第18話 神前告白

 聖堂には聖薇ちゃんとチアキさん、そして孤児院の子たちが戻ってきた。

 子供たちは一様に疲れた表情をしており、口数は少ない。

 その中にアムちゃんもいて、他の子と比べても目に見えて疲れが顔に出ていた。

 造花を作っては売るを繰り返す作業は思った以上に重労働なのかとも思ったが、聖堂内の時計を見たら既に十二時を回っており、都合三時間は働きっぱなしだったと考えれば仕方の無いことだろう。


「ああ、父様のところにやっと辿り着きましたぁ……」


 僕の座る長椅子のすぐ横に、倒れ込むように座って身体ごとしなだれ掛かってくるアムちゃん。

 ニート特有の充填しっぱなしの体力を発揮して、しっかりと抱き止めてあげる。

 疲労困憊に安心感が合わさり、即座に寝落ちしてしまったようだ。

 その寝顔はまさに天使だ。


 アムちゃんを始め、孤児院の子達は一様に白一色の着衣を纏い、背には羽を宿している。

 まさに天使だ。見るからに天使だ。


 頭の輪っかは付いてないけれど、聖薇ちゃんに聞いたところそれは誇張表現なので、恥ずかしいだけになるからやらないらしい。

 天使の輪は子供の若々しい髪の艶が産み出すものだから、と何故か悔しそうな顔をしながら言っていた。


 さりとて子供の髪だって不清潔にしていたら艶も失せる。皆が美しい髪を保っいるのは、日頃から質の良いシャンプーできちんと洗って保湿しているからだろう。孤児院の運営資金に余裕があるのが窺える一端だ。


 一方で、キューティクルが行方不明となり、せっかくの美しいブロンドが鈍色になって、枝毛のバーゲンセールを開催してしまっているアムちゃんの髪は痛々しさすら感じる。

 元気になーれと呟きながら撫でていると、反対側からも手が伸びてきて、髪を梳くように撫でられていく。

 聖母が慈しみを与えるよう、たおやかに動く手の主は聖母のような微笑みをたたえた聖薇ちゃんだった。


「そろそろセーラがお世話するのを許してくれれば、こんな髪コンディションでいさせないんだけどなあ」

「お世話するって、アムちゃんを?」

「おにぃも、だよ?」

「僕の髪もツヤツヤサラサラに?」

「あ、それいいかもね」


 アムちゃんを挟んで互いに愛でながら、他愛も無い掛け合いをする中で思い付く。


「こっちの世界に来てからも、僕の家に来たことあったりするの?」 

「それ。アムちゃんが許してくれないの」

「えっ、なんで?」

「ライバルだから」

「ライバル……日本語で言ってくれないとわからないかな」

恋敵こいがたき


 この世界の日本では英語じゃ通じないよ、ってニュアンスではぐらかしたつもりだったが、直球で返されて思わずたじろいだ。


「……マジ?」

「このにぶちんめ」

「聖薇ちゃんも、アムちゃんも?」

「このにぶちんめ」


 聖薇ちゃんが、このにぶちんめと鳴く動物になった。

 いやいやどうなっているんだ。いくら異世界転生を果たしたからって、ゲームでしか恋愛ができないニートまっしぐらのカプセルボーイ(オジサンに片足ツッコミ気味)が、美少女二人から恋愛対象として認めてもらえちゃうなんてチート展開すぎる。

 えっ、でも、ほんとにほんとにほんと?

 さすがに都合の良い展開すぎて、簡単には疑いが晴れそうにない。


「知ってるかな、ウソって名前の鳥がいるんだよ」

「本人がこうして目の前で告白してるのに嘘だって思うとか、さすがに我慢強さに自信があるセーラでも幻滅しちゃうな。いっそ、嘘って言っちゃおうかな。ウソってどんな鳴き声なの?」

「僕の方こそ嘘ですごめんなさい。鳴き声までは知りません」

「よしよし、素直でよろしい。宣言どおり、恋人になったげるからね」


 アムちゃん同様に頭を撫でられる。

 世話焼きの妹の立場に収まっているつもりなのだと思っていたら、気付いたらこちらが飼い慣らされる弟ポジションにされていた。


「セーラもちょっと強引かなとは思ったんだけど、ああこれ今しかないって思っちゃったからつい勢いでポロリしちゃった」

「どうして今だったの?」

「今日って何月何日?」

「ええと……12月24日」

「元の世界だと、恋人と過ごしたくなる日だよね」

「あっ、あー」


 縁遠すぎる話題に、呆けた声しか出せなかった。


「しかもこの場所って、永遠の愛を神様の前で誓う定番スポットだよ」

「結婚前提の告白なの!?」

「こちらの世界に転生してまで再会を果たすなんてもう運命感じちゃうしかないよ。忘れかけてた恋心が再燃して一気に炎上しちゃうでしょ、ほらもうムラムラと」

「待って待って。ムラムラとか曲がりなりにも修道士さんが聖堂の中で言っちゃいけないワードだと思うんだけど」

「あっ、世間的に炎上しそうな事言っちゃった?」


 お茶目さんか。

 この奔放さがまさに聖薇ちゃんの真骨頂ではある。正直、僕もそんな聖薇ちゃんが好きだ。家族になってくれるのならば、気の置けない関係でありたい。


「話は聞かせてもらった」


 気の置けない関係になりそうにない、厄介者の声が乱入してきた。


「アッキーは黙ってて」

「話は何も聞いていない」


 聖薇ちゃんの冷淡な一喝で、あっさりとチアキさんは退散していった。

 なにこの子つよい。

 アッキー呼びされてるあたり、上下関係はハッキリしてるみたいだ。


「だから今夜はね、よかったら一緒にいてほしいな」

「そう言ってくれるなら僕だって一緒にクリスマスイブの夜を過ごしたいとは思うんだけど、僕の家には来れないんでしょ?」

「今夜は帰さないよ、ってセリフはおにぃに言ってほしいな」

「じゃあ、今日はこのまま」

「父様ぁ、一緒に寝ましょうよぉ……」


 思いがけず割り込んできた声に、聖薇ちゃんと共にアムちゃんへと視線を向けるが、目を閉じたままの姿を見て寝言なのだと気が付いた。

 さりとて両方の手が僕の服をぎゅっと掴んで離すまいと、確かな握力が込められているのはさながら僕をも夢の中へ引きずり込もうとしているみたいだった。


 聖堂内に鐘の音が鳴り響く。


「休憩おしまい。はいみんな、午後も頑張るぞ!」


 チアキさんの号令が掛かると仮眠していた子供たちが次々と起き上がり、徐々に騒がしさを取り戻していく。

 聖薇ちゃんも大きく伸びをしてから移動の準備を始めたが、ふとこちらを向いて歩み寄ってきた。

 視線は僕の顔よりも下に向けられている。


「じゃあねアムちゃん、一旦おにぃは預けるから、次にセーラが帰ってくるまでに逆転を目指してね。もしそれまでに逆転できてなかったら、今夜はセーラがおにぃをもらっちゃうから」


 聖職者にあるまじき小悪魔フェイスで、未だ眠りの淵から戻らないアムちゃんに向かって宣戦布告をしてから、颯爽と聖堂を出ていった。


「やれやれ、攻めに転じるとなんとも恐ろしい。我があるじの前世は蛇のたぐいだろうな」


 己にとっての主がこの場から離れたのをいいことに、チアキさんが嫌味を漏らす。

 言い得て妙だなと思ってしまった事は本人に勘付かれないようにしなくては。あの人間離れした感知能力はピット器官くらい備わっていそうだもんな。


「チアキさんはセーラちゃんに雇われてるんですね」

「応よ。私のような素性の知れぬ立場の者でも身元を引き受けてくれ、その上で子供達に自由教育を施す機会を与えてくれているんだからな。おかげて毎日捗ってるよ」

「自由教育ってどんなですか?」

「ある分野における英才教育とだけ言っておこうか」


 嫌な予感しかしない言い回しだ。孤児院の子達の将来が心配になってくる。

 けれどもそれは、孤児院の子を引き取って僕色に染めようとしてる立場で指摘するのは藪蛇にしかならないので、これ以上の追求はせずに黙っておく。


「じゃあ私も、子供達に商売の楽しみを叩き込むお仕事に行くから、君はこのままアムちゃんとのイヴをじっくり楽しむといいぞ。神の面前でな!」


 ワイワイと騒がしい一団が大移動を始める。

 チアキさんは大人が聞いたら警戒するだろう言葉を使っているものの、子供たちにはどこ吹く風で皆楽しそうだ。注視してみると、戻って来た直後の疲れた顔をしたままの子は誰一人いなかった。

 本当にこの人は子供達に慕われてるな。きっと憎まれ口さえ気にしなければ、面倒見が良く明るく楽しい、理想像に近い保母さんなのだろう。

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