第16話 人類皆御主人様

 家に帰るとアムちゃんに夕食の準備がまだ出来ていないことを詫びられたが、今の今まで造花を作るのに集中していたらしく表情に疲れがありありと浮かんでいたので、今日は僕に任せてほしいと言って食材の調達に出る。

 昨日立ち寄った食料品店に向かう道すがら、気になる店を見つけた。

 カタカナの少ないこの世界において珍しい店名。【デリカテッセン フランク=フランク】と看板にある。店頭には吊るされたソーセージの模型があった。

 フランクな店主が美味しいフランクフルトソーセージを売っているイメージが浮かび、先ほどのドイツビール専門店でソーセージが食べたくなっていたのを思い出して自然と店内に足が向いた。


 店内に入ると異様な光景が広がっていた。

 店員のいるカウンターの奥には天井を覆い尽くすかのようにソーセージが吊るされている。そのわりには肉と言うよりも木の香りが充満しているのだ。

 察するに店内で燻製してから吊るし干ししているのだろう。

 カウンターの横に並んだ冷蔵ケース内には真空パックされた各種ソーセージが売られており、カウンターの上に貼り出された紙には「燻製品をお求めの方は店員にお声掛けください」と書かれており、隣にグラム単価表が掲示されている。

 燻製品なら日持ちするだろうから冷蔵庫のない我が家でも保管できるだろうけど、お値段が厳しいので今回はパスせざるを得ない。

 冷蔵ケース内のお手頃品に目標を定めて購入することにした。

 お徳用の形崩れB級品の5本パックを購入する。

 恰幅のよい店員さんが、支払後に流暢な発音でダンケシェーンと言ってくれたのが印象に残った。


 料品店で乾燥パスタ袋とほうれん草と舞茸を買い帰宅した。

 台所に行き手を洗った後、ちぎったほうれん草と舞茸と一緒にパスタを茹でながら、ソーセージを1cm大に刻む。

 湯を捨ててから油を敷き、醤油と出汁粉末を加えて軽く炒める。

 途中でアムちゃんがやってきて、調理するのを代わると言ってくれたが、簡単だから心配ないと言って断った。むしろこちらとしては、疲れているアムちゃんに無理をさせてしまうのが心配だ。

 僕が作れる料理は、アムちゃんの作るそれと比べると大雑把で簡素すぎるだろうけど、これなら自分で作った実績充分の調理なので味は失敗しない自信がある。


「わあ、なかなか美味しいですねこれ」

「わりといけるでしょ」


 アムちゃんの口にも合ったようでホッとした。

 運営資金では困って無さそうなあの施設にいるのなら、この簡易パスタ料理よりも良いものを食べているだろう。成長期の子なのだから、そちらの方がいいはずだ。

 とは言え、アムちゃんだってまだ成長の余地は多分にあるだろうから、ちゃんと栄養のある物を食べてもらわなきゃ。


 その後、アムちゃんの成長途上ぶりを今夜も見せ付けられることになるのだが、さすがに昨夜の反省を活かして、なるべくタオルで隠してもらうようお願いした。魅惑的すぎて刺激に耐えられず、また湯船に沈んでしまう。

 でも、無防備さに慣れきっているからか、はたまたわざとなのか、姿勢を変える度にタオルを外すので視線を外すのに苦心した。

 特に同じ湯船に浸かるのは危険すぎると学習したので、背中に湯を掛けてもらってからそのまま浴室を出ることにした。身体が温まりきっていないから冬の気温が堪えるが、気を失ってしまうよりはマシである。二日連続でそんなヘマをしたら風邪を引いてしまうことだろう。

 それにしてもロムさんは毎日こんなことしていたんだろうな。羨ましいとは思うけど、これが日常の行為になっているのは信じられない思いがする。僕と同じ考え方をしているのであれば、据え膳放置プレイを自ら望むなんてしないだろうし。

 そう、胸を揉むくらいは普段からやっていたみたいで、アムちゃんはそれを許容している様子を見せていたのだ。とんでもないことである。


 とんでもないこの状況に慣れさせてもらうためにも、ありがたく揉ませてもらおうかな、と良からぬ思考に囚われ始めたせいで、脱衣所で服を着ないまますっかり湯冷めして、くしゃみを一発かましてしまったのだった。


+*+*+


 身体を温めようと毛布にくるまりながら、聖薇ちゃんと販売所の管理者宛にメード喫茶開業の請願書をしたためていると、メードさんがやってきて隣にしゃがみこんだ。

 湯上がり特有の香りを放ち、ほのかに湯気が立ち上がり、血色の良い肌を晒したメードさんが近くにいるのは新鮮な体験だ。


「もしかして、その服装のまま寝るの?」

「はい、今のうちに慣れたいですし」

「添い寝サービスまでは考えてないんだけど……あ、いやこっちの話」

「父様が考えていなくても、アムが添い寝したいだけなのですからお気になさらないでください」


 そう言いながら同じ毛布に入ってくる。火照った体温が密着し、僕の冷えた身体が温まっていく。

 何ですかこれ。イメクラってヤツですか。

 僕の人生に縁の無い風俗文化はさて置くとしても、湯上がりの美少女メードさんが添い寝してくれるとか、サービス過剰すぎて寝てる間に幸福感の過剰摂取により昇天もやむなしではないですか。

 ならば昇天を覚悟してとことんプレイに興じてやろうではないか。


「メードの時は、御主人様って呼ばなくちゃいけない決まりなんだよ」

「そうなのですか?」

「そう。家族だって他人だって関係なく、対面する人は皆、御主人様として接するものなんだ」

「わかりました……御主人様」


 ゴーン、と煩悩が揺さぶられる鐘の音が脳内に鳴り響いた。

 素晴らしい体験に、寒さからではない身体の震えが止まらなくなる。


「御主人様、どうされましたか?」


 心配そうな顔が僕の顔と床の間に潜り込んできて、キスしてしまいそうなくらいに近づいた口から吐息と共に吹き掛けられた魅惑の呼称に、重いボディーブローを食らった気分になった。

 効果は抜群だ。

 断言しよう。僕が客なら、堕ちる。

 ただし、ここまで近づくのは禁止事項にするけどね。御主人様にも格付けがあるのだ。


「大丈夫だ、問題ない」


 一番いい武器を入手した確信を得て、請願書の横に並べたメモ書きに【御主人様呼びは必須】と記した。


 安心してくれたのか、間もなくして寝息が聞こえてきたので、僕は請願書をまとめるのに集中する。

 電気照明がないのは不便だが、蝋燭の光は周りまで届かないおかげて目の前だけに集中するのには向いているようで、順調に筆が進んだ。

 やがてこの蝋燭の火は消えても、隣に感じる温もりはずっと消したくない。もっと温かな生活ができるようにしたい。その一心で書き上げた。


+*+*+


 健やかに朝の陽射しを受け、温もりに満たされた毛布を持ち上げると、そこにメードさんの姿はなかった。

 ご飯の炊けた匂いがする。釣られる魚のように、寝起きで足元がおぼつかないまま匂いのする方に向かった。


「おはようございます、御主人様」


 メードさんが食卓に朝食を並べているところだった。

 ジャージ姿ではなくメード服姿というだけでスペシャルな朝食風景に思えてしまうが、メニューは見事にいつもどおりだった。

 すかさず醤油を手に取り目玉焼きに掛ける。


「今日は二時から聖薇ちゃんと会う約束をしているから、今日も一緒に行く?」

「はい、そうしましょう。でも今日は昼前から販売所で造花制作をしながら即売する作業をしなくてはならないので、しばらく別行動とさせてもらいますね。ごめんなさい」

「そうか、もう明日だもんねバテレン祭」

「はい。いよいよです」


 アムちゃんはきたる祭りに向けて静かに意欲を燃やしているようだった。

 僕は祭りの間どうしたらいいのかわからないけど、その中心にいるであろう聖薇ちゃんをサポートする役回りをすればいいかなと思っている。

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