第19話 愛、捧げます
静かに過ぎていく時間に、半ば意識を手放しかけていた頃。
アムちゃんの重みが無くなるのに気付いて覚醒した。
「ん、おはよう」
「あれ、父様、みんなは?」
「もう戻っていったよ」
「ええっ、いけない早く戻らないと」
「落ち着いて」
立ち上がりかけた手を引いて再び座らせようとして、バランスを崩したアムちゃんの顔が僕の胸に飛び込んでくる形になった。
ふぁさりと髪が拡がり、軽い衝撃が僕を押す。
愛しい娘を守るよう、しっかりと抱きとめた。
「なぜ止めるのですか?」
「アムはもうたっぷり働いてくれたから、残りは休んでもいいんだってさ。疲れてるでしょ」
「そんなわけには……」
「父の言葉が信じられないの?」
「い、いえそんなことは!」
僕の言葉に過敏な反応を見せ、こちらが驚くほどに
身体を小刻みに震えさせる。それは決して冬の寒さからではないだろう。
震えごと受け入れ静止させるように、痛がらない程度に腕の力を強める。
「大丈夫だよ、僕はアムのこと信じてるから。アムも僕のことを信じてほしい」
僕に出来る限りの優しい口調で、子に諭すよう告げる。
「父様……あったかいです」
観念したようにアムちゃんの身体から力が抜けていき、顔が僕の胸に収まった。
ややあって、濡れた感覚が訪れた。温かな水分の接触。
「うう……アムは幸せです……」
くぐもった声がして、泣いているのだと確信した。
頭にそっと手をおいて、気の済むまでそのままにしてあげる。
二人の他には誰もおらず、無音が存在感を示すこの場で、アムちゃんの啜り泣きが辺りにまで響いているような錯覚すら感じ始めた頃。
ふう、と声がしてアムちゃんは顔を上げる。赤く腫れ濡れそぼった目尻が顕となり、じっと僕を見据える。
「アムは誰よりも父様を愛しています。セラ姉様よりも、です。信じてください」
覚悟の表情で告白がなされた。
その告白は、チアキさんの言葉に後押しされたのか、それとも、聖薇ちゃんの告白が聞こえていたのか。
いいや、告白に至った理由など
信じないはず、ない。
愛しい娘が発した決意の言葉を信じない父親が居るものか。
「ありがとう、嬉しいよ」
なんと応えたらいいものか、気の利いた言葉が見つからなくて普遍的で平凡な返答をしてしまったが、アムちゃんの顔は目に見えて緩み、ホッとしたような破顔となった。
そして言葉を重ねることなく、二人揃って互いの背に腕を回して掻き抱いた。
互いの温度を分かち合い、存在を確かめ合うように。
鐘が鳴り、二人だけの空間に割り入った。二時を告げる音だ。
それが契機となり、揃って腕の力を緩ませる。
「神様の前に誓います。アムは父様になら喜んで身体を捧げることを」
言い終わるが早いか、アムちゃんは服をはだけさせ、上半身を顕にした。
冬にしては簡素な服装ではあったが、ここまで脱ぎやすいとは。
いや、感心するところじゃない。さすがにこれはマズイだろう。
聖堂のステンドグラスを通して注ぎ込む柔らかい光を纏って輝く白い肌を、慎ましやかに押し出し膨らんだ双丘の美しさに見惚れそうになりながらも、そっと裾を摘んで覆い直す。
「ダメだよ、誰に見られてるのかわからないよ」
「今は他に誰もいませんよ。居るのは父様と神様だけです。さあ、神様にアムたちの愛が真実であることを知っていただきましょう」
今度は立ち上がって、下を脱ぎ始めそうになったので慌てて制止する。
もしかしてアムちゃんはそういうことを知っているのか?
現代日本と変わらなそうなこの世界なら、学校に通っていれば友達の話題や保健体育でしることになるだろうし、インターネットで目にする機会もあるだろうけど、それらとは縁遠そうなアムちゃんだけに知識はないだろうと勝手に判断していたけれど、知っているのなら風呂での意識喪失後に何らかの性行為をされていた可能性があるのではと不安になる。
神聖な場で聞くべきことではないだろうが、確認せずにはいられなかった。
「アムは子供の作り方って知ってるの?」
突然の直球質問にもアムちゃんは慌てる様子を見せず、優等生の真面目顔でさらりと答える。
「当然です。愛し合う男女が裸で抱き合い一体となって、神様に愛が真実であることを認めてもらうことで授かれるのです」
「えーとその、どこにどうやってとかは?」
「どこに? どうやって?」
「例えばさ、僕の股間とアムの股間をとか」
「股間? 言われてみれば父様にはアムには無い部位がありますが、それが今の話と関係あるのですか?」
ニュアンスはだいたい合ってたけど、肝心な知識が無かった!
どうやら僕の預かり知らぬ間にアムちゃんへ子種を預けてしまったなんてことは無さそうで一安心。
いや、裸で抱き合うだけで許容値オーバーするヘタレな僕には捨てる機会が得られそうにない童貞を、寝取られ展開でアムちゃんに奪われるのがトゥルーエンドの展開なのかもしれないけれど。
膨大なクリックを行いストーリーを理解しながら選択肢を間違えることなく、ようやく漕ぎ着けた本番のシーンがスキップされるゲームなんて返品モノだ。あのヘタレ主人公が主役の鬱ゲーにだってちゃんとシーンがあったぞ。何ならRPG主体の硬派そうな作品でも三クリックくらい押せたぞ。
「そうですね、父様の股間にあるモノ、興味深いのでじっくり見させてもらってもいいでしょうか」
躊躇いのない所作で僕のズボンを脱がせに掛かろうとするアムちゃん。
いやいやいや、神様の前で不浄なモノを露出させようとしないで!
慌ててアムちゃんとの距離を開く。
「アムの身体をじっと見たのに、アムには父様の身体をじっと見させてくれないなんて、ずるいです、身勝手です、横暴です、不平等です、男尊女卑ですー」
「せめて家に帰ってからにしよう、ね?」
よもやの辛辣ワードを連撃されたので、自ら見せつけておきながらそれはないだろと反撃したいが、エンジンが温まって強引な手段を取りかねない不穏な表情を見せているアムちゃん相手には危険と判断し鞘に収めた。
結果、家に帰ったら何をされてもいいと認めてしまったことになったが。
イヴの夜、僕の身体はアムちゃん、聖薇ちゃん、どちらのものになってしまうのかと今から恐怖だけが募っていく。
どこに逃れる選択肢が合ったのか不明だが、今や二人の愛にクルシミマス・イヴのルートに入ったようだった。
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