言える怒声を上げて、逃げる救世主軍を追跡するレオニエル。


「邪魔だァァ!!」


 地面に刺さった盾を蹴り壊して、遠ざかる敵の背中を全力で追いかける。

 頭に血が上って救世主軍を追うレオニエルに、ウェルが慌てて後ろから追いついてきた。


「レオニエル様! 最前線は危険です!! 最前線は我らが務めますので!」

「ええい! 臆病な救世主どもに何が出来る! 構わんから俺に続け!!」

「し、しかし……」

「くどいぞウェル!!」

「し、失礼いたしました! 皆の者、レオニエル将軍に続け!!」


「オォォッ!!」


 他の兵士が盾を飛び越えたり蹴って壊したりと障害となる物を壊して前進していく。

 そうして何分追いかけ続けただろうか。

 救世主軍の兵士六千が駆け抜けた後に、一人の狼人が立っているのが遠目から何とか視認できた。


「あ、あれは……!」


 ウェルが指を指して声をあげる。


「東郷ォォォ!!!!」


 レオニエルが怒りに満ちた目で狼人を睨みつけて叫んだ。

 その人物こそ、救世主軍の総大将である東郷兵衛であった。


「皆、あそこにいるのが総大将だ! あやつを討てば……!!」


 レオニエルが後ろにいる友軍に指示を出そうとした時。


 ブォォォー!! ブォォ……ブォォ……ブォォォー!!


 救世主軍から聞きなれない合図の角笛が響き渡った。


「~~~~!!!!」


 ここからは聞き取れないが、東郷が何かを叫んでいる。


「何だ……!?」

「れ、レオニエル様!!」


 レオニエルが周囲を見回して状況に気付いたのと、ウェルが声を掛けたのが同時だった。


「左右に……エルフと狐人が……」


 レオニエル中央軍は中央突破を狙うあまり前進しすぎたのだ。

 その結果左右にいる救世主軍のエルフと狐人に挟撃される形を取られていた。


 ドドドドド……!!


 そして聞こえてくる地鳴り。


「前方から、来ます……」

「分かって……いる……」


 左右からエルフの矢と狐人の火の球による遠距離攻撃を受け、進むべき方向から東郷を守らんとして突撃してくるドワーフと虎人、そして犬人と狼人。


 この采配が決め手となりレオニエル軍は大敗北、潰走かいそうするのであった。







あとがき

ここまでお読み下さりありがとうございました。

何百年も敵のいない模擬戦を盲目的に行っても形ばかりで意味がないのかもしれませんね!

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