第六話 交流




 二番目の馬車。


「ねえ、佐藤ネコさん」

「は、はい」


 座り心地はお世辞にも良いとは言えない車内。

 流れる街並みを眺めていた佐藤は佐野ウサギに呼ばれて正面に向き直った。


「私達は何でこんな事になっているんでしょうねぇ…」


 片手をほほに当て、困ったような仕草をする佐野。


「それは…私にも、分からないです……」


 実際の所八人の中で一番混乱し、何をどうしていいのか分からないまま場の流れに身を任せているという自信がある佐藤はかぶりを振って答えた。

 東郷オオカミさんと言っただろうか。

 あの人の決断力と行動力、そして物怖ものおじしない態度が今だけは羨ましく思える。


「そうよねぇ。でも、良かったわぁ」

「え?」


 ポン、とふさふさの白い毛が生えた手を合わせて佐野がニコリと笑う。


「女性よぉ。私以外にも女性がいらして良かったわぁ」

「そうですね。あ…夏目トラさんもですよね」


 佐藤の言葉に佐野はピクリと眉を動かしたかと思うと眉間にしわを寄せる。


「そうねぇ。でも夏目さんより佐藤さんの方が女性らしいじゃない? 夏目さんは、ほら…少し男勝りと言うか…ね? だから私は佐藤さんが居てくれて嬉しいのよぉ」

「あ、ありがとうございます」


 佐野の言わんとしている事を何となく察し、一言お礼だけを述べる控え目な佐藤の性格に気を良くしたのか佐野は会話を続ける。


「佐藤さんはお若い頃、何をしてらしたの?」


「私は……、ずっと農家をしていました」

「あら! そうなのぉ!」


 大仰おおぎょうに驚いた佐藤が目を丸くする。


「私の家はねぇ、商家だったのよぉ。それでねぇ、兄が居て家業を継ぐはずだったんだけど戦争で亡くなってしまって…」

「それはそれは…」


「仕方なく私がお相手さんに婿養子に来てもらいましてね、ずっと家業を切り盛りしていたんですよぉ…」

「御苦労なさったんですね…」


「いえいえ、佐藤さんの方が大変でしょう? 朝早くから夜遅くまで田畑に出て…」

「そうですね、大変でしたね…」


 佐藤は大変だった頃を思い出し、しみじみと答える。

 身体が若返ったせいだろうか。

 若かった頃の出来事から、グループホームでの生活が比較的鮮明に思い出せた。

 自分が自分である事を忘れて、麦茶に手を突っ込んで洗おうとした恥ずかしくて情けない事さえも。


「その点ね、私なんて楽なもんでしたよ。仕入れた物をただそのまま売るだけなんですから」

「そうですね……。あ、いえ。も、物を売るのも大変ですよ…」


 つい自分の過去と最近の事を思い出すあまり適当な相槌あいづちを打ってしまった事に気づいた佐藤は慌てて訂正を入れる。

 佐野は一瞬不快そうな顔つきをしたが、すぐにまた笑顔で話し始める。


「でも本当に、佐藤さんは凄いと思いますよ。私だったらそんな生活耐えられませんもの」

「そうですか?」

「ええ、私虫とか全然駄目で…。見るだけでも鳥肌が立ってしまうわ。あ! あと、肥料とかも結構臭いが…ねぇ?」

「……慣れれば気にならなくなりますよ。それに何人か雇っていましたから私自身はそんなに畑に出て…いなかったので」

「あら、そうなのぉ…」


 佐藤は嘘をついた。

 虫も、肥料の臭いも慣れはしないし誰一人として雇ってはいない。そんな余裕などどこにもなかった。

 全て自分と旦那と子供達で田畑を耕していた。

 それなのに咄嗟に嘘をついてしまった。

 何だか農家を下に見られている気がして……商家の方が偉いと言われているような気がして。

 不本意だが下に見られる理由が分かってしまう佐藤はそれを隠したくて。

 それらを全て否定したくて、自尊心プライドを守る為に小さな嘘をついた。


「いいお天気ねぇ」


 そう言って佐野は佐藤から興味を失ったのか、窓の外に視線を移した。


「ええ、そうですね……」


 佐藤もまた、早くこの時間が過ぎるように祈りながら窓の外を眺めた。




 ・ ・ ・ ・ ・




 三番目の馬車。


 舗装ほそうがされていない道をそれなりの速度で走る為、馬車がガタゴトと揺れる。


「イタタタ…。こりゃ尻が痛くなるねぇ」


 夏目が腰を浮かせて尻をく。


「いやぁ、しかしこれはこれで新鮮じゃのぉ!」

「そうなのかい?」


 嬉しそうに語る北山ドワーフを見て、理解できないと言う顔をして夏目が聞く。


「おおよ! オイはきずなの家で意識不明になっとったようでなぁ! 残り数日くらいでおっ死ぬって医者のセンセも言うとったわ!」


「なるほどねぇ」


 に落ちた夏目が深々と頷く。


「アタシもね、ずっと寝たきりで窓の外ばっか見てたのをこっちに来て思い出したんだけどさ。他の皆も過去やら何やらを思い出してるんだねえ」

「ほうじゃろうなぁ」


「しっかし何だい? この所々虎っぽい身体はさ…」


 自分の手や爪、身体中をしげしげと眺めて夏目がぼやく。


「ん、夏目さんのそれはまさに虎女って感じがするのう」


 北山が髭をさすりながら夏目の身体を上から下まで見る。


「ちぇ。どうせなら佐藤さんとか佐野さんみたいに猫や兎なら可愛げがあったのにねえ」


「俺だってこんなチンチクリンな身体は嫌なんじゃが、リオンさんの言う事にゃあどうやら鍛冶や細工が長けておるよう人種じゃからそれはそれでええんかいのう…」


 両手を開いたり閉じたりして北山が自分を納得させる様にぼやく。


「北山さん、だっけ? 若い頃は何をしてらしたんだい?」


「俺は徴兵を免除されたからのう。鉄から刀や銃の部品を朝から晩まで打ちよったわ」

「鍛冶かい。そりゃあアンタにゃあその身体はうってつけみたいだね」


「そういう夏目さんは何をしよったんじゃ?」

「アタシは整備関係をちょいとね」


 夏目の言葉に目を細めて感心する北山。


「ほほぉ…。お前さん、整備士さんだったんかい…道理で――」


 と言いかけて北山は慌てて口を閉じた。

 失言を悔いるが時すでに遅し。

 ガタン、と一度大きく馬車が揺れる。


「道理で言葉づかいが荒いと思った、かい?」


 北山の心を読んだかのように夏目がニヤリと笑って言葉を繋ぐ。

 口元から見える鋭い犬歯がまさしく虎のそれであった。


「いやぁ…、申し訳ない」


 ボリボリと頭を掻き、絞り出すように紡ぎだされた北山の言葉を受けて、夏目は片手を左右に二度ほど振った。


「気にしてないよ。そんな事は若い頃から言われ慣れてるさね。女なのに整備士なんて、とか女が整備した物なんぞ危なっかしくて乗れん! とかね」

「俺はそんな事ぁ思ってねえよ…」


「分かってる。ただアタシは機械をいじる事に興味があったからその道を選んだだけさ。そこに男も女も関係ないのにね。幸いって言ったらバチが当たるかも知んないけどさ、お国が戦争なんてモンで慌ただしい状況だったからね。人手が足りなかったからアタシでも整備士になれた。平時だったらなれっこないもんねぇ」

「んむう…」


 さっきの一件が後を引いているのか、北山の歯切れの悪い反応を見て夏目が前のめりになって北山の両肩をバンバンと叩く。


「何だい何だい! 口調の割りには女々しい男だねえ! アタシが気にしてないっつってんだからアンタもうじうじ気にすんじゃないよ!!」


「イタタタ!! 痛い、痛いっての!!」

「アハハ!」


 顔をしかめて肩を強張らせる北山に満足した様子で夏目は座席に腰を落とした。


「同じグループホームからこんな世界に引っ張ってこられたのも何かの縁だ。しかもたった八人の同郷なんだよ?」

「お、おうよ…」


「アンタは鍛冶でアタシは整備。得意な仕事や分野からしてこの先お互いに長い付き合いになりそうだからね。これからも宜しく頼むよ」


 夏目が満面の笑みを浮かべて右手を前に出す。


「……おうよ。俺の方こそ宜しくな」


 差し出された右手を北山の右手がゆっくりと握りしめた。


「ま、争いごとは東郷ってキザな奴と南部イヌっていう喧嘩っぱやそうな奴に任せとけばいいんじゃないかねぇ?」


「南部のん……この先大丈夫かのう…」

「ま、東郷って奴が上手く手綱を握るんじゃないかね?多分」

 

 南部を心底心配する北山に対して、夏目はさして気にする訳でもなく適当に返事を返した。




 最後尾の馬車。




 ガタゴトと不規則に揺れる馬車内を沈黙が支配していた。

 

「………」


 荒っぽく揺れ、冬木エルフの顔色は悪い。

 斜め向かいの兵士はそれに気付いてはいるのだが、救世主に一体どのように声掛けをしたら失礼がないのかを模索しているようだった。


「車酔いかの?」


 と、突然西海キツネが口を開いた。


「え、ええ……。お恥ずかしい……」


 青い顔をした冬木が口で手を覆い隠しながら小さく頷いた。


「ふぅむ。それは診察するまでもないかの」


 そう言って西海が右手を冬木の額の前に伸ばす。


「な、何を…」

治癒ヒーリング


 短くそれだけ言うと西海の手が白く光り、すぐに消えた。


「どうかの? 具合は」

「え? あ……大丈夫、です…」


 馬車の揺れで青くなっていた冬木の顔色はすっかり良くなっており、気分の悪さも嘘のように消えていた。


「い、今のは…!?」


 隣にいる二名の兵士が目を大きく見開いて口をパクパクさせている中、冬木が驚いて西海に尋ねる。


「謁見の間でそれぞれのすてーたす? 特性を見るとか言うておったじゃろ」

「い、言っていましたね…」


「ワシの技能に「治癒」なるものがあったからの。リオンに使い方を聞いてみたんじゃ」

「そ、そんな便利な力が……」


 不思議な力に驚きを隠せず、ただただ呆気に取られている冬木に対して、西海が会話を続ける。


「冬木さんは学校の先生をしていたんかの?」

「な、何故お分かりに? それも特性ですか?」


「いんや。物腰と考え方、そして戦争反対と頭から言っていたからの」

「いけませんか?」


 そう言葉を返した冬木の声に少しの苛立ちが混じる。


「いんや? いけないとは言うておらんよ。ただ、我が身に降りかかる火の粉にはどう対処するつもりなのかとは思うがの」

「可能であれば対話を試みて、双方が納得するまで話し合うべきと私は思いますが」


「なるほどのう…」


 演技っぽく目を閉じてうんうんと頷く西海。

 そしてそれっきり、窓の外に視線を移してしまう。


「…貴方や東郷さんの言わんとしている事は…分かっているつもりです」


 今度は冬木が会話を切りだした。

 西海は頬杖をつきながら顔を窓の外に向けたままで視線だけを冬木に移す。

 冬木は腿に置いた拳を強く握りしめる。


「相手が対話に応じずに、侵略を開始して来ても同じ事が言えるのか、と。国の人間の命が奪われても、自分の家族が殺されても対話を叫び続けるつもりなのか、と…」


「そうじゃのぉ…。冬木さんはどうするつもりなのかね?」


「分かりません…。武器を取って抗うかもしれませんし、非戦を叫んで無抵抗で殺されるかもしれません」


「そうか」


「ええ。しかし我々は一度「過ちを犯して」います。争いを起こす側、ではなく今回は攻められる側ですが…今一度戦争について考えるべきだと思います。もしかしたら我々老人がこの世界に呼ばれた真意がそこにあるかも知れないと、私は思っています」


「呼ばれた真意、か……」


 呟いてから西海は外の景色を見た。

 馬車が動き出してから民衆の服装や家並みを観察しているが、生活の豊かさは世辞にも高いとは言えない。

 人間の国とやらの文明がどの程度発展しているのかは今のところ分からないが兵数は向こうが上らしい。

 その上文明や装備も向こうが上ならば確実にこの国は滅びるだろう。

 国に降りかかる火の粉を払う為に呼ばれたのか…、はてまた戦争を止める為に呼ばれたのか…。

 今はまだ、それが見えない。


「冬木さん、貴重な意見を頂けて感謝する」

「は、はぁ…」


 西海の言葉が本心からなのか、皮肉なのかを判断しかねた冬木が生返事を返す。


「(まだ、贖罪しょくざいが足りんのかのう)」


 胸中で呟いた西海はゆっくりと目を閉じた。




 ・ ・ ・ ・ ・




 馬車の揺れる頻度が段々と少なくなってくる。


 移動速度を落としたという事は目的地が近いのだろう。


 ゆっくりと目を開けた俺に、東郷が気付いた。


 尻が痛痒いたがゆい。


「起きたか南部。目覚めはどうかね?」


「……尻は痛ぇし、光景も良くない。最悪だな」


 俺は尻を掻いて東郷に嫌味をぶつけてやった。


「嫌われたものだ。傷つくよ」


 わざとらしく肩を竦める東郷を無視して、俺は隣の護衛に話かける。


「もうすぐ着くのか?」


「は、はい! もう着きます!」


 護衛がそう答えた直後。

 馬車がピタリと止まった。


「お疲れ様でした! 到着であります!!」


 そう言って兵士は馬車の扉を開く。

 それと同時に草原の匂いをたっぷり含んだ風が車内にぶわっと入り込んできた。


「さて、見学させてもらおうかね」


 東郷が立ちあがってヒョイっと馬車から跳び降りた。


「……はぁ…」


 俺もその後に続いて草原へと足を下ろした。

 後続の馬車からもぞろぞろと見知った顔が降りて来る。


「おぉ、南部の!」


 俺の姿を見て北山が手をブンブンと振ってくる。


「おぉ、北山の。……俺の事はもう幸次ゆきじって呼んでくれや。煩わしい」

「うむ。ほんじゃあ幸次と呼ばせてもらうわい。俺の事も虎鉄こてつで構わんぞ」

「改めて宜しくな、虎鉄」

「へえ、いいねえ。アタシも混ぜとくれよ」


 俺と虎鉄のやり取りに、大柄の虎女…夏目が割り込んで来る。


「アンタは…夏目さんか」

「ああ。アタシも静子しずこって気軽に呼んどくれよ」

「お、おう…」


 突然グイグイと距離を詰めて来る夏目にたじろぐ俺をよそに、北山が頷く。


「ほんじゃあ俺はそうするかいの」

「よろしくね、虎鉄」


 虎鉄。いつの間にそんなに親しくなったんだ?

 こっちはクソつまらねえ時間だったってのに。


「皆様、お疲れ様でした」


 と、最後に到着した五台目の馬車からリオンがいそいそと降りてきて、ぺこぺこと皆に頭を下げる。


「今日は幸いにもこの下の平野に第八軍から第十一軍までがおりまして、実戦訓練をご覧頂けそうです」


「リオン殿。一軍は何人なのかね?」


 東郷の問いにリオンが「千人です」と答える。


「という事は四千人か…」


「はい。どうぞこちらです」


 と、リオンが先頭に立って俺達を柵が打たれた崖まで案内してくれる。


「わぁ…」

「ほぉ……」

「おお…!」

「ふむ…」


 崖から、眼前に広がる広大な平野を見下ろしてそれぞれがそれぞれに驚きの声を上げる。


 俺達のかなり真下にある平野には……数えきれない程の亜人。

 まさしく、四千人の兵士が規律正しく並んで俺達を見上げていた。


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