まぐろ/長い長いうなぎのおはなし
ギルマン高家あさひ
一.
肩をゆすられて目が覚めた。
そこは、電車の中だった。
ふたたび閉じようとする目をなんとかこじ開けて見回すと、ほかの乗客は、もうひとりもいない。
車掌さんのものであるらしい、小さな後ろ姿が、二両先の連結扉の向こうに消えていく。
天井で輝いている蛍光灯と、その光を反射している床が、いつもよりも白っぽく見えた。
どうやら寝過ごしたらしい。
それにしても終点まで気が付かなかったとは。
降りるべき駅の手前で、つい、うとうとしてしまったことは何度もあるけれど、終点まで寝入ってしまったのは初めての経験だった。
あわてて立ち上がり、すぐ横のドアから外に出る。
バッグの中から携帯電話をひっぱり出して時間を確認する。
0:35。
この時間で、まだ上りの電車はあっただろうか。
考えながら、からっぽの電車の横を階段にむかって歩く。
ここは、どこの駅なのだろう。
乗っていた電車の行先を思い出そうと、まだぼんやりしている頭をめぐらせる。
たしか急行だったから、清瀬止まりや保谷止まりではない。
小手指か、飯能か。
だとしたらずいぶん遠くまで来てしまったことになる。
でも、秩父まで来ているようなことはないはずだ。
直通の急行電車というのは、そうそう走っていない。
ふと気がつくと、いつのまにか、あたりが真っ暗になっていた。
ホームを歩いているとばかり思っていたのに、足もとはコンクリートではなく土のようだ。
さわさわ。
葉ずれの音が聞こえる。
もしかすると、終着駅で見逃されて車庫まで来てしまったのかもしれない。
そういう場合、どうやって外に出ればいいのだろう。
車掌さんか駅員さんを見つければいいのだろうか。
あれ? 駅じゃないところにいる人も、「駅員さん」でいいのかな。係員さん?
闇につつまれて、自分がどこにむいて進んでいるのかもよくわからなくなりながら、とりあえず歩きつづける。
前方に黄色っぽい灯りが見えてきた。
近づいてゆくと古びた街路灯。
その下に踏切がぽつんと立っている。
警告灯の柱につる植物が巻きついて、いちばん上のバッテンまで伸びている。
突然、警告灯に赤い光がともった。
カンカンカンカン。
遮断機が下りる。
コトンコトン。カタンカタン。ガタンガタン。
ごおっ。
ガタンガタン。カタンカタン。コトンコトン。
踏切は静かになって、遮断機を上げる。
通った電車はオレンジ色の車体をしているように見えた。
ともかく、線路に沿っていけば、どこかに駅があるはずだ。
——しばらく歩いていると、ふたたび遠くから踏切の警報音が聞こえてきた。
ふりかえると、横に並んだふたつの光点。
だんだん大きくなって近づいてくる。
線路から、すこし離れる。
カタンカタン。ガタンガタン。
「伏せてっ」
鋭い声。
何もわからないままに、私は線路脇の草むらに身を投げる。
腹にひびく銃声。二発、三発。
そのあとは、静まりかえる。
「あなたはもう少しで、まぐろになるところでした」
誰かが近くでそう言った。
顔を上げると、私のすぐ横には、闇の中、つめたくなった電車が、ぬうっと立っていた。
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