第23話 イヴの夜に執り行われる儀式

 クリスマスイヴの夜は、一年で最もお盛んな行為が行われる日。

 ついにこの僕にも機会が訪れたようだ。

 しかしその相手は、聖薇ちゃんでもアムちゃんでもない。さっき知り合ったばかりの、ひと桁年齢の幼女である。

 例え世界が変わっても倫理規定逸脱不可避の暴挙だ。

 断らなければならない。


「ってちょっと、あんたの余計な一言のせいで勘違いしてるでしょこの顔」

「このシチュエーションで、あなたと合体したいなんて言ったら、子供を仕込む展開になる以外に想像できないでしょ。自業自得ですよ」

「合体したいなんて言ってないから! それにまだこの身体は……」

「人生二度目のお赤飯祝い、これからでしたか。その日が楽しみですね」


 チアキさんの股間にグーパンチが炸裂していた。


「君もまさか、本気で期待してたりしないでしょうね。このちんちくりんな身体に」


 自分の身体を掻き抱くヨシエさん。

 うん、確かにこの身体ではさすがに厳しいかも。


 さて、と言ってヨシエさんは枕元から可愛らしいデザインの杖を手に取った。

 それはいわゆる魔法少女の変身ステッキだ。間違いない、僕にはわかるんだ。

 この状況で突然、見た目相応の可愛らしい趣味をひけらかすのは虚を突かれたが、もしかしたら大人の身体に変身して僕を受け入れられるようにするのかもしれない。

 それならちょっとは期待して良いかもな。


「繋がるってのは、こういうことよ」

「ひゃっ」


 可愛い変身ポーズを繰り広げるため振るわれると思った杖の先が不意に僕の額へと当てられ、ひんやりとした感触に思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまったので、ちょっと恥ずかしい気分になる。

 しかしヨシエさんの真剣な表情を前に、赤面していられる状況ではないことに気付いた。


「破ッ!!」


 裂帛の号令と共に、僕の脳内に直接流し込まれてくる知識の奔流。

 時間にすれば十秒にも満たないだろう間に、様々な事象が脳内を駆け巡っていった。まるで噂に聞いた走馬灯のように。


 ヨシエさんがこの施設に来てから研究してきた、転生にまつわる情報が流し込まれ、僕がこの世界に喚ばれた理由が垣間見えた。

 チアキさんの技能を活用し、意図して招いたのはヨシエさんの仕業だったのだ。

 聖薇ちゃんが僕を望んでいるから、拾ってくれた恩返しをしたくてクリスマスプレゼントにしたかった、などという割と身勝手な理由であることもわかってしまった。巻き込まれてプレゼント扱いされた僕は一方的に被害者である。

 でもそれを非難するつもりはさらさらない。だって僕には、聖薇ちゃんとの再会と、アムちゃんとの邂逅という二つのビッグプレゼントが贈られたのだから。


 あとついでに、ヨシエさんのお召し物が紫色で統一されているのもわかってしまったが、それは来年プレゼントにしてほしいという意志の表れなのだろうか。


「ふう……言葉で説明すると長くなるから最初からこうしていた方が楽だったかしらね。必要以上に情報が伝わってしまうから受信者の負担も大きいのが玉に瑕だけど。ね、身体に変なところはない?」

「ええ、紫色はちょっと変かなって思わなくもありませんが、結構似合っていると思いますよ」

「は? ……よくわからないけど、思考が混乱している以外は問題無さそうね」


 まさか自分の下着姿が脳内再生されているとは思っていないのか、ヨシエさんは安堵の表情を浮かべていた。

 一方で、先ほど殴られたダメージが残った様子のないチアキさんがニヤニヤ顔を浮かべながら会話を継ぐ。


「これで二人と経験したことになったなレンヤ君」

「そういう言い回しはしなくていいですから」

「仏道に属する私は脳内の記憶を呼び醒ますのに加えて、輪廻転生の理を扱って並行世界の記憶を複製する能力がある。一方で神道に属するヨシエさんは付喪神の分祀によって知識を授ける。ってのはネタバレとして面白くないので、魔法少女が魔法のステッキで君に魔法を掛けたんだと思ってくれ」

「ですよね、このシチュエーションじゃ」

「は、恥ずかしいんだからねっ」


 唐突にツンデレ魔法少女属性を帯びたヨシエさんの姿を見ながら、どうせやるなら覚悟を決めて魔法少女らしいフリフリドレスを着て欲しかったと思ってしまう。


「仕方ないじゃない、私がこの孤児院に来た時に見つけた中で、付喪神を宿すに最も都合の良い形をしているのがこの魔法ステッキだったんだから……」

「では次に記憶伝達の儀式をやる時までには魔法少女の服をちゃんと用意しますので、キメキメでお願いしますよ。あ、魔法少女dayも企画しちゃいますか」

「だから私のこと魔法少女って言うなーッ!!」


 クリスマスイヴの夜に不思議な魔法を掛けられた僕は、やっぱり童貞を捨てる機会がないまま次の日を迎えたのでした。


+*+*+


 朝チュン――


 いつもと違う天井。

 両腕に当たる柔らかな感触。

 弾力に差はあるものの、どちらと優劣は付けられない心地良さがある。

 微睡まどろみながら、感触をもっと楽しみたくなって肘を弾力の渦中に沈めていく。


「あふぅ……」「にゅう〜……」


 両耳に届く脳が蕩けるような声。

 肘を包む温もりが、今は人肌が恋しくなる冬の朝であることを忘れさせる。

 夢見心地の気分で、再び眠りに落ちそうになりながらも、頭の片隅では昨日の夜を思い出していた。

 ヨシエさんに魔法を掛けられた後、脳内に負担を掛けた反動か急に眠気に襲われたため、ちょうど布団の上にいるから都合が良いやと後の事は忘れて眠りに落ちることにした。

 どうやら今は、その眠りから目覚めようとしている時らしい。

 その状況から察するだけでは、両腕の感触が説明できない。


「とうさまぁ……」

「おにぃ……」


 最近になって良く聞く声と僕への呼称。

 彼女たちはまるで違うようでいて、実によく似ている。

 どちらも甘えんぼで、おせっかいで、僕に尽くそうとしてくれる。

 僕のためなら身体を授けてもいいなんて言ってくる。

 そうか。彼女たちはクリスマスイヴの夜に描いた想いを、僕はどちらも果たしてあげられなかったのか。

 互いの身体に触れ、体温を分け合い、分かち合うひととき。

 同じ寝具の上で一体となる体感。

 どちらも、叶えられなかったんだな。


「ごめんな、二人とも」


 目を開けて、首を左に巡らせる。

 ――アムちゃんとキスしそうになった。

 眠りの淵から半覚醒し、慌てて右側に倒す。

 ――聖薇ちゃんとキスしそうになった。

 再び天井を向いた時には完全に覚醒した。


 僕は自分の与り知らぬ間に、一夜にして二人を攻略した豪の者となっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る