三.
どのくらい歩いただろうか。
一歩ごとに、草いきれがもわりと顔を圧迫してくる。
背中がじりじりと暑い。
自転車を横倒しにして、自分も座りこんだ。
水を用意してくるべきだった。
けれども、駅を探している途中で草むらから脱出できなくなるなど、誰に予想ができただろうか。
それも日本の、おそらくは東京からさほどはなれていない土地で。
寝転がると、真上で太陽がぎらぎらと輝いていた。
こおっ。ことんことん。カタンカタン。ことんことん。
私は思わず立ち上がった。
電車の音だ。
遠くて方向までは特定できないが、確かに電車の音だった。
自転車を引き起こして歩き出す。
歩きながらも耳をすましていると、また、聞こえる。
こおっ。ことんことん。カタンカタン。ことんことん。
電車だ。
草をかき分けて歩く。
ごおっ。ごとんごとん。ガタンガタン。ごとんごとん。ことんことん。
電車だ。
小走りになる。
突然視界がひらけて、草を刈り込んで切り開いた、円形の広場のようなところに出た。
中央に、踏切があった。
遮断機が左右にふたつある、大きな踏切。
カンカンカンカン。
警報音が鳴って、遮断機が下りる。まずは左。それから、右。
カタンカタン。ガタンガタン。
草むらのむこうから電車が姿を現して、目の前を通り過ぎていく。
みどり色の電車だった。
中はからっぽのようだった。
いちばん後ろの行先表示を読もうとしたが、遠ざかっていくのが速すぎて読むことができなかった。
踏切の中に立って、電車が行った方向を見た。
線路が二本、どこまでもまっすぐに伸びていて、その上で垂れ下がった草の穂が揺れていた。
○
「えきは、見つかりましたか」
少女が言った。
少女はちゃぶ台のむかい側に座っていて、私との間には白い大皿に盛られたかつおの刺身。
頭の上で裸電球がまたたいており、少女はまだセーラー服を着ていた。
見つからなかったから、ここにいる。
そう言うと、少女は、飯茶碗から顔を上げてこちらを見た。
「電車が通っているところは見つかったけど、駅はなさそうだったよ」
「でんしゃ」
「うん。みどり色の電車」
少女は首をかしげながら、刺身をひとつつまんだ。
「それは、ヤマノテセンではなくて?」
「山手線?」
「ヤマノテセンはみどり色のセン。円形の縄張りを持つ傾向にあり、まぐろを捕食します」
ヤマノテセン。
私はしばらく考えたあと、少女にこう質問した。
「オレンジ色のは、チュウオウセンと言う?」
「そのとおりです。ご存知なのですね」
「チュウオウセンの特徴は?」
「直線的な縄張りを持ち、ヤマノテセンと同様に、まぐろを捕食します。黄色の亜種が存在しますが、この亜種のまぐろの捕食量は他の2種類に比べると少ないようです。この色の違いが雌雄の別に関連するものなのかは現在調査中です」
私が調査しているわけではありませんが、と彼女はつけ加えた。
「なお、まぐろにとって最大の脅威は、マグロハエナワギョセンです」
食事が終わるとすることがなかったので、隣の部屋にひきとった。
昼間歩いて疲れていたからだろう。
布団に入ると、すぐに眠りに引き込まれた。
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