第22話 三位一体

「むかーしむかしのことじゃった」

「あんたはしばらく黙っててくれ、話がややこしくなりすぎるから」


 揚々と昔話の語り口で導入を切り出していたチアキさんを制し、ヨシエさんが語り出す。


「私は八年前にこの世界へ転生したの。胎児からのスタートよ。なので正しく転生と言えるわね。こちらに来てからの記憶としては二歳ごろまで曖昧で、やっぱり素体に備わる脳内のシナプスが発達してからじゃないと、考えるにも記憶するにもままならないんだって気付いたわ」


 口調はいかにも大人の女性だった。声は間違いなく幼女の極めてハイトーンなそれだったので違和感がありまくりである。


「ただ、それからは順調だった。なかなか思うように動かない身体と折り合いを付けるのが難しかったけれど、それ以上に難しかったのが元からあった知識との折り合いね。まだ言葉を覚え始めたばかりの子が、ごく限られた行動範囲と対人関係からだけでは知り得ないような知識を露呈したならば、親は我が子に悪霊が取り憑いたのではと不安に思い、混乱に陥るのも無理のないことでしょう。幸いにも未熟な脳でも知識の肉付けによってその可能性に思い至っていたけど、数年に及ぶ時間の中で気を緩めること無く意識して年齢相応の言葉を選ぶなんて上辺だけの芸当はやがて破綻したわ」


 暗くて定かではないものの、そう語る顔には苦渋が広がっているようだった。


「三歳になるまでは覚えたての簡単な単語だけを言っていればなんとか誤魔化せていたけど、四歳になる頃にはそうもいかなくなって、ちぐはぐな話し方になってしまっていたから次第に気味悪がられて、両親よりも祖父が強い拒絶をしたことから家族の関係が悪化して、母がノイローゼを発症したことからやがて私を育児放棄するようになって、代わりに育児をする自信のない父は私を家族から切り離す方法を取る決意をして、この孤児院に預け今に至る。ってのが私の身の上話ね」


 かなり重い話だった。胎児への転生となった場合はそれほどに困難な状況に立たされるわけか。天才児として華々しくデビューして無双する、なんて有り得ないことなのだと思い知る。

 我が子が普通ではないと家族に疑念を持たれたら、家族に守られなければ生きられない幼子にとっては致命的なのだろう。


「孤児院に来てからは基本、おバカな子達を適当にあしらっておけばいいだけなので気楽に気儘にさせてもらってるけど、さすがにシスターセラには会って早々に勘付かれて、私が転生した存在であることを白状することになったわ。結果として理解者が出来たことで私の危うかった立場がそれなりには確約されて助かっているんだけど」

「セラ嬢は転移者だけど、同じような経験をしたから情報を共有して助け合おうって考えで動いてくれるから私も助かってるよ」

「チアキは大人の身体に転生したから、私みたいな綱渡りをしてないじゃない」

「そんなことないぞ。臨終を言い渡されて皆が泣き崩れている中で蘇生し、何事もなかったように皆へ話しかけ、中身が入れ替わったとしか思えない人格の変わりようだったら代わりに心臓が止まりかける人が出るくらい驚くよね。そうしたくてしたわけじゃないんだけど、元の人の死を悲しんでいた人たちには悪い事をしたと思っているよ。そこから逃げ出して、この場所で人権を得るまではそれなりに苦労したもんだ」


 チアキさんの述懐はいつも通りに飄々ひょうひょうとしていたためそれと感じにくいが、そのシチュエーションを想像してみたらなるほど確かになかなか壮絶な状況に陥っていそうだ。

 しかし意外なことに、そこからは声のトーンが上がり始めた。


「まず、金髪のチャンネーになってるのが夢としか思えなかったから、煩悩の赴くままにあちこち触りまくるわけよ。胸は揉み心地の良いボリュームだし、股間にはぶら下がったモノが付いてないし、何より髪が邪魔でならんなと思ったが鏡を見たらメチャクチャ似合ってたもんだから覚悟を決めて、再び髪を宿す喜びを感じてみようってなったわけさ」

「ツルッパゲの生臭坊主が転生したら、ウェービーな金髪でナイスバディの魅力的な女性の身体に代わるなんて、なんだかんだ徳を積んでたってことなのかしらね」

「何言ってんのさ。私は野郎だった頃から両刀よ。人類皆平等に愛せる博愛主義者なんだから身体がどっちだなんて関係ないね」


 僕は思い出していた。会って間もなく、チアキさんの中身はオジサンではないかと思っていたことに。

 悪い予感は当たるものだ。

 なるほど考えてみれば、チアキという名は男性名としても特に珍しくない。

 でも、心に珍宝を持っている女性も珍しくないのだと信じていたかった。

 現実では予感をさらに上回りそうな発言をされているが、敢えて触れないでおこう。危険な香りしかしない。


「こいつのせいで話が脱線したから修正するよ。あ、私は正真正銘の女性だからこいつの話と混同して記憶を捏造しないでね」

「そうだそうだ、胎児の女の子に転生するのは、転生前も処女を守り通していた女性だけだと決まってるんだぞ」

「積極的に捏造してんじゃねー!」

「まあまあ、正統派の巫女として立派な行いですから胸を張ってください。あ、今はあんまり張れないですか」

「このスケベ坊主が、自分の胸を揉みながら勝ち誇った顔すんな!」


 ハアハア、と息切れし始めた芳恵さん。そりゃこれだけ威勢よくツッコミ続けたら、幼女の体力じゃ持たないよな。

 助け舟を出してあげたくなり、口を挟むことにした。


「お聞きした話からすると、チアキさんは寺院の、ヨシエさんは神社の関係者なのでしょうか?」

「そうよ、二人とも実家がそうなの。皮肉よね、転生してみたら別の宗教施設に拾われてご厄介になってるなんて。でも神道は八百万の神って教えだから、別の神様だってどんと来いよ」

「どんと来た仏様と融合しちゃう柔軟さに定評があったせいで、後で渡来してきた別の宗教にまで融合しちゃうんだもんな」

「おかげで神道色が一番薄まっちゃって、転生前の私が蓄えてきた知識があんまり通用しなくなってるんだから、ほんといい迷惑だわ」


 ぷんぷん、と擬音が聞こえてきそうな口調で吐き捨てている芳恵さん。

 発言しているのがどう見たって幼女なせいで、どう転んでも可愛らしく見えるだけになってしまい、同情まで行き着けそうにないのが悩ましい。

 こんな姿を見せられていたら、チアキさんがイジりたくなるのもわかる気がする。


「そこでコスプレ喫茶ですよ。芳恵さんの素敵な巫女服姿を見せて、神道の復権を目指しましょう」

「あんたまだそれ言ってるの。奇異な目で見られるだけだから私は嫌よ。こっちの人だって誰もやりたがらないんじゃない?」

「ところがどっこい、セラ嬢の許可も得られて、メード喫茶は採用の運びなんですよ。順調ならば巫女dayも組み込みますから、その時はよろしくお願いしますね。新たに文化を浸透させるには、本職の凄みと奥深さが必要なんです」

「まったく、勝手にやってなさいよ」


 サンタクロースの衣装を借り受ける際に、メード喫茶の請願が聖薇ちゃんに聞き届けられたと伝えると、チアキさんから誘われてグータッチを交わした。

 その際に、メード以外の衣装も日替わりで採用してみたいな例えば巫女とかな、などと言っていたのはこの事だったのか。まさか本職がいるからとは思わなかったけど。


「いい加減に本題へ入りたいんだけど……ねえレンヤ君」

「はい?」


 布団の上で胡座をかいていた僕の顔よりもやや上から、大人の表情をした幼女の声が降ってきた。ヨシエさんが僕に詰問すべく距離を縮める。


「私と繋がってみない?」

「えっ、それってどういう?」

「大丈夫、レンヤ君はロリコンの素質があるからちゃんと出来るよ」


 いつの間にか僕の背後に回り、肩をぽんと叩きながら告げてきたチアキさんの言葉が、再び今日がクリスマスイヴの夜という事を思い出させた。

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