第九話 戦争

まえがき

約束の日。

前回の六倍の規模となる二万四千の兵士が平野に集まる。

東郷の策とは?
















 四千人規模の模擬戦を見学した日から三日後の正午。


 王城や都市の警備兵、関所の守兵を除いた全兵が平野に集結していた。


 その数約二万四千。


 元よりそういう話ではあったし理解していたつもりではいたんだが、いざこの目の前の大軍を目の当たりにするとつくづく規模のデカい話だなと改めて思い知らされる。


「大丈夫、ですよね……」


 隣にいた佐藤ネコが不安そうに俺を見上げて尋ねる。


「あぁ。戦法やら軍の編成については俺もちょろっと意見は出したし、東郷オオカミの思惑通りに動けば大丈夫だろうよ」


 そう言って俺は、腕を組みながら軍を見下ろしている東郷を見た。

 その様子からは一切の不安や迷いは無さそうで、ただただ勝利を確信してる様に見えた。


「有難うございます。南部イヌさん」


 この三日間の生活で気落ちや困惑が無くなったのか、佐藤が情緒不安定に泣き出したり落ち込んだりする事はめっきり見られなくなった。

 全く人間とは弱いようで強いもんだ。


オイ静子トラも色々と提案はしたし、大丈夫じゃろ」

「ふわぁ……。そうだねぇ」


 そう言って隣で満足そうに頷く虎鉄ドワーフと対象的に、けだるそうに大きな欠伸をする静子。

 だが二人に共通している点は、連日ロクに睡眠も取っていない事によって出来た目の下のクマだった。

 一生懸命今日の為に動き続けていたんだろう。


「さて皆。今日の為に色々尽力をしてくれた事に感謝する」


「別にお前の為に動いたんじゃねぇけどな……」


 余計な一言と思われるだろうが、そこだけはハッキリさせておこうと思っただけだ。


「フフ、分かっているとも。さて、いよいよ本番だな」


 そう言って東郷が振り返った方向にはリオンともう一人、一回り体つきの大きい虎人が歩いて来ていた。

 灰色の毛並に黒い甲冑を身にまとい、背中には分厚い大剣を背負った目つきの鋭い虎人だ。


「皆様、この者が中央軍の総指揮を執っておりますレオニエル将軍です」


 リオンの紹介で隣にいた虎人が軽く頭を下げる。


「ガルトウルム王国中央軍総指揮官のレオニエルです。我らとは異なる世界からの来訪者との事で、本日はその戦法と戦術を学ばせて頂きます」


「こちらこそ。微力ながら貴国の勝利の一助になればと思う。ではよろしく頼む」


 東郷の横柄おうへいな態度に虎人は不快感をあらわにするも事なく、その身をひるがえすと自身の軍へと戻っていった。


「いいのかよ? あんな態度で。これから生死を共にする仲間なんじゃねえのか?」


 俺の問いかけに東郷が目を細めてレオニエルの背中を睨む。


「仲間、か……。これから先祖から受け継がれた古くからの組織を解体して軍の再編成を行うつもりの我々の事を仲間と見てくれるのだろうかね?」

「そりゃあ分かんねぇがよ。関係性を築いておいて損はねぇんじゃねえの?」


 東郷はフッ、と笑い俺の顔を横目で見た。


「それは南部。お前の仕事だよ」

「何で俺が……」


「それが理想的だからだよ」

「意味が分からねえ」


 何か前にもどこかで理想的とか言ってたな。

 こいつの協調性のなさはどうにかならねえモンか。


「さて、私達も自陣へと向かうぞ。陣形や合図、動きについての概要書は事前に各指揮官に渡してあるが念の為確認しておかねばな」


 近くにあった馬の手綱を引き、東郷があぶみへと足をかけてヒラリと飛び乗る。


「私と南部が軍の後方で指揮を取る。他の六人はここで勝利でも祈っていてくれ」


 そう言って東郷は馬を駆けさせた。


「へぇへぇ、行きゃいいんだろ……」


 分かっていたが、仕方なく俺も用意された馬に飛び乗り、手綱を握る。


雪次ゆきじィ、頑張れよ!」

「南部さん、頑張ってください……」


 佐藤や虎鉄の声援を受けた俺は「あぁ」とだけ答えると、馬を走らせて自軍の方へと向かった。




 ・ ・ ・ ・ ・




 自軍の本陣に向かった俺達を待ち受けていたのは、神妙な面持ちをした指揮官クラスの将校達だった。


「各隊の指揮官は揃っているな? 良し」


 将校の様子に気付いているんだろうが、あえて気付かない振りをした東郷が白々しく満足そうに頷く。


「救世主様」


 最初に口を開いたのは白い毛並の犬人の指揮官だった。


「何かね?」

「っ……。何故私達犬人が先陣ではないのですか? 我々は……戦えます!!」 


 東郷の毅然きぜんとした態度に一瞬怯んだ犬人だったが、すぐに気を持ち直して亜人の配置に対する不満と共に闘志むき出しの瞳で東郷を睨み付ける。


「君たち犬人が勇猛で、戦える事は知っているよ」


 それに対してその熱い闘志を受け流すように冷たく平然と答える東郷。


「でしたら!」

「だがね。その戦法は遠い昔の先人の戦法だ。今の我々には必要ない」


 必要ない。

 バッサリと言い捨てた事で犬人の隣にいた黒い毛並みの狼人がズイッっと前に出る。


「しかし我らが祖先は昔それで人間を追い払いました! 狼人も犬人と同じ意見です!!」

「そう、昔は……なのだよ」


 東郷はかぶりを振ってから両手を広げた。


「ここにいる指揮官諸君は戦を何だと思っているんだ? 何かの儀式だと思っているのか? 祖先を敬う事は悪い事だとは言わん。だが祖先の輝かしい栄光にすがり、崇拝するだけで自分達で何も考えようとしない者どもに勝利の女神は決して微笑みはしない。君たちは祖先の教えに暗愚に従って美しく戦って死ねばそれで満足なのかも知れないが君たちの命令で無駄に命を捨てる兵士達の事を考えているのか? 冗談ではない! それに君たちが名誉の戦死とやらを果たしたとしてもそんな事で戦争は終わりはしない。君達の家族や親友、抵抗する力を何ら持たない生き残った国民に待っているのは人間達による暴虐と略奪、そして凄惨な死だ‼」


 今まで冷静だった東郷の突然の熱弁に犬人と狼人を始め他の将校達も水を打ったように静まり返る。


「お、おい東郷……」


 俺の声に、ハッと熱くなっていた自分に気付いた東郷が苦々しい顔をして俯く。

 だがすぐに平静を取り戻したように振る舞って顔を上げた。


「ひとまず、今回の模擬戦は全面的に私と南部の指示通りに動いてもらいたい……。もしそれで大敗をきっするような事があれば、今後私達は君たちの戦法に口を出さないと約束する」


 東郷の言葉に、将校達がそれならば……と渋々承諾する。


「では初期の作戦と配置は事前に渡してある封書の通りにしてもらおう。動きや陣形変更の合図は今回もとりあえず角笛を使うので、吹いた回数によって渡してあるスクロールを開いてもらいたい。では諸君の奮闘を期待する」


 東郷の言葉を受けて、各々が持ち場へと戻っていく。


「よお、らしくねぇじゃねえか」


 俺と東郷しかいない陣幕で、俺がからかうように声をかける。


「あぁ、まったくだな」


 額の汗を拭う動作をしてから前髪を掻き上げた東郷が苦笑する。


「昔を思い出してな。ガラにもなく重ね合わせてしまった」

「昔、か……」


 なるほどな。

 俺たちの祖国もあんな指揮官しかいなかったからたくさんの命が陸で、空で、海で散っていったんだろう。

 死んでしまえば何も残りはしない。

 階級が二つ上がろうが、褒め称えられようが。

 何も残りはしないのだ。


「じゃあこの国の奴らはしっかり守ってやらねえとな」


 言ってニヤリと笑った俺に対して。


「当たり前だ。最期まで南部には働いてもらうからそのつもりで頼む」


 と言って東郷はニヤリと笑った。













あとがき

ここまでお読み下さり有難うございました。

第九話では衝突する所まで持って行きたかったんですがこんなところで区切る羽目になってしまいました。

何卒ご容赦ください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る