七.
涼しい風を頬に感じて目が覚めた。
あたりはいつのまにか、うすい闇におおわれはじめている。
立ち上がって西を向くと、長い長い草の水平線のむこうに、大きな太陽がオレンジ色に揺れながら沈んでいくところだった。
どうやら、食事をしたあと、つい眠りこんでしまったらしい。
暗くなる前に帰ろう。
木の根元をはなれ、草むらに足を踏み入れた。
○
「今日はまた踏切を見たよ」
夕飯の席につきながら、私は少女に話しかける。
「だけど、昨日見たのとは少し違ってて、昨日のはよくある踏切みたいだったけど、今日のはなんだかアメリカ的だった」
「たしかに、アメリカ製の警報機も使っています。アメリカ政府の申し入れで、導入されることになりました」
少女は、小さく両手を合わせてから箸を取ると、ちゃぶ台の上の白い丸皿のかつおの刺身に手を伸ばした。
「でも、日本製の警報機のほうが高性能だと言われています」
そのあとはどちらも無言のままで食事を終えた。
食器は私が洗った。
まぐろと話したことは言わないでおいた。
あれは夢だったかもしれない。
これが夢なのかもしれない。
よくわからない。
昼寝をしたからなのか、その夜はなかなか寝つくことができなかった。
板の間をはさんでむかいにある少女の部屋から、少女が聞いているらしいラジオの声が漏れてくる。
ずっと耳を傾けていたが、気象通報しか流れていないようだった。
そういえば、今日の夜はバイトのシフトが入っていたな、と思い出した。
帰ったらやっぱり、クビになっているんだろうか。
『南大東島、南南西の風、風力二、天気晴れ、気圧一〇二二ヘクトパスカル、気温二十八度。名瀬、南西の風、風力三、雨、一〇ヘクトパスカル、二十五度。鹿児島、西南西の風……』
やがて、気象通報は、低気圧と高気圧の場所を告げて終わりになった。
ぶつり、というかすかな音がしてラジオが消された。
私は部屋の暗闇の中で起き上がり、襖を引いて廊下に出た。
薄いガラス戸一枚へだてた外界では、高く伸びた草の穂先が風をうけてざわざわと揺れうごき、そこにほの白い月光がふりかかっている。
遠くのほうで、細長い翼を持った影がいくつも跳ねまわっているのがちいさく見えた。
虫だろうか、と考えかけて、ふと気がつく。
とびうお。
廊下の終わりにある厠に行って、布団にもどる。
横になって目を閉じても、まだ眠くならない。
しばらくして、するする、という音とともに、部屋に人が入ってくる気配がした。
うすく目を開けると、枕もとに少女が座っている。
白の着物に赤い帯。
それが寝間着でもあるのだろう。
「まだ起きていたんですね」
「うん。変な時間に昼寝しちゃったから、なかなか寝付けなくて」
「おはなしをしてあげましょう。私がちいさかったころ、眠れないときには、いつも祖母がこのはなしをしてくれました」
長い長いおはなしだから、覚悟して聞いてください。
そう前置きして、少女は語りはじめる。
「長い長いうなぎのおはなし」
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