第七話 改革

まえがき

いよいよ始まる模擬戦。

その様子をしっかりと分析、観察する者。

見たくない光景から目を背ける者。

他者多様に思いを抱き……





「盾、構えェ!!」


 ブオォー!! ブォォー!!


 総大将らしき人物が叫ぶと、そいつを中心に等間隔に離れた兵士達が角笛つのぶえを二回吹きならしていく。

 前衛の亜人達が一斉に木製の盾を構える。


 対する敵側も同じ指示を出したようで、角笛の後に前衛が盾を持ちあげた。


「進めェェー!!」


 ボォォォォォォーーー!!


「オオオオオォォ!!」


 続いて一息の長い角笛の合図を受けて、二千の兵士が雄叫びを上げながら前進を開始したのだった。


 東郷が提案したのは四千の兵士を二千ずつに分け、実戦さながらの訓練を見せて欲しいという内容。


 その提案で大臣をはじめ兵士達に動揺と困惑が広がったのだが武器には布を巻いて相手を傷つけにくくする事と弓矢はあくまで射ているフリをする「空打からうち」でという話で何とか納得してもらった。


 そして今、二千と二千が模擬戦という形で衝突を始めた。


 ビィーン!! ビィーン!!


 中央の陣より右側に配置されたエルフ達五百人がつるを弾いて弓を鳴らす。


 本来であれば五百本の矢が敵陣目がけて飛来するんだろう。


 そのエルフ達を守るように、前には盾を構えた五百の猫人。


 猫人が盾を構える事でエルフに攻撃が届かないようにしているのだろう。


 ん?


「おい、リオンさんよ。あの左陣の狐人は何やってるんだ?」


 みれば中央より左側に配置された狐人五百が両手を空に掲げている。


「あれは攻撃魔法でございますね。この場では撃ちませんが実際は火の玉を放ちます」


 ふぅむ。そんなものもあるのか。


 言われてみれば確かに狐人の前には兎人が五百、猫人と同じように盾を一生懸命持ち上げて敵の進撃と攻撃をはばまんとしている。


 中央の陣はというと、前衛に盾と剣を持った犬人五百と狼人五百。


 その後ろには両手斧を持ったドワーフ五百と槍を持った虎人五百。


 どうやら左右の陣から遠距離攻撃を放って援護射撃を行い、中央の陣が敵に接近戦を行うという布陣なんだろう。


 しかし…。


「なぁリオンさんよ。俺はもっぱらジャングルでの銃撃戦が多かったから詳しくは分かんねえけどよ…。何かこう、綺麗すぎねえか?」


「と、おっしゃいますと…?」


 俺の言葉が理解出来ずにリオンが首をかしげる。


 俺自身も言葉の選び方を間違えたのが分かっているだけに、すぐにどう言えば伝わるのか言葉を探す。


「南部の言う通りだ。種族が綺麗に分けられているのだがこれは?」


 最前線の犬人と狼人が敵と接触して小競り合いを起こしているのを見ながら東郷が口を開いた。


「あ、はい…。種族によって戦力の開きがありまして…。例えば猫人は敏捷性はあるのですが持続力がない為すぐに疲れてしまうようで…。兎人に至っては跳躍力はあるものの筋力も敏捷性もなくて戦力にはなりえないのです…」


「成程。それで兎人と猫人には大きな盾を掲げさせて遠距離部隊を守っている、と」


 東郷の分析に、リオンは頷いた。


「左様でございます。後、お恥ずかしい話ですが種族間のわだかまりというものもありまして…。虎人からすれば兎人のような脆弱ぜいじゃくな種族に横を任せる事は出来ない、と言った具合で…」


「ふむ…」


「その為兎人と猫人が倒れて力尽きるまではエルフと狐人を守り、遠距離攻撃を続ける。犬人と狼人は敵陣に肉薄して高い突破力を持つ虎人とドワーフを出来るだけ無傷で突撃させると言う戦術を取っております……」


 おいおい、それってほぼ前に出ている四つの種族は捨て石みてぇなモンじゃねえか。


 それを戦術と言っていいのかよ?


 言われてみれば、犬と狼はすでに大半が倒れ、展開した虎とドワーフが互いに激闘を繰り広げている。


 混戦状態で中央への遠距離攻撃が無理だと判断したエルフと狐は互いに遠距離部隊への攻撃を行っていた。


 今は魔法や矢は飛んでないが、実際の戦場であれば猫や兎は盾を壊されてその骸で地面を埋めているんだろう。


 これは根本的に何かを変えねえとますます持って宜しくねぇな。


「貴国の戦術は理解した。模擬戦を中止させてもらって構わない」


「は、はい! …光の精霊よ、その姿をこの場に示し給え!!」


 東郷が目を閉じて模擬戦中止を告げるとリオンが慌てて何かを唱えた。

 その直後上空に光の玉が打ち上がり、光を見て徐々に争いをやめていく亜人達。


 これが魔法ってやつだろうか。


 俺はただぼうっと空に上がった光を眺めていたがふと気になって他の面々を見てみれば、顔を青くしながら戦場を見ている冬木エルフに、何か指差して小声で話しあっている虎鉄ドワーフ静子トラ


 何を考えているのか全く読めねえがただただ目を細めて戦場を見ている西海キツネ

 

 佐野ウサギ佐藤ネコに至っては目を覆い隠してやがる。  

 

南部イヌ


「あぁ?」


 不意に東郷に声を掛けられ、反射的に不満げな返事を返す。


「どうかね? が見た評価は」


 東郷の質問に俺は頭を掻く。


「……陸軍がどうたらは知らねえが、色々と見直す必要があると思う」

「そうだな。私もそう考えている。それこそ根本から考えねばなるまい」


「し、しかしこの布陣で過去に我々の先代は人間に勝利した事があると聞いておりますが…」


 根本から見直し、考える。

 俺と東郷の言葉に賛成しかねるのかリオンが控え目に口を開いた。


「この世界の人間がもし私達がよく知っている人間種族だとするならばその負け戦から研究と改良を重ねて何らかの対策や攻略法を生みだしていると思うがね。ちなみに過去というのはいつの話かね?」

「およそ五百年前かと……」


「五百年!?」


 驚きのあまり俺は思わず声を上げてしまった。

 他の面子も皆一様に驚き、東郷に至っては無言で額に手を当てている始末。


「な、なにしろ五百年間大きな戦争らしい戦争もなく我らは平和に暮らしておりました故……」


 リオンが申し訳なさそうに肩をすぼめて小さくなっている。


「五百年前の戦術を未だに戦術として使用しているとは……時代遅れもはなはだしい。だがここでリオン殿を責めても何も進まないし変わらないな。とにかく解決しなければ問題が山積みのようだ」


 そう言って東郷が指を三本立てた。


「我々が優先して行うべき行動は三つだ。一つ目、軍の再編成と意識改革。二つ目、敵国の戦力や武装等の情報収集。そして三つ目、内乱の鎮圧をして北部領へ集結する」


 鋭い目で威圧するようにぐるりと見回したので佐野や佐藤、冬木が気圧けおされて頷く。


「軍の再編成と意識改革を南部と私で今日行うのは簡単だが……」


 そう言って俺に視線を送る東郷。

 俺を勝手に頭数に入れんじゃねえよ…。


「今日ここにいるのは四千人。それらの意識を変えたとしても残り二万六千人の兵士にもう一度同じ指導をするのは二度手間だからな。効率の悪い事はしない」


 言い切ってから東郷はリオンに向き直る。


「リオン殿。この平野に集められるだけの兵士を集めるとしたら日数はどれくらいかかるのだろうか?」

「それは…中央都市内の兵士であれば早馬を飛ばしたりして……二日もあれば何とか…」


「よろしい。では今日はもう間もなく日も暮れそうなので、三日後の昼間にここに集めてもらおう。その時までに編成と改革について考えさせてもらう」

「本当になさるおつもりですか?」


「する。改革せずにこのまま王国と当たれば必ず亜人国家は滅ぼされ、残された亜人達が奴隷になるのか虐殺されるのかは…私達よりリオン殿の方が想像し易いと思うがね?」

「わかりました……」


 祖国が受ける非道の数々が想像できたのか、諦めたリオンは力なく頷いた。


「さて、今日はこれくらいにして後は細かい打ち合わせを行うとするかね…」

「ま、待って…下さい…」


 意外な人物から制止の声が聞こえ、東郷が目線を移した。

 声の主が冬木である事を確認してから東郷が口を開く。


「何かね?」

「その……リオンさん。私にも「技能」を教えて頂けませんか…?」


 技能?

 あぁ、確か何かそんなもんあったなぁ。

 すっかり忘れてた。


「技能?」


 虎鉄が初めて聞いた単語のように不思議そうな声を出す。

 俺も忘れてたから人のこたぁ言えねえが。


「ほら、何か種族とか特性を見たときに最後辺りに書いてあったやつじゃないかい?」


 静子の言葉で、虎鉄が思い出してポンと手を叩く。


「そういや、オイにもそんなもんあったのう」


「…そういえば、まだお話しておりませんでしたな…」


 急に話を振られて、説明していない事を思いだした様子のリオン。


「技能に関しては簡単です。使いたいと願い、手をかざしてあの時見た言葉を告げれば使えます」


「そんな事言われても、あの時見た言葉なんざ覚えちゃねえぜ…」


 虎鉄の言葉で、リオンが首を振る。


「ご安心を。あの時の技能は皆さまの魂に刻みつけられております。技能を使いたい、と心から思えばおのずと言葉が浮かんできますよ」


「……ふぅん」


 とりあえず魔法を使ってみたい、と思ってみる。俺のは確か…塹壕と大砲だっけかな?


 と、突然頭ん中に言葉が浮かび上がった。

 これは、不思議な感覚だ。


「……塹壕創造クリエイトトレンチ!!」


 ボコッッ!!


 俺の言葉に呼応して突如目の前の地面が抉れ、深さと直径が1メートルぐらいの穴が突然現れる。


「お、おいおい……」


 他の皆が驚いて目を丸くしていたが、一番驚いたのは俺自身だ。


「魔法で穴を掘るとは、凄いな南部」


 誉めてるのか皮肉なのか分からない口調で東郷が話しかけてくる。

 鬱陶うっとうしいから話しかけてくるな。


「ふむ…。こうか。……船舶創造シップクリエイト


 東郷が手を前に出して一言発すると、突然地面が隆起した。

 隆起した土が何かを形どり、出来あがったのは土製の一人乗りの小舟だった。


「土の船じゃのう」


 虎鉄が見たまんま口にする。


「凄ぇじゃねえか東郷。水に浮かべたらドロ船になりそうだなぁ!」


 お返しと言わんばかりに俺がニヤリと笑って東郷の顔を見ながら皮肉を言ってやる。


「………」


 顔色一つ変えることなく、無言で土の船につま先蹴りを入れる東郷。

 蹴られた船は形を崩し、ただの土くれへと変化した。


「リオン殿。これでは船として乗る事は出来ないが?」


 半ば八つ当たりのようにリオンを睨みつけるような目で東郷が尋ねる。


「そ、創造系の魔法は使用時に近くにあった素材を変形させる魔法になりますので、この辺りで使用したとしても土製しか……」


「なるほど。つまり近くに木材や鉄等の素材があればそれに準じた船が造れるという訳だな」

「その通りでございます」


「つまり南部の大砲創造を今使ったとしても土くれの大砲しか出来んという訳だな」

「そうみたいだな」


 ご丁寧に俺の名を出して例えてくれたが、俺は大砲は造ってねえ。

 その後に虎鉄が武具製造ウェポンクリエイトで土の刀を創造し、静子はそれを改造オルタレーションして少し壊れにくい土刀へと変化させた。

 佐藤は地質ジオロジー調査サーベイでここ一帯の土は作物を育てるには適していない事を調べ上げた。

 佐野は鑑定アプレイザルで、土の成分をざっくりとではあるが判明させていた。

 ただ、成分といってもどれも聞いたことがない名前ばかりでさじを投げていたら、冬木が使用した知恵ウィズダムという技能でその成分を調べてくれた。


「それぞれの技能ってよぉ、お互いを助け合うようにでもなってんのかねぇ?」


 俺の素朴な疑問に対して「そうかもしれんのう」と虎鉄が頷いた。


 それぞれの技能確認が一通り終わった所で三日後に再度ここに集まった時、三万という亜人の軍の再編成と意識改革を行うという内容をリオンに再度伝えて今日は王都に戻る事にした。


 色々な事がありすぎてじっくり考える時間がなかったけどよぉ…俺らは今日こっちの世界に呼ばれたばっかりなんだよな。


 崖下を見れば、兵士達が荷物をまとめたり怪我を負った亜人を運んだりと忙しそうに動き回っていた。


 何だかどっと疲れた。

 俺はのろのろと馬車に乗り込むと、出発を待ちつつそっと目を閉じた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る