第四話 八領主

まえがき

それそれの種族や適性が分かった八人。

そして話は世界に存在する国家や、

国内の八領主について広がっていく。







「こちらがこの大陸の地図と、我が国の地図でございます」


 そう言ってリオンは、兵士に用意させたテーブルの上に二枚の大きな紙切れを広げる。


「大陸の北西一帯をファンデルウォルフ王国が治め、北東一帯をアーヴェルハルト帝国が治めております。そして……」


 リオンが世界地図の南側にある小さな領土を指差す。


「こちらが我らの国、ガルトウルム王国でございます」


「ふむ…」


 思わず声を漏らしてしまったが、何と言っていいのか。


「他の国と比べたらえらいとてもちんまいのう」


 北山ドワーフが言っちまいやがったが全くその通りだった。


 他の二国に比べて亜人の国は四分の一の領土しかねぇ。


 こりゃあはっきり言って…物量で押されたら負けるだろうな。


「国家の位置と規模の違いは確認した。王国と帝国の動員兵数や兵科はどのようになっているのだろうか」


「偵察や潜入が出来ておりませんので風聞や噂程度の情報ではございますが…。ファンデルウォルフが約十五万人、アーヴェルハルトが約十二万人の兵士を有しているようです」


「兵科はどうかね?」


「ヘイカ…でございますか?」


 東郷オオカミの言葉の意味が分からずリオンがおうむ返しに尋ねる。


「敵国の武器や装備の事だよ」


「は、はい。王国と帝国どちらも昔は馬に乗っていたり、金属製の剣や槍、弓矢を用いておりました」


「昔は…? ということは今の状態について偵察や潜入を全く行えていないという事だろうか?」


 東郷オオカミが責めるような口調でリオンを見る。


 俺もその言い方には引っかかったけどな。


「は、はい…。なにぶん亜人は人間と違って目立つものでして……人間の町に入って情報を集めようにもすぐにばれてしまう為、情報収集が難しいのです」


 ああ……そうか。


 心のどこかでそうではない事を願っていたんだがなぁ…。


 ものの見事に希望は打ち砕かれちまった。


「……戦争相手は人間、という事か」


 東郷オオカミの強ばった声に一同も息を飲んだ。


 今の俺達は亜人で、戦争の相手は……人間。


 半世紀以上昔、同じような条件で大国と戦争をやらかした俺達にとっては皮肉なもんだ。


「ええ…人間、です……」


 周りの雰囲気を察したリオンが答えにくそうに肯定する。


「……この国が動員出来る兵士は何人かね?」


「東郷さん!?」


 話を続ける東郷に冬木エルフが声を上げる。


「相手は…我々と同じ人間なのですよ!?」


「そうですよ!」

「人間と争うなんて…嫌ですよ!」


 冬木エルフに便乗する佐野ウサギ佐藤ネコ


 俺だってそうだ。


 いや、この場にいる八人全員同じ気持ちはあるんだぜ。


「生憎だが……」


 考えている事は同じみてぇで東郷オオカミも重々しく口を開く。


「今の我々は今は亜人側で……そして亜人を滅ぼそうとしているのが人間という状況だ……」


「しかし…それはあまりにも――」


 冬木エルフが何かを言いかけたのを遮って東郷オオカミが声を荒げた。


「君達はっっ!! その人ではない姿で人間に「私達も人間だから攻めないでくれ」と話せば攻めずにいてくれると思うのかね!?」


「そ…それは……」


 言い淀む冬木エルフに畳みかけるように言葉を続ける。


「申し訳ないが対処しなければいけない問題は山積みなので不戦について話し合う余地も時間もありはしない。それに戦争になったら私と南部イヌだけが参加すると先ほど明言したので君達は安心するといい」


「おい東郷オオカミ、物事には言い方ってのがあるだろ!」


 俺の怒声に東郷が睨んできたが、負けじと俺も睨み返す。


 スッと目を逸らしてから東郷オオカミがこれ見よがしに大きくため息を吐いた。


「優しく話せば平和で感覚が麻痺した平和主義者に戦争の必要性を理解してもらえるのかね?」


「てめぇ!!」


 頭に血が上り今度こそアイツの気障キザな顔面に拳を叩き込んでやろうと一歩踏み出した時だった。


「ま、待っとくれ待っとくれ!!」


 またしても北山ドワーフが間に割って入り、俺の両足を太い両手で抱き止めにきた。


北山きたやまのっ!離せ!俺はこいつを……」


南部なんぶのん! 今は仲間割れしとる場合ではなかろうに!落ち着け! 落ち着けぇ!」


 振りほどこうと足を動かすが北山の力は強く、全くビクともしねぇ!


「離してくれ!ここいう奴は一度ぶん殴って―――」


「す、すみませんでした!!」


 冬木が突然大きな声を上げて何度も頭を下げた。


「私の発言で場を乱してしまいました! 申し訳ありません!! 話を……続けましょう……」


 頭を垂れて顔を上げない状態のまま、絞り出すような声で冬木が言葉を吐き出した。


「冬木さん……」


 場を収めようと必死に頭を下げる姿を見て固く、強く握りしめていた俺の拳から力が抜けていく。


 と、と同時に俺の両足にかかっていた圧が消えた。


「北山の…」


「南部のん…今はこらえぇ……」


 そう訴える北山の瞳には悲しみと懇願が入り混じっていた。


「……ちっっ!」


 俺は東郷を一睨みしてから渋々元いた場所に戻る。


 あいつは人の気持ちをくんでやるとかそういう類いの事は出来ねぇんだろうか。


 あいつとは死んでも分かり合える気はしねぇや。


「リオン殿、すまない。話を続けてくれないかね?」


 何事もなかったように、平然とした声で続きを促す東郷。


「あ…、はい! 我が国の兵力ですが総動員して六万から七万かと思われます……」


 は?


 六万から七万だと?


 東郷への怒りはなくなりはしねぇが、それでも兵数を聞いて驚きに感情の大半を持っていかれちまった。


「少なすぎはしないかね?」


 確かに。他の二国と比べて半分以下じゃねえか。


「それで今までよく王国やら帝国に攻められなかったなぁ…」


「はい。それが、王国と帝国は長い年月争いあっておりまして…。双方とも我が国を攻める隙も余裕もなかったようなのです…」


「それが何故最近になって攻める気配が見えたのかね?」


「一昨年ですが、王国と帝国が突然休戦協定を結んだとの声明があり……。それからでございます、我が国の国境付近が物騒になり始めたのは……」


 と言うことは、だ。


 王国と帝国がもし裏で手を組んで攻めて来たら約二十七万と六万の戦って事か?


 こりゃあ負け戦確定じゃねぇかよ。


「攻めてくる兵数の情報は?」


「それについても流れてくる噂程度で信憑性しんぴょうせいに欠けるのですが……。双方とも八万から十万はそれぞれの国境の防衛や国内の治安維持、湧き出した魔物の討伐を行うようでこちらに来るとしたら王国は五万、帝国四万……同時期に攻めて来たとしても合わせて九万ぐらいだろうと……」


「魔物?」


 この世界にはそんなモンまでいんのかよ。


 まぁ、半分動物の人間がいるくれぇだからな。


 鬼や妖怪なんかがいても不思議じゃねえか。


「魔物と言うのは野生動物や霊などが邪悪な魂や悪意のオーラを取り込んで人や亜人を襲う種族の総称でございます…」


「ふぅん」


 説明してもらったがイマイチ分かんねえや。


 野生の熊みたいなモンだろうかね。


「魔物の話はさておいて、だ。九万と六万の戦いなら籠城して防衛戦を行えば守りきれなくはないと思うが?」


「は、はい……。全てが召集出来ればそれも可能なのですが……。実際の所我が国の兵数六万のうち、皆様が今おられるここ…中央都市ガルトウルムに駐留しているのが三万だけでして……こちらをご覧ください。」


 そう言いながらリオンが先刻さっき広げた国内の地図を指差した。


 中央にそこそこでけぇ領地があり、それを囲むように八つの領土が見られる。


「残る三万の兵は周辺の八領主に委ねている状態なのです……」


「その兵士さん達は国王の命令で動かせねぇのか?」


「既に国王陛下の名で、北部への召集の勅令ちょくれいを出してはおります」


「ならすぐ集まるだろ。なんてったって国家存亡の危機なんだしな」


「難しいだろうな」


 俺の言葉に割って入る東郷。


「何でだよ?来る奴は仲間、来ねえ奴は内通者じゃねぇかよ」


「それは――」

「違うのぉ」


 かぶりを振ってやれやれと言う雰囲気を出していた東郷に言葉を被せたのは…西海キツネだった。


「戦はそないに簡単なシロモノじゃありゃせんよ」


「あ?」


 今まで黙って何も言ってなかった西海にも苛立ちを覚えて俺は食ってかかる。


「内通しとっても何食わぬ顔で戦場に集まって来て、いざ開戦となった途端を反旗はんきひるがえしゃあ味方は総崩れじゃ」


「あ……」


「忠義モンが馬鹿正直に北部に集まった時に空いた領地を攻めるってぇ可能性もあるからの。どの領主もおいそれとは簡単に動けんよ」


「………」


 そう言ってクックッ…、と笑う西海に俺はぐうの音も出なかった。


 こいつ。


 意外と頭が回る。


「おっと、すまんすまん。話を続けてくれい」


 手をシッシッと振る仕草で西海キツネは再び黙りこんでしまった。


「は、はい……それでどの領地からもまだ集まっていない状態です…」


「なるほどな……」


 じゃあどうすりゃいいんだ?


 俺にゃあさっぱり打開策が浮かばねぇが。


「内通者の件にも関係する話になるが、その八人の領主はどんな人物なのかね?」


「あ、はい。八人の領主ですが……」



 ――――――



 リオンから聞いた領主達の説明を頭ン中で要約する。


 まず八領主にはそれぞれに一色ずつ、領土と種族を象徴する色が与えられていて、それは白、赤、紫、銀、青、緑、黒、黄の八色があるという話だ。


 北の領地は「猛白侯もうはくこう」と呼ばれる虎人が治めており、その名の通り真っ白な毛色をしていて常に先陣を切るような勇猛果敢ゆうもうかかんな武人らしい。


 北面が帝国と王国の領地どちらにも面していて一番の激戦区になる場所である為、召集に対して肯定的ではあるが早々に兵を集めて逆に討って出て、機先を制するべきと主張している。


 その主張は兵数の少ない亜人達にとって不利でしかない為、噂では王国に内通しているとかなんとか。




 北東に位置する領地は「赤髭老侯せきしろうこう」と呼ばれるドワーフが治めている。


 「赤」を冠するだけあってたくわえられた髭は赤く、身に付けている武具もまた真紅なんだそうだ。


 領土の大半は鉱石の眠る山脈が連なっており、帝国もここから攻め入るのは不可能だろうとの事。


 ドワーフという種族は手先が器用で鍛冶が得意な為、亜人国家の武具の製造をになっているようだ。


 北東は召集に対して、派兵したいのはやまやまだが内通者が誰であるか分からないのに領地を空ける事に対する不安と、魔物の出現により治安維持が必要との事で拒否しているそうだ。





 東に位置する領地は「慧眼侯けいがんこう」と呼ばれる狐人が治めている。


 何でも紫の玉のように綺麗な瞳を持っていて、権謀術数けんぼうじゅっすうに秀でた参謀肌みてえだ。


 狐人の返答は、領主の体調が思わしくない為召集の準備が遅れている事が理由らしい。


 領地の東には大森林が広がっていて、果実の採取や狩猟で生計を立てている領地だそうだ。




 南東に位置する領地は「銀狼侯ぎんろうこう」と呼ばれる狼人が治めているそうだ。


 毛並が美しい銀色で、知勇兼ね備えた有能なやつらしいが、狼って所からあんまりいい印象は持たねえな。


 ま、個人的な考えだがな。


 返答としては隣の領地…慧眼侯の動きが不穏な為、領地を空けるのは慧眼侯が動けば動くとの事だ。


 海に面しているのだが漁は活発ではなく、主に森や平野での狩猟が盛んらしい。




 南に位置する領地は猫人が治めており、領主は透き通るような蒼い瞳をしているそうだ。


 領民全てが飢えないような平等な政策を行っている事から「慈愛侯じあいこう」と呼ばれ敬われているらしい。


 派兵拒否の理由としては、隣地である犬人が王国と内通している疑惑がある為、だそうだ。


 派兵とは逆に中央からの援軍を要請してきている始末って言うんだから慈愛侯が聞いて呆れる。


 領地の南は海が広がっている為、国内で最も漁業が盛んらしい。


 さすが猫って所か。




 南西に位置する領地は「隻眼侯せきがんこう」と呼ばれる黒い毛並の犬人が治めていて、


 国王が犬人だけあってか、忠誠の厚さは他領主より遥かに群を抜いていたそうだ。


 派兵拒否の内容は隣地である慈愛侯が難癖をつけて攻め入ろうとしている。


 これを迎え撃つ為、召集には応じられないとの理由だが……。


 俺と同族っつーのか? 同じ犬同士なだけに一度会ってみてえもんだ。




 西に位置する領地は「飛躍侯ひやくこう」なる人物が治めており、領主は尻尾だけが黄色いという変わった兎人らしい。


 兎人自体が体つきが小さい上に力も弱い為、戦争には全く向いていない種族のようなのだが反面知恵が回り商売等が非常に盛んな国らしい。


 領主に商売の才覚がある為、その黄色い尾も商売繁盛の象徴だとか何とか。


 召集については拒否をしていない状態だが、俺達救世主に来てもらい話がしたいと言ってきている。


 何だかきな臭ぇ、主張が良く分からない領地だ。




 そして最後、北西に位置する領地は「深緑侯しんりょくこう」なる人物が治めていて、領主はリオンの親父さんらしい。


 つまりエルフの領地って事だな。


 召集要請は拒否じゃあねえが、虎人の主張と同じくすぐ北部は敵王国領土の為この領地を空けるべきではないとの事だ。




 ふうむ。どの領主も大局が見えてねえっつうか…。


 自身の領土の維持しか考えてねえって感じはするけどなぁ…。


「領主については大体分かりました。すぐに対策を打たないといけないようだ」


 東郷が借りた筆で紙に文字を書いていく。


 その文字が日本語だったのを見て、何か安心しちまった。


「その文字は…?」


 不思議そうに尋ねて来るリオンに東郷は「元の世界の文字だよ」とだけ答える。


 書き終えた東郷は顔を上げた。


「さて次だが………リオン殿、頼みたい事がある」


「はい。私に出来る事なら……」


 そう言って頭を下げるリオンに、東郷は「うむ」と小さく頷いて、


「この国の兵士の模擬戦、もしくは実戦に近い訓練を見せてもらえないかね?」


 と告げた。







 あとがき

 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

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