俺はオカモト・タカシ。オーク族に生まれた。

かひのと

第1話


俺は、オカモト・タカシ。

オーク族に生まれた。


いや、ファンタジーの話をしようとしてるんじゃない。現代日本の話だ。


俺はガチムチ、豚鼻でもっさりした体格だ。テラフォーマーズの総理大臣をもっと下品にオークっぽくしたような感じだ。太っているが、相応に筋肉もついている。昔、ドラゴンクエストのアニメがあったんだけど、それの戦士のモコモコを見て「俺みたいだなぁ」と思った。まぁモコモコのほうが数段イケメンだけどな。俺はあくまでもオーク族だ。


自分がオークであることを認めるには勇気が必要だ。アイデンティティが揺らぐし、何より両親にも申し訳ないしな。しかし、やはりオーク族はオーク族。いつかはその事実に直面するときがくる。オークはいくら努力をしてもエルフにはなれない。そんな単純な事実にも挑みかかりたくなるのが思春期というやつだ。俺も相応に努力はした。エルフにはなれなくとも、オークでない何者かにはなれるのではないか?身体を鍛え、髪と眉を整え、いち早く一人で服を買いに行ったりした。


しかし、さすがに俺もある程度のところであきらめた。毎日鏡を見てりゃ「これはダメだな」と思いもする。鏡の向こうの人物に諭されるように、俺は俺を受け入れた。しかし俺は結構がんばった方だと思う。オーク族はだいたい、中二くらいで己の人生を悟るらしいからな。これは他のオーク族との会談で判明したことだ。


オークは二度生まれる。一度目は両親から。二度目は鏡から。


オーク族はファンタジーやエロゲのように群れることはない。単純に生息数が少ないからだ。それはそうだ。オーク族の生殖能力は極めて低いからな。必然的にオークは減少の一途をたどることになるわけだ。

エルフと人間の築いたこの街で、俺たちは静かに限られた生を全うする。これが現代のオークさ。まったく悲しいな。


俺たちは牙を抜かれたオーク族。残るは豚鼻と突き出た腹だけだ。


俺も、雄たけびをあげてエルフの村を襲撃してみたかったぜ。でも今それをやっても、普通にエルフに撃退されるからな。それに何よりそんなことは犯罪だし、しちゃいけない。静かに俺たちは善く生きるのみだ。


オークだからといって何か得られることはないが、同時にオークだからと討伐されることもない。現代の女騎士はオークの前に姿を現すことはない。まぁ当たり前だ。現代のオークは村を襲わないからな。村を襲うくらいしないと女騎士には出会えないのはファンタジーも現代も同じだ。ごくたまに村を襲うオークが出るが、そういうやつは女騎士に出会えるな。裁判所とかで。そこで胸にエンブレムを付けた女騎士に裁かれるわけだが、法治国家の牙なきオークはそれ以上どうしようもないわけだ。

あ、いや、俺は女騎士に裁かれたことはないぞ。一時期裁判の傍聴が趣味だっただけだ。何かしらの運命の歯車の作用で法廷に立たないとも限らないしな。傍聴もいい経験だ。


で、大学2年のころ実際に俺の前に現れたのは、女騎士でなく女バード。吟遊詩人だ。適切かどうかわからんが。ようするに、絵のモデルになってくれと美術系の学生に頼まれたんだ。


現代においてオーク族は希少。ゆえに絵画的価値があるというわけなのだろうか。確かに冷静に考えると、オークというものは一定のイメージはあるが、実際に身近にオークを感じる人はなかなかいない。俺も同族となかなかすれ違わないしな。


そこへくると俺などはまさに絵にかいたようなオーク。そんな俺を絵に残そうというのだ。


これは面白い。俺は承諾した。


正直、まぁ、期待するよな。オークであっても、やっぱ、期待しちゃうだろ。実は俺のようなオークが好みの希少生物が存在していて、俺に好意を抱いているのを「オカモトくん、絵のモデルになってくれない?」という言葉に隠して接近してきているのかも、とか、ファンタジーをさ。追い求めたく、なるだろ?

少なくとも、ほんの少しの希望を抱いた俺が存在することは、理解してもらえると思う。


あとにも先にも絵画モデルなんてものは初めてだったので、これが普通なのかどうかは全くわからんが、美術室で半裸の俺を囲んで数人が絵を描く、ということを何度かやった。その子は俺の正面にいた。他の人もさすが美術系というか、まぁ俺の偏見なんだが、顔立ちが整っている子が多かった。整っていながらも「普通の美人」ではない雰囲気を醸し出してるのも美術系っぽかった。


あ、前後するけど、俺がモデルに選ばれた経緯は、ラグビー部の先輩がその子と知り合いで、「絵のモデルにちょうどいいガチムチがいる」ということで紹介されたんだ。

…まぁ普通に、「クリーチャー知ってっから紹介してやるよ!」っていうノリだわな。なんだか悲しくなってきたぞ。


で、オークを囲んだ…なんていうんだ?写生とも違うよな?こう、絵描き会?が始まったんだが。当然のごとく、ファンタジーはないわけよ。その子は最初から最後までクリーチャーを観察する鋭い視線のままだったし、周囲の個性的な美人さんたちもオークの筋肉の分析に余念がないというわけで。実はその子が俺を好きだったというファンタジーも当然なく、美女がオークを無言で囲む謎の会があるだけだった。


で、そんなことを何度かやって無事に終了した。完成した絵は見せてもらってない。


それで俺の話は終わりだ。現代のオークの伝承はこんなもんだ。すまんな。


何か特別なことが起きるわけじゃない。

オークがいて、エルフがいて、それで終わりだ。

それぞれの人生がそこにある。それでいいんだ。


俺はオーク。

オカモト・タカシ。

それなりに生きている。

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