第24話 新人メードのご挨拶
「レンヤ君に質問。前世でどれほどの徳を積んだら、あんなに羨まけしからんハーレム展開に突入できるのでしょーか」
「よくわかりませんが、日頃の行いが良かったからでしょうね」
「何より不可解なのが、両手に華なのに恋敵の二人が争うこともなく、仲良く共有するスタンスを取っていることです。そこんとこ、どう考えられてますか」
「よくわかりませんが、接し方が良かったからでしょうね」
朝食の席でチアキさんに絡まれ、矢継ぎ早に飛んできた質問を柳の枝のごとく受け流していると、正面からヨシエさんがバツの悪そうな顔をしながらやってくるのが見えた。
「昨夜はごめんなさい。負担を掛けすぎちゃったみたいね」
「いえいえ、平気ですから。後遺症とか全くありませんので気にしないでください」
「そのままクリスマスイブのミッション失敗でバッドエンドかと思いきや、二人同時攻略のハッピーエンドに持ち込んじゃうってんだから主人公力パないわー、妬けちゃうわー」
性別のカミングアウトを聞いて以来、チアキさんのねっとりした喋りがオカマ声で変換されるようになったのが少々バッドエンド要素を含んでいるのですが。
僕の返答を受け、そう、とだけ言ってヨシエさんは子供たちの並んだ席に戻っていった。
着席した机の上には、昨日見たのとは違うデザインの真新しい魔法のステッキが置かれていた。
それを手にして、色々と軌道を変えながら振っている。
「アレ、昨日のプレゼント。ヨシエさんにだけは他の子と違うバッジを付けていたのはそういう理由」
理解した。口では否定していたが、実は魔法少女になりたがっていることに。
そうじゃなきゃ、付喪神が宿るほどにあの年季が入った魔法のステッキを愛用しないもんな。きっと肌身放さずレベルで持っていたのだろう。
ヨシエさんの世代を計算したら、僕らの世代よりも魔法のステッキを使う魔法少女が活躍していた時代だ。きっと幼少期の憧れにど真ん中ストライクだろう。
願わくば、童心に帰って無邪気に魔法少女ごっこに興じるヨシエさんに変身してもらいたい。そして、僕らの喫茶店の名物給仕に育ってほしい。
おいしくなーれ、の掛け声にこれほど適役の存在は他に居ないのではないか。
「ミッションと言えば、大事なことを忘れてるよレンヤ君」
「えっ、どんな?」
「確か、あの二人だったね」
チアキさんは立ち上がると、子供たちの席に移動して順に二人に声を掛けていた。
その二人の顔を思い出して、その狙いに何となく気付いた。
「では二人とも、一緒に朝ごはんを食べながら新しい御主人様に自分の事を知ってもらおうね。まずは挨拶から、はい」
僕の座っている席の前に対面する形で女の子二人が隣り合って着席し、朝食の載った盆を置いて挨拶を始めた。
「御主人様、今日からよろしくお願いいたします。
ハキハキとした良く通る声で挨拶してくれるのは、白く見えるほどに薄い色の金髪と、空の色をそのまま映し込んでいるみたいに爽やかな青色の瞳を持つ少女だ。
初対面の僕を前にして、社交的で礼儀正しい口調にて堂々とした受け答えをしているのが、これから接客業に携わってもらうにあたりとても心強い。
まず、第一印象は花丸合格だ。
「ご、ごしゅじんさま……わたし、ユノって言います……いいんでしょうかわたしで……」
緊張からか、今にも消え入りそうな声で挨拶するのは、小麦色の髪とヘーゼルの瞳、それに鼻の周りにはそばかすを散らしている、見るからに純朴そうな少女だ。
見た目と性格は合致しているようで、控え目な態度が窺える。
おどおどする仕草は、接客業に携わってもらうには不安を感じさせるが、僕はこんな子こそ育て上げたいと思ってしまうサガなので、脊髄反射で合格を出す。
「よろしくね二人とも。僕はロム」
「かねてより孤児院を気に掛けていただいていると聞いています。皆に代わって感謝申し上げますわ」
「……ありがとうございますぅ」
エリスちゃんはまるで家柄の通ったお嬢様みたいな振る舞いをする。とても孤児院に属しているのは似つかわしくない。見た目の良さで選んだのは認めるが、まさかこれほどまで躾が行き届いている状態とは思わなかった。これなら僕が育てる余地はないのではと思える。
「概ねお聞きしておりますが、今度開く喫茶店に特別な衣装を身に着けて接客をするお仕事に任命していただいたそうですね。私を選んでいただいた事が正しかったと証明できるよう尽くさせていただきますわ」
「わ、わたしもっ、がんばりますぅ……」
完璧だ。エリスちゃんの受け答えが完璧すぎて、コミュニケーション能力は決して高くない僕の方が逆に教育されてしまいそうだ。
ユノちゃんもがんばれ、がんばれ。
「そして宣言させていただきます。私、絶っ対に、アムには負けませんので」
唐突に、エリスちゃんの空色の瞳に雲が掛かり、灰色になった気がした。
アムちゃんとは旧知の様子で、その言い回しからしておそらくは同年代なのだろう。二人の間にどんな過去があるのか知らないが、対抗心を持っている様子がある。
「私も絶っ対に負けませんのでご安心ください、父様」
気づくとアムちゃんが隣に居て、ピタリ、と椅子と身体を僕にくっつけていた。
二人の視線がぶつかり、雷鳴が轟く音が聞こえたような気がしてしまう。
訂正。アムちゃんと同じ職場で働かせるには不合格。
「おーやってるね二人とも。そういう関係、お姉さん大好物」
エリスちゃんの肩に腕を回して、美味しい食事にありつけた猛獣のような顔になるチアキさん。ヤバいです。その顔は子供たちに見せちゃダメなやつです。
「御姉様、茶化すのはやめていただけませんでしょうか」
言いながらも、すっかり表情の険が取れて柔和な印象すら感じさせるお嬢様に戻っているエリスちゃん。
すごいすごい、エリスちゃんのように扱いにくそうな子まで手なづけている。顔は猛獣だが、自身は猛獣使いのようだ。
しかし困ったな、エリスちゃんは僕の手に余りそうだし、何よりアムちゃんに危機を及ぼしかねない存在だ。本人はやる気になってくれているようで申し訳ないのだが、ここは断りを入れるべきだろう。
「父様、まさかエリスを不採用にするなんて考えてはいませんよね?」
「ぎくっ!」
他でもない、アムちゃんからの指摘にたじろぐ。
「御主人様、全く問題ございませんわ。私は仕事となればご迷惑をお掛けするようなことは決していたしませんので」
「父様、私はエリスと切磋琢磨して共闘すると誓います」
共闘、との言い回しに嫌な予感がするが、当人達がそう言うのなら断る言葉が無くなってしまう。
「わかった。二人とも、くれぐれも仲良くやってくれよ」
その念押しの言葉には返答がなく、再び鋭い視線を交わす二人の姿が目に入る。
楽しいはずの喫茶店経営生活を迎えるにあたって不安しか感じない。
「仲良く、しましょう……」
ユノちゃんの勇気を振り絞ったような声に、二人の間だけ大荒れになりかけていた空気が急に緩和した。
エリスちゃんが固い笑顔を貼り付けて、ユノちゃんの手を握った。
「ごめんなさいユノ。私、ユノが困った時にはしっかり助けますので一緒にがんばりましょう」
「うんっ!」
ユノちゃんが快晴の太陽のような笑顔をした。
照らされたエリスちゃんも、眩しそうに目を細めながら笑顔の固さが取れていく。
「ああ。尊いな」
「ええ。尊いですね」
チアキさんの言葉に同意せざるを得ない。
目の前の凝縮された空間だけ天気が急変する朝食の一時に、アムちゃんからいつもの問い掛けがなされた。
「父様、今日は醤油とソース、どちらにしますか?」
「醤油で」
もう、このやり取りは無益だと気付いてほしいものだ。
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