第五話 策士

まえがき

世界の国家、自国の領地の説明を受けた八人。

いよいよ亜人国家の模擬演習を見に行くことに。








「わぁ……!!」


 窓から見える景色を見て佐藤ネコが感嘆の声を上げる。


「凄いですねぇ…」

「ほっほー、家がぎょうさん並んどるわ! 見てみい南部イヌのん!」


 感動する佐藤に続いて佐野ウサギ北山ドワーフも同様に目を丸くして声を上げた。


「あぁ、見てるよ…。すげぇなぁ…」


 謁見の間を後にして城門に移動。

 城門からは用意されている馬車に乗って練兵場まで移動するそうだ。


「今皆様が歩かれているこの階層も高いですが、この城自体が高台の上に建てられておりますから絶景でしょう」


 どこか誇らしげにリオンが説明をしてくれる。

 なるほど確かに視界に入る家や人は小さくて、広大な領土が一望できる。

 俺達がいた世界みてぇな背の高い建造物はねぇがそれなりに繁栄しているのが窺えた。


「家は…木? 板? 木造なんだねえ」


 目を細めて夏目トラが家屋の構造を観察している。


「ええ。領地によっては石造であったり洞窟や、木の上に家屋があったりしますが大体は木で建てられております」


「火事になったら全焼だねぇ」


 この女、恐ろしい事を言いやがる。


「し、消火対策もしっかりと取っておりますので、大丈夫かと思います…」


 まぁ、防災や災害対策なんざ今の俺達にゃ知ったこっちゃねえが。

 それにしても、だ。


 俺は無言で後をついてくる三人をチラリと見る。

 何か落ち込んだままでとぼとぼと歩く冬木エルフに、風景にもさして無関心な西海キツネ、そして一人色々と考え込んでいる東郷オオカミだ。

 八領主の仲違いも大概だが、よくもまぁこんな一癖もある奴らが一堂に会したもんだ。


「南部様、東郷様、これより練兵場までご案内いたしますが、さすがに三万全員を召集となると時間がかかりまして、その…」


「構わねえと思うぜ? いきなり全兵集めろとかそんなのは無理な話だって分かってるしな。そうだよなぁ、東郷!!」


 申し訳なさそうにしているリオンに対して、気にするなと言わんばかりに東郷の名を呼んでやる。


「ん? ああ…構わんよ。大まかな目的はどの程度の練度でどんな戦術を取っているかを知りたいだけだからな」


 東郷のその言葉にリオンもホッと肩の力が抜けたようだったが、


「まぁ、今回のような緊急の召集に対して中央の精兵はどれくらいの人数が迅速に集まるのかという事も分かるしな」


 と付け足しやがったのでリオンの顔が強張っていた。


 城門に向かうまでに何人もの貴族らしい亜人や政治官、巡回をしている衛兵達とすれ違ったが皆一様に俺達に頭を下げては、


「何とぞ、国をお救い下さい!」

「どうか亜人に平穏を!」

「救世主様万歳!」


 と懇願してきた。


 それに対して北山や夏目は調子よく「任せとけ!」と言わんばかりに片手を上げ、佐野や佐藤はぺこぺこと頭を下げて歩いていた。


 国を救う戦争、か。


 俺個人としては元の世界の時みてぇに監獄みてぇな場所で目的もなくただ何となく生きてくたばるよりは他人から必要とされて、何かの目的の為に生きてさっぱり死んだ方がいいと思っている。


 それこそ冬木に咎められそうだが、こういう争いごとがあるような世界情勢だったとしても…だ。


 俺は何で終戦まで生きのびちまったんだろうか。


 戦友達みてぇに南国の島で玉砕して死ねたら良かったのにな、と思う時がある。


 いや、違うなぁ…。

 あの時は雑草を食ってでも。

 泥水を啜って腹を下してでも生き延びたかったんだ。

 祖国に帰ってきた時の感動といえば言葉に表せない程だ。


 だが。


 だが、将来老いたらあんな施設で死ぬまで毎日誰かの世話になって迷惑をかけて。


 脳と身体が衰えて自我を段々と失っていく恐怖を抱えながら同じ毎日を繰り返す人生が待っていると分かっていたら…。


 生きて帰りたいなんて思わないのかも知れねえな。


 ま、今更そんな事を思っても詮無い事だが。


「お疲れ様でした。ここからは馬車での移動になります」


 と、哲学みてえな答えの出ねえような事を悶々と考えていたらいつの間にか城門に着いていた。


「護衛の兵士も同乗させますので、二名様ずつで四台で向かいます」


「護衛をつけなければいけない程、領内の治安は悪いのかね?」


 リオンの説明に、東郷が気になった事を尋ねる。


「いえいえ、中央都市内の治安は良いのですが万が一という事も考えられますので……」


「ふむ。了解した」


 それだけ言うと、特に嫌味を言うでもなく東郷は一番前の馬車に乗り込んだ。


 アイツは何かしら一回でも聞いておかねぇと気が済まない病気かなんかじゃねぇのか?


 そんなもん気にせずに男ならドッシリ構えて乗ってりゃあいいんだよ。


 さて、俺は一番前以外の馬車に……。


「南部。話がある。こっちに乗れ」


 最後尾の馬車に足が向かおうとしていた俺を、ドアから顔を覗かせた東郷が呼びつけてくる。


 気が乗らねえ。

 っていうかはっきり言うと嫌だ。

 何が好きで狭ぇ馬車の中にあいつと膝を交わさねぇといけないんだか。

 どうせ話をするなら全員がいるところで話をしてぇ所だ。


「南部、聞いているのか?」


 再度声を掛けてきた東郷に対して俺は渋い顔をして首だけを振り返らせる。


「断る。戦争とは何ぞや? みてぇな話をしたいなら西海と乗ればいいと思うぜ」


 そう言い捨てて最後尾の馬車に乗ろうとするが、


「おあいにく様。最後尾はワシじゃがのぉ。同席するか?」


 最後尾の馬車からヒョイと顔を出し、ニタリと笑って手招きをする西海。


「その戦争とは何ぞや? という話を是非とも南部さんと語りたいもんじゃ」


 そう言ってから西海はくしゃっと笑ってヒェヒェ、と笑った。

 狐人の顔立ちも冬木みたいに端正な顔立ちなだけに言動のギャップが激しい。


「……遠慮しとく」


 片手を振って西海の誘いを断ってやる。


 さて…。


「なっ…!」


 他の馬車を見て俺は唖然とした。


 くそったれ!!


 二人の馬鹿野郎が話しかけてきたせいだ。


 気がつけば二番目の馬車には佐藤と佐野。


 三番目の馬車には夏目と北山が既に乗り込んでいた。


「ちぃ……」


 忌々しそうな俺の顔をみていたたまれなくなったのか、


「な、南部の…オイと代わろうかの?」


 と控えめに声を掛けてくれる北山。


 だがここで代わってもらうのは気が引ける。


 北山だってあいつら二名と同席なんてぇのは苦痛だろう。


「いや、大丈夫だ北山の……」


「し、しかしのぉ…」


「気にすんな」


 そう言うと北山はすごすごと馬車に引っ込んでいった。


「冬木は、西海との方がまだマシだよな」


 小声で冬木にそう囁いてやる。


「あ……はい、出来ましたら…。お気遣いありがとうございます……」


 謁見の間での一件もあって、東郷との相席は気まずいだろう。


「西海も良く分かんねえやつだけどよ、ほっときゃ何も言ってこねえよ多分」


「は、はぁ……」


 慰めにもならねえ言葉を冬木に掛けてから、俺は渋々一番前の馬車に向かって歩き出した。


 冬木もとぼとぼと最後尾の馬車へと向かっていく。


「遅いぞ、南部」


 座席に腰掛けて腕組みをした東郷が目を閉じたまま笑みを浮かべて喋りかけてくる。


「うるせえよ」


 向かい側の座席に大股開きでドカっと座り窓の外を見ながら言葉を返してやる。


「嫌われ者の軍人同士、親交を深めようではないか」


「生憎と俺は嫌われてねえからな」


 そう言ってはみたが、嫌われてねえよな、俺?


「そうか」


 それだけ言って、フッとまた笑いやがった。


「理想的、だな」


「あ?何がだよ」


 こいつ頭に何か虫でも湧いてんのかと思う。


「何でもない。しかし南部はもっと全体を見て状況を把握すべきだな」


「どういう意味だよ」


「こういう事だよ。…乗りたまえ」


 目を開けた東郷が視線だけ馬車の外に移して喋ると、入る機会を伺っていた兵士が二名いそいそと乗り込んでくる。


「し、失礼致します!」

「失礼! 致します!」


「すまないな。二人で話しこんでしまっていた」


「とんでもないです!」

「お気づかい、有難うございます!」


「……そういう事かよ…」


 股を閉じて端に寄ってやり、隣に兵士の座る空間を作ってやる。


「この件もそうだが、先刻私が南部に声をかけて話をしていた時には既に西海は佐藤と佐野を二番目に誘導して己は四番目に乗り込んでいたぞ」


「何…?」


「つまり西海は周りの状況を把握していると同時に南部の性分を読んだ上で、一番前に乗らないといけない状況を作ったという訳だな」


「あの野郎……」


「いい事じゃないか。彼が味方というのは随分と頼もしいものだ」


 頼もしい奴だったとしても、胸糞悪い。


 馬のいななきき声がして、ガタンと馬車が揺れる。


 同時に止まっていた景色がゆっくりと流れて行く。


「よぉ、こっから練兵場までどれくらいの距離があるんだ?」


 俺は隣に座っている背筋を伸ばした兵士に話しかける。


「はっ!! ここからですと、およそ……小一時間の所にあります!!」


「おい、あんま緊張すんなよ。そんなにガチガチになられてるとこっちまで疲れちまう」


「も、申し訳ありません!!」


 緊張している兵士が一層背筋を伸ばして謝罪の言葉を述べる。


「やれやれ……」


 どう言ったら自然体になってくれるのか分からねえ。


 俺は考える事を諦めて窓の外を眺めた。


 城から城下町へと続いている坂道をゆっくりと下っている。


 太陽は既に真上から降りて西なんだろうか? に傾いている。


「太陽、あるんだなぁ……」


 ポツリと呟いた俺の独り言に、東郷が反応する。


「夜と言うものが来るのであれば、夜戦も考えなければいけないな」


 俺は東郷を非難するように一瞥してすぐまた外の景色を見る。


「あぁ、そうかよ…」


 戦闘狂かこいつは。


 そんな奴と小一時間個室で、護衛がいるとはいえ二人っきりだなんて本当に気が滅入る。


 こういう時は目を閉じて、寝ちまうに限る。


 起きた時、見慣れたあのしみったれた棺桶グループホームの天井だったら俺はどんな気持ちを抱くんだろうな。


 そんな事を思いながら俺は静かに目を閉じた。







あとがき

お気に入りの主人公、いますか?

なんて早すぎた質問でしたね。

失礼!

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