第13話 ノーマネー
「いやー、こっちの世界ではイエズス教が強くて、小さな寺院が廃絶させられまくりで困ってるんだよ。大きな寺院も呑み込まれたところがあるし。神仏習合する神が違う神になってるとか歴史改変も甚だしいでしょ」
大きな声で言えないと宣言した直後に、敵陣の渦中で非難の声を上げるチアキさん。
やっぱりこの人は大物なのか、ちょっとアホなんじゃないだろうか。
敢えて、寺院だったら巫女じゃなくて尼僧じゃないのかとはツッコまないでおく。
「で、レンヤ君はまだロム君を追い出したままなのかい?」
「えーと、追い出したつもりはないんだけど、呼べるのかもわからないし」
「父様はいつだって父様なのですから気にしないでください」
すかさずアムちゃんがフォローしてくれる。そうは言っても慕っていたロムさんがいなくなったようなものなのだから、本心からの発言ではないだろう。
僕は僕なりに父様として、フォローのお返しができるようにしなければ。
「となると私も関わった者として責任を感じるから、少し補助してやらないとな」
「補助?」
「そう、こんな風にね」
チャリン、と金属が触れ合う軽妙な音がして、僕の耳にチクリと痛みが走った。
直後、脳が揺さぶられたような感覚を味わう。
視界に重なるように脳裏へ浮かび上がる像。それは今よりもやや幼く見えるアムちゃんの、不安そうな表情だ。
たどたどしい口調で『これからよろしくおねがいします』と言っているのが脳内に響いてきた。
「これってもしかして、ロムさんの記憶?」
「よし、ちょっとは繋がったようだね」
「父様、大丈夫なのですか!? 気分が悪かったりしませんか!?」
隣を振り向くと、慌てふためくアムちゃんの顔が迫り、僕の腕にしがみついてくる。
頭に衝撃が加えられた感覚があったため、顔に苦痛が表れてしまっているのだろう。
「チー姉! また父様で実験しましたね!」
「えっ、実験?」
「まあまあ落ち着いてくれアムちゃん。今のはちゃんと成功しているようだよ」
「それって条件次第では失敗したかもしれないってことじゃないですか!」
今までの大人しさとは別人格みたいな剣幕でまくし立てるアムちゃん。
僕のことを心配してくれているからこそなんだろうけど、ケンカされるのは心苦しい。何よりチアキさんみたいな食えない人とケンカすると、ますます面倒くさいことになりそうだからここは鞘に収めてもらおう。
「ほらもう全然平気だよ。実験大成功ー」
「そんな棒読みで言われても納得できませんよ父様」
「棒読みって……今より幼い感じのアムが、これからよろしくおねがいしますって言ってるのも結構な棒読み加減だったぞ」
「あ、それ父様に引き取られた日にここでしたご挨拶です!」
記憶の中のアムちゃんを真似たら、即座に思い出したようだった。僕の迫真の演技が功を奏したようだ。迫真の棒読みが。
するとチアキさんが思いついたように、おおと声を上げた。
「繋がった記憶共有のパイプはまだ細いから、真っ先に同じ場所で最も印象深く重要な記憶が呼び戻されたみたいだね」
チアキさんが状況を説明すると、アムちゃんの顔がみるみる喜色に染まっていった。
「父様にとって最も印象深く重要な記憶がアムのことだなんて……嬉しすぎて鼻血が出ちゃいそうです!」
「ええっ、ティッシュティッシュ……」
喜色は赤色であり充血に等しいと気付いて、本当に鼻血を出すんじゃないかと思い、反射的にポケットをまさぐったがそんなものは所持していない。
「ちり紙って言葉、私らの世界じゃ古紙回収の時くらいしか下卑た聞かんよな」
そう言いながらチアキさんが差し出した袋には【ちり紙】と書かれて、ティッシュらしき白い紙が折り畳まれて入っていた。
なるほど、ティッシュって言葉もアウトなのかこの並行日本下卑た国は。
ありがたく受け取ってから紙を引き抜き、こよりを作る。
「はい」
「いえ、たぶん使わないですそれ」
スッと冷静な声音で返すアムちゃん。お手製のプレゼントを拒絶されてしまって悲しい。
それにしてもこの子は喜怒哀楽がころころと変わるな。情緒不安定なんだろうか。
「父子漫才も終わったところで、私は仕事に戻らせてもらうよ。お前たちもしっかり仕事して、まともな生活を送るんだぞ」
「うっ……」
痛い所を突かれてしまい、呻き声を上げてしまった。その通りだ、まともな生活のため仕事をしないと。
ああそうだ。そのためにここに来たんだ。
「ちょっといいですかチアキさん」
「おや、まだ見せる漫才ネタがあるのかい?」
「ではなく、育成師として預けてもらえそうな子がいないか探そうと思うんですが」
「ほう?」
チアキさんの目が怪しく光る。
ああやっぱりこの人には頼みごとをしない方がいいのでは、と相談した後で気付いたがもう手遅れみたいだ。
意地悪そうにニヤリと口角を吊り上げ、告げてくる。
「君にもう一人養える余裕があるのかい?」
「うっ……」
再び図星を食らい呻くしかなかった。
二の句が継げないでいると、アムちゃんがダンと大きな足音を立てて僕の前に進み出た。
「出来ますっ!!」
「おっ、何でもするって言ってくれるのかい? 事と内容次第では、私も援助を惜しまないでやろう」
下卑た顔をするチアキさん。言質を取ってアムちゃんに首輪を嵌めるつもりか。
さすがにそれはマズイ。どうにか回避しなければ。
「前にお願いされていた、バテレン祭での天使役を引き受けますので」
「よっしゃ! 交渉成立。乙女に二言はナシだよ?」
「なしでいいです。私、天使になりますっ!」
力強く言い切ったアムちゃん。
並々ならぬ決意に興奮したのか、ちょっと鼻血が出ていた。
+*+*+
孤児院の中に通されながら聞いた話によると、チアキさんの言う援助とは育成する子が僕と契約した後も孤児院で預かり、食事や着替えの世話をすることで僕の金銭面での負担を最小限にしてくれているらしい。
その見返りとして、件のロムさんへの実験が行われたのが真相のようだ。
なるほど、金銭面の問題はロムさんの抱える問題なのだから、アムちゃんに負担は掛けられないからと自らが実験台となる選択をしたのか。なんとも世知辛い話だ。チアキさんが臓器提供を要求する闇医者に見えてきた。
けれども今度ばかりはロムさんが体を張って守ったアムちゃんを僕の判断で売り飛ばしてしまった。兎にも角にも、お金を生み出せない僕自身が情けないし恨めしい。
「ひとつ、大きな賭けをしてみないか?」
チアキさんが真剣な顔で提案してくる。今までは飄々として捉えどころのない雰囲気だっただけに、芯が通り張り詰めた声が僕の心臓を跳ねさせる。
ゴクリと生唾を飲み込んでから、しっかりと頷いた。
「聞いて驚くなかれ。こっちの世界には、メード喫茶がないのだよ」
「……はい?」
「作らないかい、メード喫茶を。流行を先取りできる知識を持ち合わせているのが転生者の強みだろう?」
「真剣な話、なんですかそれ?」
「マジもマジ、大マジだよ」
チアキさんが向かっていたのはクローゼットだった。ここではクローゼットとは言わないんだろうけど。
御開帳。すると、なるほどそこにはメード服らしい衣装が吊られていた。
「私が試作したこのメード服は、なぜだかアムちゃんの背丈に合わせて作られているのだよ」
「なぜだかってなんでですかー!」
嫌な予感がしたのだろう。アムちゃんは声を荒げたが、もう拒否権はないとばかりにチアキさんの魔の手が伸びる。
「説明がまだだったね。これが天使の衣装なのさ」
「こんな服を着た天使様なんて知りませんっ!」
「いや、私達の世界ではこの服を着てる天使がいるんだよ。あとナースっていう白い天使も居たりして」
そうだよな、と言わんばかりに肩を組んで同意させようとしてきた。
さらに追い討ちを掛けるように、強請りの一言が告げられる。
「アムちゃんがメードさんになるのを引き受けてくれるなら、援助対象者をもう一人増やすと約束しよう。二人分だよ二人分」
その提案はあまりにも魅惑的だ。このチャンス、逃してはならない。
僕はアムちゃんの犠牲を容認する判断を下した。
「そうなんだ。メードさんは僕の知る天使の中でもかなり上位にいる存在だから、アムにはぜひなってほしいな」
僕の言葉を聞いてチアキさんは満足そうに頷く。我が意を得たりの顔をしている。
チアキさんの策略にハマっているのを自覚しているものの、この信念は曲げられない。いや、そんなことよりも。
アムちゃんのメード服姿とか、絶対見たい。見たすぎる。
着てくれるなら土下座してもいい。
「着て、くれるよね」
いつしか僕の手にはメード服が握られ、アムちゃんに押し付けるように差し出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます