第11話 リスタアト

 アムちゃんはまだしばらく起きそうにないほど深い眠りにあるようだったので、部屋まで抱えて移動させることにした。

 痩せ気味の体型とは言え、成長期の後半を迎えている頃合いらしく、いい感じに育ってきている頃合いなので抱え続けるのは正直厳しい。本人に言ったら怒られてしまうだろうか。まあ僕の腕力が不足しているのが一番の原因なんだけど。

 よし、目標の一つを、アムちゃんが大人になってからでもお姫様抱っこできることにしよう。


 わずか二十メートル程度の距離をやっとの思いで移動させると、そのまま起こさないように部屋を後にした。

 今、僕は早急にやらなければいけないことがある。

 その穏やかな寝顔を見て誓いを新たにした。これからも維持できるよう守っていかなければならない。安心して過ごせる家を守らなければならない。

 お金が、欲しい。

 ちゃんと稼ぐために今の僕にできるだろう最適解は【育成師】になること。

 そう信じて、やれることからやっていこう。


 昨日購入した本を開く。

 まずは流し読みで全容を把握しよう。

 表題に【育成師の基礎】とあるページに書かれている中で要点と感じた箇所をピックアップしていく。


・育成師資格は十八歳以上の男女全員に等しく与えられる

・人材の獲得には競売の他、親権者からの預託、孤児の引き取りがある

・いずれの場合も条件が課されている場合があり、事前に確認が必要となる

・条件に反した場合、内容によっては育成師資格の欠格となることがある

・条件は倫理に反する場合があるが、原則として破棄は受けられないため、事前に確認の上、正しい判断が求められる

・倫理に反する行為が公になった場合、法により罰せられることになり、それは条件を課した者と育成師の双方に与えられる

・法の制限を受けない業界と、そこに属する育成師がいることも否定はしないが、ここでは触れないこととする


 育成師になるには資格が必要だが、誰でも十八歳になるだけで得られるものらしい。選挙権のようなものか。

 気を付けるべきは育成条件か。これに反すれば資格を失うことになりかねないし、条件を守ったとしてもそれが倫理に反しているのならば今度は法により罰せられる。条件次第では受けた時点で詰んでしまうようだ。

 アウトローの裏稼業を請け負う道もあるようだが、僕は今いる子供たちに真っ当な道を歩ませたいから論外だ。


 では、人材を獲得するために最もリスクが低そうな方法を選ぶとする。

 三つ挙げられているうち、競売は先立つ資金がないため今回はパスだ。そもそも人身売買されているのが驚きだし、それが倫理に反していないのだとしたらこの世界における倫理観が見当も付かないから、この世界に馴染むまではやめておくべきだろう。

 親権者からの預託については、育成師として著名でなくては任せてもらえないだろうし、人脈も必要だろう。今の僕にはどちらも望めない。

 となると孤児の引き取りしか選択肢は無いだろう。チアキさんの言葉からは、アムちゃんも孤児院から僕に引き取られたとのことだったので、今回も同じ方法を使うのが無難だろう。僕が育てたとは思えないくらいに人間が出来ているアムちゃんを基準とすれば、この孤児院は実直な人間教育が出来ているのだろう。可能であれば同じ孤児院を当たりたい。

 それに何より、アムちゃんを引き取る際にどんな条件が提示されているのかが気になるところだ。その条件については孤児院が情報を持っているはずだ。今後の安全を考えると確認しておくべきだろう。


 今日は孤児院に行ってみよう、と目的が出来たところで部屋の入口方向から規則正しいリズムで床が軋む音がしてきた。


「父様、おはようございます。お身体はよろしいでしょうか?」


 アムちゃんが起きてきて、こちらを寝ぼけ眼で見ていた。

 早速で悪いけれど、確認したくて質問を投げ掛けた。


「アムは孤児院出身なんだよね?」

「はい。聖ヨミガエル孤児院の出です」


 頷く二人を見て僕も頷く。すんなりと行き先が決まっただけでなく、その輪廻転生っぽい名称が宗教混ぜ合わせ感があって興味が湧いたからだ。


「その聖ヨミガエル孤児院に行ってもいいかな?」

「もちろんです。造花の納品先もすぐそこですから、二人で一緒に行きましょう」


 嬉しそうな顔をして返答するアムちゃん。二人で一緒に行けるのを喜んでくれているのなら僕も嬉しい。

 すぐそこと言っているのは、納品する造花は宗教の行事で使われる物らしいから、納品先の問屋は宗教施設が取引先だからと思われる。

 となると、その近くに教会があって、併設で孤児院があるってことかもしれない。

 この付近で教会と言えば――思い当たる場所が浮かんできた。


+*+*+


 今日の朝食メニューは昨日と同じだった。少しキャベツ――ではなく甘藍を刻んだ量が多いくらいか。

 当然、目玉焼きの味付けには醤油を選択する。二日連続して醤油を選択した僕の姿にアムちゃんはやや不思議そうな顔を返していた。明日はソースを試さなくてはいけないのかなという気分になってくる。


 食べ終わってすぐ二人揃って外出の支度をする。

 アムちゃんはパジャマの上にジャージを着ていた。どうやら中に着るものは体操服とローテーションをしているようだが、上着であるジャージは外出する用事が無い日までは洗うことなく着るらしい。そんな運用で悪臭に染まらないのがアムちゃんの凄いところなのではないだろうか。僕には真似できそうにない。

 かく言う僕も昨日と同じジャージを纏っている。袖を嗅いでみると少し危険な領域に差し掛かっているのが判明し、できるだけ外出を控えたいとの気持ちが首をもたげる。これから外出しなくてはならない用件が増えるだろうから、着替えられる服の確保も目下の重要事項にするべきだろう。

 今日は僕が手押し車を受け持ち、アムちゃんは道案内に専念してもらうことにした。

 アムちゃんが進んでいく方向は商店街と逆側。山の見える方だった。


 三十分ほど歩いた先にある小高い丘を登ると、道と共に側を流れる川が分岐する場所に辿り着いた。さらに少し進むと大きな岩がごろごろとしている渓流を跨ぐ形で吊り橋が掛かっているのが目に入る。

 僕にとっては見慣れた場所なので、自分の予想が当たっていることをほぼ確信していたが、いきなり先に行っては妙な空気になりそうなので、引き続きアムちゃんの案内に任せることにする。


「この橋を渡れば着きますよ」


 人がすれ違うのがやっとな幅の橋を、手押し車を慎重に操作しながら渡る。観光名所になっているようで、橋の規模に見合わない人の往来があるので手押し車は迷惑にならないかと心配になったが、周りの人は慣れた様子で道を開けてくれた。

 皆、見るからに外国人なので思わずサンキューと英語で返しそうになったけれど、この世界では普通に『すいません』と言う方が良さそうだったので、橋を渡り終えるまで間髪入れずにすいませんと言うだけの人になっていた。

 思い出すのはあちらの世界。同じ橋を自転車を引いて渡り、同じようにすみませんを連呼したものだ。あちらでもこちらでも、この景観があるなら観光地となるのは必然らしい。


 到着したのは観光客向けの物産品販売所だった。不思議なほどあちらの世界とよく似ているが、隣に温浴施設は併設されていないらしく、それと比べるとやや小ぶりの規模に見えた。代わりにではないが、ログハウス風の建物が建設中のようで、作業員が鳴らす工具の音が聞こえてきていた。

 アムちゃんが言うには販売所の奥に問屋があるらしい。どうやらこちらは直売所のようだ。

 問屋に造花を納品した後、アムちゃんは販売所に向かった。

 販売所内には主に野菜が売られているが土産物も置いてあり、その一角にアムちゃんが作っている造花が置かれるスペースが設えられていた。人気商品なのか、今は一本も残っていない。

 問屋の人が、ラッピングされ値札が付けられた造花をカートに載せて品出しを始めた。ひとしきり出し終えたのを確認したアムちゃんは、造花売り場の前で呼び込みを始める。

 すると瞬く間に人が押し寄せ、瞬く間に捌けた。気付くと売り場にはもう一本も残っていなかった。

 ふと購入者の声が聞こえてきたので耳をそばだててみる。


「今日は天使様の花が買えたから幸せだ〜」


 アムちゃんは天使。なるほどその通りだ。

 販売をすると言っていたのは嘘ではなかった。でも、アムちゃんが天使すぎて即座に売り切れてしまうのだ。だから昼前には帰ってこれるのだ。

 これ、アムちゃんが作ったと思わせれば他人が作ったものでも売れるのでは?

 アムちゃんの造花は見事な出来栄えなので僕は真似できそうにないけれど、品質よりもアムちゃんが販売しているのが購入の決め手になっていそうなので、粗悪乱造すればボロ儲けできちゃったりしそうな予感がする。とすると僕が育成師を諦めて造花職人になった方が家計を潤せそうだ。


「アムの造花は品質第一で妥協を許していませんから、みなさん安心して買っていってくれるんですよ」


 僕の浅はかな考えは、他でもないアムちゃんの職人気質な一言で脆くも崩れ去った。


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