第15話 懸案事項
家へ帰る前に、視察も兼ねて例の販売所で飲食することにした。
相変わらず手持ちの資金は大変厳しい状況だが、販売所の担当者がアムちゃんならばとサービスをしてくれ、わずかな支払いで構わないからと言いながらも昼食として申し分のない量を提供してくれた。
野菜だけでなく山菜が豊富に使われた、健康に良さそうなメニューだ。販売所で売られている食材が使われているのだろう。地産地消ってやつか。
今回は飲食のできる休憩室内での食事であるが、担当者の話だと来年の二月頃にはこのような料理を提供する飲食店を開く予定があるらしい。どうやらこの料理が利用者に好評で、飲食店を開いてほしいとの要望が出ているそうだ。
需要があっての開店なのだから、成功する確率は高いだろう。
店の形態がメード喫茶になるのが果たしてここの担当者たちにとって歓迎されるものかどうかは不明だが、理解し援助てもらうためにプレゼン資料を作るべきか。
提供された料理が想像以上に美味しくて、やる気が湧くと共に脳への栄養が行き渡って思考が進み、今後の方針が固まってきた。
「同じ食材を使っているのにこれだけ美味しいなんて、アムもまだまだ修行が足りませんね……」
「いや、アムの料理も美味しくできてるから気にするなって」
「父様……こんなアムでも皆さんにご満足いただける御奉仕が出来そうでしょうか」
こんなにも美味しい料理を食べてしまい自信を喪失してしまったらしいアムちゃんに、僕は前向きで建設的な提案をしてみる。
「料理よりも得意なことをすればいいんじゃないかな。料理はもっと得意な人に任せればいいんだし」
「得意なこと……お客様の前で手芸をお見せするのは喜んでもらえそうでしょうか?」
「それはちょっと難しいかな……うん、家に帰ったら何が出来るか考えてみようか」
「わかりました。父様が新しいアムを開発してください」
少し引っ掛かる言い回しをされたけど、外国語が用いられない独特な言語文化だからと割り切ってスルーする。
食事を堪能した販売所を出て、隣接する建設中の建物の前に掲げられた表示板を見る。話に聞いていたとおり、来年二月初旬開業予定と書いてある。ログハウスのような外観はほぼ完成しており、作業員は看板や窓枠などデザイン部分の仕上げに入っている。それが終われば後は内装の工事を残すのみのようだった。おそらく予定通りの開業となるだろう。
開店直後からそうである必要はないだろうけど、もしそうなら準備期間は一ヶ月程度になる。それを目指して動いていこうと思う。
+*+*+
家に着くと、アムちゃんは早速造花作りを開始した。
バテレン祭が直近のため追い込みの作業となるようで、ノルマは昨日の倍近いようだ。アムちゃんは手際が良いものの品質重視の方針だからどうしても丁寧な仕事になり、これ以上の効率向上による時間短縮は望めない。
僕が手伝える部分もないので頑張ってもらうしかない。
代わりに、来年からの稼ぎを目指してメード喫茶の構想を練ろう。
まずはメード喫茶に必要な要素を思い浮かべ、紙にメモしてみる。
・メード服を着用した接客能力のあるホールスタッフが三名以上
・調理が出来るスタッフが二名以上
・喫茶店として運営できる内装と備品が揃っている
・萌えられる要素がある
兎にも角にもメード喫茶を名乗る以上、ホールスタッフがメード服を着ていなければ詐欺であり、看板を掛け替えなければならなくなる。
アムちゃんが着用したメード服のデザインならば破廉恥な印象は皆無だし、老若男女誰しもすんなり受け入れてくれるだろう。ホールスタッフになってくれる人も着用を拒絶する可能性は低いはずだ。
ホールスタッフの候補はアムちゃんの他、孤児院の子が二名で差し当たっての頭数は揃う。店内の目立つところにホールスタッフ募集の告知を掲げ、コンセプトが評判を呼べば募集に応じてくれる人も期待できる。店の利益が出てきたらそれを求人広告の掲載費用に回すのもいいだろう。それに、聖薇ちゃんを頼って運営資金として募集に掛かる費用を借りることも出来るかもしれない。
メード服の制作はチアキさんやアムちゃんに任せるのは万全とは言えないので、服を作ってくれる業者を探しておく必要があるだろう。この世界は外国語こそ普及していないが洋服は普及しているから、作り方がわからないなんてことはないだろう。
調理スタッフは、今日の食事を作ってくれていた人が担当してくれるなら申し分ないだろうが、その人が休む事も考えると最低でも二名は必要だ。客が増えてくればそれでも回せなくなるかもしれないのでこちらも募集を掛けたい。
喫茶店としての内装は、これから内装工事という段階の今の内に話を付けておく必要がある。メード喫茶にするのが決まり次第、すぐに工事業者へ働き掛けなければならないだろう。
備品については専用デザインの特注品を使いたいなどとこだわらなければ直前での購入で何とかなるはずだ。
萌えられる要素については、僕としては外せないポイントだけど、それは人それぞれだから一番難しいし正解は見つけられない。運営しながらコンセプトを固めていき、客にアンケートを取りながら作り上げるのもいいだろう。最初から僕の理想で固めすぎて押し付けることが、必ずしも客の萌えポイントを刺激して好評を得られるとは思えないからだ。コンセプト倒れで集客が伸びずに潰れていった店をいくつも知っているだけに、その決定が仇となりかねない。
いずれはメードさんごとにキャラ付けをしたいが、これも慣れてきてからでなければ難しいだろう。アムちゃんの性格からすると、普段の温厚さとチアキさんに見せた当たりの強さのギャップを活かして性格反転キャラを目指してみるのも面白そうだ。さながらポスト千夜ちゃん苺香ちゃんである。見た目は相方のが似ているけれど。
以上の事から、真っ先に取り掛かるべきは内装をメード喫茶に相応しい印象にする作業をしてもらうため、それをお願いする文書を作成する事だ。
内装について指示書を作るのは難しいから、この世界で類似する店を参考にしてほしいと言えればいいんだけど、そんな店があるのだろうか。
「アム、夕方頃まで外に出てくるよ」
「はい、気を付けて行ってらっしゃいませ」
インターネット環境のない家に居ても候補は見つからない。足を使って調査するしかなかった。
一路、商店街へと向かう。
+*+*+
外国語が使われた店名ではないため違和感があったが、この世界にもいわゆるファミリーレストランに相当する店は存在していた。
それに加えて気になるのは、独逸麦酒専門店と看板を掲げた店がいくつか見掛ける点だ。漢字なので一瞬ピンと来なかったが、どうやらドイツビール専門店のようだ。
頭の中に、ビールとソーセージのビジュアルが浮かぶ。
手持ちがない上、営業時間も夜からとなっているため入店は叶わないが、都合よく店頭に配布用として置かれているチラシには店内写真が掲載され、独特の服を着用した店員さんも写っている。
その服装を見て、これだと直感した。
確かその服装の名は【ディアンドル】だ。国内でも近年開かれている、オクトーバーフェストで目にする機会がある。
これが作れる業者がいるなら、メード服も仕立ててくれることだろう。場合によってはこのディアンドルをメード服として採用してもいいくらいだ。だって、アムちゃんが着たら絶対似合うもん。
そこでふと気が付いた。アムちゃんってドイツ人っぽいなと。ダンケシェーンって言ってもらいたくなる容姿だ。
もしかしたらこの世界の日本はドイツに占領されかけたのではないだろうか。だからドイツ人が多かったりするんじゃないだろうか。
何となくそんな予想をしながら、チラシを三枚いただいて家に帰った。
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