第14話 メード・オブ・イセカイ

「これで……いいのでしょうか」


 見慣れない服の着用にやや苦戦したようだが、見事なメードさん姿になったアムちゃんがそこにいた。

 仕上げとばかりに、チアキさんの手によりメードキャップが戴冠される。

 天使だ。天使がいる。

 僕はこの世に天使を遣わせた神の存在を確信し、感謝する。

 ミニスカートではなくロングスカート。カチューシャではなくキャップ。シックな印象の紺色をした厚手の生地で縫合された、清楚極まるクラシカルスタイルのメード服だった。

 チアキさん、よくわかっていらっしゃるではないか。

 完全無欠のメードさんへジョブチェンジを果たしたアムちゃんを見て、チアキさんの賭けに乗らないなんて選択肢は消え失せた。

 勝利は約束されている。僕があちらの世界で客として来ていたとしたら、毎日のように通う常連になって、アムちゃんをご指名してじゃぶじゃぶ貢いでいるに違いない。

 シミュレーションゲームの廃人から、メイド喫茶通いの廃人にジョブチェンジしていたのは免れないだろう。


「まさかレンヤ君がここまでだらしない顔になるとは思わなんだ」

「父様、さすがによだれを垂らしたままなのはみっともないので拭いてください」


 珍しく二人が足並み揃えた意見を出してきた。

 夢見心地で宙ぶらりんになった意識が戻り、誤魔化すように反論持ち出す。


「メード喫茶ってアイデアはすごくいいんですけど、喫茶店をやるには問題がないでしょうか」

「へえ、例えば?」


 チアキさんが問題の提起を促してくる。

 バイトすらしたことのない僕には喫茶店を経営するに当たって起こりうる問題について想像できる範囲は限られているが、それでも思い付く問題点がいくつかあった。


「まず店の敷地と、飲食店の営業許可とか資格とかありますよね」

「そんなのもちろん目処が付いてるよ」


 準備万端だ任せろ、と得意満面な顔をしながら候補が挙げられた。


「敷地も営業許可も、ぜんぶそこの販売所が持ってるよ」

「販売所? ……あっ」


 さっきアムちゃんお手製の造花を瞬く間に売り捌いたあの販売所か。

 そして、その造花を購入した客の言葉も思い出す。

 あの人は間違いなく常連になるだろう。僕にはわかるんだ。


「今はまだ休憩室程度の場所しか無いんだが、近々完成する増築した建物内に喫茶室を設けると聞いている。経営方針を聞いてみたら普遍的な特徴のない店になりそうだったから、私が入れ知恵をしてあげようと画策していたところなんだ」

「そんな勝手に色々できるんですか?」

「そりゃ経営者を説得しなきゃならないけど、レンヤ君が同意するならもう決まったも同然だよ」

「えっ、僕ってそんな権力があったりするんですか?」

「いや、だって実権を持ってるのセラさんだし」

「セラさん……聖薇ちゃんなの!?」


 うん、と深く頷いたチアキさん。

 いやいやそれはどうなんだ。いくら数年会っていなかったとはいえ、あの聖薇ちゃんがそんな権力を持つタイプだとは思えないんだけど。


「聖薇ちゃんって実は経営者の素質があったりしたのかな……」

「素質はともかく、奇蹟を起こした神の使いだと周りから見られているから誰からも信奉されているし、誰も首を横に振れない絶対的権力を持っているんだよ。そんな彼女が君の事となると絶対に否定しようとしないんだからもう決まりでしょ」


 聖薇ちゃんはニートまっしぐらの僕を否定することなく支えてくれていた。その過去があるだけに、チアキさんの言葉には信じられるだけの確証が持てる。

 しかしその中に引っかかる点があった。


「チアキさんは聖薇ちゃんのこと、こちらの世界でしか知らないんじゃないですか?」

「うん、そうだな」

「じゃあ、何で僕の事なら絶対に否定しないなんて言えるんです?」

「ははは、なるほどなかなか鋭いじゃないか」


 鋭い指摘をしたはずなのに、やっぱり飄々と余裕綽々の態度を崩さないチアキさん。


「では答えてしんぜよう。なんと、ロム君を初めて見た時からベタ惚れして、問答無用で支援すると決めたんだよあの子は」

「アムがお断りしましたけども」

「ええっなんで!?」


 施されることに慣れている僕には断るなんて選択肢は存在しないだけに、アムちゃんの行動が信じられない。

 アムちゃんの顔には苦渋が浮かび上がり、その理由を語りだす。


「セラ姉様が個人的な感情で一個人を優遇するなんて、全人類に平等な救いを与えるのが使命の聖職者として許されませんから、アムが諭してあげたんです」

「いやまあ傍目から見ても嫉妬してるだけなのはわかりやすいんだがね……ングッ!」


 メード奥義の肘打ちがチアキさんの脇腹に突き刺さった。

 また鼻血を噴きそうなくらいに顔を充血させているアムちゃん。

 こんな調子では体調を崩すのではないかと不安だが、僕よりもよっぽどチアキとの方が漫才コンビとして成立するんじゃないか。性格の相性は悪そうだけど。

 さておき目下の問題はアムちゃんに儲け話を持ち掛けるのは適切な手段では無さそうな事だ。清貧指向なのは今までの状況から想像できたが、これから金を稼ぎやすい仕事を始めて生活を豊かにするのが目的だとの売り文句で提案すると反対されてしまうかもしれない。他に先んじてメード喫茶をやるにしても、儲かるからとの理由は意欲に繋がらない可能性がある。


「それで、メード喫茶って何でしょうか?」

「その服を着て御主人様に御奉仕をする要素が加味された喫茶店だよ」


 チアキさんがすかさず説明する。今の説明でアムちゃんの意欲が削がれなければいいが果たして――


「御奉仕! でしたらぜひアムもお手伝いさせてください!」


 あ、その言葉が響いちゃったんだ。

 御奉仕と聞くと卑しい行為が念頭に来てしまう僕ではこの説明は出来なかっただろう。ありがとうチアキさん。そして、メードに偏見の無い世界にもありがとう。


+*+*+


 その後、孤児院の子供たちと顔を合わせる機会をもらった。ロムさんとは顔馴染みのようで、僕の顔を見るなり近寄ってくれたりじゃれ付いてくる子がいた。

 年齢は三歳くらいから十五歳くらい。全員、アムちゃんも含めて、そのようなお店で働かせるのはNGになるかもしれない年齢だ。

 まあ、御奉仕が僕の想像する内容でなければ問題ないと思うけど。

 メード喫茶の提案はまず聖薇ちゃんにしなければならないので保留として、大まかに仕事や飲食店への関心や意欲があるのか訊いてみたところ、二名から良い反応が得られた。話がまとまったところでこの二人に話を持ち掛けてみよう。


 聖薇ちゃんとは明日会う約束にしていたので、今日は一旦家に戻ることにした。

 メード服は貸してくれるとのことで、アムちゃんはその姿のまま帰ることにしたらしい。普段着のジャージも孤児院から支給された物だそうで、服を管理しているらしき人に渡していた。

 チアキさんからは、メード服を貸す代わりに服の構造を見て調べて、自分でも作れるよう研究してほしいとの交換条件が提示された。それを聞いてもアムちゃんは困惑も拒否もしなかったので、服を作るのも苦手ではないのだろうと思う。

 その後、アムちゃんは孤児院の運営者らしい人から造花を作るための素材を受け取り、手押し車に載せていた。これが今夜の製造ノルマなのだろう。

 帰りも僕が手押し車を押していくのを引き受けた。周囲は樹々に囲まれているため、落葉樹の葉が絨毯となって歩道に敷き詰められ、押しづらさを感じながらの帰路となった。


 バテレン祭は明後日に迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る