第5章:正攻法なんかやる意味あんの


 七匹の〈神犬〉が、莉結を喰らい殺そうと飛びかかってくる。

 対して莉結は極めて冷静に言葉を紡ぐ。


「【神犬しんけん】、な。せやったら……【飛燕ひえん】」


 一匹の牙が莉結の喉元に到達するまさにその瞬間、緑色の光が迸った。

 そして莉結は自らの視界が大きく右にブレたと思った次の瞬間、〈神犬〉の包囲から外れて寝室の端まで移動していた。

 自分自身の力に驚いた莉結は淡い緑色の光に覆われた己の手のひらを見つめる。


「【想像=創造イマジン・クリエイション】すげえ……」


 莉結は【神犬inen】を構成する母音【i・e・n】を用い、【飛燕ien】という文字を紡いだ。するとゲーム内能力である【想像=創造イマジン・クリエイション】により、『飛燕のごとき速度を手に入れ、神犬の包囲から脱出した』。

 音を指定してそれに合わせた言葉を発話、描写することによって発言者本人の意向を持たせた状態で顕現させる。

 それが【想像=創造イマジン・クリエイション】の性質。

 つまり、リポグラムのようなものだと莉結は結論づけた。


「押韻異義語ってそういうことかいな」


 思わず苦笑してしまう。なにせ自分が最も得意とする言葉遊びだ。笑わないでいられるわけがない。けれど、莉結の目はまったく笑っていなかった。

 包囲を逃れた獲物を求め、再び自分の元へ向かってくる〈神犬〉を睨みつけながら息をはく。


「ウチが言葉遊び得意なんも、特に教えられてへんのにやり方全部わかってしまうんも、ゲームの設定だからなんやろなぁ……。ほんとムカつくわ」


 予定調和の流れに嫌気が刺しながら、それでも言葉を紡ぐ。


「【神犬来ていて危険。見えんへきにて敬遠し右手に視線牽引けんいん】」


 右手を挙げた莉結と〈神犬〉の間に、破裂音と共に白い線香花火のような光が連続して散る。

 すると、突如〈神犬〉が見えない壁にぶつかり吠え声をあげた。

 そのまま莉結の右手に魅入られたかのように見入り、動かなくなる。

 その場から動けずもがく〈神犬〉を横目に、莉結が「【顕現せい、剣】」と発すると、黒い光と共に抜き身の剣が宙に現れた。


「かったるいがやったるわ」


 その剣を右手で握り、居合抜きの要領で腰に据える。


「【一見】、【一剣】。けれど【いい剣】。さては【真剣】? いいえ【神剣】。ここから【必見】、それは【異次元】。せやから【意見】は【言えん】!」


 赤、黒、黄、紫、緑、青、橙――――真っ白いキャンパスのような部屋に、言の葉によって生じた極彩色の花が咲いては一瞬で散っていく。

 それと同時、連続で同韻の言葉を発したことによるコンボ数の増加が、ド派手な音と共に視界内で表示される。

 ハデだけど邪魔だななんて思いながら、莉結は構えた剣を抜きざま横一文字に切り放った。


「【七犬一牽】――――【死閃】」


 七色の煌めきが寝室を横断した次の瞬間、七匹の〈神犬〉全ての首が落ちていく。

 そうして首を刎ねられた七匹の〈神犬〉は金色の光粒となって空中に霧散していき――――――宙空で集まった光粒は、先ほどよりも少し大きな六匹の〈神犬〉となった。


「いや、そうはならんやろ!」


 なっとるやろがいと一人ツッコミをする間もなく、六匹の〈神犬〉は唸り声をあげながら莉結に喰らいついてくる。


「ちょあっぶ――がっ!」


 一匹の噛みつきをすんでのところで避けた莉結だったが、違う〈神犬〉に左のふくらはぎを噛まれた。そしてそのまま、噛みちぎる勢いで顎をしめられ。

 そして、莉結は自分の足の骨が折れる音を聞いた。


「あああああああああああああっっ!!!!!」


 あまりの痛みに気を失うこともできず、本能のままに叫ぶ。

 痛みで朱く染まる視界の端で、残りの〈神犬〉が迫りくる。


「んっぐぅぅぅ……っ! 【一時停止】ぃっ!」


 莉結がその言葉を発した瞬間、世界がセピア色に染まった。

 犬歯を剥き出しにして莉結へと飛びかかる〈神犬〉たちは氷の彫像にように空中で静止している。

 激烈な痛みでまともな思考ができない中、それでも死の恐怖という本能に突き動かされ、莉結は土壇場で世界を停止させることに成功した。


「はぁっ、はぁっ……。くそ、こいつはよ離れんかい……!」


 そうして幾ばくかの猶予を得た莉結は荒い息をつきながら、未だふくらはぎに噛みついたままの〈神犬〉の口を開き、骨にまで食い込んだ歯を剥がしていく。


「いたい、いたいっ……いったいっ!」


 涙を流しながらも痛みに耐え、ようやく牙を抜き終わった時には、ふくらはぎから滝のように流れる血で床と両の手が真っ赤に染まっていた。


「止血せんと……。えぇと、【刺激】を【軽減】し、血を【静止】。おまけに【瀕死】の【原因】を【剪定】」


 痛み止めと止血を兼ねた処置を行い、最後に骨折したという事象を取り除き、痛みを遠ざけた莉結はようやく冷静さを取り戻した。

 けれど、世界はすでに色を取り戻しつつある。

 再び〈神犬〉の動き出す時が近づいていた。


「ちっとは休ませてくれや……」


 歩けるようになったとはいえ、噛まれたという事実がなくなったわけではない。視界の左下に表示されている『HP:5/16』という欄がそれを物語っている。依然ピンチな状況に変わりはない。


「ふぅ……。とりま逃げるか」

 

 剣を持って立ち上がり、〈神犬〉の方位から抜けた莉結はひとまず広い場所へ移動しようと右手を閉じて開く。

 するとブザーのような音が鳴り、『現在当エリアからの移動は制限されております』とアナウンスが流れた。


「は?」


 とっさに左手を閉じて開く。左手上の空間が揺らいだ。移動することはできないが、どうやら持ち物を取り出すことはできるらしい。


「イヤガラセかいな! だったら【地遠】で【遅延】させたるわ」


 白の光が莉結の右手の中で形を成し、清らかな水のように透明になった。

 莉結が手のひらを返すと、光はシャララと清廉な音を立てて落ちていく。

 床へ滴り落ちた光は床の上を滑るように伝っていき、莉結と〈神犬〉の間に一本の線を引いた。

 すると〈神犬〉と莉結の空間が、出来の悪いパノラマ画像のように引き延ばされていく。

 そうして両者の距離はあっという間に離れ、〈神犬〉たちははるか彼方まで遠ざかっていった。

 再びの時間稼ぎはできたが、すでに【一時停止】の効果は切れており〈神犬〉はこちらへ向かって走り出している。


「さてと、どないしよかな」


 腕を組み、真面目くさって言ってみた莉結だが完全にノープランだった。


「アレは生き物やなくて光で構成されてて、ぶちのめすにつれて数は減って、代わりにでかくなって復活する。ってことなんやろな。ってことは――」


 七から六、六から五、と指折り計算する。

 結果、一匹ずつ倒すとなると強化されていく〈神犬〉を合計二十一匹倒さなければならないと判明した。


「にじゅういちて! めんどくさっ! 骨折れるでぇこれ……いやすでに一本折っとるけども」


 弱音を吐く間にも〈神犬〉は距離を詰めてくる。

 到底逃げ切れるものではないから、〈神犬〉が到達するまでの約三十秒の間になんとかする術を考えなければならない。


「まあ、馬鹿正直に倒すつもりなんざないけどな」


 楽観的に笑い、手に持ったままの剣を再度構える。

 今度の構えは両の手で掲げて持つ、大上段の形だった。


「【宣言】――――」


 一つ、淡い赤の光が現れる。


「これは【連綿】続く【聖戦】。【善戦】せんと【延々、前線】変わらん。そんなら【全然消えへん神犬、永遠に切れ切れにせん】」


 その光が消えゆく前に、新しい光が現れる。

 一つ、また一つ。

 そうして赤い光は連続して重なり――一輪の大蓮華を咲かせた。


「――――――――【千片蓮華】」


 蓮華をぶった斬るようにして、莉結は大上段から剣を振りおろす。

 斬られた蓮華は泡沫のように音もなく散り、幻想的な赤き砂塵の風となり、すぐそこまで来ていた〈神犬〉を包みこんだ。

 風に巻かれてその場でのたうち回る〈神犬〉に、会心の笑みで親指を床へ向けた。


「じゃあなクソ犬! 死ぬまで死んでろ!」


 【千片蓮華】が発動する。

 風に包まれた光の粒が〈神犬〉を分解し、文字通り千の蓮華の花弁のように散らしていく。再び金色の光粒となった〈神犬〉はプログラムに従って元の形に戻ろうとするが、【千片蓮華】はそれすらも己が花弁の一部として際限なく光を散らしていく。

 そうして、断末魔をあげる暇もなく散り続ける獣の残滓を見上げ、莉結はふと思いついた言葉遊びを呟いてみる。


「バカが死んでん没す。またな〈神犬DOG〉」


 最後の一匹が消え去るまで、光の蓮華は何度でも花を咲かせ続けた。


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