第31話 モエモエ、バキュン

 この世界の神が、僕なんかよりもよっぽど酷そうなシミュレーションゲーム脳なのが判明したところで、僕がやるべき事は何も変わらない。

 むしろ、ここの神様がメード喫茶文化は適用しないと判断したのを後悔させてやろうとすら思い始めている。


「ありがとう聖薇ちゃん。この世界にはどれだけ理不尽な外的要因が働いているのか理解できたよ」

「セーラは詳しく知らないけど、元いた世界のキャラクターが意図的にこちらへ送り込まれたのかもしれないねとアッキーが言ってたから、おにぃも思い当たる節があったみたいね」

「うん、ほぼ符合してるキャラクターは特定できたよ。どんな方法で成し遂げられたかはまるで分からないけど、存在するはずのない存在を現出させて、歴史を大きく改変させるほどの影響を与えるとか、さすがにやりすぎだろって思うよね。この世界の住人が可哀想だよ……って、それほど可哀想な状況でもないのかな?」


 可哀想、という表現に、聖薇ちゃんはピクリと眉を動かした。


「色々な見解はあるけれど、可哀想な側面があるとしたら、非人道的な奴隷文化が未だ根付いていることとか、他民族が一気に流入してきたことが契機となった人種差別の拡大とか、それらが複合的に影響して貧富の差が深刻化したこととか、かな」

「奴隷文化って、いつ頃から根付いたの?」

「キリシタン大名の時代では聖隷として使われたのが浸透していって、一部の心無い権力者が傲慢な考えで奴隷制度として悪用するように改変していって、時代を経るとと共に徐々に規制はされていったけれども、戦争中に捕虜の扱いが過激化したり、同盟国からやってきた美しい娘を物扱いしては陵辱するおぞましい集団事件が発生したりと、まあ調べれば調べるほど憂鬱になる話だから、それも興味があるなら自主的に調べてほしいな。けして、おすすめはしないけど」


 薄い本が薄い本であり続けるのには理由があるなと思うような、商業には上げられなさそうな凄惨な過去が、ダンケな人達にもあるようだった。

 僕は、かわいそうなのはぬけない。事後もダンケと言ってもらえる間柄でいたい。


 思い出すだけでも聖薇ちゃんはつらそうだ。これ以上は追求しないでおきたい。

 でもひとつだけ確認させてほしい。と、僕は今後の活動にとって支障になりかねない要素についての質問をした。


「じゃあ、気になっている事をひとつだけ聞かせてもらうよ」

「うん、どうぞ」

「メードさんは奴隷文化に関係していないよね?」


 聖薇ちゃんの顔が、やんわりと歪む。

 それは、苦渋の顔ではなく。

 ほくそ笑む、の類だった。


「メードさんを奴隷にするとかとんでもないよ。この世界においては、最強の名を欲しいままにした女戦士の戦闘服として語り継がれているのですから、恐怖を覚える人こそいたとして、とても奴隷になんてできる肝の座った人物はいないでしょうね」

「えぇ……」


 想像の斜め上を行く回答だった。

 そのメイドさん、ナイフ使いだとか二丁拳銃使いだとかその手合だよね。


「じゃあもしかして、メード服を売ってるとしたら」

「模擬軍服のお店だね。ただし、戦闘用に特化したデザインになってるから、お店で着るには合わないと思う」


 ミリタリーショップで売られてるメード服とか恐ろしげなんですが。

 服の内側にポケットたくさんありそう。

 あ、でも好みのうるさいお客さん用に調味料を忍ばせておくには良いかも。

 いやそれ、戦闘服を着てスイッチ入っちゃったアムちゃんにとっては目潰し用にならないか?


 きたる開店の日までに、メード服は戦闘服だとの印象を取り払い、屈強な男たちが集うミリタリー色の強い店として評判を呼ぶなんて事にならないようにしなければ。


+*+*+


 ストーブの前で猫化して寝ているアムちゃんを撫でて別れの挨拶をした聖薇ちゃんが帰っていくのを見送ると、先ほど聞いた話から得られた情報を踏まえて、明日からの方針を軌道修正するため案を練り直すことにした。


 メード服が畏怖の対象となっているのであれば別の服にする事も考えたいが、一般には迷彩柄の服と差のない扱いなのであれば、一風変わった服装だなと思ってもらえる程度で済むかもしれない。

 けれども、この服装一本で行くのはリスクが伴いそうなので、メード喫茶と名乗るのは止めて、曜日ごとか週替りで服装や内装が変化するパターンで行くのが良いだろう。

 メードさんの紺色ではなく空色の服にすれば、アリス風になって金髪の二人にはぴったりだし、ケモミミを買ったのでケモノ風もいける。ここでは馴染みがあるらしいディアンドルをアレンジするのもいい。アムちゃんにとっては正装とも言えるジャージだって、好きな人は好きかもしれない。

 用意する側のチアキさんには初期投資が嵩んでしまうだろうが、切れる札は多ければ多いほど、揺らいだ際に立て直すことが出来るだろう。


 風変わりな服を着ただけで客が呼べて商売になるのなら楽なものだが、そんな甘いものではないだろうし、何より僕が満足できない。やるからには、その服に合致した応対を出来るようになってもらう。

 これは忙しくなりそうだ。そして、三人には特訓を受けてもらわなければ。


「にゃ〜」


 ぬくぬくとした環境で気が緩みまくり、寝言まで猫化してしまったアムちゃんを鬼教官の目で睨みながら、明日から始まる拷問のようなシゴキに恐怖で歪んだ顔を想像しながら、僕は昏い笑みを浮かべるのだった。


+*+*+


「え、当然知っててメード喫茶を提案したんだが?」


 あっけらかんと返答するチアキさんの憎たらしいまでの呆け顔を見ながら、予想はしていたものの僕の思念は掻き乱されてしまった。

 それは、この世界ではメード服と言えば戦闘服と認知されているのは知っているのか、の問いに対するものだ。


「メード服が戦闘服だと思い込んでいるお客さんは、メードさんが給仕をしているお店と聞いたら怖がって近寄らないなんて事になりませんか?」

「え? レンヤくんってあっちの世界のオタクだったのに、戦闘服が萌えビジネスの欠点になるって思ってるの?」


 とぼけているのか、いつも通りの口調だけに判別はできないが、オタクのなけなしプライドを傷つけられるような発言をされたのには悔しさが湧く。

 戦闘服と認知されているのが有利になるって、一体どのような理由なのか。


「なんてこったい。そんなんじゃ一流の萌えミリPにはなれないよ」


 萌えミリ――あ。


「そうだよ。萌えミリ。大抵の擬人化作品、女体化人物が軒並み萌えミリに属しているの、気付かなかったなんて言わせないよ。この世界に顕現させられた美少女化する艦船だって軍艦だし、女体化された戦国武将達も軍人だ。パンツじゃないから恥ずかしくないと言い張っていた娘たちだってそうさ」


 えっ、この世界にはマジで天使なエーリカちゃんが実在したのか?

 と、それはさておき言われた通りだったので、今回は僕の完全敗北だった。

 そうだよ、萌えミリの文化は広く一般に受け入れられ、その筋に属する屈強な男にはもちろんだけど、中肉中背な平々凡々君にだって、戦闘行為にはまるで縁が無さそうなヒョロガリ君にも受けまくっているのがあちらの世界の常識だったじゃないか。


「もちろん、動物の擬人化も多くの例があるし、妖怪なんて空想の生物なんて古来から擬人化されてきた古株はあるけれど、近年の萌えブームに乗って大きく発展したのはミリタリー勢が大半だ。女体化とイケメン化なら武将勢ばかりだ。異論はあるかい?」

「ありません! EMT! EMT!」

「よろしい」


 つい古傷が疼いて叫んでしまったが、それは屈服宣言に等しかった。

 そうだよ、何で繋がらなかったんだ。ドイツの軍服風の衣装をオーダーすることを心に決め、後で提案しようと思っていたのは他でもない僕じゃないか。

 聖薇ちゃんは喫茶店の制服としては似合わないと言っていたけど、そうじゃない。似合うと思える文化が認知されていないだけなんだ。


「つまり、チアキさんはメード服の採用を皮切りとして、この世界にも萌えミリブームを起こそうとしているとか?」

「勘のいいボーヤ、しゅきい!」

「気味の悪い声を出さんでください」


 本当に油断ならない人だ。

 メード服を平易な萌え要素の付加としてではなく、萌えミリ文化の火種として用いるつもりだとは。

 歴史の大きな転機となった事件に関わるほどのインパクトを与えて存在が知られていながらも、文化として育つことのなかったこの世界の歪な構図を正すかもしれないそのビジネス。

 見方を変えてみれば、歴史上に現存するからこそ結果として揶揄するような文化は糾弾され、伏せられてきたとも考えられる。もしかするとこれは禁忌なのかもしれない。腫れ物に触る無謀な挑戦なのかもしれない。

 だが、向こうの世界からやってきた僕には、成功の二文字しか見えなかった。

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