第12話 奇蹟の再会

 空になった手押し車を受け取り販売所を後にする。

 吊り橋は渡らずにそのまま道を奥まで進むと、西洋風の建物が近づいてきた。

 見覚えがある。そうでなくても、建物正面に据え付けられた十字のオブジェでそれとわかる。

 アムちゃんも先に教会へ立ち寄り挨拶するとのことなので同行する。


 聖堂内は静寂に包まれていたが、何名かの姿が見える。頭を垂れた様子から、祈りを捧げているようだ。

 アムちゃんは聖堂の奥に向かって一度深いお辞儀をしてから、構内の脇にある扉に向かう。僕もそれに倣って後に付いた。


「おはようございます」

「はい、おはようございます」


 部屋に入るなり挨拶をしたアムちゃんに返答があった。若い女性の声だ。

 続いて部屋に入る。


「あっ、今日はロムさんもいらしたのですね」

「おは………!?」


 流れのままするはずだった挨拶が、修道服に身を包んだ女性の姿を捉えた瞬間に途切れてしまう。

 それは、ここにいるはずのない人だったからだ。


「うそだろ……」

「……うそ?」


 突如、驚愕の顔をした僕を見ても動揺することなく優しく微笑み返す顔。

 見覚えがある。いや、忘れてなるものか。


「……聖薇せいらちゃんだよね?」

「うそーっ!?」


 その名を呼ぶと今度は女性が驚愕の色に変貌し、うそと鳴く動物になっていた。

 質問への答えになっていないから再度、半ば確信しながら問う。


「聖薇ちゃんだよね」

「ほんとに!? ほんとに!? ほんとに!?」

「僕はライオンじゃないよ」

「ほんとに錬冶おにぃだ!」


 静粛な空間に響き渡る裂帛れっぱくの声が上がり、修道服なる慎ましやかさ極まれるお召し物には似つかわしくない豊満な双丘が一直線に飛び込んできて弾んだ。

 五年ぶりの再会は、五年前よりも明らかに大きく成長した感触によって強烈な印象として刻まれることになった。


「ロムさんは? ロムさんはどうしたの?」

「それが僕にもよくわからないんだけど、記憶が入れ替わった、のかな?」

「いえ、そんなはずはありません」


 きっぱりとアムちゃんが否定した。

 その言葉に少し冷静になって考えてみると、チアキさんとの会話から得た情報と齟齬が発生していることに気が付いた。


「えーと確か、ロムさんの記憶の隣に僕の記憶がコピーされたみたいな」

「コピー、ってどういうこと?」

「コピーとはなんでしょうか?」


 揃って同じ言葉に疑問を抱かれたが、アムちゃんはそもそもコピーなる言葉を知らないようだった。この世界、やっぱり英語が敗北している。

 僕が言い直そうとすると先に聖薇ちゃんが自分なりに回答を出してきた。


「もしかして、複製された記憶だけが転移して脳内に共存しているとか?」

「あ、そんな感じみたいね」

「やった当たった!」


 正解と言い切れるほど僕自身が納得できていないが、チアキさんの言葉を受け売りするのであればそうなるだろう。

 それにしても今気になる単語が挙がっていた。


「聖薇ちゃんも転移したの?」

「うん、五年前に台風で飛ばされて、気付いたらこの世界に転移してて」

「あの台風って転移装置だったの!?」


 聖薇ちゃんは五年前、台風の日に自転車だけを残して忽然と姿を消した。台風の日に自転車で走るのが危険なのはわかっているだろうに、いつものように川沿いの道を僕の住む家に向かって来ていたらしかった。増水した川に流されたと噂されるごとに、僕は負い目を感じていた。無事だったならその日も僕のために夕食を作りに来てくれていただろうから。


「こっちの私はセラって名前だったらしくて、孤児院の流行病に罹って私が来た半年前に亡くなったそうだから、私が転移してきたのを神の奇蹟だと大騒ぎされちゃったりして、しばらくの間はテレビに雑誌に取材の嵐で大変だったりして……」


 台風とは別の嵐にも巻き込まれる大惨事が発生した過去を語る聖薇ちゃん。

 この世界で生きている喜びを味わおうとする僕は置いてけぼりになりつつあった。


「それで今やアイドルに…?」

「アイドルしてるように見える?」

「いいや、シスターしてるように見える」

「シスターとアイドルの兼業、面白そうではあるんだけど現実には難しいかな」


 そうだよな。シスターが兼業するのはだいたい傭兵だもんな。

 まあこの世界はそれ系のファンタジー色は無さそうだけど。


「ちょっとだけモデルの仕事はしてるよ。修道服以外はダメだから限られた使われ方なんだけど」


 限られた使われ方――シスターおっぱい専門誌とかだろうか。

 いやそれは神罰が降りそうだから無いな。


「ところで、こちらではシスターのことシスターって呼ばれるの?」

「ううん。修道士だよ。英語はほぼ通じないから」

「みたいだね」

「鎖国の仕方が違うだけでこんなに変わるってびっくりだよね」

「鎖国の仕方?」

「そっか、それを知らないとこの世界が理解できないよね。ちょっと時間をもらえれば参考になる本を用意するよ」

「おお、助かるよ」

「じゃあその前に……」


 再びのハグ。そして弾力の暴力。

 傍目から見たら慈悲深いシスターの愛を感じる行為かもしれないが、健全な男子には不貞行為と勘違いしそうな誘惑を覚えてしまう。それくらい愛が詰まってボインボインと揺れる二基のやわらかタンクは可燃物たっぷりだ。

 そして、僕よりも頭一つ分小さな背のため自然と上目遣いをされながら、猫なで声で近接口撃を放ってきた。


「ほんとにほんとに、こっちでおにぃに会えたのがすごく嬉しいな……」


 もう我慢できねえよ。

 ぎゅってした。

 久しぶりに触れる聖薇ちゃんはすっかり大人の女性の身体になっていた。もうふざけてお触りするのは遠慮しないといけないだろう。

 このまま感動の再会の余韻を味わい続けたい気持ちもあったが、アムちゃんハムちゃんが待っているだろうから切り上げて次に進まなければ。

 聖薇ちゃんの頭をふんわりとひと撫でしてから身体を放した。


「じゃあまた来るから」

「うん、次はゆっくり話そうね」

「いつ頃ならまとまった時間が取れる?」

「これから午後二時頃までは礼拝者の対応が増えるから、それより後がいいな。でも五時からは孤児院でお世話が忙しくなるから、二時から五時までの間ならゆっくり話せると思う」

「わかった。じゃあ明日のそのくらいの時間に来ようかな」

「あ、それなら来る前に連絡してもらえない? 準備したいから」


 聖薇ちゃんの懐からガラケーが出てきた。この服は構造がわからないので、どこにポケットがあるのかわからない。まさか挟んでいたなんてことはないと思うけど。

 それにしてもケータイはあるんだな。歴史に変化があって文化に違いはあるようだけど、どうやら科学のレベルに差はなさそうだ。


+*+*+


 礼拝堂を後にすると、アムちゃんが興味津々の表情を隠さずに訊いてきた。


「父様はあちらでもセラ姉様とお知り合いだったのですか?」

「うん。あちらでは上里聖薇かみさとせいらって名前で、僕の親戚なんだ」

「では血縁者なのですね?」

「ちょっと遠いけどね」

「では結婚も可能な間柄なのですね?」

「ええと、そうではあるんだけどね」


 やけに僕と聖薇ちゃんの関係を探ってくるアムちゃん。鼻息が荒いって感じの興奮した顔をしている。

 孤児院は礼拝堂と隣接しているから、移動時間はわずかではあったけれど、簡単に聖薇ちゃんがいかに僕のことを慕ってくれていたのか説明する。


「僕が不摂生な食事をしていると知ったら、わざわざ自転車でここから僕の家まで食事を作りに来てくれていたんだよ」

「それならアムも負けていませんね!」


 胸を張るような体勢をしながら、聖薇ちゃんへの対抗意識を示す発言をしていた。


 孤児院は塀で囲まれ、鉄格子のような形の門によって閉ざされていた。

 脱走防止なのだろうか。街に出て遊ぶ自由を制限され、囚人のような扱いをされているのなら可哀想だ。

 門の横にはカメラのレンズらしき円形の物体が付いていた。インターホンにしてはボタンが見当たらない。

 アムちゃんがカメラを覗き込むようにしている。珍しい物を見つけて興味が湧いたのだろうか。

 と思った矢先に門が重い音を立てて開いていった。アムちゃんはそれが当然かのように戸惑うことなく門の先に進んでいく。

 もしかするとこれ、網膜認証装置なのでは?

 こちらの世界の孤児院、侮れないな。


「おや、レンヤくんじゃないか。それとも今日はロムくんかな?」


 院内に入る前に呼び止められた。

 その声、その言い回しから誰なのか察した。


「マジカル☆チアキさん、どうしてここにいるんですか?」

「いやだなあ、私の職業は保母さんだよ。魔法使いとかじゃないから」

「保母兼呪術師ですね」


 ボケ封じをするかのようにピシャリとアムちゃんが断定した。

 え、でも保母さんなのはマジ?

 見ればチアキさんの服装は保母さんでイメージされるピンクのエプロン姿だった。でもチアキさんのキャラクターならこれもまたマジカルな気がする。


「アムちゃんにとっては私って異教徒だから呪術師になっちゃうのかあ。ふむ、さもありなん」

「異教徒?」

「ああ、この仕事をさせてもらってる以上、あんまり大きな声で言いたくはないんだが……じゃあ証明するために今度は巫女服で参上しようか」


 なるほど異教徒だ。

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