二.

 目を開けると、大きな梁がむきだしになった天井を見上げていた。

 それで、昨晩出会ったばかりの人の家に泊めてもらったことを思い出す。

 部屋はもう明るい。

 枕もとの携帯電話を開く。

 デジタル表示の時計は6:30を示している。

 始発で帰るつもりだったが寝すぎてしまった。

 土曜日だから困ることはないけれど、知らない人のところに長く迷惑になるのは落ち着かない。

 起きて、布団をたたむ。

「私はまぐろを守っています」

 昨夜の、少女の言葉が記憶によみがえってくる。

「まぐろ?」

「最近、乱獲が目立っているから。オーストラリア、ニュージーランド両国政府に依頼されました」

 丈の高い草むらに囲まれた一軒家に案内された。

 中は暗く、人の気配はしなかった。

 玄関の、引き戸の上の白熱電球に蛾がたくさん、まとわりつくように飛んでいた。

「どうやってまぐろを守るの?」

「センを倒すのです。それには、これを使います」

 少女は、背負っている巨大な銃を右手で示して、バーレットM八二対物ライフルという名前、と言った。


 ——六畳間の壁際に布団をよせて、襖を引いて、隣の部屋へ出る。

 隣の部屋は板敷きで、中央にちゃぶ台があり、その上の大きな白い丸い皿には、赤くてつやつやした肉片が、均等に切られて並んでいた。

 部屋はうす暗く、ひんやりとしている。

 するり。

 むかいの襖が開いて少女が入ってきた。

 しばらく黙って見つめあう。

 少女は白一色の薄手の着物を着て、赤くて細い帯をしめている。

 昨夜は暗くてよくわからなかったけれども、額のあたりで前髪を真横に切り揃えた、おかっぱのような髪型をしていた。

 おもむろに、少女が言った。

「朝ご飯です。かつおのお刺身」

 朝から刺身とは驚いたけれど、食べてみると、うまかった。

 身に弾力があって、そこいらのスーパーマーケットで売っているようなでろっとした刺身とは比べるべくもない。

「新鮮なんですね」

「さっき、そこで捕まえてきました」

「近くに海がある?」

「海? いいえ。裏山で捕まえました」

 あつかましいとは思ったけれど、ご飯をおかわりしてしまった。


  ○


 礼を述べて表へ出て、歩きはじめようとして気づく。

 駅の場所がわからない。

 戻って尋ねようとふりむくと、ちょうど玄関の戸ががらりと開いて、少女が現れたところだった。

 少女は着替えたらしく、昨夜と同じ、白い布地の夏物のセーラー服を着て、例のライフル銃を両手で提げていた。

「あの、駅へはどう行ったら」

「え、き?」

「そう。電車の駅。電車に乗るところ」

「でんしゃの……」

「電車は通っているよね。昨日、会ったところに」

「昨日。ああ、あれはセン」

 少女は眉を寄せる。

「あなたはセンには乗れません」

「乗れない? どうして」

「あれは人間が乗るものではないから」


 ——ともかく、帰らなくてはならないのだ。

 駅は自力で探すことにした。

 玄関の横に立てかけてあった、錆つきかけた自転車を借りた。

「あまり、役には立たないと思います」

 少女が言ったように、一軒屋の前を通っていた未舗装の道路は5分ほども走ると草の中に消えた。

 自動車の車輪の跡らしい、細い二本の平行線だけが、かすかに残っている。

 自転車を押して、草をかき分けて進む。

 すぐに草は背丈よりも高くなり、どの方角に進んでいるのかさえ分からなくなった。

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