第32話 鬼シスター降臨
「おらー! 腹から声出さんかーい!」
「あ、あいあいさー!」
サングラスを掛けた鬼教官と化した教会のシスターが、それこそ二丁拳銃でも持っているのが似合いそうな出で立ちで三人の戦闘員達を鼓舞している。
しかしこの聖薇ちゃん、ノリノリである。
ご近所さんと信徒さんが離れていったらどうしよう、と僕が心配になるくらいに。
普段着としているアムちゃんはもちろんのこと、今日はエリスちゃんとユノちゃんもジャージ姿だった。
名目としては体力測定だけど、基礎体力が低いのであれば向上させたいし、苦手な動きがあるのなら事前に把握しておきたい。
何しろ喫茶店の方針が、ミリオタ予備軍の人に好んでもらえるのが条件となったのだ。軍人らしいキレのある動きを期待される可能性が大いにある。
「おいおにぃ、息が上がってるぞシャキッとしろい!」
「あいあいさー!」
最初の種目である中距離走で、最も遅れを取っているのは僕だった。
いや、何で僕もやらされてるのこれ。
トラックに見立てた遊歩道は一周約三百メートルらしく、それを五周して千五百メートルを完走するのが第一の課題となっている。
先頭を快調に飛ばしているのはエリスちゃん。大きく離れてユノちゃん、更に離れてアムちゃん、三周目にして周回遅れになりそうな僕の順だった。
初めのうちは一緒に走ろうとしてくれたアムちゃんだったが、一周もしないうちにほぼ歩くのと変わらないほどペースダウンしてしまった僕に向けて飛んできた聖薇ちゃんの檄に、馴れ合いが許される空気ではないと悟ったアムちゃんは哀れな子羊である僕を置き去りにして先へ行ってしまった。
神も仏もありゃしない。
「いい大人がそんなんじゃみっともないわよ。ほら、少しは気合いを入れなさいな」
励ましの声と共に、小さな手が僕の手を取っていた。
訂正しよう。捨てる神ありゃ拾う神ありか。
「ありがとうございます。と、その様子だとヨシエさんも軍用魔法少女として喫茶店戦線に加わっていただけるのですね」
「魔法少女を軍用犬みたいな扱いにしないでよ! ……ううん、週一くらいならヘルプに入ってもいいよってだけだからね」
なら全力で勘違いさせてもらうだけですよヨシエさん。
見た目だけなら小学校低学年のヨシエさんの体躯に合うジャージは無いのか、着ているのは体操服のみ。短パンの丈が膝下にまで届くくらいに長いように見えるが、それだけヨシエさんが小さいだけにも思える。
しかしこの凍えるような気温の中、半袖半ズボン姿とは、さすが子供は風の子と呼ばれるだけあるのか。いや中身は四――げふん、まだ三某でしたねすみません。
三周に到達したところで棄権を申し出て、鬼教官から渋々受理される頃には、エリスちゃんが柔軟体操を始めていた。
柔軟体操のはずなのだが。
油の切れたロボットのようにぎこちない。
続いて周回が終わったユノちゃんは、マシュマロみたいにふわふわと柔らかな動きを披露した。なんとも気持ち良さそうな身体だ。いや深い意味は無くて。
アムちゃんはよろめいて倒れそうになりながら到着し、これまた異様な柔らかさを披露した。ストーブの前で丸まっていた様子から予感はあったが、やっぱりこの子の身体構造は猫の類なのだろう。
最後にヨシエさん。
固い。エリスちゃんよりはマシに見えるが、そもそもの基本的な動作が子供っぽくない。
腕を上にあげようとして痛がる様子を見せるものだから、もしや四十肩なのかと疑ってしまう。
全員が揃うのを待ってからスラロームらしい種目が始まると、温まってきたのかアムちゃんがジャージを脱ぎ捨てた。
それを見てエリスちゃんも脱ぎ捨て、ユノちゃんも続いた。
三人とも、かの世界では失われたブルマーを装着しており、冬の弱い陽光にも艶やかに輝く太ももがとても眩しい。
「私はもう二度と穿かないわよブルマーなんて。この世界の教育委員会をセクハラで訴えてやろうかしら」
辱めを受けた過去を呪うようにヨシエさんが毒づいている。
魔法少女の正装がブルマーだと統一されていたなら、こんな悪印象を抱かせる事はなかったかもしれないのに。
「君が今、私のブルマー姿を想像したのは分かってるんだからね?」
その上、被害妄想まで持ち合わせているらしくて厄介な案件なので触れないようにしておこう。
そう言われて想像しないのは
その後も、決して太ももとお尻の鑑賞目的ではなく、三人の身体能力を確かめるために眺めていたけれど、傾向としてはアムちゃんは持久力以外は高水準、ユノちゃんは身体の柔らかさは特筆ものだけどそれ以外は平均的、エリスちゃんは持久力に優れてどの種目も疲れを見せずに真っ先に終わらせるが動きが雑で身体の固さも目立った。
エリスちゃんが転んで絆創膏と仲良しになる場面も三回は見た。
うん、そうだね。あわてんぼうドジっ娘属性も高得点が見込めるよね。兵士としては落第ものだけど。
メード喫茶でも架空のキャラクターでは定番の属性なんだけど、実際にやられるとクレーム必至なので厄介だから、ガチなドジっ娘は歓迎できないかな。
「で、おにぃはいつまでそこで休んでるのかな?」
「いやもう棄権で」
「いつまでそこで休んでるのかな?」
「……あいあいさー」
鬼教官は弱音を吐く態度を許さない。
後で特製の料理を奢ってあげるから、と開始前に交わした約束を信じて、再び戦地に赴く決意をした。
そもそもなんで聖薇ちゃんが鬼教官役をやっているのかは、僕が今日は鬼教官となって三人を鍛えるつもりだと打ち明けたら、そんなの絶対おにぃじゃ務まらないから任せて、と豪語された結果であるとしか言いようがない。
確かにこんな示しの付かない体力しか無い自分では務まらなかっただろう。
一方の聖薇ちゃんは、中学生時代は元陸上部のエース級で、走り高跳びで全国入賞を誇る実力者だっただけに、身体の鍛え方については間違いなく任せられるだけの知識がある。
そんな華々しい過去があるのに陸上界を引退したのは以外にもこの世界に来るより前で、背面跳びがルール違反になる大会で、育ち盛りだった胸がバーに引っ掛かって記録が伸びなかったという悲しい過去があったせいだったりする。
ついでに、その大会はスポーツチャンネルで中継されており、それを録画していた個人が、胸が引っかかってバーが落ちるシーンをダイジェストに編集して動画投稿サービスに投稿しては視聴数を稼ぐなんて悪行を働いたせいで、少なからず聖薇ちゃんの心に鬼が棲む要因となったとかなんとか。
「ほら、もっとつま先に意識を持ちながら跳ばなきゃ!」
なので、体力測定だったはずの走り高跳び競技が、すっかり技術向上のための指導へとすり替わっていた。
跳躍についてはアムちゃんとエリスちゃんはほぼ差が無かった。でも、ベリーロールでバーを上手く
ユノちゃんは跳躍が苦手らしく、マットにほぼそのままダイブしていた。まるで、マットと自身のふわふわ感勝負をしているみたいだ。
最後に居ても立っても居られなくなった聖薇ちゃんが、今から競技に復帰しても通用するんじゃないかってくらいに華麗な跳躍を披露して、体力測定は無事に終了した。
もちろん僕だけは居残りで。
「おにぃは全種目が済むまでご飯抜きだからね」
鬼だ。鬼が居る。
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