第21話 刺客

「父様、そろそろ帰りましょうか」


 くいくい、と僕の左腕の袖を引きながらアムちゃんが言うと、負けじと右腕の袖を引く聖薇ちゃんから別の提案が出される。


「今夜は孤児院の施設内で宴会があるから来てほしいな……あっ、宴会って言うとオジサン達の飲み会みたいに思われちゃうかな。そうじゃなくて子供たちが主役のクリスマスパーティーだと思ってもらえば正解だよ。代わりにノンアルコールなんだけど」

「のんある……何かの暗号で二人だけ別行動しようとしていませんか?」

「違う違う、お酒は出ないって事だよ」


 アムちゃんは警戒するようにトーンの低い声で探りを入れてきたので、すかさず本当の意味を伝えて訂正を入れる。

 イヴの夜。どうやら僕は、二人の奪い合いによって身体を引き裂かれる心配をしなくてはならなくなったようだ。

 参加を否定するのかも、とも思ったがそんな事はなく、アムちゃんは参加の意志を表明していた。去年も開催されており、今年もやるのなら参加したいと思っていたらしい。孤児院を離れてしばらく経つため、自分から参加したいと言い出すのは遠慮していたようだ。それに、そういった派手そうな催しには積極的にならないあたりはいかにも清貧主義のアムちゃんらしい。


「それなら折角なので、ちょっと頼まれてくれないかな?」


 目を鈍色にびいろに光らせたチアキさんが、その言葉を待っていたぞとばかりに割り込んでくる。

 そして、僕の手に白色の布袋を握らせた。


+*+*+


「サタンさんだー!」


 赤く染まった服を身に纏った恐ろしい髭もじゃ悪魔に群がり、退治しようともみくちゃにしてくる子供達。

 いや本当はサタンじゃなくてサンタだからねー。怖くないよー。退治しなくていいからそんなもみくちゃにしなくていいからねー。ってかそんな勢い良くぶつかられたらマジで痛いから!


 メード服に続くコスプレ衣装を、男性用と女性用で合わせて二着も用意していたチアキさんの用意周到さに観念し、僕とアムちゃんはサンタクロースの姿で、門の前でプレゼント入りの袋を受け取ってから孤児院のパーティー会場に入った。

 途端、集まっていた子供達から手荒い歓迎を受ける目に遭ったのだ。

 開催するのは二年目ということで、サンタがどんな存在なのか理解しているのだろう。我先にプレゼントをもらおうと袋へ飛び掛かろうとする子供達を、後から入ってきたチアキさんがたしなめた。


「みんなー、良い子にしてないとサンタさんがプレゼントくれないぞー」

「「「えーやだー!!」」」

「なら一旦席に座って待ってようなー」

「「「はーい!!」」」


 保母さんの号令に従い、今度は我先にと着席していく子供達。

 すごい、完全に手なづけている。

 皆が着席したのを見てから、チアキさんは一人づつ名前を呼んでサンタの前でお礼を言いながら受け取るようにと指示をする。

 やってくるのは年長者の子の順らしく、僕とアムちゃんは事前に言われていたとおり、服に付けられたバッジの形と合うシールが貼られたプレゼントを渡していく。


「さんたさん、ありがとう!!」


 最後に一番小さい子が、身体に見合わない大きな声で感謝の言葉を言ってくれたので、どういたしましてと答えてから頭を撫でた。

 その返答として、言葉ではなく満面の笑みが返ってくる。

 なんてこったい。可愛すぎるでしょ。

 こんな素敵なプレゼントを逆にもらえるなんて、サンタさんって結構、役得だったりするんだな。


「さて、サンタさん達はご苦労様。あとは一緒に楽しんでいってほしい」

「わかりました」


 一旦部屋を出て、サンタの衣装から僕は燕尾服、アムちゃんはドレスに着替えた。

 よもやこんな本格的な衣装まで用意しているとは思わなんだ。チアキさんの本気度を見くびっていたようだ。

 アムちゃんが着たのは、子供用サイズではあるものの、肩の大きく開いた大人っぽいエレガントなデザインのドレスだ。アムちゃんはいつものようにジャージでいいですと断ろうとしたが、今はこれしか用意していないから観念して着なさい、とチアキさんが強引に押し込んだ。チアキさん、グッジョブですよ。

 わずかに青みがかった光沢の美しいドレスに、アムちゃんの白い肌と金髪が映え、決して衣装負けしない素材の良さを感じさせる。

 可愛い。そして美しい。どの観点からも高得点を弾き出すのは間違いない。

 この会にいるのが社交界の大人達だったなら、羨む周囲の目と声を受けて、僕の自慢の娘だよと豪語していたことだろう。

 傷んだ髪も、チアキさんの懸命なブラッシングにより一旦は整えられた。顔をしっかり見たら間違うことはないだろうが、遠目で見たら別人かと思うような仕上がりだ。

 この前、販売所で売り子をしていた際に造花を購入していた、アムちゃんを天使様と形容していた彼がこの姿を見たらどれほどの賞賛の言葉を発するのだろう。


「随分と見とれているじゃないか。まあ仕方ないよな、あれだけの上玉なんだ。君のところで封じ込めておくなんて勿体無いよ」

「同意です。聖薇ちゃんには悪いけど、アムちゃんがテレビに出たらもっと人気者になっちゃうと思う。いっそデビューさせてあげたほうが、いい暮らしが出来るようになったりするのかな」

「それはまだまだ先の話にしような。まずは当店の看板娘として客を呼んでからにしないとだ。クチコミが広がればテレビは勝手にやってくるから。私達がプロデュースをして主導権を握っておかないと、テレビやマスメディアに美味しいところだけ絞られかねないからな。私達が介入せずにアムちゃんだけにしたら、下手するとギャラは中抜きされまくってビタ一文だけになっても、それで大丈夫ですと言いかねないぞ」


 チアキPは現段階でそんな先まで見越しているのか。

 このような身内だけの小規模の会には釣り合わないような本格的なドレスを用意するほど意気込んでいる理由が解った気がした。


「お二人さん、私もお話に加わってもいいかしら?」


 チアキさんと二人でひそひそ話をしていると、幼い声には似つかわしくない言い回しで呼び掛けられ、声がした方に視線を下げた。

 まだ十歳にも満たないような、おかっぱ頭の黒髪が艷やかな少女がこちらを見上げている。年齢なりの純真さが感じ取れない、実に大人びた表情をしている子だなと第一印象を受けた。

 この場にあって最も日本人らしい容姿、どころか古風な雰囲気て日本人形みたいに見えるほど、狙っているとしか思えないような和風の少女だ。


「ちょっと、私に着いて来てほしいんだけど」


 言うが早いか反転して先へ歩いて行ったので、つい釣られて後を着いて歩き始めてしまった。チアキさんも続いてくる。


 パーティー会場の喧騒がほとんど聞こえない、孤児院の建物の中でも端の方にある部屋まで誘い込まれた。

 照明は暗く、布団が敷かれていることから、ここは寝室のようだ。


「どうしましたか芳恵よしえさん、まだ大人の時間には早いですよ」

「やかましいわ、私はどうみたって子供でしょうが」


 チアキさんに対してその少女が、どうにも汚い口調で返したので内心驚いたが、その言葉を受けた本人が気にした様子もなくいつもどおりにしている。

 大仰な溜息をひとつ吐いてから少女は僕を睨むようにして言う。


「ねえ、あなたがレンヤ君だよね」

「はい、そうですが」


 幼子に君付けで呼ばれるのが少し癪に障ったが、チアキさんが他の子達が非礼をした時みたいにたしなめようとしない手前、僕からは指摘することができない。


「そう、よろしくね。私は芳恵。転生者よ」

「えぇっ!?」

「身体は子供、頭脳はオバサン。その名は名座敷童子ヨシエさん」

「誰が座敷童子じゃい!」


 ゲシゲシッ、と腿を殴られるチアキさん。

 またこの人は漫才してるよ。誰とだって即興の漫才が出来るのがチアキさんの才能なんだろうな。誰しもが突っ込まずには居られないボケを炸裂させるからな。


「急な申し出で悪いんだけど、今夜はちょっと時間をもらえない?」

「今夜、ですか?」

「イヴの夜を恋人と過ごせず幾星霜……三十路を過ぎても処女を守り続けてしまったせいで魔法少女になってしまったから、この世界に飛んできてまで人生を一からやり直すことにした大先輩の芳恵さんにぜひ君のハジメテを譲ってあげてほしい」

「そのくだらない発言でばかり良く回る舌をいっぺん噛み切って死ね」

「死んだらまた転生できる約束をしてもらってからじゃなきゃ、いっぺんじゃなくて一巻の終わりになるかもじゃないですかー。そりゃ芳恵さんみたいに四十路にもなりゃもう人生への未練はあんまりないかもしれませんけど」

「輪廻転生はお前んとこの宗教の専売特許でしょうが。自分でなんとかしな。それに私は転生前を含めてもまだ三十九歳だ。四十路に突入してないからな!」


 繰り広げられ続ける二人の漫才だったが、なかなか聴き逃がせない内容の単語がぽんぽんと飛び出していた。

 今にもチアキさんの腿に齧り付こうとするかのように唸るヨシエと呼ばれた少女(中身はアラフォーと推定)が、すっと冷静になってこちらへ向き直った。


「じゃあ君は、そこの布団に横になってくれていいから」


 その提案を聞き届けた僕の脳裏には、合法ロリという不穏なワードが明滅していた。

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