第十一話 詭道
まえがき
レオニエル将軍が指揮を
「お、おい! あれは何だ!?」
前進をしている最中、左端で盾を構えていた
その目に映ったものとは……。
レオニエル軍左翼の側面方向に突如、亜人が姿を現す。
その亜人はまるで地面から生えたかの様に頭を出し、続々と数を増やしながらこちら目掛けて駆けてくる。
「わ……
その声を聞いた兎人が次々と左へ振り向いた事で足並みが乱れ、隊列も崩れ始める。
「前を引き続き守るのか!?」「おい! 勝手に持ち場を離れるなよ!」「じゃあ側面はどうするんだよ!?」と動揺から混乱が生まれ、
その混乱が瞬く間に
真正面に対峙しているはずの猫人が
一体どうやって?
いや、今はそんな事はどうでもいい!
この事態にどう対処するか、だ。
兎人の指揮官は慌てて思考を巡らせるが、対応が上手く纏まらない。
「後方の
「しょ、承知しました!」
腹を決めた兎人が傍にいた伝令兵に救援要請を伝え、すぐに走らせる。
「兎人は前面の者は現状維持にて来るかも知れんエルフの矢に備えよ! 後方に控えている兵士は急ぎ側面に移動して猫人の攻撃を防ぐのだ!!」
「ぜ、全体にどうやってそのような指示を出しましょうか!? 角笛ではそのような指示は出せません!」
角笛はあくまで開戦と前進、撤退などの簡単な命令を伝えるだけの手段であり、「後方の兵士のみ側面に移動し、防衛せよ」等という複雑な命令を伝えるのは不可能なのであった。
「ええい! 伝令兵!! 今の命令を復唱して急ぎ兎人の後方を駆けながら伝えよ!!」
「は、はい!」
「承知しました!!」
命令を受けた伝令兵が二人、次々と駆け出していく。
兎人の総数は千五百人。
隊列は縦四列の横の長さは約三百メートル程。
一分もあれば命令だけは行き渡るだろう。
だが兎人の指揮官は失念していた。
猫人は持久力はないが瞬発力が高い種族である事を。
「うわっ!」
「ぎゃあぁ!!」
「い、痛ぇぇ!!」
左翼で悲鳴が上がった。
声がした方を見れば、距離を詰めてきた猫人達が次々と黒い玉を兎人が密集している所に
「な、何だあれは!」
兎人達だけではなく狐人の方でも同じような悲鳴が上がっている事から、同様の攻撃を受けて被害が出ているようだった。
「何をされているんだ! 誰か報告を……」
と、一つの黒い玉が指揮官の視界に映った。
この直後、兎人の指揮官は身を以って部隊に何が起きているのかを知る事になる。
・ ・ ・ ・ ・
「な、何ですかあれは……!!」
崖の上。
中央と手前で救世主軍から投擲されている黒い物体を見てリオンが声を上げる。
「催涙玉です」
リオンの疑問に、冬木が目を細めて戦場を見つめたままポツリと口を開いた。
「サイルイダマ……?」
「ええ。自然に原生していた薬草やその他色々な成分を混ぜ合わせて作った相手の戦意を奪う道具ですよ」
「そ、そんな物が……! 一体どうやってあんな道具を……?」
「私の技能「
「なんと……!」
救世主たちの知恵と技能の応用力の高さにリオンは言葉を失う。
「か、体に害はないのでしょうか? 見た所とても苦しんでいるようですが……」
リオンの質問に、冬木は申し訳なさそうに微笑む。
「大丈夫ですよ。模擬戦という事で効果は落としてあります。ただ……それでも一時間位はまともに目を開けられない程の刺すような痛みがあるかと思いますが……」
「そうですか……」
命に別状がない事を聞いたリオンが胸に手を当てて安堵のため息をつく。
レオニエル軍の兎人と狐人部隊は既に半数近くが戦意を喪失しており、猫人の攻撃もしくは救世主軍のエルフが矢打ちをこちらに行えば壊滅して敗走するのは誰が見ても明らかであった。
「あ、
佐藤が声を上げて、片手を上げて大きく振った。
救世主軍の猫人のいる陣地から半円を描くように敵陣兎人の側面まで掘られた塹壕。
猫人達が飛び出した所に一人の犬人が疲れきったように座り込んで崖上の一同を見上げていた。
南部は佐藤が手を振っているのを見て、ゆっくりと片手を上に上げた。
・ ・ ・ ・ ・
レオニエル軍右翼。
こちらは左翼と真逆で、猫人が盾を構えてエルフの後方攻撃を防護していた。
「敵は動かず、ですね」
猫の副指揮官が微動だにしない救世主軍の兎人を確認して指揮官に話しかける。
「まぁ、戦闘能力が低い種族であるからな。主だった攻撃方法もなく後方の狐人を守る任務ぐらいしか出来んだろう」
「そうですね」
「それよりも狐人の火球攻撃を長く防ぐ事だけを考えよ!」
「分かりました」
「後方のエルフが中央を殲滅して虎人とドワーフを突入させれば、救世主軍は総崩れとなる! それを支援するのだ!」
「はっ!」
今まで通り何度も繰り返して来た演習。
今回もその通りにするだけで良いはずだった。
中央の陣に黒い何かが無数に飛来した瞬間までは。
「な、何だあの黒い玉は!?」
そう叫び声を上げたとほぼ同時に。
ゴォッッ!
一つの火球が猫人とエルフの頭上を黒煙を引きながら飛んでいった。
「な、何だと!?」
上空を飛んでゆっくり消えていく火球を見てから放たれた方向……救世主軍の狐人に視線を落とす。
「っっっ……!!」
猫人が驚きに目を見開く。
全兵が。
狐人千五百人全てが、こちらに向かって魔法を打つ動作をしていた。
「ち、中央に撃たないだと!?」
だが驚かされた内容はそれだけではなかった。
「なっ……! なっっ……!!」
兎人が盾を捨て、跳躍しながら右側に回り込むという行動を取っていた事で指揮官はこれでもかと言うぐらい驚かされて言葉を発せなかった。
「指揮官! ど、どうすれば良いですか!」
「迎撃しますか!?」
指示を仰ぐ兵士に急かされて猫人の指揮官が声を荒げる。
「当たり前だろうが! いや、待て! 今迎撃に兵士を割くと目の前の千五百の火球を防ぎ切れん!」
「で、では!?」
「迎撃をエルフに要請しろ! どうせ兎人は武器を振るう力も非力だ! 耐えきれ! 耐えきればエルフの矢がすぐに掃討してくれるだろう!!」
「承知しました! エルフに救援要請を出してきます!」
指示を受けてすぐに駆け出す猫人。
「よし……よし! 猫人の底力を見せてやるぞ! 全兵! 火球を防いだら次の魔法発動までに迫ってくる兎人を盾で殴り飛ばしてやれぇ!」
指揮官が声を張り上げると回りの兵士達がオオォォ! と勇ましい声を上げた。
「さぁ来ぉい!!」
狐人の魔法攻撃の一度目は防いだであろう時間。
もし実戦ならば最初の攻撃で何人の盾が壊れ、その身を焼かれるのだろうか。
そんな事を考えながらも横から迫る兎人達に対し、盾で殴り飛ばそうと向きを変えた時。
ピタッッ……。
ある程度の距離で兎人達がピタリと動きを止めた。
「な……!?」
殴って迎撃しようとした猫人達だったが、近付いて来ない兎人に対して距離を詰める事もできず、ただ盾を構えて接近を待つだけになる。
と。
兎人達が突然背中から木製の器具を取り出した。
「な、なんだあれは!?」
「エルフの……弓?」
「いや、それよりも小型だぞ!」
初めて見る武器にどよめきが猫人の中に生まれた直後。
ビィン! ビィン!
エルフの弓よりはやや軽いが。
矢を放つ弦の音が響いた。
・ ・ ・ ・ ・
「おっほー!
崖から随分遠い場所で兎人がボウガンを取り出したのを見て虎鉄が歓喜の声を上げる
「アタシ達の、だろ?」
コツンと虎鉄の頭を小突いてニヤリと笑う静子。
「俺らの、じゃのぉ!」
「あ、あれは弓ですか……!?」
模擬戦が始まってからもはや何度目の驚きか分からないリオンが驚きの声を上げた。
「おう、そうじゃ! ボウガンと言う片手で矢を射られる武器じゃの」
「か、片手で……!」
「まぁ、エルフの持ってる長弓に比べたら射程は落ちるけどねぇ。それでも非力な兎人でも撃てるいいシロモノだよ」
「これを作るのに随分と夜更かししたけどのぉ……」
言って虎鉄がボリボリと頭を掻く。
「あなた方は……まさに……この国を救う救世主様です……」
リオンは神に祈るように両手を組み、静かに頭を下げた。
あとがき
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
次回は中央陣の戦いとレオニエル将軍のターンです。
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