第十話 教導
まえがき
いよいよ東郷と南部率いる亜人軍とレオニエル将軍率いる亜人軍が模擬戦を開始する。
東郷と南部は見事勝利を掴む事が出来るのか……?
「盾、構えェ!!」
ブオォー!! ブォォー!!
レオニエル将軍の指示が飛び、角笛が二回吹き鳴らされると前衛の亜人達が一斉に木製の盾を構える。
規模が規模だけにその動作一つだけでも迫力があり、崖上から見学している一同が息を呑む。
対して救世主側は何も行動を起こさず、ただ何かに備えるかのようにじっと腰を低くしていた。
「救世主殿のあれはなんだ……? しかも盾も構えんだと?」
レオニエルが眉を潜めて呟きを漏らし、同時に隣にいた狼人の女性が鼻をならす。
「宜しいのでは。このままこちらの軍勢で一気に攻め立ててはいかがでしょうか?」
進言した内容を受けてレオニエルも頷く。
「元よりそのつもりだよウェル副将軍。何と言っても我らの士気は高い。兵数と練度、装備が同等ならば後は指揮官の統率力と兵の士気が物を言うのだから」
「そうですね。全兵前進! 前衛は盾を打ち鳴らして相手に我らの意志の強さと恐怖というものを教え込んでやれ!!」
ウェル副将軍の命令を受けた伝令兵が息の長い角笛を吹いた。
ガン!! ガン!! ガン!! ガン!!
手に持った武器で盾の縁を叩きながら、レオニエル率いる一万二千は東郷・南部の軍に向けて一糸乱れぬ行進を開始する。
「さて、救世主殿はどう対象されるのか……」
レオニエルは目を細めて、相手側の本陣があるであろう場所を睨み付けた。
・ ・ ・ ・ ・
ガン!! ガン!! ガン!! ガン!!
大軍が盾を打ち鳴らす音によって大地が震動し、地震が起きたような錯覚を覚える。
「東郷、敵さんが動き出したぜ」
「そのようだな」
隣で急ごしらえの椅子に腰かけて目を閉じていた東郷がゆっくりと目を開ける。
「ご報告致します!」
その時、犬人が陣幕の中へ慌ただしく入ってきて、片膝を地面につけて顔を伏せる。
「おう、どうした?」
大方予想がついているのか、東郷は入ってきた犬人を一瞥しただけで何も言わなかった為にやむなく南部が声をかける。
「はっ!! 敵軍が前進を開始しましたが、我が軍は依然身を伏せたままで行動指示がなく、動揺が生まれております!」
バッと顔を上げた犬人が指示はまだかと言わんばかりに高揚した目で南部を見たのに対して南部はチラリと東郷を見る。
「あー……」
「作戦は伝えてある通りだ。「敵がある程度の距離に来た時のみ行動を開始する事を許可する」と再度伝達してくれたまえ」
南部の視線を感じたからなのか、東郷が冷静に淡々と答えると、犬人は再度頭を下げ「承知致しました……!」と答えて立ち上がった。
「南部。そろそろ出番だぞ」
犬人が去った後、東郷が静かに立ち上がって南部を見て口を開いた。
「俺がどうこうせずとも普通にやりゃあ勝てると思うがなぁ……」
めんどくさそうに頭を掻きながらぼやいた南部に、東郷が口の端を上げる。
「働かざる者、食うべからずという言葉を知っているか?」
「ちっ……」
東郷のもっともらしい言葉を聞いた南部は顔をしかめながら陣幕の外に繋いである馬の方へと歩き出した。
・ ・ ・ ・ ・
レオニエルの軍隊は依然変わらぬ歩調でゆっくりと、堅実に救世主軍へと接近していた。
「もうじき射程圏内である! 左翼と右翼から援護射撃があるので心置きなく突進し、後続のドワーフと虎人を最前線に送り込むのだ!! 我らの祖先の通り戦えば負けはしない!」
最前線の指揮を取る犬人指揮官が周囲の兵に
実際の所
今この瞬間までは。
「さぁ、行く……ぞ?」
犬人の隊長が突進の命令を出そうとしたその時。
敵陣から無数の黒っぽい
その礫は放物線を描きながらこちらへと向かってくる。
それはさながら、黒い雨か雪のように見えた。
「た、盾!! 上に構えぇぇ!!」
何が迫って来るのか全く分からない状態であったが指揮官が叫ぶような声で命令を出し、回りの兵士達が慌ててバラバラと盾を上に持ち上げ始める。
「何故だ! 魔法も弓矢もまだ射程圏外のはずだ!!」
そう叫んだ直後。
犬人と狼人の陣に黒い礫が降り注いだ。
・ ・ ・ ・ ・
盾を打ち鳴らしながら
「救世主サマは何を考えておられるのか……」
「わざわざこんな配置にするなんて信じられん」
「シッッ! リオン大臣の厳命だぞ。不満はあるだろうが口に出すなよ」
「あーあ、レオニエル様の方の軍が良かったよなぁ……」
「まぁまぁ。どうせ模擬戦だから死ぬことはないさ。ちょっと痛い思いをするだけだ」
「伏せて待て、だなんて犬人の得意芸だよなー!」
「んだとコラ!」
最も大変だったのは指揮官クラスの亜人で、各所各所でこんな盛り上がりを見せている兵達を叱り、鎮静化させるので手一杯だった。
「こら! 無駄口を叩くな! 命令があるまで身を伏せて待機だぞ!」
「そこぉ! 救世主様の事を悪く言うなっ!!」
そんな中、ただ静かに待つ種族もあった。
「先人の戦略を悪いとは思っていないが、ようやく我々が先陣に立てるんだな」
「ああ。今までは犬人や狼人が戦の戦端を開いていたからな。悔しい気持ちを抱いてはいたがようやく我ら虎人が先陣を切れるのだ。その点においては救世主様には感謝せねばな」
それは最前列に配置された虎人達だった。
ガルトウルムはここ数百年人間との争いはなかったのだが、それでも来たる日の為にと定期的に実戦訓練は行われていた。
もちろん祖先が作り出した陣形を反復して行ってきた為虎人は常に後方に陣取らされていた。
犬人や虎人より体格が大きく、繰り出される攻撃も強力な為に温存すると言う意味で後方に配置されていたのだが虎人達はそれに対して不服に思っていたのだ。
それが今回の模擬戦で東郷の指示により最前列に配置された。
理由はどうあれ虎人はその配置だけで戦意を向上させ、指示通り身を低くして待っていたのだ。
「敵が救世主様の指定する距離を越えました!!」
観測していた兵士が大きな声で報告する。
「よし! 虎人! 一斉に用意された物を
「オオォー!!」
指揮官部隊長の合図で、虎人達が腰に下げた
そしてそれを次々にレオニエル軍の兵士へと投擲を開始した。
・ ・ ・ ・ ・
レオニエル軍左翼。
兎人が盾を構えながら前進を続ける。
対峙する救世主軍の猫人は盾を掲げたまま一切の動きを見せない。
隙間なく綺麗に並べられた盾を見ると一種の柵にも砦のようにも見える。
「敵の中央も右翼も動かない……。射程内に入ったら動くのか……?」
盾を構えて前進しつつ兎人の指揮官が呟く。
「しかし我々は中央と足並みをそろえて歩くだけですよ」
隣にいる副指揮官が呟きに対して返事を返す。
「そうだな。我々が狐人の盾となり一秒でも長く狐人に火球を放ってもらう事で中央の陣を崩してもらう。この戦法が最善手なのだ」
もうじき狐人の放つ火球の射程範囲内にさしかかろうとしていた時、中央の方で動きがあった。
救世主軍の中央から黒い塊が無数投げられ、それが自軍の中央へと降り注ぐ。
「あ、あれは何だ!?」
「分かりません!!」
降り注がれた中央から悲鳴と怒声が生まれる。
「ど、どうしますか!?」
「わ……我々は任務を遂行するのみだ!!」
動揺する副指揮官に指揮官が自分の動揺を落ち着かせるように叫ぶ。
ビィーン!! ビィーン!!
「敵エルフ、射撃を開始しました!!」
「分かっている!」
救世主軍の構えた盾の向こうから弦を引く音が聞こえてくる。
射程内に入ったという証拠だ。
「兎人から狐人へ伝令! 射程内に入ったと伝えよ!!」
「はっ!!」
兎人の兵士が命令を受けて後方へと走って行く。
ビィーン!! ビィーン!!
実際の戦争であればこの弓矢で一体何人の兎人が盾を壊され、または隙間を縫って射られて殺されるのだろう。
兎人の指揮官は目の前に掲げた脆くて壊れやすい防壁をじっと眺める。
「くそ……戦争で真っ先に死ぬのはいつも弱者だ……!」
後方の狐人から風に乗って魔法の詠唱が聞こえてくる。
この魔法で攻撃するのは中央の陣であって、兎人を射てくる向こう側のエルフではない。
(分かっているんだが……な……)
指揮官がそんな事を考えていた時。
「お、おい! あれは何だ!?」
左側で盾を構えていた兵士が突然大きな声を上げた事で、兎人達に動揺が走った。
あとがき
ここまでお読み下さりありがとうございます。
ようやく衝突が始まりました!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます