ウィルデネス

沢渡六十

ウィルデネス

ウィルデネス

プロローグ


ドーム都市が崩壊する。

それは砂で作られた城の様にもろく儚く。

ドーム都市は人工太陽の夕陽を受けただ滅びの時をじっと受け止めている。

街から煙が上がる。

それは、この作戦が成功したという証だ。

そして滅びゆく世界。

ただ静かにゆっくりと壊れていく。

波にさらわれ崩れる城の様に。

その様を建物の屋上から見守る二人の人影がいた。

 一人は水色の髪をした少年ともう一人は夕闇の様に紫がかった長い髪をした少年だ。

 二人は黙りやがて夕闇の様な髪の色をした少年は、

「世界なんて不確かだ……」

と小さく呟いた。

 すると水色の髪をした少年は、

「だからこそ人は強くなれるんだと思うよ……今だったらそう言えるな。僕は……」

崩壊する街をみながら言った。

「…………」

 二人は黙りやがて、

「これで本当に終わりだな。ドームの掲げた理想も何もかも……」

 夕闇がかった色をした長髪の少年が寂しそうにそう言った。

その言葉に水色の髪をした少年は、

「……これで良かったんだ。完璧な世界。完璧な人間。そんなものは無いんだから……」と言い「それにこれは終わりじゃない……」

 朝、青空だった立体映像(ホログラム)の空はもう夕暮れに変わっている。

風が吹く。

 明日へと続く風が。

「新しい明日への始まりだ」

と二人は言い顔を見合わせ、やがて表情をほころばせ固い握手をした。

夕闇に染まる街並みの中。

 明日への道を信じて。


1 砂の城


 少年は走る。

 両親の温もりを求めて。

 両親は遠くにいる。

 二人は少年から遠ざかり少年を置いていく。

 少年は「待って!」と言いたいのにその言葉が出ない。

 結果が解っているからだ。

 両親は待たない。

 そして、冷たく重いドアが閉められる。

 暗く静かな部屋の中、少年は独りぼっちだ。

「仕方ないよね……いつもの事だから慣れちゃった……」

 少年は独り言のように呟く。

 自分を安心させる呪文のように。

 その時部屋のドアが開く音がする。

 少年は淡い期待をする。

 もしかしたら両親が戻って来たのかも、と。

 ドアの方へ駆け寄る。

 そして、外へ出る。――そこで――……


「……っ!?」

 目を覚ました。

 少年の目はいつも通り虚ろで呼吸も荒かった。

 目覚まし時計を確認する。設定時刻より一時間も早かった。これもいつもの事。

(いつもこれだ……)

 少年はそう思い首筋まである水色の髪をとかし身支度を整えた。

 彼の名は渡会(わたらい)空(そら)。

 現在十五歳で今日中学を卒業し四月から国立自然科学アカデミーへの首席入学が決まっている。

 十歳の頃から。

 そう。

 ここでは十歳の頃から全て運命が決まる。

 学校も。

 勉強する分野も。

 仕事も。

 未来も。

何もかも。

 間違いのない未来を進むために。

ここはドームと言われる四方八方ドームと言われる半球状に覆われた都市でここでは徹底的に管理された世界で人々は暮らしている。

 このシステムを提唱したのは、天才博士水無月茜博士(みなづきあかねはくし)だ。

 茜博士の提唱したシステムにより人々は何も悩むことなく順調に人生を歩んでいる。

 空は一階に降りる。

 一階では叔母が朝食のベーコンエッグを焼いており叔父はテレビを点けながら新聞に魅入っていた。

「おはようございます」

空は礼儀正しく挨拶する。

「あら? おはよう、空くん! 相変わらず早いのね?」と叔母空のコップに牛乳を注ぎながらが言うと叔父が、

「いつも目覚ましより早く起きるんじゃあ目覚ましの意味がないぞ、ハハ」と軽快に笑いながら言った。

「お世話になってる身ですから……」

 空は軽くお辞儀した。

 ニュースでは荒野(ウィルデネス)の事を報道していた。

『また荒野からのテロ活動です! 今回は博物館が爆破されましたっ! 爆破された時間は――』

「またテロか……」

「いやぁねぇ、最近多いわ……」

 叔父と叔母が口を揃えて言う。

荒野(ウィルデネス)。

空はコップに注がれた牛乳を飲みながらぼんやりと思った。

そこはドームの外に広かる無法地帯。

野蛮な人がそこには住んでいると言われる。

空達ドームの人間はそう聞き現に今荒野の人間はテロを起こしている。

荒野の人間とドームの人間は敵対している。

正確に言えば荒野の人間が敵視しているのは茜博士だ。

茜博士の提唱しているシステムが気に入らないのだ。

完璧な世界というシステムを。

そのせいで科学者だった空の両親も荒野の人間のテロに巻き込まれ空が八歳の時に死亡した。

しかも空の誕生日の日に。

だが空は両親が死んだと聞いた時悲しくなかった。

理由は至極簡単。

これと言って思い出が無いからだ。

空の親は科学者としては優秀らしいが親としては失格だった。

いつも仕事にかまけており碌に空に構わず誕生日の日も仕事に行ってしまった。

あの夢のように。

そしていつも決まってドアが開く前に目覚める。

その繰り返し。

空は心の中でため息を吐く。

「あ、空くん。ベーコンエッグ出来たわよ!」

叔母がそう言いベーコンエッグを持ってきた。

 目玉焼き下にこんがり焼かれたベーコンが二枚。

 空は手を合わせベーコンエッグを一口口に入れる。

卵の黄身が口の中で蕩ける。

「やっぱり叔母さんは料理が上手ですね。この卵のトロリとする熱加減結構難しいんですよ。それにベーコンの焼き加減も……」

 空の言葉に叔母は気を良くし、

「空くんったらいつも上手いんだからっ!」と言い空の背中を叩いた。

 空は苦笑いする。

 叔父夫婦は空と仲が良くしてくれる。

 だが空はその理由を知っていた。

 それは、空が問題を起こさない手のかからないいい子だからだ……。

(……もし僕が手のかかる子供だったらここまでよくしてくれない……)

 空はそう思いトーストを齧った。

やがて、学校に行く時間になり登校する。今日で最後の中学に。



「そっらー! おっはよー!」

 教室に着くといきなり少女が空に抱き着いて来た。

「わっ⁉ 雲(き)英(ら)っ!」

 雲英と呼ばれた少女はここが教室で皆が見てるというのに人目もはばからず、

「今日でお別れだから寂しくなっちゃうよね~。でも、学校が変わっても心は変わらないから~!」と抱き着きながら言った。

 空は、

(今日でこれも終わりかと思うと少し寂しいかも……)

と思いながら雲英を引き剥がした。

 雲英は空の幼馴染みで空に開放的な好意を示しておりクラスメイトからは公認カップルと言われているが空自身そんなこと一度も認めたことはない。

 勝手に周りがはやし立てているだけだ。

 しかし、ここではっきり断ると面倒臭いことになるのであえてここでは、

「いやぁ! 色男はつらいねっ!」

と軽口を叩いてふざけておく。

 それが一番楽だからだ。

 空は人より天才で成績優秀。物分かりが良く愛想がよく人付き合いも上手で友達も多いと絵に描いたような優等生だ。

 しかし、それは砂で作られた城のような虚像であった。

 実際は人以上に努力して成績トップの座を保ち物分かりが良く愛想がいいのも人から嫌われないようにと注意して表面上のいい子を演じている。

 彼は誰にも本心を言わない。友達にも叔父夫婦にも。

 人間不信の顔を隠し家でも外でもいい子でいなければならない。

 そうすれば人から嫌われない。見放されない。振り向いてもらえる。

 そう思いいつも表面上の笑顔を浮かべる。

 自分と周りに嘘をついて。

 彼の心はいつも砂漠のようにカラカラだった。

「そーらぁ?」

 雲英の呼びかけに空は現実に引き戻される。

「あ、あぁ……何?」

「何? じゃないよー。明日の約束覚えるー?」

 雲英が口を尖らせて言った。

「あ、あぁ。勿論。明日、十時にショッピングモールで買い物だろ? 覚えてるよ……」

 空が少し動揺して言うと雲英は「それだけ?」と言うと「誕生日のお祝いだろ?」と空は言った。

 空の言葉に雲英は満面の笑みを浮かべ「うんっ!」と言い「やっぱ、空覚えててくれたんだ! うれしー!」

 そう言い雲英は空に抱き着いた。

(忘れてたら面倒臭くなるから覚えてるよ……)

 そう空はうんざりしながら思った。

 実は、二年前。空はちょうど今時期雲英の誕生日を忘れて友達と遊び惚けており翌日学校に行くと雲英は泣きながら「どうしてお祝いにに来なかったの?」と聞かれ何のことかと聞くと「誕生日……」と言い思い出し、忘れてたと言うと雲英は泣き出し女子からは非難の嵐を食らい挙句の果てには男子に人気のある雲英の誕生日に行かなかったことで男子からは殺意を向けられた為暫くは学校に行きにくくなった過去がありその結果雲英の誕生日は忘れないでおこうと心に誓ったのだった。

「空―、お前は良いよなー。雲英ちゃんみたいな可愛い幼馴染み兼恋人がいて……俺の幼馴染み同性だもん。ロマンもクソもないよー」

 クラスメイトの男子が話しかける。

「でも幼馴染みから恋人ってマンガみたいで良いよね! しかも、学校一の美男子に学校のマドンナ。美男美女カップル! 羨ましー!」

と勝手にはしゃぐ女子。

「おいっ。雲英ちゃんに飽きたら俺に譲れよ。俺結構まだマジだから……」

「馬―鹿っ! あんたじゃ相手にされないわよっ!」

 そんな男子と女子のやり取りに空は内心面倒臭い、と思っていた。

 そんないつも通りの光景の中雲英が、

「そーいえば、空って卒業生代表じゃなかったっけ? 準備に行かなくていいの?」と突然言った。

「ヤバい! 忘れてたっ!」

 空はそう言い急いで教室を出た。



「――キミ達は本日卒業し未来へ羽ばたいて行きます」

 校長がお決まりのセリフを言う。

 空は校長の話を聞き馬鹿馬鹿しいと思っている。当たり前の決まりきったセリフだからだ。

(こんな事に時間を割くならもっと別の事に時間を割けばいいのに……)

 空がそう目を瞑り思案していると、

「先輩っ! 先輩っ!」

 隣の後輩が空の肩を揺さぶる。

「?」

 空が怪訝な顔で後輩を見ると校長が馬鹿でかい声で、

「卒業生代表っ!」と呼ばれた。

 空は「あ……」と声を漏らした。



「やー、やっと長い卒業式も終わったねぇー! それにしても面白かった空の慌てようっ!」

 そう。空は卒業生答辞の場で自分の考えに夢中で校長の話を聞いておらずあのあと少し慌て答辞は噛み噛みになり皆から失笑された。

「一生覚えてよー!」

 雲英の言葉に空は顔を赤くし頭を抑えながら「忘れてくれ……」と言った。

「はぁ……」

 空はため息をつき上空を仰いだ。

 ドームから見える空は狭い。

 そもそもドームの空は本物じゃなく立体映像(ホログラム)だ。

だから空達は本物の空を知らない。本物の大地を知らない。全て作られた完璧な偽物。

 本物の空は何処までも果てしなく広がり大地も広大に広がっているのだろう。しかし、空達はそれを見た事が無い。だから、想像だ。

(本物の空と大地はどんななんだろう? こんな整備されていない世界は……)

 空がぼんやりそう思っていると雲英が「空―!」と言い顔を覗き込んできた。

「わっ!?」

 空は驚いて大声を出した。

「もー! 大声出さないでよー。鼓膜破れちゃうじゃん……」

 いきなり顔を覗きこめば誰でも驚くが……。

「あ、あぁ……ごめん。遂……」

と空は謝った。

「全く……幼馴染みの乙女を放っておいて……」

と雲英はふくれっ面をした。

「ハハ……」

空は乾いた声で笑った。

「それより、カラオケ行かない? 折角だしっ!」

 雲英の提案に空は「ごめん」と言い「今日は書店に用事があるんだ……」とすまなさそうに言った。

「え~……む~」

 雲英がまたふくれっ面をすると、

「機嫌直せよ。明日、バナナクレープ奢ってやるから……」と言うと、「アイスクリームも付けてね」と雲英は上目づかいで言い、

「解ったよ。バナナクリームアイスクリーム付きだね?」

と答えて別れた。



「面倒臭い……」

 雲英と別れた後空は誰にも聞こえないように呟いた。

(なんで僕がクレープを奢らなきゃいけないんだ? どう考えても勝手に覗きこんできた雲英が悪いじゃないか……)

 はぁ、と空はため息を吐いた。

 彼は最近よく気が付くとため息ばかり吐いている。理由は何となく解っている。自分は疲れているのだと。優等生の空と言ういい子を演じる自分に……。

(自由になりたい……)

 空がそう思い本屋へ向かう途中人気の少ない路地から大声が聞こえた。

(?)

 何事かとみると、

「テメー、人にぶつかっといてなんだその態度はっ⁉」

「……」

「シカトぶっこいてんじゃねぇよっ!」 

 と、二人の男性が少年に喧嘩を吹っかけていた。

「……」

 少年は目深に帽子を被り黙ったままだ。

(何だ……喧嘩、か……)

 空は今は誰もいないし黙って立ち去ろうとした。その時――、

「うわー。あの子かわいそー」

「しっ! 目を合わせない方がいいぞっ!」

 一組の男女が通った。

(ヤバい……人が通った! ここで助けなかったのが誰かに知られたら――)


『知ってる、空って――』

『喧嘩吹っかけられてる子を助けなかったんだって?』

『自分が巻き込まれたくないからって……』

『正義感の強い奴だって思ってたのに……』

『サイテー』


(僕の株価は暴落するっ! だけど――)

 空は考えた。どうするか。

「オイっ! テメー聞いてんのかっ!?」

 少年は尚も黙っている。

「いっちょ痛い目見せないと解んねぇようだな?」

 そう言い男の一人が少年の胸ぐらをつかんだ。

(ヤバいっ! 考えてる暇はないっ!)

 空は考えるのをやめ「待てっ!」と叫んだ。

 男達は「アァ!?」と言い空の方へ顔だけ振り返った。

(うっ! 怖い。――けど……)

 空は少し震えながら、

「な、何があったか解らないけどいい大人が子供相手に大人気ないんじゃないかっ!? それ位に――」

 空が言いかけてると男達はドスの利いた声で、

「すっこんでろよっ! 部外者はっ!」と言い、更に、

「それともなんだ? テメーがコイツの代わりに殴られるっていうのか?」ともう一人の男が聞いて来た。

 空は男のあまりの気迫さに負け、

「い、イヤ。僕は……その。平和的に……話し合いで……」

 声が震えた。

「なんだぁー、コイツ。カッコつけて出て来た割には情けねぇー! コイツからやるか?」

「そっすね。いっそ二人纏(まと)めてボコろうぜー。大人には大人のルールがあるってことを思い知らせてやろうぜ」

「じゃあ、しっかり歯を食いしばれよ。弱虫の正義の味方くん」

 そう言い男が空に向かって殴ろうとした時――

「がっ!」

 少年の方にいた男が悲鳴を上げた。

 空は恐る恐る目を開くと空を殴ろうとしていた男はすぐさま少年の方を振り向くが、

「ぐはっ!」

 少年は回し蹴りを男の鳩尾(みぞおち)に決め男達を気絶させた。

 その時少年の被っていた帽子か落ち少年の風貌が明らかになった。

 夜色の黒い瞳(め)。夕闇のように紫がかった長い髪を一つにまとめており年は十四くらいで少し幼さが残っていた。

「……」

 一瞬の事で空はぽかんとした。

 すると近くからドーム管理の治安維持局の車のサイレンの音か聞こえ少年は空の腕を掴んでその場から離れた。


「はぁ、はぁ……」

 二人は息を切らし路地裏にいた。

 空は顔を上げ改めて少年の風貌を見た。

 絹のような艶のある長い夕闇色の髪。

 見ていると吸い込まれそうな澄んだ夜色の瞳。

 比較的色白で細い華奢な体つき。

 目鼻立ちがくっきりしており整った顔つき。

 女性と見間違う顔立ち。

一言で言うと絶世の美男子。

 そんな言葉が似合う少年だった。

「お前……」

 不意に少年が口を開いた。

「なに弱い癖に出しゃばってんだ……」

 声変わりのせいか少年の声は少ししゃがれている。

「何黙っているんだ?」

「あっ!? ご、ごめん。と、とりあえず怪我はない?」

「あぁ、あんな奴大したことねぇよ」

「そっ、そっか。良かった……」

 空がため息を吐くと、

「何が良かったんだよ? お前のせいで騒ぎになったじゃねぇか……どうしてくれるんだよ?」

 少年の言葉に空は少しカチンとき、

「なっ!? 助けてやったのにその言い草は何だよっ?」

 そう言うと少年は、

「助けたのは結果的にオレだ。ったく余計なことしやがって……」

 そう言うと更に、

「見え見えなんだよ、お前……」

とも言った。

「えっ!?」

 空は少年の言葉の意味が理解できなかった。

「あの時人が通んなかったらお前素通りしてただろ?」

 少年の言葉に空はギクッとした。

「そ……それは……」

 当たっている。

 あの時人が通んなかったら空は間違いなく少年を見捨てていた。

「大方人の目を気にして助けたフリをしたんだろ? そういうのは偽善っていうんだ……」

「…………」

 空は何も言い返せず黙ってしまった。

 少年を言う通りだった。

 空は心から少年を助けたわけじゃない。人の目を気にして助けたフリをした。それは偽善以外なにものでも無い。

 的を射ている。

だから空は怒れない。

 近くから治安維持局の車のサイレンの音が聞こえる。

「ヤバイッ!」

 少年は血相を変えてこの場から逃げ出すようにこの場を後にした。

「…………」

 空は無言のまま家へと帰った。



「ただいま帰りました……」

「あらっ!? 空くんお帰りなさいっ! ずいぶん遅かったわね。どうしたの?」

 叔母の言葉に空は、

「ごめんなさい……」

と謝ると、

「いやぁね。別に責めてないわよっ! それより今日は卒業祝いだから空くんの好きなビーフシチューよっ!」

 確かに空はビーフシチューが好きだが今は食べる気になれず、

「すいません。今は少し食欲がなくて……」

とすまなさそうに答えた。

「えっ!? そうなの? 空くんどっか具合悪いの?」

 叔母が心配そうな顔をするので空はいつも通り道化を演じ、

「す、少し買い食いしちゃって……い、いや羽目外しすぎちゃいました……」

 そう明るく答えた。

「全く、空くん。買い食いは少し控えなさいって言ってるじゃないっ! ご飯食べれなくなるから……」

 叔母は腕を組みながら言うとため息を吐きながら、

「まぁ、食べちゃったものは仕方ないわ……。戻せってわけにもいかないし。次から気を付けなさい……」

叔母は困りながらそう言い台所に戻った。

「次から気を付けます」

 空はそう言うと自室に戻りベッドに寝転んだ。

 ベッドの布団は干したのか心地よい(最も人口太陽だが……)

空は昼間会った少年の事を思い出した。

『あの時人が通んなかったらお前素通りしてただろ?』

『大方人の目を気にして助けたフリをしたんだろ? そう言うのは偽善っていうんだ……』

(……仕方ないじゃん。こうすることしか僕は知らないんだから……)

 空は型にはまり切った自分と少年を見比べた。

(自由そうでいいなぁ……)

 そう思いながら携帯端末のAMEを起動した。

 アカデミー入学祝いに買ってもらった新型のAMEだ。

そこに立体映像が表示されニュースモードにした。

 ニュースは二年後。五年に一度のドーム健国祭のオブジェと皺の多い老人茜博士が映され今後の研究の事を語った。

 茜博士とはドームの設計者で実質このドームの最高責任者で首相よりも偉い立場にいる(そもそも首相は政治の全権を担うだけであって最高責任者と意味は違う)

 彼が国民を間違いのない人生を歩ませるシステムを作った。

 事実このシステムにより国民は合理的で自分にあった仕事を手にし間違いの無い人生を歩んでいる。

 水無月茜博士。

 彼が現段階取り組んでいる研究は不老不死だ。

 これにより人間は革命を起こし新たな人類が誕生する、と報道されていた。

「新たな人類、ね……」

 空は一人呟いた。

 その時、携帯端末のAMEに新着メッセージが入った。

 差出人は雲英だった。

メッセージを開く。

 服を二着持った雲英の立体映像が現れ、

『ねぇ、空―! 明日着ていく服だけどこっちのピンクのワンピとブルーのワンピどっちがいいと思うー? 個人的には――』と両手にワンピースをもって一人ではしゃいでるところでメッセージを打ち切った。

(正直どっちでもいい……)

 空はゴロンと寝返りを打ち雲英の事を考えた。

 周りははやし立てるが雲英の好意が本気だと言う事には気付いている。

 事実空は雲英の事が面倒臭いとは思いつつも別に嫌いと言うわけではない。

 むしろ好きな方だ。

だが、それが恋愛感情かと言えば話は別だ。

 怖い。

 もしその好意が恋愛感情ではなくただの友達だと言う感情だったら相手から見捨てられてしまうという事が。

それが怖い。

そもそも彼には人を好きになると言う事がどういう事が解らない。

なんで他人の為に一生懸命になって自分を犠牲にするのか解らないのだ。

雲英の行動だって、そう。

空からしてみれば全く意味が解らない。

行動そのものが。

にもかかわらず自分は雲英のただの幼馴染で恋人に近いという立場を保っている。だが、それは――

(中途半端……)

にしかなりえない。

(何時(いつ)からだろう? こんな優柔不断な八方美人になったのは……)

 そう思い空は眠りについた。

 そして眠りに着く直前、

(本……買いに行き損ねた……)

とぼんやり思った。


 ――同時刻。

 街頭テレビに映る茜博士の姿を見て「茜……殺す」と呟く少年がいた。



「あー、空ぁー!」

 ショッピングモールの入り口で雲英は輝かんばかりの笑顔で出迎えた。

 ブルーのワンピースを着ている。

「やぁ、おはよ! ずいぶん早いね? 普段は寝坊助なのに……」

 空の言葉に雲英は、

「こういう時は別っ!」

と顔を赤らめて言った。

 雲英ははっきり言えば寝起きが悪い。だが、イベントや何かあると異常に早起きだ。

 まさに今回がそれである。

「それより空! これどう?」

 そう言うと雲英はくるりと回りワンピースを翻(ひるがえ)して見せた。

「――ん、いいんじゃないかな? 大人っぽくみえていつもよりきれいだと思うよ」

 と空が笑顔で言うと雲英は、

「やー、もう空ったらっ! でもうれしっ!」

 と照れ顔を赤くしていった。

 しかし空は本当は何とも思っていない。ただこう言っとけば相手は喜び面倒臭いことは回避出来る。彼はそれを知っている。

だからその場しのぎの適当なことを言う。

現に雲英はすごく喜んでいる。

(雲英には悪いけど凄く面倒臭い……)

 そう思いながらも空は持ち前の道化で、

「じゃっ、早く行こっか? バナナクレープだっけ?」

 空の言葉に、

「アイスクリーム付きだよー!」

と雲英は答え二人は手をつないでショッピングモールの中を駆けて行った。



「空―! 早く早くっ!」

 雲英は笑顔ではしゃぎながら言い、

「雲英。そんなに急がなくてもクレープは逃げないよ……」と空は言ったが「だって早く食べたいんだもんっ!」と雲英は子共の様に笑顔のまま言った。

「ハイハイ……」

 空は肩をすくめた。


「んーおいしー!」

 雲英は満面の笑みでクレープを頬張る。

「やっぱりスイーツは女子の為にある物だよね~!」

 そう言いながら雲英はまたクレープを頬張る。

「僕も食べてるけど……」

 空はそう言いながら抹茶クレープを食べている。

「もぅっ、そういう意味じゃないっ!」

 雲英はそう言うと思いついたように「そうだっ!」と言い「食べ比べしようっ!」と言い始めた。

「……いきなりだな。まぁ、僕はいいけど……でも、それって間接キスにならない?」

 空の言葉に雲英は顔をカァーと赤くし、

「もうっ! 空にバカっ! 食べにくくなっちゃったじゃんっ!」

 そう言い空の背中を思いっきり叩いた。

「い……痛いなぁ……。冗談だよ冗談。はい」

 そう言い空は雲英に抹茶クレープを差し出した。

「…………」

 暫く雲英はクレープを見つめ空に「ちょっと目瞑ってて……」と言った。

「分かったよ、早くね。クリーム溶けちゃうから……」

 そう言い空は目を瞑りながら言い雲英は「ハーイ」と顔を赤らめて言った。


それから二人はショッピングモールで思い思いの時間を過ごした。

食事をしたり動物コーナーで動物と触れ合ったり洋服コーナーでは雲英はふらふらしたり、写真を撮ってもらったり。正にデートそのものだった。

やがて、日は暮れ始め雲英は「今日一日の最後に展望タワーへ行こっ!」と言い二人は展望タワーへ向かった。



「うわー! きれいー!」

 雲英は目を輝かせて人口太陽で夕日に染まる街並みに魅入っている。

「ねー、空! あれっ! 四月から私が通うアカデミーかなっ!?」

と雲英ははしゃいで聞く。

 今更ながら雲英は空と違うアカデミーに進むことが決まっている。

「あぁ、そうだね……」

 空が弱弱しい笑みを浮かべて答えると雲英は、

「空どうしたの? 具合悪いの?」と聞いて来たので空は「疲れただけだよ……」と疲れ気味に答えた。

実際空は今日一日雲英に振り回されっぱなしだった。

買い物となると女のパワーは凄い。

普段は見せない力が出てリミッターが外れた状態になる。

(どこからその力は出るんだ?)

と空は買い物中ずっとそう思っていた。

 最も雲英も昼と比べると少し電池切れかけの様だ。

「そう言えば昔ここで雲英迷子になったよね……」と空はくすくす笑いながら言い空の言葉に雲英は「えっ! そうだっけ?」と言った。

「うん……それで雲英の父親(おじさん)凄かったよー! 誘拐されたー! とか言って警察に行きかけたし――」

 雲英は、

「お父さんは過保護なんだよ! だから、見つけられた時は恥ずかしかったなぁ……」

 そう言い顔を赤らめた。

 二人は昔を思い出して笑い夕陽を見た。

「……」

「……」

 二人は少しの間無言で景色を眺めやがて、

(本当にきれいだ。造り物でこれなのだから本物はもっと綺麗なのだろうか?)

 空はドームの外。荒野(ウィルデネス)を想像した。

 空が夕陽に魅入っていると雲英が、

「ねぇ、空。来年も再来年もこれから先もこうしてずっと一緒に夕陽を観ようね?」と笑顔で言った。

 雲英の言葉に空は、

(なんだこの死亡フラグみたいなセリフは? けど――)

「あぁ……そうだね」

と落ち着いて答えた。

 二人はしばし立体映像(ホログラム)の夕陽に魅入った。――そして、

「じゃっ、帰ろっか! お腹すいちゃった!」と雲英は笑顔で言った。

それに対し空の返答は、

「昼、期間限桜パフェを三個も食べたろ? いい加減にしないとデブるぞ……」

 内心呆れてそう言うと雲英は「甘いものは別腹っ!」と言った。

 空は困ったような笑みを浮かべた。――その時、

 一人の少年が展望タワーからドーム都市の街並みを眺めていた。

 その少年は昨日空が助けた(?)少年だ。

 少年は物悲しそうにドーム都市を眺めやがて、手に持っていた昔スマホと呼ばれていた携帯機器の画面を押した。そして――、


ドォォォン!!!


 凄まじい爆発音がした。

 見ると街から爆炎が立ち上っている。

 展望タワー内にアナウンスが入る。

『お客様。ただいま街に異変が生じました。大変申し訳ございませんが当タワー内で待機して下さい。誠に申し訳ございません』

 それでもタワー内はパニックだ。

「空ぁ……」

 雲英が空の胸に掴まりながら不安そうに空を見上げる。

「…………」

 空は周囲を見渡し少年を探した。

(いない……)

 空は雲英を引き離し肩に手を乗せると、

「少し様子を見てくるからここにいるんだ。すぐ戻って来るからっ!」

 そう言い雲英をその場に置いて少年を探しに行った。



(さっきの爆発っ! どう考えてもアイツだっ! でも、どうして?)

 空は少年を探し走りながら考えた。

 この展望台は最上階とは言え結構広い。時間をかけて探していたら本当に見失う。

(どこだっ?)

 空が考えていると関係者以外立ち入り禁止のドアが開いていた。

(…………)

 空は一歩踏み出した。



「ちっ! ここもダメかっ……」

 少年は吐き捨てるように言うと通路を見た。

 小型飛行型守護者(ガーディアン)が無数にうようよしている。

「こうなったら電波で――」とパーカーからスマホを取り出すと――、

「見つけたっ!」

という声とともに息切れする音がした。

「!?」

 少年が振り向くと空がいた。

 空は腕組みしながら「キミこんなところで何やってるの?」と聞くと少年は「……じゃあ、お前はなんなんだ?」と少年は反論した。

「うっ! そ。それよりさっきの爆発……キミの仕業でしょ?」

「だったら……」

「だったらって……解ってるの? 犯罪だよっ!」

「……」

「自首しなよ。そうすればまだ罪は少し軽く――」

 空が言いかけていると少年に口を塞がれた。

「黙れ……」

「?」

 少年が通路の物陰から通路を見る。守護者(ガーディアン)がやって来る。

「………………」

 少年がスマホを構える。

 そして――

 守護者(ガーディアン)と鉢合わせると同時にスマホ画面を押し辺りにノイズが響いた。それと同時に少年は空の腕を掴み「こっちだ」と言い走り出す。

 二人は更に立ち入り禁止区域に入った。

「――ここまでくれば追ってこないだろう……」

 少年の言葉に空は、

「だけどいずれ見つかるよ。第一このままってわけにはいかない」と言うと少年は「当たり前だ」と言い部屋の奥にあったマンホールを開け「外に出る」と言った。

 空は「えっ!?」と言った。

 その時外部屋の外から、

「侵入者ニツグ。無駄な抵抗はヤメスミヤカニ出テキナサイ」と機械音が聞こえた。

「!?」

「早くしろっ! 捕まるぞっ!」

 少年の言葉に空は困惑した。

「十秒待つ。九、八――」

「早くっ!」

 空はもう迷っている暇がなく躊躇なく少年の後に続いた。

「――三、二、一……警告無視。突入開始シマス」

 そう言い守護者(ガーディアン)は扉をビームで切り取り中に突入したが中はもぬけの殻だった。



「――っ、すごい臭いだな……」

「黙って歩け……」

 空は口元をハンカチで押さえながら歩いていた。その時――、

チチッ! と鳴き声がして嫌な予感で声の方を見ると……、

「!!!」

 大きなドブネズミがおり空は悲鳴を上げた。

「……うるさいぞっ! ここは結構声が反響するんだから黙って歩けって言ってるだろっ!」

 少年の言葉に空は、

「だっ……だってネズミ。しかも、でかい……ってか、キミの方が声でかい……」

 そう言い少年はチッと舌打ちをし小声で「これだから温室育ちは……」と言いまた歩き始めた。



「結構歩いたけど出口まだ?」

「……」

「……まだ?」

「…………」

 無言。

「ねぇっ!」

「――るさい……」

「え?」

「うるさいっ! お前は幼稚園児かっ! 少しは静かにしろっ!」

 少年の声が反響し周囲か鳴り響く。

「……キミが静かにしようよ……本当に響くから……」

 空はあまりの声の反響に目が回り目を回して言った。

「……悪い……」

 少年は小声で謝りやがて立ち止まった。

「?」

「ここが終着点だ」

 少年がそう言い上を見た。

 上からは光が漏れている。

 二人は上へと昇る。


「うわっ、ドブ臭い……早く風呂入ろ」

 空が体臭の臭いを嗅ぎながらそう言い空が外へ出ると――


 辺り一面荒れ果てた荒野。

 薄暗い暑い雲。

「……ここは?」

 空の問いに少年は「ウィルデネス……」と言い、

「荒野だ」

 と言った。

2 友達


「空―! おっはよー!」

 そう言い少女はドアを開けた。

「……おはよ……」

空は抑揚の無い声で返事をした。

「ったく、元気がねぇなぁ。こんなんじゃ朝からテンション下がっちまうぜ……」

 少女は腕を組み不満げに言った。

「……ハルキ。テンションって意味解ってる?」

 ハルキと言われた少女は、

「――俺達に意味が伝わればいいんだっ!」

と空とハルキが押し問答してると、

 ドンッ! とテーブルに皿が置かれ、

「飯だ……」

と少年は言った。




空が荒野(ウィルデネス)に来て十日が経った。

 荒野(ウィルデネス)の生活は空には考え付かないものばかりだった。

 電機は必要最低限。水道水は通っていない。食事は粗末なもので挙句の果てに生活環境は不衛生。

 まるで文明社会と切り離された世界だった。

「……」

「……」

「おっ! この薩摩(さつま)芋(いも)のスープ美味(おい)しいじゃん! ユウまた料理の腕上げた?」

 ハルキの問いに少年――ユウは、

「……黙って食え」

と素っ気なく答えた。



空をウィルデネスに連れ出した少年の名はユウと言い此処、荒野(ウィルデネス)に住む住人でテロリストだ。

例に漏れず荒野(ウィルデネス)住人らしく茜博士の命を狙っている。

あの日。

空と初めて会った日。

ユウは街に爆弾を設置していた。そこに空が現れて行動しにくくなり予定が狂いテロが一日遅れてしまった寸法だ。

「しっかし、空も運が悪いねー! コイツ(ユウ)に会っちゃうんだから……」

 ハルキは薩摩芋のスープを啜りながら言う。

確かに運が悪い。

 もしユウに会わなければ退屈とは言え安穏とした日々を過ごせていたはずだからだ。

 加えてこの状況。

 絶対いい筈がない。――が、

「……」

「……」

「……」

 無言。

 粗末なスープをスプーンですくう音だけが響く。

「……あ~、もうっ! 何なんだよっ! いつもいつも葬式みたいに無言でっ! 気まずいじゃねぇかっ!」

 ハルキが爆発したがユウは、

「じゃあ来るな……」と言い「――と、言うかなんで毎日来るんだ? お前が来る分無駄に食費が出るんだが……」とも澄まして言った。

「なっ! なんだよそれー! 俺は気を利かせて来ているんだよっ! それなのに――」

「誰がそんなこと頼んだっ! 余計なお世話だっ!」

 と、二人が押し問答しているとダンッ! と空がテーブルに乱暴に皿を置き外に出て行った。


(耐えられない……)

 空は一人外を歩きそう思った。

 周りを見る。

 薄汚れたボロボロの服を着た人。粗末なバラック小屋。所々に散らばるゴミ。

 ハッキリ言って俗にいうスラム。そんな表現が正しい。

加えて周囲からの好奇な目。

まるで珍獣でも見るような視線だ。

 空は歩きやがて少し小高い丘の上に登った。遠くには小さくドームが見える。

(……帰りたい……)

 空は激しくそう思い寝転んだ。

 空の視線の先の空は相変わらず薄暗い。

「…………」

 空は黙って目を閉じる。

 

空は荒野(ウィルデネス)に来てすぐドームに戻ろうとしたがその時ハルキが現れ自己紹介した後「やめた方がいいぜ?」

と言いハルキが空に液晶パネルを見せた。

 そこには驚くべき内容が映されていた。

 それは――

『昨日四時頃、ドームでテロが発生しました。犯人は逃亡し行方知れずです。実行犯は紫がかった黒髪の少年です。そして、共犯者は――』と言い、

「僕っ!?」

 空の写真が映し出された。

「……そんな……どうして?」

 空は呆然と呟いた。

 そう。

 空はテロリストの仲間扱いされてしまったのだ。

「お前が今ドームに帰ったらとんでもないことになるぜ? 最悪死刑。良くて無期懲役。それで良かったら、どうぞ……」

 ハルキの皮肉混じった言葉は空の耳には入らなかった。

ただ、テロリストの仲間。

 その言葉が空の頭を駆け巡った。



「…………」

「…………」

 夜。

重苦しい沈黙が流れる。

カチャカチャとスープをすくう音だけがする。

やがて空がスプーンを止めた。そして――、

「いつまでこんな生活しなきゃいけないの?」

と小さく呟いた。

 それに対しユウは、

「イヤなら出てけ。オレはお前の保護者じゃない」

 そう言葉に空の不満が爆発した。

「ふざけるなよっ! こうなったのは元はと言えばキミが原因だろっ! それなのにっ!」

「それなのになんだ?」

「――っ!」

「……第一こういうの事を言うのもなんだがこの原因を招いたのはお前自身だろ。くだらない正義感でオレを探して興味本位でくっついて来て……」

 確かにそうだ。

 空は正義感でユウを探し成り行きとは言え付いて来た。

 ユウを探さなければ今このような状況にならなかったのは事実だ。

「……」

「――ハッキリ言えば全部自業自得だ。そうじゃないか?」

「!?」

 ユウの言葉に空はキレて、

「そこまでっ……!」

「なんだ? 言い返せる言葉があったら返してみろ」

「っ!」

 空は席を立ちあがり、

「出てってやるよっ! お望み通りっ! じゃあねっ!」

 そう言い乱暴にドアを閉めた。

「…………」

 空が出て行くと部屋は静寂に包まれた。


 空はとぼとぼと外を歩いていた。それと同時に――

(怒ったのは初めてだ……)とぼんやりと思った。

しかし今はそれよりも今晩の宿をどうするべきか、だ。

荒野(ウィルデネス)に頼れる友人はおらず当然知り合いもいない。

空は上空を仰いだ。空には暗雲が立ち込めている。

「ドームでは考えられない天気だ……」

 空がそう呟くと――、

 ぽつり、ぽつりと何かが降り出した。

(水?)

 空が上空を見ると空から雨が降り出していた。――そして、


「参ったなぁ……」

 空は木の陰に隠れながら空を見上げ呟いた。

 突然降りだした雨により辺り一面水浸しで空もかなり濡れている。

「寒ぅ……」

 いくら春とは言えど今はまだ三月。

 体がびしょ濡れでは寒いのも当然だ。

「……ユウの所にいるべきだった」

 空は自分の考えがいかに甘かったか思い知らされた。

 思い起こせばこの十日。

 寝るところも食事もユウが用意してくれていた。

 それに比べて自分は項垂れてばかりで何もしていない。

「はぁ……いくら成績トップでもここでは何の役にも立たない。無用の長物とはこういことをいうのかな……?」と空がブツブツぼやいていると、

「あれっ!? 空っ!?」と明るい声がした。

 振り向くと、

「ハルキ……」

がいた。



「あっはっはっはっ! それで出てきちまったんだ?」

 ハルキは腹を抱えて爆笑している。

「そっ、そんなに笑うこと……」

 空は今ハルキから手渡された服を着ている。

 実はあの後空はハルキに一晩止めてくれと言い今現在ハルキの家に厄介になっている。

「しっかも、雨知らないって! わ、笑いが止まらねぇ!」

「…………」

 そう。

 空は雨を知らなかったのだ。

 空は黙り顔を赤くした。

言葉や知識としては知ってたがドーム内では何時(いつ)も晴れており実際に体感するのはこれが初めてだ。

「いやぁ、俺こんなに笑ったの生まれて初めてかも。まぁ、空の不満が爆発するのも分かるけど……」

 ハルキはそう言うと真顔になり、

「暮らしが違い過ぎるもんな……」

と少し気の毒そうに言った。

 確かにそうだ。

 空は今迄三食ご飯が食べられることが当たり前で家があるのも当たり前で汚れたら風呂に入るのも当たり前で安心して寝られるのも当たり前な日常を送っていた。

 そんな人間がいきなり、一日ご飯を食べるのもやっと。家は粗末なバラック小屋。風呂は近くの川で水浴び、とドームの中では考えられない生活だ。その上、エリート街道まっしぐらだった自分は今やテロリストの仲間。

 ハッキリ言って参ってしまう。

「当たり前ってないんだなぁ……」

 空がぼんやり呟いた言葉にハルキは、

「その生活に慣れちまうと当たり前になっちまうんだよ……」

と遠くを見るように言った。

 空は黙りやがて「あのさ……」と気まずそうに口を開いた。

「ユウが用意してくれる食事ってどこから出てるの?」と常々疑問に思っている事を口にした。

 空の問いにハルキは驚き、

「えっ!? 今更っ!? っかそんな事も知らなかったのか?」と言い「狩りとかで手に入れてるに決まってるだろ」と平然と言った。

「は……?」

 空は一瞬ハルキが何を言ったか解らなかった。

「えっ? 狩りって……動物とかを生で……?」

 空の問いにハルキは「そうだよ」と更に平然と答えた。

 空は驚いて言葉を失った。

「……………………」

 しばしの沈黙の後、

「えぇ――――っ!? そっからぁ!」

 空の大声にハルキは耳を塞いで、

「ち、ちょっとっ! そんな大声出すなって……」と言い「でもさー、本当にそうだぜ」と言葉を続けた。

「アイツ昔から不器用で周囲からよく誤解を受けるんだ。アイツ本人はそこまで拗(す)ねてないのにさ……」

「……」

「空が来てからは食い扶持が増えたからって一人で危険な北方の荒野に行くし……」

「どうして僕なんかの為にそこまで……」

 空の呟きに、

「いろいろ責任感じてるんじゃないか? 一応巻き込んじまったから」

 ハルキの言葉に空は自分がユウに甘え過ぎていたことを痛感した。

「僕……ユウに謝って来る。ごめんって……」

 そう言い空が立ち上がると上空から光が走りゴロゴロと音がした。

「うわっ!? なっ、なんだっ!?」

 空は縮こまり固まった。

 その様子を見たハルキは、

「お前……もしかして雷ダメなのか?」と聞き、

「か、雷?」

 空の言葉にハルキは「もしかしてそれも知らないのか?」と聞きやがて吹き出した。

「お前、本当面白れぇーっ! その年で雷知らないって……マジで笑かすっ!」

 ハルキの大爆笑に空は、

「だっ、だって本当に知らないんだ。ドームの中はいつも天気がいいから……」と顔を赤らめて言った。




 結局夜の天気はかなりの雷雨で大荒れだった為ユウの所に帰ることは出来なかったのでハルキの家で一晩明かした。


「………………」

 ユウの家の前に立った空は無言だった。

 普段はすぐに謝るが昨日は本気で怒った為顔を合わしづらい。

 一言ごめんと言えばいいのだがなかなか言えない。

 空は今よく漫画とかに出てきて謝りたいのに謝れない人物の気持ちが良く解った。理由は……、

(……凄く気まずい)

からだ。

しかし、いつまでもドアの前で突っ立てるわけにもいかないので空は覚悟を決め、

「ユ……ユウ……ごめん。入るよ」

 そう言い恐る恐るドアを開けると、

「ユウッ!?」

 ユウは荒い呼吸をしながら机に突っ伏しており倒れていた。



「こりゃ破傷風だな……」

 ハルキに紹介してもらった元ドームの住人の初老の医者森がそう言った。

「原因はこの背中の傷だろう……」

 そう言い森は空達に背中の傷を見せた。そこには――、

「ゔ……」

 空は思わず目を背けた。

鋭い爪でえぐられたような傷があり化膿していた。

「この間北方の荒れ地へ行っただろ。この傷は狼の爪痕だ」

「狼……」

 ハルキは呟いた。

「どうして黙ってたんだっ! 僕にも言えばよかったのにっ!?」

 空の言葉に森は、

「お前さんに言ってどうになる? 役立たずの……」とハッキリ言った。

「ちょっ、森!」

「はっきり言えばお前さんに相談したところでどうにかなると思えん。それはお前さんが一番解っているんじゃなかろうか?」

「……」

 森の言葉に空は何も言えなかった。

「直してもらうにも見返りが必要だ。ここでは食料、物品が代金替わりだ。怪我の治療をしたらお前さんの分の食料は無くなる。だから、お前さんには言わなかった……だからじゃないか?」

「……っ!」

 唇を噛む空。

 それでも森は言葉を続けた。

「それにユウはお前さんが来てから周りから冷遇されててな。当たり前だ。ドームの人間を連れて来たのだからな」

「とりあえず早く怪我の治療が先だろっ! 俺も見返りを出すからよっ!」

 ハルキの言葉に森は「無理だ」と言った。

「なっ!?」

「なんでだよっ!?」

「…………」

 空とハルキの言葉に森は黙りやがて「薬がない」と言った。

「破傷風に聞く薬草のキランソウが無い。だから無理だ……」

「そんなっ!」

「じゃあ、僕が採って来るよっ! どこに生えているのっ!? 場所教えてっ!」

「花の開花は四月だ。咲いていない」

 森はユウの方を見ながら言った。そして、

「そもそもお前さんとユウは何の関わりもない。ここで、黙って見殺しても誰もお前さんを責めんぞ。ウィルデネス(ここ)では死は隣り合わせなのだから……」

 森がそう言うと空は森の胸ぐらを掴んで、

「アンタそれでも人間かっ!? それでも医者かっ!?」

 そうまくし立てた。

 すると森は、

「医者だから本当のことを言っている。それに私は人間ではない……」

 そうはっきり言い少しの間を置き「ただの害虫だ」と言った。

「!?」

「私はドームを追放された時人間の資格を失った。ここにいるのはただの害虫だ。そうだろハルキよ」

 ハルキは黙っていた。

「ウィルデネスに住む奴は人間とはみなされない。お前もドームに住んでいた頃は表面上は人間扱いしていても心の中では人間と見なしていなかったんじゃないか?」

「……っ、それはっ!?」

 確かにそうだったと空は痛感した。

 ドームに住む頃空はウィルデネスに住む人間を心のどこかで人間扱いしていなかった。

 ここに来てからも。

 好奇な目で見ていたのは自分だったのだ。

 その結果がこれだ。

全部自分が……と思っていた時、

「俺……咲いている場所知っている」

 先程まで黙っていたハルキが口を開いた。

 空と森が一斉にハルキを見た。

「もしかしたら……だけど――」



「この方角で合ってるの?」

 空に問いにハルキは、

「黙ってろ舌噛むぞっ!」

と言いバイクを運転した。

 ハルキの話はこうだ。

 このスラムの場所から西に十キロ程行ったところに旧都市部の培養施設がある。そこでは薬草も培養しているらしい。ただ――


「帰って来ないんだ。行った奴が……」

ハルキが言いにくそうに呟いた。

「え? それってどういう……?」

 ハルキの言葉に空は聞き返した。

「だーかーらー、帰って来ねぇんだっ! そこに行った奴が一人もっ!」

ハルキがイラついて答えた

 そう。

 ハルキが言うには培養施設のある旧都市部に行った人間が何故か一人も帰ってこないのだ。

 旧都市部に行く途中に厄介な獣はいない筈。

 そうするとその旧都市部に何かがいるとしか考えられない。

 つまり危険なのだ。

 以前の空なら人の目を気にして表面上の心配をしてそんな危険なとこには行かなかったがその空がそれでも行くと決めたのだ。

 何故だか解らない。 

 ただ空はユウを心の底から心配し死んで欲しくないと思ったからだ。



「タイムリミットは日没っ! それを超えたらアウトだっ!」

 ハルキがは森に言われた言葉を反復し空は、

(間に合ってくれっ!)

心の中でそう思った。



「静かだな……」

 旧都市部に着き空は周囲を見回した。

 周囲は荒れ果ててはいるものの空のいるスラムよりは廃墟同然とは言えかなりマシな建物が立っていた。

「何がいるかわからねぇ。用心しろよ……」

 そう言い二人は培養施設を目指す。

空のもっているAMEはウイルデネスでは役に立たなかった。

アプリは使えるが電波は圏外で通話は出来ず地図もウィルデネスの地図は表示されない。結果電子機器ではハルキのスマホだけが頼りだった。

ハルキはスマホを見ながら進んでいく。

(立体映像も音声も出ないんだ。不便だが僕のは使い物にならない。だったらハルキの方がよっぽどマシだな……)

と空は思いつつハルキの後を付いて行った。その時足に何かが当たった。

 それは、白い何か欠片のようなものだった。

 しかし空は気にも留めずハルキの後を付いて行った

 

「よしっ! 培養施設が見えて来たっ!」

 ハルキは林の奥から突き出ている屋根を指さした言った。

「拍子抜けするほど何もなかったな……」

 空の言葉にハルキは、

「何もないのが一番だ。これだったら余裕で日没までに戻れるぜっ!」

 そう言い建物に向かいながら空の方を振り向いた時、

「空っ! 危ないっ!」

 ハルキはそう言うと同時に空の腕を引っ張った。

 すると同時に鋭い音とともに空のいた地面がえぐれた。

「なっ!?」

 二人は同時に驚き地面をえぐったものを見た。

 それは狼とも熊とも判別できないもの。いや、正確には二つの生物を掛け合わせたものに近い。

 首から頭は狼。胴体から足は熊。そして、二本足で器用に立っている合成獣(キメラ)だった。

「合成獣(キメラ)っ!? 何でこんな所に……」

 空の驚いた呟きに対してハルキは、

「バカかっ! ドームからの決まってるだろっ!」

合成獣(キメラ)はその間もジリジリ迫って来ている。

「空っ! クソッ! 走るぞっ!」

と言い必死に走り出した。

「追いつかれるんじゃっ!」

「いいからっ!」

 そう言い二人は無我夢中で走った。



「何とか撒いたか……」

 空達は廃墟の陰に隠れて外の様子を伺った。合成獣(キメラ)の気配はない。

「帰って来なかった……いや、来られなかった原因はアレか……」

 ハルキは呟いた。

「あの合成獣(キメラ)に食べられたって事か?」

 空の問いに、

「十中八九そうだろう。この辺に骨が散乱している。動物だけじゃなく人間の骨も……」

(じゃあアレは……)

 そう。

 ここに来る途中で空の足に当たった白い欠片は人骨か動物の骨かは判断できないが骨だった。

「しかし上手くいったぜ」

ハルキの言葉に「何が?」と空は聞いた。

「これだぜ、これ」

そう言いハルキはスマホを見せた。そこには……

「動物除けノイズ?」

 と表示されているアプリがあった。

 空の言葉にハルキは得意げに鼻を鳴らし「そっ!」と答えた。

「猛獣に会った時用のアプリ! このノイズは動物が嫌う音波を出すんだっ! もしもの時の為に作っといてよかったぜ」

 ハルキはシシシと笑いながら言った。

 確かにハルキの言う事には納得が言った。

 ハルキは足が速く空も見かけによらず足は速い方だ。だが、いくら早くても熊系の合成獣(キメラ)では勝ち目がない。ハッキリ言えばすぐ追いつかれる。

 しかし、あの合成獣(キメラ)はなかなか追ってこなかった。

 つまりそれは逃げる時ハルキが猛獣除けのノイズのアプリを起動したから追ってこなかったのだ。

「それより……あの合成獣(キメラ)がドームからってどういうこと?」

 空の質問にハルキは、

「あぁ、ドームのお前は知らないか……廃棄物とともに捨てられてくるんだよ。失敗作が……」

 ドームでは動物の合成研究をしている。それは空だけでなくドームの人間全てが知っている。そして、失敗なんて無いことも。しかし――

「処分に困った失敗作を流してるんだよ。ウィルデネスに……」

 ハルキ曰く、ドームは研究に失敗した合成獣の存在は隠したい。そこで、無法地帯の荒野(ウィルデネス)に流している。荒野(ウィルデネス)なら住民の目が届かないからだ。そうすれば、失敗の事実は闇から闇に葬られる。

「臭いもには蓋を……ってことよ」

「そんな……」

 空はハルキの言葉にショックを受けた。

 それはドームの完璧さを信じていたからだ。

 だがそれは偽りで、ただ不完全なものを隠していただけだった。

「……」

 空は黙った。

 そんな空を他所(よそ)にハルキは、

「しっかし、このアプリ電池の消費が激しいな。とりあえず、充電充電っと……」と言い半ズボンのポケットから小型の物体を取り出した。

「何それ?」

 空の問いに、

「携帯用小型充電器」

とハルキは答えた。

「携帯用小型充電器?」

 空は聞いた。

「そっ! 俺がスクラップ置き場の廃材から組み立てて作ったんだ。俺ジャンク屋だからこういうの得意なんだぜ!」

「充電……」

「しかし、昨日の大雨のせいで水たまりが多いな。靴がビショビショだぜ」

「水……」

「どうした?」

「……ねぇ、それボクのAMEにも使える?」

 空のいきなりの問いに、

「え? まぁAMEはスマホを進化させた奴だから使えるけど……」とハルキは戸惑いながら答えた。

「じゃあ――」



 狼の遠吠えのような音がする。

 しかし、本物の狼の音じゃない。

 空の持っているAMEのアプリから発してる音だ。

 背中には行き止まりの壁。

 そして、目の前に少し深めの大きな水たまり。

 そして、程無くしてズシンスシンという音が聞こえて来た。

 音を聞きつけて合成獣(キメラ)がやって来た。

 二足歩行だ。

ハルキには別の所へ行かせ代わりに携帯用小型充電器をもらった。

 合成獣(キメラ)は空を見つけると獲物とみなし攻撃態勢に入った。

 そして、空めがけて突進してきた。

 合成獣(キメラ)が水溜まりに入る。

 その瞬間に空はすかさず充電器につないだままのAMEを水たまりに投げ入れる。

 充電中のAMEを水たまりに投げれば――、

 合成獣(キメラ)は悲鳴を上げる。

 感電した。

 やがて大きな音を立てて水溜まりの中に倒れた。


「その携帯充電器くれないか?」

 空のいきなりの言葉にハルキは「はっ?」と言葉を漏らした。

「駄目に決まってるだろ。これは、まだ一つしかないんだからなっ!」

「だけど、これが上手くいけば二人とも助かるんだっ!」

「どういうことだよっ!?」

 空は計画を話した。

「合成獣(キメラ)をおびきよせて感電死させるか……確かに今のところ有効なのはそれしかなさそうだけど……上手くいくのか?」

「これしかない。あの合成獣(キメラ)はあの建物周辺が縄張りだ。このままじゃユウは助からない。だからその小型充電器をくれないか? 頼むっ!」

 空は必至で頭を下げた。

「だけどあの合成獣(キメラ)が背後から来たらどうするんだ?」

「ボクの背後が高い壁になっているところを選ぶ。あの合成獣(キメラ)は多分元は狼と熊のはずだ。ネコ科みたいなジャンプ力はない」 

「……分かった。やるよ。だけどもし上手くいかなかったら……?」

「僕があの合成獣(キメラ)を引き付けている間にキランソウを取ってくれ。それで、遠吠えが終わって十分いや五分経っても戻らない場合は――」

見捨てても構わない。


水溜まりの中に倒れた合成獣(キメラ)はピクリとも動かない。

周囲には空の荒い息遣いが聞こえる。

(やば……腰抜けそ……)

 空が何とか足を動かそうとすると合成獣(キメラ)が顔を上げた。

「!?」

 空はたじろいだ。

(そんなっ! もう手がないっ!)

 空がもう終わりだ、と思い目を瞑ると、

『ありがとう……』

と声がした。

(えっ!?)

 空は周囲を見渡した。

 しかし、周囲には自分以外人はいない。いるのは――

『……ありがとう。最後に……人間としての……自我を呼び覚ましてくれて……』

「……合成獣(キメラ)が……喋った……?」

合成獣(キメラ)は微笑んだ。そして、完全に息絶え水溜まりに沈んだ。

(どういうことだ? 合成獣(キメラ)が喋るなんて? それに人間としての自我? じゃああの合成獣(キメラ)は元は人間?)

 空は考えたがユウの事を思い出しひとまずこの問題を置いといてこの場を後にした。






「ここは……どこだ?」

 ユウは色の無いモノトーンの世界にいた。

周りには雪が降り目の前には洋風の立派な邸宅が立っている。

しかし、ユウには見覚えがない。

だがどこか懐かしい感じの景色だった。

小さい鉄格子の門を開ける。

キィ、と軋んだ音がする。

正面玄関の前に立つ。

灯りが点いた。

 ドアの取っ手に手をかける。

 開けてはいけない。

 ユウの頭にそんな警鐘が鳴る。

 だが手が己の意に反して勝手に動く。

 ドアを開け中に入る。

 暗闇だ。

 少し歩が進む。

床の軋む音がする。

 そして少しばかり進むと……

「!?」

 目の前には中年の男女が血を流し倒れている。

血はモノトーンの世界の中で紅く鮮明に濃く映し出されている。

「誰だ……コイツ等……」

 ユウは眩暈を覚えた。

 その直後正面から男性に勢いよく抱き締められる。

「こうするしかなかったんだ……もう……こうするしか……」

 男性は泣きながら震える声でうわ言の様に言った

 男性は涙を流し小さくユウの耳元で、

「お前は悪くないんだからな……」

と囁いた。

 その瞬間――、


「――っ!?」

 ユウは目を覚ました。

 ユウは起き上がり周囲を見た。

「おっ! 目を覚ましたか!?」

 森は感心したように言った。

「森……」

「年長者にはさんを付けて欲しいものだ……」

「悪い……」

ユウは周囲を見渡し、

「ここは……?」

ユウは周囲を見渡しぼんやりと呟いた。

「私の診療所だ」

「悪い……世話になったな。見返りは?」

「見返りならいらんぞ。そこで寝ている空がキランソウを取って来てくれたからな……」

「……?」

 ユウが下を見ると腕を枕にベッドに顔を埋(うず)めて寝ている空がいる。

「おっ! ユウ起きたか?」

 暖簾からハルキが顔を出した。

「ハルキ……」

「ハルキ静かにしろ」

 森は空を指さした。

「ありゃ、寝ちゃったのか……」

「どうなっているんだ?」

 事情を掴めないユウに森は、

「何も覚えてないのか? お前さん三日前破傷風で寝込んでたんだぞ」

「破傷風?」

「そっ! 背中にでかい傷つけて」

 ハルキの言葉に、

「あぁ、狩りの時の……」

 そして、ユウはハルキから事のあらましを聞いた。

「――それで空は三日三晩眠らずに看病していたんだぜ」

 ハルキの言葉にユウは、

「バカ野郎……なんでオレなんかの為に……巻き込んだのはオレなのに……」

 その言葉に森は、

「空も同じことを言っていたぞ。どうして自分なんかの為にって……」そう言うと、「オレの所に来た時も言ってたぜ」とハルキも言った。

 その時空が、

「う……ん。ごめん、ユウ。死なないで……」と呟いた。

 寝言だった。

 ユウは顔を綻ばせて空の額にデコピンをした。

「ぅわっ! 痛っ!」

 空が跳ね起きた。

 空はわけのわからない感じできょとんとしているとユウが、

「よぉ……」

と言った。

「ユ……ユウッ!? い……生きてる? 生きてるのかっ!? 夢じゃないよね? まさか幽霊じゃないよねっ!?」

と空が取り乱して言うと、

「バーカ……夢でも幻でもねぇよ。オレは生きてる。勝手に殺すな……」

 ユウの言葉に安心したのか空は感極まり、

「ユウ―!」と抱き着こうとしたらユウはするりと避けて、「男に抱き着かれる趣味はない……」と言った。

「あーあ。腐女子は喜ぶのに……」

 ハルキの言葉に森は「なんでお前がそっちの事情を知っている?」と困惑気味に聞くと「んー、ま……まぁそれは良いじゃんっ! それより空! ちょっと外見てみろよっ!」と言って外を見るように促した。

「?」

 空が外を見てみると――、

「う、わぁー」

 見事な朝焼けだった。

 空は白々しく茜色に染まり東から日が昇っている。

勿論立体映像(ホログラム)なんかじゃない。

本物だ。

「ようやく晴れたぜ」

「なんで? 昨日まで空は曇っていたんじゃ……」

 その言葉にユウとハルキきょとんとしやがて笑った。

 空は何がおかしいのかよくわからず小首を傾げたが森が、

「ここ最近はグズついた天気が多かったからな。ウィルデネス(ここ)に来て晴れの天気をみるのは初めてだろう」

「えっ!? ウィルデネス(ここ)もちゃんと晴れるのか?」

 空の言葉にユウは、

「当たり前だろ。でなきゃちゃんと野菜が取れるわけない」と言った。

 更に森が、

「三日前キランソウを取りに行く時日没と言ったろう。ウィルデネス(ここ)に日が昇んなかったら日没までなんて言わない」

と呆れながら言った。

「あ……そういえば……」

 確かに森はそんな事を言っていた。

 つまり――

「僕……ものすごい勘違いしてたって事?」

 空の言葉にユウ、ハルキ、森の三人はその通りと言わんばかりに頷いた。









「じゃあ雲英、またねー」

「うん……またね……」

 そう言い雲英は手を振った。

 相手がいなくなると雲英は、はぁとため息を吐き自分のAMEを見た。

 ニューストピックでは二週間以上前に起こったテロ騒動は過去のこととされもう話題に乗らない。そもそもテロ騒動は結構頻繁に起こっている。だから、そんなに珍しい事じゃない。

 ただ――。

「空……」

 不意に口をついた。

 家に着くと雲英は母親に「ただいま」と言い壁にかけてある写真に向かって「ただいま、お父さん」と挨拶をした。

 彼女は十歳の頃からこれを毎日欠かさずいる。

 雲英の両親は雲英が十歳の時に離婚した。理由は父親が家庭を顧みず仕事にのめり込みすぎたからだ。

 それにより家庭に不和が生じ離婚をした。

 だが、雲英はたまにお土産を持って帰ってきて色々な所に連れていってくれて楽しい話をしてくれる父親が大好きでどちらかと言えば教育熱心な母紫雲(しうん)より自由な父に懐いていた。

 その為母紫雲はそれが気に食わず焼きもちを焼き離婚を加速させた。

離婚する際母親が父親に金輪際自分達の目の前に会わないようにと言った為離婚してから一度も会っていない。

雲英は部屋へ入るとベッドに勢いよくダイブした。

 ふかふかの布団の感触が気持ちいい。

 やがてゴロンとヨコになりAMEに保存された画像を開いた。

 そこには少し困ったような表情をした空と満面の笑みで空の腕にしがみついている自分がいた。

 あの時のデートの画像だ。

 あの時……テロ騒動が起こりタワー内は一時期混乱したがすぐに回復し何事も無く皆帰ったが雲英だけは閉館時間を過ぎても帰らなかった。

 空が戻ってくると思っていたから。

 だが――。

 雲英は寝返りを打ちうつ伏せになり、

「バカ空……どこにいんのよ?」

 雲英は悶々とし、

(こんな時お父さんなら何て言ってくれるんだろ?)と思った。

そういうと着信が入った。

 雲英は飛び起き淡い期待をもってAMEの通話に出る。しかし……。

「ごめん、雲英。明日の課題範囲教えてー」

 クラスメイトからだった。

 雲英は簡単に課題を教えるとまたうつぶせになった。

 その時階下から母親が誰かと言い争う声が聞こえた。

 何事かと雲英が下に降りると途端銃声が聞こえた。

 見ると母親が銃弾を受け血を流し倒れている。

「お母さんっ!?」

 雲英が母親に急いで駆け寄ると途端兵士に拘束され、

「我々は治安維持局であるっ!」と威厳に満ちた声で言い「要雲英(かなめきら)っ! 貴様を二週間前のテロの重要参考人として連行するっ!」と言った。

 雲英はなんの事か解らず必死にもがくが女子高生が訓練を受けた大の大人に適うわけもなくなす術もない。

 それでも必死にもがく。

 腕の中で暴れる雲英に兵士はてこずり雲英の前にスプレーを噴射させ雲英を眠らせた。

「連行しろっ!」

 治安維持局の兵士はそう言うと雲英を連行し後始末をした。

 眠りながら雲英は小さく「空……」と呟いた。

3 最悪な始まり 前編


「今日もいい天気だ……」

 ユウはそう言い上空を仰ぎながら洗濯物を干した。

「おっ! ユウ! 空居るか?」

 ハルキの問いにユウが親指で中にいるというジェスチャーをした。

「空―! 来たよー?」そう言い勝手にドアを開けた。

 するとそこには、

「やぁ、待ってたよ。これ、どうかな?」

とビーフシチューを煮込む空がいた。


「おいしー、マジで! これ空が全部作ったのか?」

 ハルキの言葉に空は少し照れながら、

「調味料とかは他の人から分けてもらったんだけど殆ど手作り……かな?」と答えた。

「まぁ、野菜とか香辛料とかはあの旧都市部の培養施設で採れるからな」

 ユウは無表情でビーフシチューを口に運んだ。

そう。

 あの培養施設は合成獣(キメラ)が居なくなった為今現在は多くのウィルデネスの住人が利用している。それにより食糧事情が以前より格段に良くなった。

「いや~、本当おいしい! このビーフシチュー! ジャガイモのホクホク感っ! 牛肉のとろけるような柔らかさっ! 空は神かっ!」

 ハルキは涙を流しながら言いハルキの言動に空は「大袈裟だよ」と言いながらもまんざらでもなく照れている。

「まぁ、ウマいな……」

 ユウはそう言い食事に集中しておりハルキが「他に言うこと無いの?」とユウに言った。

 空はハハと苦笑いした。


「んー、お腹一杯!」

 ハルキの言葉にユウは、

「用が済んだら帰れ……。元々お前は呼ばれただけだろ……」

と不機嫌全開で言った。

 それに対しハルキは、

「空に食材を提供してくれる人を紹介したのは俺ですー! ユウも少しは俺に感謝したらぁ?」

と反論した。

 その時洗い物を終えた空が現れて、

「ユウー! 片付け終わったから早く森さんの所に行こー!」

と元気よく言った。


「しかし、時が経つのは早いもんだ」

 森は空の差し入れのお手製のビーフシチューを口に入れながら言った。

「ジジクセぇぞ、森……」

 森の言葉にハルキはそう返答すると、

「あー、どうせ私は爺だ。四十七のな……」と口を尖らせて答えた。

 ハルキと森の二人は薬草の仕分けをしている空を見て「あれから二年か……」と呟いた。

 あれとは空がドームからここ。ウィルデネスへ来た日。

「いやぁ、若い者はいいもんだ。適応能力があって……」

「まぁ、最初はヒヤヒヤしたけどな……」

 ハルキの言葉に森は頷く。

 確かに空は最初狩りは愚か料理も出来なかった。しかし、今ではユウと協力して狩りをしたり料理もする。

「逞しくなったよな、空……」

とハルキは呟いた。

 確かに空はここ二年。ウィルデネスに来てから逞しくなった。

 最初の頃は何も出来ないもやしっ子だったが今では力もあり体つきも男らしくなり、ま

た培養施設の一件もあってか空は今ではウィルデネスの人間と仲良くやっている。

「……いいよな」

 ハルキの何気ない一言に森は「恋、か?」と聞いた。

 途端ハルキは顔を真っ赤にし、

「なっ! ばっ、バカかっ! だ、誰があんな元もやしっ子。ま、まぁ顔はカッコいいけど……っーか、タイプだし……」慌てふためき頬を赤らめながら言うと森は「それを人は恋と言う」と言った。

「そもそもハルキは空の前では少しばかり言葉がよくなるし私と言ったり少しめかしこんでいる。これが恋じゃなくて何という?」

と森はからかい口調で言った

 森の言葉にハルキは「ゔ……」と言った。

 確かに事実ハルキは森の言う通り空の前では私と言ったり言葉を少し良くしたり前は結わない長い髪を結ったりあまり穿かないスカートを穿いてる。事実、今現に仕立て屋に頼んだ白いカーディガンに水色のスカートを身にまとっている。どう見ても空を意識してるとしか言いようがない。

「でも、あまり気付いて無さそうだけど……」

 ハルキはむくれて下を向いた。

 確かに空は一度も服を褒めてくれた事はない。

「まぁ、男ってのは女心には気付かない。その所為で私もかみさんに離婚された……」

 そう言い遠い目をした。

(確かにコイツは女心が分かるようなタイプじゃない……)

 ハルキはそう思い心の中で顔も知らない森の元かみさんに同情したくなった。

「そもそもカッコいいだけだったらユウはどうだ? アイツも俗にいうイケメンじゃないか?」と言う森の言葉に、

「アイツは無愛想過ぎだ。友達としては良いけど恋愛対象としては……」

 その時ユウが外から現れ「オレもごめんだ」と言った。

「ゆっ……ユウッ!? いっ、いつの間にっ!?」

「さっきからいたが……」

 ユウは仏頂面のまま森に薬草のレポートを渡した。

「あぁ、ありがとう……助かるよ」

 森はレポートを見て、

「培養施設が使えるようになったから薬草の採取が楽になったよ」

 と心底助かった様子でそう言いレポートを受け取った。

 確かにあの培養施設が使えるまで薬草は季節待ちで危険な場所まで取りに行くこともあったがあの培養施設のおかげで薬草の採取はかなり楽になった。

 森がレポートを見ていると空が「じゃあ上がります」と言い外に出た。

 ユウとハルキと森の三人はまたいつものところか、と思い少し気の毒な顔をした。


「よー、空―! お前が培養施設での化け物退治してくれたおかげで色んな香辛料が手に入るようになったぜー!」

「空―! 今度料理教えてねー」

 ウィルデネスの住人は口々に空に声をかける。それに対して空は笑顔で答える。ドームの中での作り物の笑顔じゃなく心からの。

 やがて空はいつもの場所、ドームが見える小高い丘の上に着いた。

(……僕、二年前まであの中に住んでたんだよな……。なんか随分昔のように思えるな……)

 空はそう思い仰向けになり果てしなく広がる空を見た。空はもう夕焼けだ。

空はぼんやりと空を見ながら不意に雲英のことを思い出した。

そして昔雲英にずっと一緒に夕陽を見ようと言われたことを思い出した。

空は苦笑した。

(あの時はこんなことになるなんて思いもよらなかったな……)

 空がそう思っていると上から、

「空、何してるんだ?」とユウが覗き込んできた。

「わっ!?」

 空はいきなりのことに驚き飛び起きた。そして

 

ゴチン!!!

 

盛大な音を立てて頭をぶつけた。

「~っ、おまっ。いきなり飛び起きるなよ……」

「ご……ごめん……」

 二人はぶつけた頭をさすりながら互いを見、やがて二人は笑い出した。

 気が狂ったわけではない。

 面白おかしいのだ。

 この何気ないバカみたいなことが……。

 そして二人は黙り夕陽を見た。そして「あれから二年か……」とユウは呟き「色々あったね」と空は言いこの二年を振り返った。

 この二年、二人はともに助け合いたまには喧嘩もしてまたある日は野菜を収穫して料理をしたり物々交換したり、とドームの中で育った空には考え付かない辛い時もあるが楽しい日々を過ごしていた。

 だから、忘れてしまう。

 ウィルデネスの人間がドームにテロを起こす人間だと。

 そしてユウもテロを起こす人間だということも。

 空はドームの中での生活を思い出した。

 何もかも完備され完璧な世界。

 友達もいて守ってくれる家族もいて学校に行って……。

 いわゆる絵にかいたような完璧の人生だった。

 しかしそれは虚構だった。

 ドームは完璧を守る為に失敗作を排除し友達もあくまで社交辞令みたいな付き合いで心から友達とは思わなかった。

 空もドーム同様完璧を演じていただけだった。

 しかし、ここでは完璧である必要はなく不完全だが自由でいられた。心から人と付き合うことができた。だが、かといってドームの中が恋しくないわけではない。

(今頃皆どうしてるんだろう?」

 空はふとそう思った。

 本来空は今頃アカデミーに通い将来を有望された学生だったかもしれない。叔父叔母に守られ上辺だけの友達とはしゃいだり雲英ともふざけあったり、と周囲に嘘ついた完璧な自分を演じていたはずだった。

(本当懐かしいや……)

 空が過去を思い出していると「やっぱりドームの中が懐かしいか?」とユウが聞いてきた。

 ユウの言葉に、

「……顔に書いてあった?」

 空の問いにユウは「あぁ」と答えた。


「――そうか……今頃は学生だったのか」

 ユウの言葉に空は頷いた。

「叔父さん夫婦と暮らしてて周囲にもたくさん人がいたんだ。完璧を演じていた僕には……」

「……」

「僕はウィルデネス(ここ)に来る前は一人ぼっちだった。心から話せる友人も親類もいない。親もいない。兄弟もいない。周囲に嘘ついて生きてきたんだ……」

「親がいない?」

 ユウの言葉に空は頷き、

「僕が八歳の時に死んだんだ。ウィルデネスのテロに巻き込まれて……」

 空は昔を懐かしむように言った。

「……悪い」

 ユウの言葉に、

「なんでユウが謝るんだよ。謝る必要なんかないって。二人とも親としては失格な人間だったんだから……だから、死んだ時も悲しくなかった」

慌てふためいて言った。

「そうか……」

「……そういえばユウの家族は?」

 空の言葉にユウは少し黙り「優しい親……だったかな……」

と言いユウは続ける。

「オレは元々ドームの人間だったんだ……。オレの親はドーム反対派で……。親父は科学者でお袋は弁護士で忙しいのによく時間を作ってオレに時間を割いてくれたんだ。いいことをしてくれたら褒めてくれて悪いことをしたら叱ってくれて……よく好物のオムライスを作ってくれて。それでよく――」

 その時突然ユウの頭に身に覚えのない光景が思い浮かんだ。

 靄のかかったモノトーンの世界。

 狂ったように叫ぶ女性。

 怒り狂い手を挙げる男性。

 すべてユウには身に覚えがない光景だった。

(な……んだ、これ?)

 ユウは固まった。

「――ユウ? ユウ?」

「!」

空の言葉にユウは正気を取り戻した。

「どうしたの? 急に……」

「あ、あぁ別に……」

 ユウは頭を押さえて言った。

「――で、続けるけどオレはそんな親に悪態付きながらも幸せに暮らしていたんだ……だけど……殺されたんだ。茜博士、いや茜にっ……!」

 ユウは憎悪をこめて言った。

 その言葉には果てしない怒りが込められている。

「えっ!?」

 ユウが言うにはユウが十歳の頃塾から家に帰ると家に明かりがついておらず不審に思いリビングのドアを開けると血まみれの茜博士が立っておりその足元には血を流し倒れているユウの両親の亡骸があった。

「それからオレは治安維持局に連行されてドームの研究室に隔離されたんだ。その時にある研究者に世話になったんだ。渡会(わたらい)蒼(あおい)と陸(りく)っていうんだけど……」

「渡会蒼と陸だってっ!?」

 空は血相を変えて立ち上がった。

 渡会蒼と渡会陸。

 それは――、

「僕の父さんと母さんだ、だ」

 空は茫然と呟きユウは驚いた。

「お前が渡会夫妻の……息子っ!」

「それで、父さん達はどうだったの?」

 空はユウに先を促した。

「あ、あぁ……」

 ユウは続ける。

「よく夫妻揃ってオレの話し相手になってくれたり遊び相手になってくれて子供こと……つまりお前のことを話してたぞ……」

「僕のことを……?」

 空は驚いた。

 自分に無関心だった二人が自分のことを他人に話しているなんて。

「よく、我慢強いとかいい子だとか……無理してるんじゃないかとか」

 それを聞いた時を空は、

「僕は我慢強くもないしいい子なんかじゃ全然ない……」

 そう言い下を向き俯いた。

 自分は両親に嫌われたくなくて子供の頃からいい子を演じていた。自分の本当の気持ちを隠して。つまり自分は物心がついたころから本心を言ったこと等一度もなかった。

 空の目から涙がこぼれた。

 嬉しいのだ。

 自分の知らない両親の一面を聞けたことと自分のことを思ってくれてたことを。

「空……」

 その時ユウが空の頭に手を乗せ撫でた。

「……なんで撫でるんだよ?」

「昔親に頭を撫でられると心が落ち着くと言われた。嫌ならやめるが……」

「キミのほうが年下なのに……」

「一つしか違わないだろ」

ユウはそう言い夕陽を眺めた。

 ユウはこの二年の間声変わりも終わり顔つきも大人っぽくなり空よりも身長が高くなり大人になった。それに比べると一つ上なのに自分はまだまだ子供だと思い知らされる。

 二人が黄昏ていると空のズボンのポケットから着信音が鳴った。

 AMEだ。

「あ、ハルキ? うん。今帰るよ」

 空は明るく言うと通話を切った。

「ハルキが早く戻れだって。ご飯作ったから……」

「ハルキの飯か……あんま期待出来ないな……」

 ユウがげんなり顔で言うと、

「はは……そうだね……」

 空は乾いた笑い声をあげた。

 確かにハルキの料理は何も食べるものがなかったら食べられるには食べれるがかなり不味い。森に至っては理由をつけて逃げ出す始末だ。

だから、空かユウが率先して料理を作ることが多い。

「っーか、お前それ壊れたんじゃ……!?」

 ユウはAMEを指さして言った。

「あぁ、これ。遂最近ハルキが回収して直してくれたんだ」

 空の満面の笑顔に、

「そうか。じゃあ、ハルキの株も上がるな……」と呟いた。

「えっ? なに?」

 空は意味が分からずきょとんとしている。

「あぁ、いい。こっちの話だ……それより早く帰るぞ」

 そういうと二人は家へ戻った。

 戻る途中空はユウに「ありがとう」と呟いた。

 夕陽は西に傾きかけていた。


そして、戻った二人がハルキの不味(まず)い唐辛子入りシチュー(ハルキ曰くトムヤンクン)を食べて胃を悪くしたのはまた別のお話。









 ――ドーム内。中央広報社。

「――さん。橘さんっ!」

「――……ん? なんだ?」

 橘と言われた男性は顔に置いてあった本を取り隣にいた新人の同僚に向き直った。

 彼の名は橘英一郎(たちばなえいいちろう)。

中央広報社に努めるジャーナリストだ。

「橘さーん。仕事中に居眠りはないっしょ。いくら疲れてても……」

 新人の同僚は呆れなら言うと、

「うるせー! 俺にはもう仕事しかないんだっ……!」と橘は怒鳴って答えた。

「そりゃ、かみさんが居なくなったのは気の毒でしたけど……仕事にのめりこみですよ。そんなんだから愛想も尽かされちゃったんですよ。もっと休まないと……」

「…………」

 橘は黙った

「じゃっ! オレ帰りますんでっ! 徹夜頑張ってくださいっ!」

 新人は上機嫌で言うとそそくさと退散した。

「……元かみさんだよ」

 デスクの上にかけてある写真立てに入っている写真を見た。そこには赤ん坊を抱いた女性と自分が移った家族三人の幸せそうな姿がある。

「この頃が一番幸せだったかなぁ……」

 橘はそう呟いた。

 二年前。

 仕事をしている自分に電話が入った。

 見慣れない番号だったが遂いつもの癖で電話に出ると治安維持局からで自分の元妻と娘が失踪したという知らせが入った。

「失踪……ねぇ……」

 橘はデスクに肘をつきながら呟いた。

腑に落ちなかった。

 橘の元妻は芯が強い女性だ。

 しかも聞くところによれば家庭に問題は無く娘は国立のアカデミーに進学が決まっており順風満帆だった。それなのにいきなり理由もなく失踪とは明らかにおかしい。しかも更に聞くといなくなる夜家の中から悲鳴が聞こえたという情報も出ている。しかしこれ以上は出ず更に治安維持局からはこれ以上調べれば市民に不安が広がるという理由で強制打ち切り。もし破れば扇動罪として拘束すると脅された。

「テメーらは脅迫罪じゃねーか……」

 そうぼやきタバコを吸おうと胸ポケットを探ったが、

「ヤベッ! 禁煙してるんだった!」

 そう言うと胸ポケットから手を放し写真を見続け、

「どこに行ったんだ? 紫雲。雲英……」

 その時デスクの上に置いてあるAMEが鳴った。

「はい……こちら中央広報社の橘です……なんだお前か……」

 様子から察するに部下であろう。

 橘はイライラしながら電話に出た。

「なんだぁ? こっちは徹夜続きでイライラしてんだ。つまんねーネタだったら怒鳴り散らすからな…………………………あ!? はぁっ! 本当かっ! 解った! すぐそっち行くからなっ!」

そう勢いよく言うと橘はオフィスを出た。

 その時デスクに体をぶつけ写真立てがデスクから落ちた。写真立てにひびが入る。ひびは赤ん坊だった雲英に向かって入った。

間話 ハルキの手料理


「なに……これ……?」

 空達の目の前には赤く染まった液体のようなものが置かれていた。

「何って私風シチュー、トムヤンクンバージョンだよっ!」

ハルキは胸を張って答えた。

「…………」

 空達は黙り「これ誰が食べるの?」と空は茫然とハルキに聞いた。

「何って空達が食べるに決まってるじゃん……」

 ハルキは平然と答えた。

「これを喰え……と?」

 ユウは青ざめて言うとハルキは、

「なんだよー、その顔っ!? 別に不満だった食べなくていいよー。お前の為に作ったんじゃないんだしー!」

と不機嫌全開で言った。

「じゃあ……これって……?」

 空は完全に血の気が引き顔が青ざめている。

「も・ち・ろ・んっ! 空の為っ!」

 予想通りの答えだった。

 ユウが空の脇腹を肘でつつき、

「よかったなー、お前の分だけ晩飯があって……」

と完全に血の気が引き生暖かい目で空を見た。

「ねぇ、その目止めて……悲しくなるから……」

「ほぉーら! 遠慮しないで早く早くっ!」

 ハルキが笑顔で迫ってくる。

 そして眼前には恐らく……いや絶対核兵器級の辛さのシチュー(?)。

このままでは死ぬ……。

 更に、

「豆板醤(とうばんじゃん)? ってやつを丸々一瓶入れたから辛さは保障するよっ!」

 死刑宣告。

「よかったな、空。熱い愛情たっぷりの飯で……じゃあ、オレは森の所に――」

 その時ユウは空にがしっと腕を掴まれ、

「僕と一緒時食べよう……」と言った。

「は……?」

「一人だけ逃げないで……僕達友達だろ?」

「お前図々しくなったな……」

 ユウはそう言い離そうとしたが空が離さず結果――


「口と胃が痛い……」と空。

「お前オレを巻き込むな……」

 ユウは恨めしそうに言った。

様子を見に来た森は机に突っ伏している二人を見て、

「ご愁傷様」

と言った。

3 最悪な始まり 後編


「ここはどこだ?」

 空は暗闇の中一人歩いている。

「ユーウ! ハルキー! 森さーん!」

 呼びかけるが返事がない。

「もしかして、また一人ぼっちに……」

 立ち尽くしていると前方にドアがあった。

 空は走りドアを開け外に出た。すると――、

「空―、おっはよー!」

 雲英が抱き着いてきた。

「き……雲英っ!?」

 空は驚いた。

なぜ目の前に雲英がいるのか。わけが分からなかった。

 しかも周囲に目をやるとあの時の賑やかな教室の中。

周りからはいつものバカ騒ぎが起こっている。

「んー? どうしたの? そんなに固まって? まるで何年も会ってなくて久しぶりに会ったような表情(かお)して……」

 雲英は不思議そうな顔をして言った。

「――だっ、だって僕はウィルデネス……荒野……ドームの外にいたはずだ。それなのにどうしてっ!?」

 すると雲英は「何言ってんの? 空ぁ……ここは――」

「空しかいない世界じゃん」

 その言葉とともに空の周囲は暗くなり多くのささやき声が聞こえる。

『空って八方美人だよねー』

『ああいうのって優柔不断っていうんだよなー』

『あれって自分友達多いって思ってるってアピールしてるけど本当の友達っていないんだよなー』

 空は耳を塞ぐ。

(やめろっ!)

 それでも囁き声は聞こえる。

(やめてくれっ!)

 そして偽善者……と声がすると同時に、

「やめろ―――――――――――――――っ!」

 空は大声とともに跳ね起きた。

 部屋に荒い呼吸が聞こえる。

「くそっ……なんだって急にまたこんな……」

 空は額に手を置いた。

 隣の部屋からユウがやって着て

「オイどうした?」

と聞いてきた。

「ユウ……」

 ユウがいたことに空は安堵した。

「どうしたんだ、お前? 急に大声を出して……」

 ユウの言葉に空は苦笑いで「ちょっとね……」とはぐらかした。

「そうか……」

 ユウはそれ以上深く追及せず隣の部屋へ戻った。そういうところを空は好む。

 人には言いたくないことがある。そして、追及して聞き終われば後が面倒臭いからいつかいいことがあるとか前向きになろうとか無責任なことを言う。

 そして、かつての空もその類だった。

 悩みがある友人の悩みを真剣に聞くふりをして無責任にこれからだよとか言った。

 だが、空はその都度心の中で何がこれからだと思う。

 そもそも人によって幸せは違う。そして更に言えばその幸せはいつ訪れるのか。

 明日なのか明後日なのか。それとも五年後。十年後。それとも――一生音訪れないかもしれない。

 そんな不確定で無責任なことを言われるくらいなら最初から聞かないほうが身の為だろう。

 人には人の領域がありそれを犯してはいけない。

ユウはそれを知っている。

だから深く追及しない。

空にはそれがありがたかった。

 空はそう思うとユウのいる隣の部屋へ行った

ユウは無言でなにかの図面を険しい表情(かお)で見続けている。

「何見ているの?」

 空の問いにユウが、「あぁ、これは――」と言いかけた時ドアが開くと共に「大変だっ!」とハルキが興奮気味に入ってきた。

「なんだ……騒々しい。静かにしろ」

 ユウがそう言うと、

「これが静かにできるかっ! これを観ろよっ!」

と言い持っていた液晶パネルを見せた。そこには――、

『ドームの首相が昨夜未明死亡しドームの全権を水無月茜博士に移行するという考えに至りました』

とアナウンサーが実況する姿が映し出された。

「なっ!?」

「っ!」

 空の絶句とともに唇をかむユウ。

 更に、

『それでは水無月博士……いや、水無月首相からドームの新たな首相になられての一言があります! では、中継を――』

そういうとドームの中央セントラルタワーに移り皴の多い老人――茜博士が映し出された。そして茜博士が口を開いた。

『この度前首相の遺言によりこのドームの首相になられたことを光栄に思います。私はドームの新たな責任者と同時に政治の全権を担うこととなりました。これによりドームのますますの発展を約束します』

と政治家によくあるお決まりのセリフを述べる。

「真実を隠した偽りの発展だけどな……」

 ハルキはそう悪態をつく。

『――尚、今回の場を持ちまして水無月首相から重大発表があるとのことです』

 アナウンサーがそう言うと茜博士が壇上で、

『今回この場を置いて今日ここに新たな人類が誕生したことを発表するっ!』

堂々とそう言うと壇上の裾から一人の少女が歩いてきた。

 その少女は――、

「雲英っ!?」

だった。

『彼女はドームの人々のために自らを投げ打ち検体になったっ! そして、この成果をお見せしよう』

 すると茜は持っていたナイフで雲英の腹部を刺した。

「っ!?」

 空達は目を覆った。しかし刺された雲英は表情一つ変えずに無表情で立っている。

『彼女はわが研究により痛みを感じない体になった。そして、それは人類によって目覚ましい進歩――』

 茜博士がそう言っている最中にユウは液晶パネルの電源を切り「胸糞悪い……」と言い図面に顔を戻した。

 空はいてもたってもいられず席を立った。ドームに戻る為に。しかし――、

「お前が今行ってどうなる?」

とユウに言われた。

「えっ!? 僕なにも……」

「お前の考えていることなんてすぐ分る……伊達に二年も付き合っているわけじゃない」

「ユウ……」

「とりあえず落ち着け……は無理かもしれないけど一体どうしたんだ? 急にドームに戻ろうとして……」

 ハルキの言葉に空は口を開いた。


「――ふーん。つまりさっきの雲英っていう女は空のただ幼馴染なんだ?」

ハルキの言葉に「なんで疑問形なの?」と空は聞いた。

「まぁ、それは置いといてなんでその雲英が検体になったということか……」

 ユウは腕を組み考えた。

 自分のように拉致ったことは容易に考えがつく。しかし、空の話を聞く限り雲英はユウとは違いドームに何一つ問題を起こさない少女だ。それが、何故いきなり検体になったのか解らなかった。

 その時「餌じゃないのか?」と声がした。

 声の主は森だった。


「餌……?」

 空の言葉に森は頷いた。

 森の仮説はこうだ。

 二年前のユウの起こしたドームでのテロ事件。その仲間とされた空。そして、それの幼馴染。空をおびき寄せるには雲英は絶好の餌以外他ならない。

「まして、お前さん方は周りからは恋人のような扱いを受けてたんだろ? だったら尚更だ」

「……そんな」

 空はテーブルに手をつきテーブルを指で小突いた。

 空の頭の中は雲英のことでいっぱいになりまた自分のせいで、と思った。

「だが、かといって今お前さんが言っても何にもならん。むしろ状況は悪化するだけだ……おとなしくしていたほうが身の為だ」

 森がそう言い終えると空は森の言うことは当たっていると思った。確かに、今自分が行っても何にもならない。行って捕まって刑罰を受ける。これがオチだ。

「そもそも最初からおかしいことに気づかないか? なんで空がテロリストの仲間扱いになっているのか。重要参考人なら分かるがいきなり仲間扱いはおかしい……」

 森の言葉に一同は確かに、と思った。

 空はここに来るまでは雲英同様何一つ問題を起こさずエリート街道まっしぐらの優等生だった。それがいきなり犯人であるユウを追っかけただけで犯人扱いはおかしすぎる。そもそも、空の身辺調査をすればすぐに疑いは晴れるはずだ。にもかかわらず空の容疑は晴れないままだ。つまり――、

「何かこれには裏があるってことだな……?」

 ユウの言葉に森は頷いた。

「とりあえず今は落ち着くことが先決だ。特に空。お前はさっきからテーブルを指で小突き過ぎだ。少しはいつも通り冷静になれ……」

「あ……」


その夜空は雲英のことを考えた。

(僕……アイツの明るさに結構助けられてたんだよなぁ……そもそも僕は雲英のことどう思ってるんだろ?)

 空は自分で自分が分からなくなる。

 ユウは朝から何かの図面と睨めっこをしている。

(なんだろう? あの図面?)

 空は気になった。

 その時ユウが、

「空……お前は本当にドームに戻りたいか?」と聞いてきた。

 ユウの問いに空は迷った。

 確かに生まれ故郷のドームには戻りたいしかし同時にウィルデネス(ここ)での生活も捨てがたかった。だが――、

「やっぱり戻りたいな……雲英のことも気がかりだし……」

 するとユウはそれを聞き「そうか。ならこれを話しても大丈夫だな……」と静かに言い朝から睨めっこしていた図面を空に見せた。

「これは?」

「ドームの侵入経路図だ」

 この図面にはドームへ続く経路が事細かに描かれていた。

「お前が半端な覚悟じゃなくて本気で戻りたいんなら見せても平気だと思って……」

 ユウは空を見て

「五日後。ドームでは五年に一度の健国祭が行われる。その時は皆祭り気分で浮かれガードもゆるくなっているはずだ。その日に侵入することが決定した。そこで――」と宣告した。

「……茜博士を殺すのか?」

 空がそう聞くとユウの夜色の瞳(め)は一層深くなり氷のように冷たい声で「あぁ」と言った。

 その言葉にはかつての憎悪が混ざっている。

「……」

 空は黙った。

 今のユウはいつもユウではなかったからだ。

 家の中の空気が重苦しい。

空はここにいることができず「少し風に当たってくるね……」と言い外に出た。


「んー!」

 外に出ると空は思いっきり伸びをした。そして、空を見た。空には月と満天の星が輝いている。

 空はその光景に見入った。

 ドームにいた頃も星空は見ていた。ただし、立体映像(ホログラム)の……。

 だが本物も立体映像(ホログラム)もきれいなものに違いがなかった。唯一の違いは人の手が入っているかいないかだけだ

 空は手を伸ばした。そして星を掴む仕草をする。しかし、星は掴めない。

 空は溜息を吐いた。

(ユウは茜博士を殺そうとしている。確かにユウの殺したい気持ちも解る……けど――)

 空がそう思案していると「空―!」という声がした。

「?」

「なーにしてんの? こんなとこで?」

 ハルキがやって来た。


「へー、悩んでるんだぁ?」

「……」 

ハルキの言葉に空はうずくまりながら無言で頷いた。

 よく物語では復讐ほど愚かで悲しいことはないといわれるがそれはあくまで理想論だ。実際は復讐したい人間の気持ちになってみなければ解らない。――だが、かといって復讐を応援する気にもなれない。空の胸中は複雑だった。

「まぁ、確かに悩むよね。親友が人殺しをするなんて……」

「……僕はどうすればいい?」

「……」

 ハルキは黙りやがて「あのさ……」と口を開いた。

「こういう時にこういうこと言うのもなんだけど……ユウは茜博士の孫なんだ。しかも、実の……」

「!?」

「ユウがウィルデネスに来た時に言ってた。自分は茜博士の孫だって……」

「そんな……」

「バカらしいよね……家族で殺し合いしてるんだよ」

「…………」

「爺が自分の子供夫婦殺して孫に殺されそうになってる。本当にバカらしいだよね……」

 ハルキはとても悲しい声で言った。そして続ける。

「だけどそれはユウ本人が決めたことだから誰にも止めることは出来ないし止める権利もない。全部自分で決めたんだから……」

「……自分で」

 空は顔を上げた。

「だからさ、空も自分でこれだっ! って思ったら自分なりの最良の方法をとればいいんだよ! まずは幼馴染助けんでしょっ。そっからじゃんっ!」

 ハルキの言葉に空は、

「……そうだね! 悩んでても仕方ないよね!」

と言いすっくと立ちたがった。

顔は先ほどとは打って変わり晴れやかだ。

「そ! と・こ・ろ・で、雲英って本当にただの幼馴染?」

ハルキの突然の問いに空は「うーん」と悩みやがて「解んないんだ。実は……」と答えた。

「は?」

「雲英は僕に開放的に好意を向けてくるし僕も嫌いじゃないけどそれが恋愛感情か友情か解らないんだ」

 空が困っているとハルキが、

「じゃあ、私にもワンチャンあるよねっ!」

と明るく言ってきた。

「えっ!? ワンチャンってなんの?」と空が聞くとハルキは

「何でもないよっ!」とはぐらかして言った。

 そんなやり取りをしているとさっきまでの悩みは吹き飛び空の気持ちは軽くなった。そして、自分は自分の出来ることをやればいいと自分に言い聞かせた。

帰る時空が、

「あっ! そう言えば言い忘れたけどこの間の水色のスカート似合ってたよっ!」

空は照れながら言った。

言われたハルキも顔を赤らめ天にも昇る気持ちになった。

そして、あっという間に五日が過ぎた。




「今日こそ我々は人々を茜の手から救うっ!」

 ウィルデネスの長の言葉に皆は血気盛んに雄たけびを上げた。

「――よし! 準備はいいか?」

 ユウの言葉に空は頷き見慣れたスラムを出る。

その時テロリストの男から拳銃を渡された。

「自分の身は自分で守れよ」

 男は真剣に言った。

「空……」

空は自分の手の中の拳銃を見た。

重い。

覚悟はしてた。

それでも……。

そして、ドームへ続く地下道へ入った。

 そして何人かがチームに分かれて分岐点に差し掛かると何んかのチームが分岐点で曲がった向かった。

「まさかドームに続く道がこんなにあるとは……」

 空の言葉にユウは、

「当たり前だろっ! 同じところから一斉にだたら不審者まるわかりだっ!」

と言った。

 その様子を見ていた男の一人が、

「二人とも静かにしろよ。ここ結構声響くんだから……」

と呆れ顔で言った。

「ご……ごめん」

「悪い……」

 二人はそう言い無言で歩いた。

「空……」

 ユウは不意に口を開いた。

「もしヤバくなったらお前だけでも逃げろよな……」と言った。すると空は、

「――ごめん、その約束は守れない。だから僕は僕に出来ることをやる。それでユウも雲英も守るよ。見捨てないから。何があっても絶対に……」

空はそう言いユウを見た。

「欲張りだな……お前は」

「そうだね」

 二人はそう言いあいフッと笑った。

そのやり取りを見ていたハルキは、

(これ、腐女子だったら確実に燃え……いや、萌え所ってやつだな)と思った。やがて――、

「着いたぜ……」と男は言い立ち止まった。

 目の前にはハシゴがある。

「このハシゴを登っていけばドームの中に入れる」

 男はハシゴを見上げて言った。

 男達に続いて空とユウがハシゴを上るとハルキが、

「絶対無事に帰って来いよ……」

と言った。

空は親指を立て頷いた。

 ユウが「行くぞ」と言い二人はハシゴを上った。

 ハシゴを上る空とユウを見上げハルキは二人が無事に帰ってこれるようは祈った。



「――くそっ! いきなりかっ!」

「侵入者二ツグ。逃ゲルノヲ止メ速ヤカニ大人シクシナサイ」

 守護者(ガーディアン)の無機質な機械音が逃げる二人に言う。

「そういわれて止めるバカがどこにもいるかっ!」

 ユウはそう言いスマホの画面を押しノイズを発生させたが効果はなく、

「警告ムシ。排除シマス」

 守護者(ガーディアン)がそう言うとレーザービームが飛んで来た。

「ぅわっ!?」

 二人は同時に叫び「あっぶねぇなぁっ!」とユウは言い空は「こっち」と言いユウの腕を引っ張った。



 空とユウのテロリストグループはドームに着くと分散し各々の目的に向かう為別れドーム内の状況を見た。

ドームの内部はお祭り状態だった。

 住民はお祭りのようにはしゃぎお店を見ればどこも『当日だけの限定品』やら『本日特別セール』やらの看板がどこもかしこに出ている。

「やっぱり思った通りドームの奴ら浮かれてんな」

 ユウは街の中を様子を見た後路地裏に引っ込んで言った。

「とりあえず、どうやって茜博士の居るドームの中心のセントラルタワーに行くか、だね……」

 空が不安そうにそう言うと、

「バスをジャックしてタワーの敷地内にツッコ込むのが一番理想的だけど……」とユウが言った。

「バスジャックッ!? そっ、それはっ!」 

空の言葉にユウは「冗談に決まってるだろ……ちゃんと策はある」と呆れ顔で言いスマホを起動させた。

その画面にはドームの構造が映し出された。

「ここより少し先に行った所に緊急避難用地下通路がある。そこを使えば容易くタワー内に忍び込める。

 ユウがそう作戦を言い終えスマホをしまおうとした時、

「キミ達」

 後ろから声がした。

「こんなところで何をしているんだね? 早く表通りに戻りなさい」

 かっちりとした黒い制服に身を包んでいる。

「後ろを振り返るな。治安維持局の奴らだ……」

 治安維持局の人間が近寄る。

 背中を辞鳥と嫌な汗が流れる。

「キミ達学生? 一応住所控えるから住所と名前を言いなさい」

 二人は黙っている。

「早く」

 二人は黙り互いの顔を見て頷き「走るぞっ!」と言いその場から逃げだした。



「――ったく、あのチイジ。守護者(ガーディアン)飛ばしてきやがって……」

 ユウの言葉に空は(無理に略さなくても……)と思った。

 二人は物陰に隠れ小型守護者(ガーディアン)をやり過ごすとへたり込んだ。

「ふー、行った……」

「しかし目的位置からはかなり離れてしまったけど……」

 二人は額に手を当てて考え込んだ。

 本来の目的は緊急避難用地下通路を通りセントラルタワーに行く予定だが今頃多くのウィルデネスの仲間がテロを起こし騒いでおり小型守護者(ガーディアン)も治安維持局の人間も躍起になって二人を探し始めた為迂闊に動けなくなってしまった。

「うーん」

 二人は悩んだ。その時後ろから「空くん?」と声がした。

「!? この声はっ!?」

 二人は振り向き空が、

「叔母さんっ!」

と言った。



「――でも、見違えたわ空くん。すっかり男らしくなって……」

「とりあえずここに居れば安心だぞ」

 叔父と叔母は交互にそう言い叔母は紅茶を出した。

 空は紅茶をすすり、

「僕がいない間ドームでは何がありました?」

と聞いた。

 叔母は目を逸らしやがて、

「雲英ちゃんのお母さんが行方不明になったの……」

と言った。

「叔母さんがっ!?」

 話によると空がウィルデネスに行方をくらました頃雲英の家族が何の前触れもなくとある夜失踪したそうだ。

「でも、驚いたわ。雲英ちゃんが検体になってたなんて……」

 叔母の言葉に空はドンッ! とテーブルを叩き「違う……」と怒りを込めて叫んだ。

「空……くん?」

 叔母は驚き空を見た。

 空は下を向き唇を噛み締め拳をわなわな震わせている。その様子からは怒りが見て取れる。

「とりあえず空くんゆっくりしていきなさい。えっと、キミはユウ? くんと言ったね。キミも少し休んだらどうかね。妻の入れる紅茶は美味しいから……」

と叔父が言った。

「そう言えば少し変わった味のする紅茶ですね」

 空が紅茶に二口目をつけようとした時ユウがガタンッ! と立ちあがり空の腕を引っ張った。

「ユウ?」

 ユウが切羽詰まった表情で「出るぞっ!」と言った。

「?」

「こいつらさっきから自分達は紅茶に口付けていないっ! それに、お前さっきから何で壁の絵をチラチラ見てんだ?」とユウは叔父に向かって言った。

 確かに叔父は先程から壁に掛けられた額縁に入った絵をチラチラ見ている。

「い、いや。それは最近芸術に目覚めちゃって……」

「ほう。そんなにいい絵か? じゃあ、見せてもらうぜ?」

 ユウが近付くと叔母は焦った表情をし叔父も焦っている。

「さっ……触るなっ! たっ……頼むからっ!」

 叔父の言葉にユウは、

「なんでだ? 別にやましい事が無ければ近付いても問題ないだろう?」

そう言い額縁をひっくり返した。するとそこには……、

「これは何だ? この隠しカメラは?」

 壁には監視カメラがめり込まれていた。

「……お、叔父さん。叔母さん?」

「……あ、はは。カンがいいのねユウくんは……でも、もう遅いわ」

 叔母がそう言うと空がガクッと膝をついた。

目が虚ろだ。

「どう睡眠薬入りの紅茶は?」

 叔母は勝ち誇った様に腕組みをし空を見下ろした。

「すい……みん……やく?」

「そうだ。私達は国と手を組んだ。空、お前らを捕まえる為になっ!」

 叔父さ冷たい声で冷静に言った。

「そんな事だろうと思ったぜっ!」

 ユウはそう言い叔父と叔母を睨んだ。

「何その目。とことん気に食わないガキねっ!」

 叔母はそう言うとユウを蹴飛ばした。

 その時ユウにある映像が浮かんだ。

 自分が誰かに蹴飛ばされる映像が。


「ユウッ! 叔母さん……やめ……て……」

 叔母は腕組みをし、

「空くん。あなたはもう用済みになったのよ……」と言い更に続ける。

「私達に必要なのは優等生の空くんなの。そうすれば周りからの評判はいいし世間にも自慢出来て箔がつくから。だけど、今の空くんは優等生じゃなくただのテロリスト。ただのお荷物なのよっ!」

と言い放った。

 更に叔父が、

「お前ら二人を国に差し出せば報奨金も出るしこれからの生活は約束される。こんな渡りに船みたいな話に飛びつかないわけがないだろう?」

 その一言によりユウがキレ「最低な人間だなっ!」と言った。その時、遂に空が倒れ治安維持局の人間が入って来て空とユウの二人を羽交い絞めにした。

「無駄な抵抗はよせっ!」

「くっ……!」

 二人が格闘してると叔父が「じゃあ約束を……」と言い治安維持局のリーダーらしき男に向かい合った。

すると男は懐から拳銃を取り出し叔父を打ち抜いた。

「なっ!?」

 三人は同時に悲鳴を上げた。

「なっ……なにするのっ!?」

 叔母の言葉にユウは、

「お前らは騙されたんだよっ! いい加減気付きやがれっ! バカ野郎っ!」と言うと男は、

「騙してなどいない。我々は約束を守ったではないかこれからの約束は保障する、と……そして死んだことによりお前らの生活は保障された。あの世でな……」と言うと叔母に拳銃を発砲し頭を打ち抜いた。そして「連行しろっ!」と言い空とユウ。

二人をセントラルタワーへ連行した。

4 絶望の再会


「ここでおとなしくしていろっ!」

 治安維持局の男の言葉とともに空とユウの二人は牢屋に放り込まれた。

「くっ!」

「……っ!」

 治安維持局の男は嫌味をたっぷり込めた表情(かお)で言うと牢屋から出て行った。男が出ていくと空とユウはお互いの風貌を確認した。二人はズタボロだ。実は先程取り調べという名のリンチを受けていた。

「ユウ……ズタボロだね……」

「お前もな……」

 ユウは頬をさすり「――ったく、あいつら本気で殴りやがって……加減ってものを知らねぇのか……?」とぼやいた。

「……仕方ないよ。僕たちはこのドームに仇名す存在なんだから……」

空は頬を押さえて言った。

 二人は溜息をついた。

「銃……取られちゃったね……」と空が呟いてるとユウが「――お前バカだろ?」と言った。

 ユウの一言に空は「えっ!?」と聞き返した。

「さっきの取り調べ――じゃないリンチ。あの時治安維持局からの質問にオレにそそのかされたとか言えばお前には情状酌量の余地があったはずだ。それなのに――」

「……」

 確かに。あの時の取り調べでユウは最初からリンチだったが空は取り調べだった。しかし、それは形だけの取り調べで実際はユウを悪者にする誘導尋問だった。

 取調官は執拗に空にユウにそそのかされたという答えを強要したが空が頑なに首を縦に振らず刑を軽くするといっても効果はなく結果――リンチになった。

「お前本当お人好しだな……オレなんか見捨てりゃいいものを……」

 ユウは呆れ顔で言った。

「言ったじゃん。ドームに入る前に。何があっても見捨てないって……友達を見捨てて自分一人だけ助かったって嬉しくもなんともないよ」

 空の言葉に「じゃあ、反対なら」とユウ真剣に言った。

「オレがもしお前の立場でオレが自分だけ助かってお前を犠牲にしたら……?」

 ユウの言葉に空は「多分それはない」と断言した。

「なんでそう言い切れるんだ?」

「だってあの時……僕が叔母さんからの睡眠薬で眠りに落ちた時ユウは見捨てなかったじゃん。あの時僕を見捨てればユウはもしかしたら逃げ出せたはずなのにさ……」

 そう。

 あの時空はともかくユウは逃げ出すチャンスがあった。にも、かかわらずユウは空を見捨てず一緒に捕まった。

「だからユウは僕を犠牲にして助かろうとしないなって……」

「あっ、あのなっ……あれはそのっ!」

 ユウは慌てふためきやがて溜息を吐き、

「本当お前お人好しだよな……」と呆れながら言うと「ユウもね……」と空は少し微笑みながら言った。

二人がそんなやり取りしていると、

「いやぁー、友情って本当(マジ)美しいわー」

という声とともにパチパチと拍手音がした。

「!?」

 声の方を振り向くと向かい側の牢屋で、

「最っ初から見てたけど何お前ら? そういう関係?」

男がせせら笑いを浮かべて言った。

「えっ!? そういう関係ってどういう――」

 空が意味が解らず男に聞こうとすると「違う」とユウが空の言葉を遮った。

「いやぁー、いい雰囲気だったから邪魔するのもなんかなって思って――」

「殺すぞ、お前……」

 ユウのこめかみには怒りで血管が浮き出ている。

「その位置からどうやって俺を殺すってんだ? 馬鹿ガキ」

 男の挑発にユウは黙った。

 確かに今はここをどう出るのかが先決だ。

 銃を取られた今牢屋の鍵を壊して出るなんて不可能だ。

二人は考えた。

 その時、空の頭にあることが閃いた。

「ユウ……ちょっと下がってて」

と言うと牢屋の扉にAMEを取り付けた。

「後ろ向いて耳塞いでて」と空はいうと後ろを向き耳を塞いだ。ユウもつられて空と同じ行動をする。そして――直後、

ドォォォォン!!!

AMEが爆発して扉が木っ端みじんに破壊された。

「お前……なにしたんだ?」

 ユウの言葉に空は「設定をいじくって爆発させたんだ」

と答えた。

 ユウは「ふーん」と言うと男のほうへ行き拳を鳴らし、

「オイ、おっさん。覚悟は出来てんだろうな?」と鬼のような形相と声で言った。

「ちっ、ちょっと待てっ! 暴力反対っ!」

「そっ、そうだよユウっ! 落ち着きなよ」

「止めるなっ、空っ!」

 その時男が「空?」と聞き返した。

「!? えっ!? あぁ、僕は空だけど……」

「渡会博士のところの息子か?」

 空は男の発言に戸惑った。何故この男が自分の両親の名前を知っているのか。

「いやぁー、でかくなったなお前。あれからもう七年かぁ。見違えたわ」

 男は一人で勝手に悦に入っている。

「おじさん……誰?」

 空は困惑して男に聞いた。 

空の言葉に男は、

「あっ! ワリィワリィ一人で勝手に悦に入っちまって。俺だよ俺。雲英の父の要英一郎。と言っても今は離婚したから旧姓の橘だけどよ……」

と橘は鼻の頭を掻きながら言った。

「あっ!?」

 空は思い出した。

 仕事で滅多に会えないがよくいろんな話を聞かせてくれたり展望タワーに連れて行ってくれたりした雲英の父親。

「おじ……さん」

 空は感極まり、

「おじさんっ! お久しぶりですっ!」

「おうっ! 空っ! お前も元気そうだなっ!」

と手を取り合いながら喜んでいるとユウが、

「オイ、何が何だか解らないがオレがいることを忘れるな……」

と不機嫌全開で言った。

「あ……」


「えぇっ!? 空っ、エリートキャラのお前がテロリストの仲間ぁ? そりゃねぇだろっ!」

「そういうことにされたんです……」

 空は橘にこれまでの経緯を説明した。

「それで、このガキ――ユウ達の世話になっていた……と?」

 橘はユウを見た。

(タイプ……正反対じゃ無くね?)と橘は思った。

「それで雲英が検体になってて様子がおかしいからドームに戻ってきたんだ」

 空の言葉に、

「なに、雲英が検体? どういうことだっ?」

 橘の顔色が変わった。

「なんだお前? ドームの人間なのに娘のことなんも知んねぇのか?」

 ユウの言葉に橘は「お前には聞いていないっ! 俺は空に聞いてるんだっ!」と言った。

 ユウはハイハイと言い肩をすくめた。

「え、えぇ。はい。五日前にドームの放映で……」

 空はドームでの放送をを橘に話した。


「なっ!? おい、その話本当だろうなっ!?」

 橘の言葉に「嘘じゃないありません……」と空は答えた。

そして、橘は「やっぱり……」

と呟いた。

「? なにが」

 空の問いに橘が「あぁワリィ。こっちの話……じゃ済まされそうにねぇな」

 空と橘がユウを見るとユウからは話さなければ殺すという感じのどす黒いオーラがみなぎっている。

「ゆ……ユウ。落ち着いて……」

 空がユウをなだめていると橘が話し始めた。

「何年か前から科学者が行方不明になる事件が続いてるんだ。しかも、全員茜博士に反感を持っていた人物だ……」

と言った。更に、

「公式では実験中の事故による死亡になってるがいくらなんでもおかしいから少し調べてたんだ。そしたら、やってたんだよ。違法な人体実験をな……」

「人体実験っ!?」

 空とユウは同時に驚いた。

 それもその筈。実験は動植物を使うのが一般的で人間を使うのは違法とされている。

「あぁ……。しかも、さらに調べたら行方不明になってるのは科学者だけじゃなくてドームに不信感を持つ一般住民も行方不明になってたんだよ」

「つまりそいつ等は……」

「人体実験の材料にされたってわけだ……」

 ユウの言葉に橘は続いた。

(じゃああの合成獣(キメラ)はやっぱり……)

 空は二年前の培養施設でのあの合成獣(キメラ)のことを思い出した。

 橘の言うことが本当ならあの合成獣(キメラ)の言葉も納得がいく。

「――でそのことを調べてたら捕まってこのざまだ」

 橘は舌打ちして言った。

「だけどこうしちゃいられねぇ。空、俺を雲英のところに連れて行ってくれっ! 頼むっ!」

 橘は懇願した。しかし――、

「でもどうやって牢屋から出るの?」

 空の言葉に橘は「ゔ……」と苦言を漏らした。

 そう。

橘はまだ牢屋の中だ。

「更に言えばお前はAMEを取られているんだろ? どうやって出るんだ?」

 確かにユウの言う通り橘はAMEを取り上げられている。

「おとなしくそこで待ってた方が――」

 ユウがそう言いかかけると橘が「ふざけんなっ!」と怒鳴った。

「離れてて暮らしていたとはいえ俺は雲英の父親だ。娘がピンチなんだぞっ! どこの世界に子供のことを心配しない肉親がいるかっ!」

 その時ユウの頭にある映像が思い浮かんだ。身に覚えがない男が幼い自分の頭を撫でている映像が……。

 その記憶の中の自分は泣いていたが撫でている手はとても優しかった。


「――う。ユウッ!」

 空の呼びかけでユウは現実に引き戻された。

「どうしたの? ボーっとして……」

「あっ……あぁ。なんでも……」

 ユウは言葉を濁した。

(なんださっきの? それにあの男……どこかで?)

 ユウが思案しているその時警報機が鳴った。

「牢屋ニテ異常ガ発生。異常ガ発生。係員速ヤカニ――」

「なっ!?」とユウが叫ぶと空が、

「まさかさっきのAMEの爆発でっ!」

 ユウは「くそっ!」と言い橘の牢屋のドアに自分のスマホを取り付け「離れててろ」言い牢屋の扉を爆破させた。そして、すぐさま入り口付近を三人で待機した。

「サンキュー。やっと出られたぜ」

「静かにしろ。これからオレの言うことを聞け。これからすぐにここにガードマンがやってくる。数は恐らく二、三人。オレ等でそいつらを潰すぞ……」

とユウは言った。

「はぁっ!? 何言ってんだお前っ! 正気かっ!?」

と橘。

「ユウッ! ちょっと待ってよっ! 相手は訓練された人間だよっ! いくらなんでも……」

と空。

 しかし、ユウは「オレは確実に勝てるから言ってる。オレを信じろ。空、お前がオレを信じたみたいに」

 ユウの言葉に空はユウを信じ壁にへばりついた。

 空は頷き橘に目配せした。橘も一応了承し壁にへばりついた。

それと同時に三人のガードマンが入ってきた。

数は三人。

しかも、余裕気に話をし入って来た。

そして――、

「がっ!」

 空がガードマンの首をへし折り「今だっ!」と言い三人は係員と戦いになった。ユウ達は苦戦しながらもガードマンを倒して生き残った一人が銃を抜こうとしたが背後には空がおり気づいた時には遅く空に拘束されユウにプロテクターがガードしていない鳩尾を蹴られガードマンは気を失った。

「ふー、こんなもんか……」

 ユウは額の汗をぬぐいながら倒れてる係員に近寄った。

「なんだぁー、こいつら? 超弱ぇー」

 橘の言葉にユウは「祭りで浮かれてるプラス相手が民間人だから油断して下級構成員を送り込んだんだよ。だから言ったろ。確実に勝てるって……」

 ユウはそう言うや否や係員からAMEを抜き取ると同時に銃を空達に寄越した。

「……これは……銃」

 空は銃を見て呟きユウは「渡した意味解るだろ?」と真剣な面持ちで言った。

「…………」

 空は黙った。

「ないよりマシだろ」

 ユウの言葉に、

「オイ、オメエッ! 解ってんのかっ? 一歩間違えば重罪だぞっ!」

と橘は怒鳴った。しかしユウは、

「こうなった以上黙っていたら死刑は確定だ。だったら――」

 その時空が制して、

「解ってたし、こうなることは覚悟してた。だから平気だ……」

 空はもう覚悟を決めた。

「……そうか」

 ユウは空の言葉を聞くとAMEを起動させセントラルタワーの見取り図を開いた。

 その時橘が「アイツスゲーな」と感心したように」空に呟いた。

「ユウのこと?」

「当たり前だろっ! 少し短気なところはあるけど冷静で落ち着いてて。アイツ何者だ?」

「たしか茜博士の孫……らしいですよ」

 それを聞いた途端橘が怪訝な顔をした。そして「そりゃねぇぜ」と言った。そして、

「茜博士は結婚してないから子供はいない。だから当然孫もいるわけがねぇ……」と言った。

「え?」

 空は橘の言葉の意味が解らなかった。

「誰からそれ聞いたんだ?」

 橘の問いに「荒野(ウィルデネス)の友人から。ユウがそう言ったって……」

 空がハルキから聞いたことを答えると橘が、

「オイ、そいつら信用できんのかよ?」

と言った。

「え?」

「もしかしてそいつらグルになってお前騙してるんじゃねぇか? 第一荒野(ウィルデネス)って時点で信用 ――」

 その時空がもの凄い勢いで橘の胸ぐらを掴み、

「僕の友達の悪口を言うな。いくら雲英の父親でも許さない。次言ったら殴りますよ……」

と普段の空からは考えられないほど周囲が凍り付きそうな物凄い低い声で言った。

その剣幕に橘は怯え、

「わ……悪かった。悪かったって……。でも、一応用心はしろよ。お前に嘘をついてることは変わりないんだからな?」

と言った。

「……僕の方もすいませんでした。カッとなって……」

 空は冷静になり橘から手を離した。

そして空は思った。

嘘をついてるにはきっと何か理由があるんだ、と。

 そうこうしてる内にユウが見取り図を見終わり、

「よしっ! 行くぞっ!」

と言った。

 そして空達が牢獄を出ると脱走の知らせを告げる警報が鳴り響いた。



 タワー内は大騒ぎだった。

 完璧な世界を謳うドームの牢獄から脱走者が出れば当たり前だ。

「オイ、どうすんだ? 建物内の警備厳重だぜ……」

 橘の言葉にユウは「黙って走れ」と言った。

「どこに向かってるの?」

 空の問いに、

「付いてくれば解る」とユウは後ろを振り向かずに答え二人はユウの後を付いていった。そしてたどり着いた場所は端末室だった。



「ここは……?」

「端末室……か」

 空と橘の言葉にユウは無言で頷き目の前の機器に触りいじくり始めた。

「なっ……何やってんだ? てめぇっ!」

 橘の言葉にユウは平然と「設定を変えている……」と答えると、

「何の設定を変えてんだよっ?」

 橘の質問にユウは溜め息を吐き、

「サーチ機能と警報機の解除。それとエレベーターの階数調節だよ」と呆れながら答えた。

「はぁっ!? それってどういう?」

 橘の言葉に空が、

「サーチ機能を解除すれば守護者(ガーディアン)は僕達を不審者と見なさなくなるし警報機を解除すれば僕達が誰かに捕まったと誤認されるしエレベータの階数調節をすれば最上階の七十二階は無理でも結構な階まで行ける。そうだよね? ユウ」

 空の言葉にユウは無言で頷き目の前の機器をいじっている。

「なーるほど。確かにここの奴らは機械任せだからな。考えたじゃん!」

 橘の言葉にユウは、

「それぐらい考えれば誰でも思いつく」とユウは冷静に答えると橘は怒りだしてユウに暴言を吐き始めようとしたら空が口を封じ、

「抑えてくださいっ! ユウも悪気があって言ったわけじゃありませんからっ!」と空が橘を押さえて言うとユウが「悪気があって言っている」と言った。


 設定を変えるのはわずか五分ぐらいで出来た。

「じゃあ、いくぞ」とユウは何事もなかったかのように言い外へ出た。

 外へ出ると警報機は止み静かだった。

 守護者(ガーディアン)も空達を不審者とみなさず素通りして行った。とはいえガードマンの警備がなくなったわけではないので警戒しながらエレベーターまで進んだ。

 エレベーターの傍にはガードマンがいた。

ユウが拳銃を発砲する用意をし空も頷いた。その時、ユウが、

「空……お前は威嚇射撃だけでいい。オレが発砲するから……」と言い空は躊躇いながらも銃を上に撃ちガードマンの気が逸れた内にユウはガードマンに目がけて発砲しガードマンを射殺した。

そして空達はエレベーターに乗り込みエレベーターは五十階へと向かった。

エレベーターの中で空はユウに「ごめんね」と言った。

それに対してユウが「何がだ?」と聞いた。

「僕だと迷って撃たないかもしれない。だからユウが代わりに撃った。それに対して……」

「別にお前が気にする必要はない……お前の手を血で汚したくはないからな。汚れ役には慣れている……」

「……ユウ……」

 二人が会話している中橘が、

「なぁ……おまえら……いい雰囲気なとこ悪いんだけど俺の存在忘れないでくれないか? いや、本気(マジ)で……」

「あ……」

「あぁ、お前。そういえばいたんだな……」

 ユウの言葉に橘は、

「お前ホントッムカつくなっ!」

キレた。

 二人のやり取りを空は微笑ましく眺めふとエレベータの外の空を見た。

「今日も青色の空、か……」と言いエレベータからの景色を眺めていた。

 今は昼なので空の立体映像(ホログラム)は青かった。



 五十階に着くと誰もいなかった。

「誰もいない……」

 空の言葉にユウは、

「用心しろよ……ここは茜のいる首相室まで目と鼻の先だぞ」

と言った。

「七十二階、直通エレベーターはすぐそこだぜ」と橘は言い三人は周囲を伺い走ってエレベーターに乗り込もうとした時空は後ろから頭に銃口を突き付けられた。

「貴様等こんなところで何してる?」

 空にだらりと嫌な汗が流れる。

「空っ!」

 ユウと橘は同時に声を発したがその時二人の頭にも銃口が突き付けられた。

「仲間の心配をしている場合じゃないぞ? 貴様等の命も危ないんだからなぁ」

 そうガードマンは意地の悪い声で言った

「くっ!」

「ここに何しに来た? 返答次第によっては……」

 空の頭に突き付けられた銃の引き金が引かれそうになる。その時、

 ピリリッ!と隊員の中の一人のAMEが鳴った。

「――っ、ちっ! オイ貴様等妙なマネするなよ」

と言った。

「――はい、こちら五十階のガードをしております、辻井ですっ!」と隊員がAMEに出た。

「くそっ! ここまでかっ!」

 ユウは悔しそうに唇を噛み締めた。

「ユウ……」

「っ……雲英」

 三人が会話をしているとAMEで会話をしていた隊員がいきなり「はいっ!?」といきなり素っ頓狂な声を上げた。

「?」

 三人は何事かと思い声を上げた隊員を見た。

 やがて隊員はAMEを切り銃口を突き付けてた二人の隊員に銃を下(お)ろすように言った。そして、

「先ほど茜首相から伝達が入った。そこの三人は茜首相の大切な客人だから通すようにと……」と言った。

 傍にいた全員は驚いた。――しかし、隊員たちは命令だからと仕方なく銃を下ろし空達をエレベーターへと促した。

 空達は困惑しながらもエレベーターに乗った。

 エレベーターは順調に上昇し始めた。

 三人はワケが解らなかった。

 何故、テロリストの自分達が招かれたのか……。

 だが、そう考えている間もなくエレベーターは最上階の七十二階。首相室へ到着した。

 到着するや否や「茜っ! 覚悟しろっ!」とユウが部屋へ飛び出した。

しかし、そこには茜はおらず一人の少女が佇んでいた。その少女は――

「雲英っ!」

雲英は無表情で空達に銃口を向けた。そして、


バンッ!!! と発砲した。

空達はとっさによけたが空は左脚に弾丸を受けた。

「くっ!」

「空っ!」

 空がもんどりうっている間に雲英が空に近づいて来て銃口を向けたときユウが雲英の手元を狙い銃を落とさせた。そして脚の方に一発ずつ弾を打ち込んだ。

「てめぇ、人の娘。嫁入り前の体に何しやがるっ!」と橘が激飛ばしたがユウが「よく見ろ……」とユウが雲英を指した。

見ると雲英の先ほど撃たれた箇所は出血をやめ完全に傷が修復された。

 そして雲英の表情には変化がなく相変わらず無表情のままだ。

「あれは……もう……人間じゃない」

 雲英は空に手を伸ばすと首を絞め高く持ち上げた。

「う……ぐ……」

「空っ!」

 ユウは近づき雲英に蹴りを入れたが痛みを感じなくなくなった雲英には意味が無かった。

 その間にも空の顔は苦痛に歪んでいく。

 その時橘が「雲英っ! 目を覚ませっ! お前誰を絞めてんのか解ってんのかっ!」と声を荒げていった。

 雲英は声に反応して橘を見た。

 その時雲英の目が激しく動揺した。それと同時に「お……とう……さん」と言い空から手が離れた。

 空が床にせき込みながら落ちた。

「平気かっ!?」

「僕は平気だけど雲英がっ!」

 雲英は頭を押さえ苦しんでいる。そして、うわごとの様に「お父さん……お父さん」と言っている。

 橘が駆け寄り、

「大丈夫だつ! 俺はここにいるっ!」

と手を握った。

 雲英は悲鳴を上げ倒れやがて瞳から涙を流し「おとうさ……ん」と言った。

「雲英……」

 空の言葉にも反応し、

「空……?」

 と答えた。

「夢じゃないよね? これ。私が大好きで会いたい人達が目の前にいるって……。夢じゃないよね?」

 雲英の言葉に空と橘は「夢じゃない」と答えた。

「雲英は良かった」

と言い安堵の表情を浮かべた。

「私……もう……普通の人間じゃないんだね。痛みを感じないし何食べても何見ても何にも感じなくなっちゃった。……でも、空とお父さんだけは……ぐっ!」

 雲英は苦しそうに声を上げた。

「雲英っ!?」

 空と橘は同時に声を上げた。

「もう……限界みたい。私の体……遺伝子……いじくられて……滅茶苦……茶だから……」

「雲英っ! 限界ってどういう……?」

 すると黙っていたユウが、

「遺伝子をいじくる。それは、生きていくことにおいて生命に関わる。遺伝子をいじくられたら下手したら寿命を縮まらせる……」

冷静に言った。

「そんなっ!?」

「物知りだ……ね? キミは……でも……誰?」

「僕の親友のユウだよ。ドームの外で僕を何度も助けてくれたっ!」

「そっ……か。キミ……ユウなんだ。茜……博士から……聞いたよ……大切な……ぐっ!」

「雲英っ!」

 空と橘は手を強く握った。

「ほんと……ごめん……ね……でも良かった……最後に大好きな人たちに……看取られるんだから……」

「…………っ!」

「大好きだよ……空。お父さん……」 

雲英はそう言い安らかな笑顔をして目を閉じた。

 空は目を閉じ雲英との日々を思い返した。

 いたずらっぽく笑う雲英。クレープをほおばる雲英。誕生日に来なかったという理由で拗ねる雲英。

 空の目から涙が流れた。

 そして、ようやく自覚した自分は雲英のこと好きだったということを。異性として……。

 だが遅かった。

 もう雲英は怒らない。泣かない。笑わない。

 空は膝をつき天井を仰いだ。

 涙が流れた。

その時橘が、

「ユウ……これ」

と言いディスクを渡した。

「これは?」

「このディスクにはこのドームのことがすべて載ってる。ハッキングして得た情報だ。保証するぜ」

 橘はそう言うと自分の顎に銃を突き付けた。

「橘さんっ!?」

「橘っ!?」

 空とユウは同時に声を上げた。

「オレは生きている間かみさんも娘もほったらかして仕事ばっかりだった。ならばあの世ではきっちり家族サービスをしようって思ってよ……」

「よせっ! 橘っ!」

「橘さんっ! そんなっ!」

「じゃあなっ! 空、ユウ。オレ結構お前らのこと好きだったぜっ!」

 そう言い銃声が響いた。

 

空とユウの目の前には物言わぬ死体が二体寄り添って死んでいる。

「……嘘……だろ?」

「くそっ! 橘……バカ野郎っ!」

 空の中にはふつふつと湧き上がってきた。それは――

 怒り……だ。

 そして、

「茜ぇぇぇ――――――――――――――――――――――っ!」と叫んだ。

「出て来いっ! 茜ぇっ! この銃でハチの巣にしてやるっ!」

 バンッ! と壁のタッチパネルに発砲した。

その時壁から扉が現れた。

 空が一目散に扉へ駈け込もうとした。しかし、ユウは、

「落ち着け、空っ! これは何かの罠かもしれないっ!」と言った。

「罠でもいいっ! 死んだってイイっ! 茜を殺せるならっ!」

 空は完全に冷静さを失っていた。

 愛する人とその父親を失ったのだから。

 空の怒りは計り知れない。

 それでも。

 その時――、

 

パァンッ!

 

空の頬にユウに平手打ちが飛んだ。

「――何するんだっ!? ユウッ!」

 そう怒鳴ると空はユウを見た。

 その時空はゾッとした。

 ユウの夜色の瞳は氷に刃の様に空に突き刺さったからだ。

「落ち着け……お前が死んだら雲英と橘の死はどうなる? ハルキ、森はどうなる? 皆はどうなる? オレはどうなる? オレはおまえが大事だ……お前に何かあってほしくない。だから、頼むから死ぬなんて簡単に言うな……頼むから」

 ユウの瞳からは涙が溢れている。

「ユウ……」

 空は冷静さを取り戻し死んでいった雲英、橘を思った。

 ここで自分が冷静さを失い自分が死んだら二人の死は犬死になってしまう。

 ハルキや森を思った。

 二人は空とユウの二人が無事に帰ってくることを願っていること。

皆自分を信じてくれた人達を思った。

 そして思い出した。

そしてユウを。

 大切な友人を守るということを。

「――ごめん、ユウ。そうだよね……僕だってユウがそんなこと言ったら引っ張ったいているかも知れない。本当にごめん」

 そう言い終えるとユウは空の涙を指で拭い

「もう平気なようだな? なら行くぞっ!」

 そう言い二人は通路を進んだ。

 そして壁がガラス張りの部屋へ出た。

 そこには――


「やぁ、待ってたよユウ。そして渡会君のご子息の空君」

 一人の青年がいた。

 肩にかかる絹のような艶のある夕闇色の髪。

 見ていると吸い込まれそうな済んだ夜色の瞳。

 比較的色白で細い体つき。

目鼻立ちがくっきりしており整った顔つき。

「ユ……ウ……?」

 ユウと瓜二つの青年がいた。

 いや、正確に言えばユウを少し大きくした感じの青年だった。

「茜はどこだっ! 僕達はそいつに用があるっ!」

 空の問いに青年は微笑を浮かべ、

「私が茜だ……」

「はっ?」

 空達は青年が何を言ったのか一瞬理解できなかったが青年は、

「私が茜博士だよ。水無月茜本人だ……」

と言った。

 空達は困惑した。

 当たり前だ。

 茜博士は今現在七十歳の老人の筈だ。だが目の前にいるのはどう見ても二十前後の青年だ。

「不思議そうな顔をしているね。でも、雲英のようなこともあるんだから姿だけ若返ってもおかしなことはないんじゃないかい?」

と茜博士と名乗る青年落ち着いて言った。

「それは――」

 確かにおかしなことじゃない。

 遺伝子をいじくれるなら遺伝子を組み替えて外見を若く出来るなんてことは不可能じゃない。

 ふと違和感を感じた。

 それはユウだ。

普段ならユウは付き合いきれんと言いとっくに青年を脅すなり殺すなりしている。しかし、ユウは黙っている。

空はユウを見た。

するとユウは顔色を悪くし片手で頭を押さえている。

息づかいも荒い。

「ユウッ!? どうしたのっ!?」

 空が近づき手を触れようとするとユウは手を振り払い一人苦しそうに悶えている。

 空は茜博士と名乗る青年に「ユウに何をしたのっ!?」と問いただした。

 すると、青年は遠い目をし、

「私はこの子……ユウにひどいことをしてしまった。この子の心を壊してしまったのだから……」

「? なに言って……?」

 空達がそう押し問答する中ユウは目の前の青年を見た。

 自分と瓜二つの青年。

 まるで自分のことを知っている口ぶり。

(……誰だ……? コイツは? オレはコイツのことなんか知らない? ――なのに凄く懐かしい)

 ユウがそう思っていると自分の頭に灰色の映像が流れてくる。

 中年の男性に殴られる幼い自分。

 中年の女性にヒステリックに怒鳴られる幼い自分。

 そして――、

その時窓ガラスに夕陽が当たり茜と名乗る青年を照らし出した。

その時ユウの心臓がドクンと鼓動した。

夕陽の中泣いている幼い自分が誰かに頭を撫でられている。幼い自分は顔を上げ自分の頭を撫でている人物を見上げる。夕陽に照らし出された人物は茜と名乗る青年と同じ顔だった。

その時ユウの頭の記憶が爆ぜて、

「……に……い……さ……ん……」

 ユウは茫然とそう言い手に持っていた銃をゴトリと落とした。

5 虚構と真実


「どうしお前はそうなんだっ!?」

 そう言われ父親に殴られる。

 いつものこと。

「そうよっ! あなたももっとしっかりすれば私達は世間に誇れるのよっ!」

 ヒステリーに母親に怒鳴られる。

 これもいつものこと。

「お前がもっとしっかり教育すれはコイツも私みたいになれるんだっ! お前の教育が悪いからだっ!」

「なによっ! あなただって仕事にかまけて私にばっかり子供のことを押し付けてっ!」

 夫婦喧嘩が始まる。

 これもいつものこと。

 やがて両親は子供を睨み、

「お前のせいで家庭が滅茶苦茶になるんだっ!」と父親が怒鳴り母親は、

「あなたなんて生むんじゃなかったわっ! ユウッ!」

 ヒステリー気味に怒鳴って言った。

 ユウはそう言われてしぶしぶ自分の部屋へ戻ると唇を噛み締め声を殺して泣いた。

 夫婦喧嘩も殴られることも罵倒されるのもいつものことだった。

 今に始まったことじゃない。

 親は子供に完璧を求める。

 自分達が完璧だから。

 そして世間体を気にする。

だからそれは今に始まったことじゃない。

いつもトップであれ。二等三等など豪語同断。遊んでいる暇があったら勉強しろ。他人はお前の踏み台だ。

それが親の口癖だった。

何故トップであった方がいいのか分からない。

何故二等三等がダメなのか分からない。

遊んでいる暇があったら勉強しろ。それも分からない。

そして最後が一番分からなかった。

他人が自分の踏み台と言うことが。

何故、他人を踏み台にしなければいけないのか?

それら全てが分からなかった。

 ユウが部屋の中で泣いていると部屋の扉がノックされた。

 ユウが慌てて涙を拭い「入っていいよっ!」と明るく言った。

 扉をノックした人を知っている。

 大好きな人だからだ。

だから心配かけたくなかった。

 その人物は――、

「茜兄さんっ!」

 扉のドアが開いた。

 そこには自分と同じ夕闇色の髪に透き通った夜色の瞳の持ち主がいた。

「やっ! 学校どうだった?」

 茜と呼ばれた兄は気さくに弟のユウに声をかけた。

「どうってことないよ。いつもと変わらないよ。――ったく、兄さんは過保護だよ」

 ユウはそう言いながら兄が自分を心配してくれるのが嬉しかった。

 茜はユウより十も年の離れた兄で優秀で将来を期待されている科学者だった。そんな茜は弟のユウのことを溺愛しておりユウに何かあったら誰よりもすぐに心配する。

親もユウに何かあったら心配するがそれは世間体を気にしての心配で心からの心配じゃなかった。

対して兄の茜は弟のユウのことを心から心配してくれた。

 それが嬉しかったのだ。

 だから心から笑えた。

 ふと、茜がユウの顔を見て、

「お前……泣いてただろ?」

と悲しそうに言った。

 ユウはドキリとして、

「そっ、そんなことないよっ! オレはこの通り元気だよっ!」と無理して笑ったが、

「涙のあと残ってるし笑えてないよ……」と茜は悲しそうに言った。

 ユウは自分が今どんな顔をしているのかは解らない。

 自分は笑っているつもりでも長年暮らしている兄には分かるのだろう。

「オレ……今……どんな顔してる?」

 ユウの問いに茜は目を伏せ寂しげな声で「泣きそうな顔……」と答えた。

 その時ユウの口から嗚咽が混じった泣き声が聞こえてきた。

「……父さんと母さんにやられたのか?」

 ユウは泣きながら頷き、

「どうして満点が……取れないんだ……って怒られたんだ」

と言い茜に答案を見せた。

茜はユウの答案用紙を見て、

「九十八点って……ほぼ満点だよ、これ……」

と茜は言った。

「でも……父さんと母さんは……この点数じゃ不完全だっていうよ?」

 ユウの言葉に茜は、

「父さんと母さんは病気なんだよ……自分たちがエリートだからって僕らにまで完璧を求めてくる。病気以外何物でもないよ……」

 茜の言うとおりだった。

父は科学者で母は弁護士。

俗にいうエリート一家に生まれ兄は将来有望な科学者で聞き分けの言い弟は周囲から見たら理想的な家庭に見えるのだろう。

 だが、実際は親は子供に完璧を求め自分の思い通りにかないと暴力をふるうという最低な家庭だった。

 ユウが泣いていると茜が、

「ユウッ! 気晴らしに外行こうかっ!?」

 茜は思い付いた様にそう言いユウを外に連れ出した。



「う……わぁー!」

「どうだ? ここ僕のお気に入りの場所なんだっ!」

 ユウが連れていかれたのは展望台で夕陽がよく見える場所だった。

「こんなの見てると悲しみなんて吹っ飛ぶだろ? な?」

 茜はいたずらっぽく笑いユウの頭を撫でた。

「お前が努力してんのは僕は知ってるしお前が一番よく知っている。だからもっと自信をもって。そうすれば父さんと母さんもいつか分かってくれる筈だからっ!」

茜はユウの頭を優しく撫でて言った。 

「な……なんで撫でるんだよぉ? オレもうそんな子供じゃねぇよっ!」

 ユウの言葉に茜は、

「弟は兄にとっては子供だ……。それに頭を撫でられると心が落ち着くと聞いたからな……」

 茜はいたずらっぽく微笑んだ。 

ユウは「子ども扱いすんなっ!」と言ったが内心嬉しかった。

そしてそれに対して涙が零れてきた。

 自分にはこんなに心配してくれる兄がいることが。

 それだけで心が満ち足りた。

 茜はユウが泣き止むまで頭を撫でてくれた。


 ――ある夜――

 二階の自室に寝ていたユウは階下でもの凄い言い争う声で目を覚ました。

 ユウは何事かと思い声のする方へ行った。

声は一階のリビングから聞こえている。

 扉に隙間が空いていたので隙間からリビングを覗くと茜が両親と言い争っていた。

「なんでユウの努力を認めてあげないんですかっ! ユウは一生懸命貴方(あなた)達に認めてもらおうと努力しているじゃないですかっ!」

「認めてほしいならもっと努力をしろっ! 努力が足りないから私達は怒っているんだっ! 躾をしているんだっ!」

「そうよっ! 私達はあの子の為を思って……」

「貴方(あなた)達はいつもそうだっ! 僕達の為僕達の為って……」

 茜が親に睨みを利かせると、

「僕達の為とか言って全部自分の為じゃないかっ! 僕達は貴方(あなた)達の所有物でもないし道具でもないっ!」

 茜が憎悪をこめてそう言うと父親から平手打ちが飛んで来た。

「言いたいことはそれで全部か……?」

「……っ」

「お前たちは黙って私達の言う事を聞いていればいいっ! 私達……親の言うことは絶対だっ!」

 殴られて倒れていた茜は尚も憎悪を込めて父親を睨んだ。

「なんだ? その目は? 文句でもあるのかっ!」

 そういい父親は茜の腹部を蹴り飛ばした。

「生んでやったんだから感謝しろっ!」

 父親がそう言うと茜は大声で、

「好きで貴方(あなた)達のところに生まれたわけじゃないっ!」

 そう言い終えると父親は茜を殴り飛ばそうとした。その時、

「兄さんっ!」

 ユウが飛び出した。

 拳はユウの頬に当たりユウは衝撃で壁にぶつかり意識を失った。



「――う、ん?」

「ユウッ! 目が覚めたかっ?」

 茜が心配そうに覗き込んでいた。

「にい……さん?」

「そうだ。僕だ」

 茜は安心したのか安堵のため息をついた

ユウは周りを見た。

 あたり一面真っ白だった。

「こ……ここは?」

 ユウの問いに茜は、

「病院だ……」と無表情で答えた。

「びょう……いん……」

「あの後大変だったんだ……。お前が僕の代わりに殴られて気を失って……」

 茜は抑揚のない声で言った。

 ユウは頭を押さえて昨夜のことを思い出した。心を落ち着けて記憶の糸を手繰ると昨夜のことを瞬時に思い出した。

「っ!?」

「……」

「あの人達ユウがふざけて階段から落ちたって……」

「…………」

「外面がいいから医者も看護婦も信じて……」

「……」

「今までだってそうだった……。あの人達は殴る時……いつも人からは見えない箇所を殴ってくるよね……」

 悲しげな声だった。

「……」

 茜の言う通りだった。

 両親は殴る時いつも服とかで隠れている部分を狙って殴ってくる。

「平手打ちの時はちょっとした喧嘩とか言ってごまかすよね? でも、喧嘩って言っても一方的な暴力だけど……」

「…………」

「…………」

二人は黙った。やがて、

「ねぇ、ユウ。父さんと母さんがいなくなったら嬉しい? 僕は嬉しい……」

 茜は抑揚のない声で言った。

 瞳は虚ろだ。

 そしてゆっくりユウを優しく抱きしめた。

「兄さん……?」

「ユウ……お前は何があっても僕が守るから……絶対に」

 茜は泣きそうな声で言った。

 ユウは兄の言葉に安堵した。


それからも親の躾と言う名の暴力と虐待は続いた。

その都度茜が庇いユウを励ました。

いつも通り。

だから気付けなかった。

茜の心に。

いや、気付いても無理だった。

たかが十歳の子供が気付いたところでどうにも出来なかった。

そして、事件は起こった。




十二月。

寒い寒い冬で雪が降っていた。

ユウは塾から家への道を重い足取りで進んでいた。

「また満点が取れなかった……父さん達怒るなぁ……」

憂鬱な気分でそう言い自分の答案を握り占めた。

途中公園がありそこに寄って行った。


「よっと……」

ユウはブランコに積もっていた雪を払いブランコに腰かけた。そして、空から降り注ぐ白い雪を見た。

 更に周囲を見た。

 周りは雪によって一面白に埋め尽くされている。

(……雪はイイ。何もかも真っ白に埋め尽くしてくれるから。このまま、濁ったオレの心も真っ白に埋め尽くしてくれたらいいのに……)

 ユウはそう思いふとゴミ箱が目に入った。

(捨ててしまおうか……?)

と思いゴミ箱に近寄ったがやめた。

 どうせ塾からの電話ですぐバレるし母親も答案用紙が返される日をチェックしているはずだからだ。

だから諦めた。

 ユウはしばらく空を見ていた。

(このままずっとここにいたい……)

 そう思いながらもそれは叶わない願いと言うことを知っている。やがて「家に……帰ろ……」と小さく呟きブランコから離れる。


 家に帰る足取りは重かった。

 家に帰ってからのことが容易に想像つく。

 父の暴力にヒステリー気味に怒鳴る母。

 憂鬱そのものだった。

(どうしてオレ達はあの家に生まれたんだろう? もっと自由な家に生まれたかった……)

 ユウは自らを呪った。

 あの家に生まれたことを……。

(父さんも母さんもいなくなればいい……本当に殺してしまおうか?)

 しかしふと兄のことを考えた。

(ダメだっ! そんなことをしたら兄さんの名に傷がつく……)

 そう思い首を振り、

(そうだっ! 自分には兄さんがいるんだっ! 父さんと母さんは怒るけど兄さんは優しいし褒めてくれるっ! オレを認めてくれるっ!)

 そう思うと心は軽くなり今日のテストの結果を報告して兄に褒めてもらおうと思った。

 そして、家の前に着いた。

 家の前は真っ暗だった。

 普段なら明かりが点いているのに。

「寝たのかな?」

しかしそれはあり得ない。

 今日は塾の模試が返される日でそれを知っている両親がそれを放っといて寝静まるとは到底思えない。

 嫌な気配がする。

 小さい鉄格子の門を開ける。

 キィ、軋んだ音がする。

 正面玄関の前に立つ。

 明かりが点いた。

 ドアの取っ手に手をかける。

 開けてはいけない。

 ユウの頭にそんな警鐘が鳴る。

 だが手が己の意に反して勝手に動く。

 ドアを開け中に入る。

 家の中は暗闇で静かだった。

 ユウはますます不審に思い歩を進める。

 床の軋む音がする。

「父さん? 母さん?」

 ユウがドアを開け恐る恐るなかを見ると……

「!?」

 中にはかつて生きていた父親と母親が血を流し倒れていた。

 暗闇の中で血は紅く鮮明に濃く映し出す。

「とう……さん……? かあ……さん?」

 ユウは茫然とその場に立ち尽くした。

 そして両親の死体の前には血塗れの茜が呆然と立っていた。

「兄さん……?」

 茜の瞳(め)は何も映しておらず生気を失った目でユウを見つめユウのもとへ歩み勢いよく抱き締めた。

「こうするしかなかったんだ……もう……こうするしか……」

 茜は震える声でうわごとの様に言った。

 茜は涙を流し小さな声で、

「お前は悪くないんだからな……」と囁いた。

 しかしユウにはそんな言葉など耳に入らずどうして? 何故? の言葉が頭の中で繰り返された。

 ただ一つ分かることは大好きな兄が両親を殺した。それだけは分かった。

 ユウは暫く呆然としていたがやがて、

「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――っ!」

 ユウは突然叫び声をあげて発狂した。

「ユウッ!」

「ど……どうして兄さんっ!? どうしてっ!? ねぇっ!?」

 確かに自分は両親のことが嫌いでいなくなればいいとも思ったし憎しみで殺してしまいたいとも思った。だけどそれは――……

「あのままだとユウ……お前が殺されていたっ!」

 茜はユウを力強く抱き締めた。

 解ってくれと言わんばかりに。

 それでもユウは暴れ続ける。

「っ!」

 茜はズボンのポケットから注射器を取り出し暴れ続けるユウを押さえて注射をした。

 注射をされたユウはたちまちおとなしくなり眠った。

「ごめん……ユウ」

 茜はユウを優しく抱きしめ電話を掛けた。




 あれから一ヶ月が過ぎた。

 ユウは病院の一室にいた。

 あの日。

 茜が両親を殺した日。

 鎮静剤を打たれたユウは眠り、気付いた時には病院の中にいた。

 あれは悪い夢だと思った。

 そう思い兄の姿を探したが医師からは絶望的な言葉を聞く。

「キミのお兄さんは殺人を犯した容疑で今取り調べ中だ」

と。

 ユウはあれは夢でなかったと思い知らされた。

これが夢なら早く冷めてほしいと願った。だがこれは紛れもない真実。

現実だ。

 それ以来ユウは何も手に尽かず瞳には何も映さず食料等も受け付けずただベットに座り焦点の定まらぬ瞳で遠くを見続ける日々を送った。

 ユウはただ毎日人形のように座り当然衰弱していった。そんな毎日を送っていた。そしてある日ユウは自殺未遂を起こした。

 一時期危険な状態だったが何とか意識を取り戻し一命はとりとめたが病院側はユウを危険と判断し精神病院に入院させ拘束した。

 廃人。

 それが今のユウだった。

 しばらくして茜がやって来た。

「ユウ……あいつらのこと全部話したよ。虐待のこと全部。これからはあいつらに怯えないで済むよ……」

 茜はそう言い長い入院で長く伸びたユウの髪を撫でた。

「僕の罪は今後この都市の発展に力を尽くせば不問にするって条件が出されたよ……。ユウ何か言ってくれないか……? ねぇ?」

 それでもユウは何も言わずただ人形のように遠くを見ている。

 その瞳には茜はおろか何も映ってはいない。

 茜の目からは涙が零れた。

 自分はユウの為を思ってやった。

 でもそれは結局自分のエゴだった。

 ユウの気持ちを考えてやることが出来なかった。

 ユウの気持ちを考えてなかった。

 そうしている間にもユウは衰弱していった。

 ある日。

 いつもように茜が悩んでいると知り合いの病院長がある提案をしてきた。

 その内容はユウを冷凍睡眠(コールドスリープ)をさせるという内容だった。

 このままでは遅かれ早かれユウは死を待つしかない。しかし、冷凍睡眠(コールドスリープ)をさせれば時間も経つし心も安定させられる……と。

 茜は迷った。

 それはユウと長い間離れることを意味していたからだ。

だが医師が、

「どちらが最善か考えたほうがいい。賢いキミならどちらがいいかわかるだろ?」

と言われた。

 茜は迷った。

 ユウをこのままの状態で治療するか。それとも冷凍睡眠(コールドスリープ)にして時間を置くか。

「……ユウ」

 茜は服のポケットに入っていたロケットペンダントを取り出し中の写真を見た。

 そこには幼き自分と赤子だったユウを屈託ない笑顔で抱いている自分が写っていた。

この頃は一番幸せだった。

 両親も無条件にユウを愛してくれて本当に幸せだった。

 だがもうその幸せは戻らない。

 茜は覚悟決めた。そして――……




「――ユウ。しばらく僕と離れることになるけど平気? ごめんね……ユウ。こんな勝手な兄さんで……本当にごめん」

 茜は泣きそうな声でそう言いユウの頭を撫でた。

 あの日と同じように。  

やがて医者がユウに麻酔を施す時ユウは何も映していない瞳から一筋の涙を流し、

「ごめんね……兄さん……」

と呟いた。




 茜は完璧じゃない世界を呪った。

 完璧な世界なら間違いは起こさない。

 誰も憎まない。

 誰も虐げられない。

 すべてが不完全だったからこんな間違いが起きた。

 それ以降茜は完璧な世界を目指した。

 自分達のような不幸な人間を生み出さない為に。


 そしてユウが目覚めたら完璧な世界を見てもらおうと。

 みんなが間違いを起こさない幸せに生きている世界を見てもらおうと。

ユウは長い間眠り続けていた。

 その間に茜はドームを作りやがて最高責任者になった。

 いつか目覚めるユウの為に。

 そして五十年の歳月が流れユウが目覚めた。

 だが、


「ボクは……誰?」

 ユウは記憶を失っていた。

 検査の結果解離性健忘症と診断された。

 茜はユウを見た。

 ユウは不安そうな顔をしたが茜を見て満面の笑顔になった。

 茜はユウを抱きしめこれでよかったんだと思った。

 つらい過去なんか忘れてこれからは楽しい思い出をいっぱい作ろう、そう思った。

 茜は自分の仕事が忙しい時は渡会博士夫妻にユウの面倒を観させ仕事が終わったらユウに会いに行った。

 忙しくもほほえましい時間だった。

 だから微塵も考えなかった。

 渡会博士夫妻が茜に対してテロを起こすなど。

 


 いつものように茜がユウを迎えに行くといつもユウがいる部屋にユウがいなかった。

 不審に思い探していると――

 

ドォォォォンッ!!!

 

研究棟から爆破音がした。

 何事かと思い行くと爆炎の中に渡会夫妻が佇んでいた。

 そして渡会蒼は

「残念ですね、茜博士。貴方のつくった世界はもうすぐ終わる……」

「何を言って……?」

「我々はかねてから貴方様の研究に反対しておりました。完璧な世界。そんなものは存在しないと……」

「テロ……か?」

「えぇ……お察しの通りです。だがテロを起こすのは私達じゃない。ユウだ……」

「貴様らユウに何をしたっ!?」

 茜の問いに陸は、

「ぇぇ……」

 辛そうに言った。

「ただで済むと思っているのか?」

「思っていません。思っていないからやったんです」

 蒼はそう言うと、

「茜博士貴方に今一度言いますっ! 完璧な世界なんてものは存在しない。貴方も分かっている筈です。人は不完全です。だから乗り越える力を持っている」

「……乗り越えられないこともある。だから私は……」

「貴方のやっていることは子供の砂遊びと同じですっ! 自分の思い通りの世界を作って人々を管理する。そんなの砂の城と同じですっ!」

「貴様らに何が分かるっ! 不完全な世界は悲しみを生み憎しみを生むっ! 私はここドームの人間に私達みたいな人生を歩んでほしくないんだっ!」

「茜博士……」

「ユウを返してくれないか……今ならまだこのことは不問にしてやる」

茜がそう言うと。陸は透明な液体が入ったビーカーを見せた。

「我々が開発した記憶改ざん型XPR-48です。これでユウ。あの子の記憶を改ざんさせてもらいました。貴方に最愛の両親を殺された悲劇の少年として……」

「なっ!?」

「貴方はこれから最愛の弟に殺される運命を辿るのです」

「貴様等っ!」

「でも、私達はテロリストとしては死なない。ドームのことを思い研究の末に死んだんだ。空。これは私達の愛だ。お前はテロリストの息子じゃない。研究者渡会博士の息子だ。愛しているぞ……」

 そう言い銃口を顎に突き立て自害した。

 茜の目の前には二人の物言わぬ死体があった。

 そして茜は「ユウ――――――――――――――――――――ッ!」と叫んだ。

その頃悪天候の中荒野(ウィルデネス)をユウが彷徨っていた。

 茜を殺すという目標を掲げて。










「全部……思い出した……」

 ユウは涙を流した。

「――ユウが……茜博士の……実の弟」

「……」

 やがて重苦しい沈黙が流れ、

「つまり、そういことか? 記憶の中の父さんと母さんは作られた人で実在なんかしなかった。架空の人間だったんだ……」

 ユウはガクッと膝をつき、

「挙句にオレは今まで守ってきてくれてた兄さんを殺そうとしてたんだ……なんだ、それ? 笑えねぇだろ……」

 ユウはショックのあまり脱力した。

 しかし空も同等にショックを受けていた。

 自分の両親が親友をテロリストの道具にしたことに。

 空も黙りユウを見た。

 見かねた茜博士が、

「……空君。誤解しないで欲しい。キミの親はキミの事を心から愛していた。愛していたからこそあのような暴挙に出た」

 と言った。

「どういう……?」

「キミを守る為に……。例え、それが間違ったことでも自分の息子をテロリストの子供にさせない為に……それを伝えるために私はキミをここまで来させるようにした……」

「父さん母さん……」

 空は思った。

 自分の父母(ふぼ)は自分愛してくれていた。

 しかし、それは間違った愛し方だった、ということを。

 時に愛は人を狂わせる。

 それ故間違った方向にも進む。

 空がそう思っていると茜博士は両手を上げ、

「さぁ……撃ちなさい、ユウ。これでキミの願いも叶うし私も罪滅ぼしができる……ユウに殺されるなら本望だ……」

 茜は寂しげな笑顔で言った。

 ユウは茜を見上げ銃を構えた。

 手は震えており瞳は虚ろだ。そして――、

 

バァンッ!

 

発砲した。

 しかし――、

「殺してくれないのか?」

 弾は茜博士の体をスレスレでよけた。

「ユウッ!」

 ユウの呼吸は荒い。

 目の前にはずっと狙ってた敵がいる。

 そして、今自分はその敵を殺すチャンスを持っている。しかし――、

「――きない」

 ユウは銃を落とし「出来ない」と涙を流し言った。

「ユウ……」

「なんで……なんでだよ? なんで殺せないんだよ?」

「…………」

 ユウは泣き崩れた。

 自分は今まで茜博士を殺すことだけを考えてきた。

 両親を殺された。

 それは当たっている。

 変わっていない。

 違うのは憎むべき敵ではなく最愛の兄だったことだけ。

 それだけしか違わない。

 なのに――。

「もうよそうよ、ユウ……」

「空?」

 空はユウの肩を叩くと茜博士に向き直った。

「茜博士……あなたは間違いを起こしました。多分最初から……」

「どういうことだ?」

「貴方はユウを守る為だと言いながらも本当は自分を守った。ユウを口実に……」

「空……」

「ユウを守るんなら他に方法があった筈だ。警察に言うこともできたし周りに助けを求めることもできたでもそれをしなかった……何故ですっ?」

 空の問いに、

「それは私達が言っても信じてくれないからだ……」 

茜がそう答えると、

「それは嘘だっ! あなた程の人間がちゃんと言えば周りは信じる。でもあなたはそれをしなかったっ! あなたもあなたの親と同じで世間体を気にして言えなかったっ! 違いませんかっ!」

「それは……」

「言えばよかったじゃないですかっ! 周りに助けを求めればよかったじゃないですかっ! 一番ユウを悲しませたのはあなたですっ!」

「……空」

 ユウは立ち上がり、

「……オレはアンタのことを尊敬していた……兄としても人間としても……。だからオレはあの親からの虐待に耐えられた。いつも、アンタがいたから。アンタがいればどんな困難にも立ち向かえられた。だから、両親を殺したときはショックだった。どうしてって……オレはアンタさえいればよかったんだ。そうすれば……きっと……」

 ユウの言葉に茜は涙を零した。

「あぁ……そうか……。私は間違っていたのか……。ユウを守る為と言っといて自分を守り正当化していたのか……。ハハ……私はなんてバカなことをしていたんだ。なんでもっと早く気付けなかったんだ……」

 茜はそう言い天を仰いだ。

「……」

「私は完璧を求めるあまり自分の不完全には気付けなかったんだな。そして、間違ったままその間違いを正さずに生きていきてきたのか。私は本当にバカだな……」

 茜博士の言葉に空は、

「茜博士……。確かに人は不完全だし完璧じゃない。だから間違いも起こす。だけど、同時に間違いは正すことが出来る。それが、人間だ」と言い最後に「完璧な人間なんていない」としっかり言った。

 空の言葉にユウは笑顔で「そうだな」と言った。

「茜博士……今すぐドームの真実を言って下さい……。そうすれば、僕達はあなたを撃たないで済む。僕たちはあなたを撃ちたくない……」

 空は拳銃を構えた。

 しかし茜は、

「キミに私は撃てない。第一震えているぞ……」

 と冷静に言った。

「……っ!」

 確かに空に茜博士は撃てない。かといってユウには撃たせたくない。ユウにとっては茜は唯一の身内であり何より最愛の兄なのだから。

「撃ちなさい……私はもう逃げない。立ち向かいユウと……過去と決着をつける!」

 そう言い茜はリボルバーを取り出した。

「勝負は一回きりだ……どうする? 逃げるか? それとも昔みたいにまた人に頼るか? ユウ」

「……っ!」

 ユウは唇を噛んだ。

 そして過去を思い返した。

 自分が兄に依存し過ぎたこと兄に頼ってばかりで自分は成長しなかったこと。

 何もかも兄に頼ってばかりだったということ。

 自分は昔の空みたいに人に頼り過ぎていた。

 それを痛感した。

「ユウ……」

 そして、空が前へ出て、

「僕が相手になる……」と言った。

「震えているキミがか?」

 茜は鼻で笑った。

 しかし空は、

「確かに僕は弱虫です。ですけど、譲れないものがあります。それは、友達を守るということです……。ユウは僕にとってとても大切な親友です。僕もそうですし誰だって親友が悲しむところは見たくありません……だから、僕はユウを……友達を――」

「守るっ!」

 空が叫ぶとユウが空の肩を掴み「オレがやる」と言った。

「ユウッ……」

「オレがやるんだ。過去と決別するために。人に頼ってばかりじゃいけない」

「だけど、ユウッ!」

 するとユウは、

「平気だ。オレは必ず過去に打ち勝つ……」と言い「空……オレが今までお前に嘘をついたことあったか?」空に顔を近づけて聞いた。

 空は少し黙り、

「無い」と答えた。

 ユウは微笑み床に落とした拳銃を拾った。

「いいのか? ユウ。これで……」

 茜の問いにユウは「あぁ」とハッキリ答えた。

「オレはアンタに依存し過ぎた。頼り過ぎた。それがオレの間違いだった。だから、オレも自分で自分の間違いをただす……」

 そう言い銃を構えた。

 茜も無言で銃を構える。

「勝負は……」とユウ。

「一瞬……」と茜博士。

「だっ!」と二人が同時に言うと同時に発砲した。

 

カランカランと乾いた薬莢の音がする。

「くっ! やっぱりな」

 そう言い茜は撃たれた胸を押さえその場に倒れた。

「兄さん……」

 ユウたちが駆け寄った。

「また……兄さんと呼んでくれたな……ひさし……ぶり……だな……」

 茜博士はそう言った。

 その時空が薬莢が一つしか転がってないことに気付きリボルバーのシリンダーから弾を抜き出した。すると中は空だった。

「空……砲」

 茜博士はフッと笑い「見破られたか……」と呟いた。

「どうして……?」

 ユウの問いに茜は、

「わたし……には……もう……だれも……いない……家族も……友達……も」

「兄さん……」

「ユウ……おお……きく……なったな。お……まえ……は……私が……いなくても……もうだいじょう……ぶのよう……だな……。お……まえ……には……友達が……いるん……だから……な……」

 そして茜博士は目を閉じた。

 ユウは声を殺して泣いた。

 その時空がユウの頭を撫でて、

「泣きたい時には泣いていいんだよ。泣きなよ。思いっきり……」

 ユウは、

「空の……くせに……生意気……だぞ……」

と言いそして大声をあげて泣いた。

 普段のユウとは考えつかないくらいに。

エピローグ



「もう平気?」

「……あぁ」

 あれからユウはひとしきり泣いた後今現在落ち着き始めた。

 そして、ユウは茜のパソコンに行き橘から渡されたディスクをセットした。 

 それにはドームのやってきたことが事細かに書かれていた。

 二人は唖然とした二人の知らない事実ばかりだった。

 空はパソコンを操作して電波をジャックしディスクの内容を流した。



 ドーム都市が崩壊する。

 それは砂で作られた城のようにもろく儚く。

 ドーム都市は人工太陽の夕陽を受けただ滅びの時をじっと受け止めている。

 街から煙が上がる。

 それは、この作戦が成功した証だ。

 そして滅びゆく世界。

 ただ静かにゆっくりと壊れている。

 波にさらわれ崩れる城のように。

 その様をセントラルタワーの屋上から見守る空とユウは崩壊の時を見ていた。そしてユウは、

「世界なんて不確かだ……」

と小さく呟いた。

 すると空は、

「だからこそ人は強くなれるんだと思うよ……今だったらそう言えるな僕は……」

と崩壊する街を見て言った。

「…………」

 二人は黙りやがて、

「これで本当に終わりだな。ドームの掲げた理想も何もかも……」

 ユウが寂しそうにそう言った。

 その言葉に空は、

「これで……良かったんだ。完璧な世界、完璧な人間。そんなものは無いんだから……」と言い「それにこれは終わりじゃない……」

 朝、青空だった立体映像(ホログロム)はもう夕暮れに変わっている。

 風が吹く。

 明日へ続くと風が。

「新しい明日への始まりだ」

と二人は良い顔を見合わせ、やがて表情をほころばせ固い握手をした。

 夕闇の染まる街並みの中。

 明日への道を信じて。

 そして、

「オレ空に黙っていた事があったんだ……」

とユウは言った。

「オレの本当の名はユウじゃないんだ……」と言い「オレの本当の名は――」




 ――半年後。

「もーりっ!」

 ハルキが勢いよくドアを開けた。

「なんだ? いきなり……」

「空から手紙が届いたんだっ! 今度こっちに遊びに来るって……」

「あぁ……そう言えば空は今町建設に忙しいものな……」

「本当久しぶりだよな……」

 ハルキは懐かしむように言い椅子に座り机に頬杖をついた。

「女が頬杖をつくものじゃないぞ」

 森の言葉に、

「誰も見てないから良いんだっ!」とふんぞり返りながら言った。

「ワシが見てる……」

 森の呟きにハルキは「おっさんは別……」

その言葉に森は溜息をつき「しかし、お前さんも変わったなぁ……」

森はハルキを見て言った。

「……」

 あのドームの突入事件の後ハルキは長かった髪を切り今はボブカットだ。

「失恋、か……」

 森の言葉に、

「失恋じゃねぇっ! イメチェンッ! イ・メ・チ・エ・ンッ!」

力強く言い森は呆れながらハイハイと相槌を打った。

「……ったくっ! デリカシーがねぇんだからっ! っていうか、さっきから何の手紙持ってんだ? 大事そうに……」

 森は先程からハルキが持ってきた手紙とは別の手紙を大事そうに持っている。森は手紙を見て「娘からだ……」と言った。

「えっ!? 娘っ!? 森……娘居たのか?」とハルキは意外そうに聞いた。

「そんなに以外ではないだろう。結婚してるんだから娘が居ても」

「ま……まぁ、そりゃそうだけど……で、手紙にはなんて?」

「あぁ、会いたいと。自分ももう大人になったから母親を連れて今週会いに来ると言っている……」

 そう言い同封されている写真を見た。

「そうか……あの娘(こ)は二十歳(はたち)になったのか……」

 ハルキは写真を覗き込むと、

「っ!?」

 絶句した。

「誰? この美人?」

「娘だ」

「似てねぇ―――っ!」

 ハルキの言葉に森は、

「娘は別れた妻似だからな」

と言った。

「そういや一応聞くけど離婚原因、何?」

 ハルキの問いに、

「何だ? 藪から棒に……」

「なんか気になったから……」

 森はため息をつき「結婚記念日を忘れたからだ……」と呟いた。




「雲英……橘さん来たよ」

 寂しそうにそう言い空はお墓に花を供えた。

 黙祷(もくとう)をし帰ろうとすると、

「あっ!」

 ユウが居た。

「お墓参り?」

「それ以外ここに何に来る?」

 そう言うとユウは茜博士のお墓に花を供え黙祷をした。

 ユウが黙祷をし終え帰ろうとすると空が、

「まだ茜博士の事後悔してる?」

と聞いて来た。

「…………」

 ユウは無言だった。

 二人は暫く無言で歩きやがて、

「オレ、さ……」

「兄さんの事尊敬してたし好きだった。兄さんもオレのこと好きだった。だからドームを創ったんだよな……」

「……」

「結局今回の事件の原因はオレのせいだったったわけだ……」

 ユウの言葉に空は、

「それは違うと思うよ……今回の事は愛するゆえに起こった事だよ。それが、少し間違った方向に行っただけだよ……」

「……」

「それに茜博士はきっと最後は幸せだったんじゃないかな。でなきゃ、あんなに安らかな顔で死ねないよ……」

「空……」

「僕の父さんと母さんも僕の事を愛していた。だけど……」

 空は両親の事を思った。

 自分のことを思いテロリストの息子として生きさせない為に。

 両親のしたことは許せない。

でも、だからといって嫌いにもなれない。

「複雑だなぁ……」

 空がため息交じりに言った。

 その時ユウが、

「お前の親は本当にお前のことを愛していたと思うぞ。実際の記憶でもお前のことをよく話していたんだからな」

と言い首に下げているロケットペンダントの蓋を開け写真を見た。

 茜博士が持っていた赤子だった自分とそれを屈託ない笑顔で抱いている子供の頃の茜の写真だ。

「家族って複雑なんだよな……愛し方ひとつで優しい愛にも歪んだ愛にもなっちまう……オレの家族がそうだったように」

「それでも茜博士は愛してんだと思うよ。どんな時でも……心の底からきっと……」

「空……」

 その時空は時計を見て、

「やばいっ! 休憩時間もうすぐ終わりだっ! 作業に戻らないとっ!」

 そう言い待ち建設場に戻る時、

「じゃあまたねっ! 夕陽(ゆうひ)っ!」

とユウの本当の名を言った。

 ユウは晴れやかな笑顔で、

「またな空っ!」と言い手を振った。

 二人は大空の下別れを言う。

 広大な空の下。

 ふと二人は空を見た。

 空にはきれいな夕陽が浮かんでいた。

                                     終わり         

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ウィルデネス 沢渡六十 @mututo

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