第1話

時は過ぎて、すべてが動き出す少し前、クリスマスの夜。


僕は独り、部屋の中でただ考え事をしていた。

そう言えば聞こえはいいが、実際にはただ悶々としていた。


勿論その原因は他ならぬあの娘だ。


彼女がコンビニにいるかどうか、それこそが僕をこんなに悩ませ、胃を蝕んでいるのだ。


今年のクリスマスイブは木曜。

そしてそれは僕調査の、彼女のバイトのシフトの日でもある。


クリスマスイブ、そしてバイト。

相反する二つの状況で、彼女はどちらを優先するのだろう。


冷静に考えれば分かる訳がない。

かのホームズだの名探偵ともなれば、僕が彼女のバイトのシフト規則を発見するまでに、その結論を見つけ出せたかもしれない。

だが生憎、僕にはそんな能力はなく、さらに今はまったくの盲目ときた。


そんなこんなで、考えは妄想の中を行ったり来たり、名探偵どころか、順調に迷探偵としてのキャリアを歩んでいた。


「まぁ、行くしかないか。」

想像の中において、確率は二分の一の筈だが、僕のマイナス思考、そして僕の中での彼女の評価もあいまって、悪い方向ばかりに想像が働く。

そしてそんなことなら、もうはっきりと現実を見たほうがマシだと、やっと心が決まった、もとい耐えきれなくなったのは、もう夕方の手前だった。


外はこれでもかと言わんばかりの寒さで、ダウンを羽織ってはいるものの、一刻も早く暖かい屋根の下へと潜り込みたかった。

空を見上げると曇り空、マンションの向こう、遠くの山の頂が霞んで見える。

吐いた息の白さからも、そんなに時間もかからないうちに、雪が落ち始めるだろうことが想像できた。


雨は夜更け過ぎに、と小声でで歌いだして、すぐに声を潜める。

夜更け過ぎという単語だけでここまで悪い想像が出来る僕は、本当に筋金入りのマイナス思考なのだろう。


足取り重く、コンビニに向かう。


どうか彼女がそこにいますようにと、頭の隅に想いが浮かぶ。

だがそんなことをはっきりとした言葉で考えるのが、また悪い結末を生むような気がして、何も考えないように、考えを頭の隅に追いやる。


彼女が幸せに過ごせているならば、それでいい。

そんなカッコいいことを考えられればよいのだが、勿論僕はそんなに人間が出来ているわけではない。

俺のものになるなら少しくらい不幸でもいいかな、なんて思うくらいに、僕は駄目な人間だった。


走り出したいようで、一方足取りは重い。

これはあれだ、試験の結果発表に似ているなと思った。


知りたいようで知りたくなくて。


これを越えたところで、僕に幸せが訪れるわけではない。

だが、これを越えない限り、僕は不幸だ。


だらだら歩いていても、どんな風に思っていても、着実に前には進むもので、気が付けば通りの向こうに決戦場が見えた。

決戦場とは言うまでもなくコンビニで、ここ最近の僕にとっての禍福を生み出す源泉でもあった。


コンビニからは逆に目を逸らして、前へと進む。

こんな遠くからの曖昧な情報で、これ以上振り回されたくないという思いが二割、結果を先延ばしにしたいという思い八割といったところ。

田舎のコンビニだけあって、周りに見えるのは畑と小さな民家。


民家の窓の中に見えるクリスマスツリーが本当に幸せそうに見えた。

実家の小さなクリスマスツリーを思い出し、親に怒られることが不幸の全てだったあの頃は本当に幸せだったなぁ、とおっさん臭い考えが頭をよぎる。

そんなことを考えている場合ではないのだが、遠くに来たことを自覚できたことから、少し気分が落ち着いた。


さて、そんなこんなで考えは何一つまとまらないまま、むしろよりとっ散らかった状態で、コンビニへと着いた。

どうしようかなんて全く決まってはいなかったが、まぁ行くしかあるまい。


ふう、と少し芝居じみた息を一つ吐いて、コンビニの自動ドアをくぐる。

僕の思いなんて知ったことかといわんばかりに、コンビニ独特の入店音が、クリスマスの店内へと響いた。

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