第10話 風呂んてあ

 この家は古臭いながらも設備は一通り揃っており、便所と風呂もある。お金が無くても人権を失う心配は無い。

 洗濯機などの電化製品はないので、服は数日着てから手で揉んでから浸け置きする程度らしいので、ジャージを着た時には正直ちょっと気になる臭いがしていた。それと似た臭いはアムちゃんからもしていたけど、年頃の女の子に体臭を指摘するのはさすがに気が引けたので言えていない。もちろん実はそれがちょっと好きだとも言えていない。

 雑菌が繁殖して臭いを出していると考えれば不快と感じるが、女の子から発生していると思い込めば不思議と悪くないと思えてしまうものだ。思い込みの力って凄い。


 電気は引いていないがガスと水道はあるのが不思議に思えたがなるほど、食事と風呂を外でするとなると出費が嵩むから、家で行うのに必要なガスと水道にしているのに納得だ。この世界にもオール家電はあるのかもしれないけど、ガス用の方が電子制御の必要が無いぶん機器の構造がシンプルで安いとかはあるだろう。

 でもさすがに電気器具が一切使えないのは不便なので、目下の目標は電気のある生活にしようか。


 そんな事を、小さい風呂桶にハマりながら考えていたのだが、黒ずんた外観のガス釜が不調なのか湯の温度がかなり低いままだったので、贅沢は言えないけれども少しは追い焚きをして欲しい気分だった。そうしないと外に出た途端、冬の気温に身体が冷まされて凍えてしまいそうだ。


 問題は、ガス釜なんて触ったことが無いから操作方法がわからなくて追い焚きができないことだが。

 操作するツマミは風呂桶のすぐ横に付いているから、操作してもらうにしても浴室に入って来てもらうしかない。

 僕は全身を縮めて風呂桶へさらに深く沈んでから声を上げた。


「アムー、お湯を温め直してもらえないかー」


 遠くにいるだろうアムちゃんにも聞こえるよう、できる限りの大声を出した。


「すぐに入って釜を点けますので」


 声は思いがけず側から聞こえてきた。

 そして間もなく脱衣所と浴室を隔てた木の扉が開き、全身の肌色を晒したアムちゃんが躊躇する様子も見せずに入ってきた。

 謎の光はもちろん、タオルさえも仕事をしていない地上波放映NG状態である。

 僕に対して心も身体も許してくれるのはありがたいけれど、少しは男性に見られる事に対する羞恥心を覚えてほしいお年頃なので、今後は注意していく必要がありそうだ。でも、僕に対してだけは今までどおりに接してほしいかもしれない。


「では釜に火を入れますので熱くなりますから気を付けてくださいね」


 釜に近づいて操作するのを見ていたら、自然とアムちゃんの裸身を横から見る事になった。

 栄養不足が否めない細身ながら、胸や尻の辺りには確かな母性が主張しているのに気付いて、反射的に僕の股間は屹立しそうになってしまう。


「あっつ!」


 足元に高温の湯が湧き出て、つい可愛らしい反応(当社比)を上げてしまった。


「真ん中に循環器があるのでそこが熱くなってきます。ですので股を開いていれば安全ですよ」


 股を開くなんてとんでもない! 僕はそんな誰にでも――ではなく、股間のコンディション不良がアムちゃんにバレてしまうのは今後に差し支えそうだからシュレディンガーの息子にしなくてはならない。


 できるだけアムちゃんの方を見ないように心掛けて隆起を鎮めようと務める。が、アムちゃんがすぐ近くで裸身を晒し続けている事実がどうしても意識外に出ていってくれない。

 やがて、ザバーッと水が流れる音がすると一瞬の静寂が訪れた。ふと緊張が途切れ、目を閉じてひとつ大きな溜息を吐く。

 つられて股の防御も緩んでしまう感覚があった。


 ――目を開く。

 アムちゃんの脚が僕の脚を掻き分けるようにして挿し込まれてきていた。咄嗟に股を閉じようとも思ったが、不安定な体勢で滑りやすいタイルに片足立ちしてる状態で動きを阻害してはバランスを崩してケガをさせてしまうのではと思い留まり為すがままにする。

 結果、あっけなく僕の股はアムちゃんの身体の幅まで開かれ、左右の内股に洗いたてでスベスベ感が極限まで高められた柔肌が当たった。とてつもなく気持ちの良い触り心地に、シチュエーションの異常さが掛け合わされて意識が飛びそうになる。


「父様……あったかくて気持ちいいです」


 その発言はお湯なのかそれとも僕の内股の温度なのか。

 脳内をほとばしる刺激物質の暴虐に抗えず意識が朦朧とする中、アムちゃんの上気した桃色の上半身が近づき、蕩けるような声音で囁いた。


「父様、ぎゅーってして」


 ここにきて甘えんぼモードを発動したアムちゃんが抱きついてくる。細くしなやかな腕に首筋をガッチリホールドされた僕は風呂桶というマットに沈み、身体が密着する感触を味わうことのないままあっけなく意識を手放した。


+*+*+


 朝チュン――が今朝は妙に反響して聞こえる。

 目を開けると見知らぬ天井が。しかし白くはなく、木の年輪がこちらを見つめる目にのようだった。

 全身が痛い。無理な体勢で寝てしまったのだろう。

 それになにより寒すぎる。このままでは風邪を引いてしまいそうなほどの寒さに身震いしながら、なぜか裸のままで寝ていた事実に愕然とする。こんな真冬に裸で寝るとか、我ながら豪胆すぎるぞ。

 毛布代わりなのか、身体の上に何枚か重ねられたタオルと、アムちゃんが着ていたのと同じジャージと体操服を退ける。他人の服を被って寝ているだけでも異常なのに、それらはしっとりと濡れている。

 まさか――アムちゃんの衣服を借りて興じてしまったなんてことはないよな。僕の知らないもう一つの人格が、アムちゃんの服に染み付いた匂いをオカズにクズプレイを敢行しているとしたら。


 ロムさん、こんなゲスい目的のためにアムちゃんを?

 だとしたら心底見損ないますよ?


 とりあえずロムさんに濡れ衣を着せて強引に気持ちを整理する。

 でも物理的に濡れ衣を被せられているこの状況は何も説明できていない。


「あ、浴室で寝てたのか」


 そりゃ風呂桶の中で寝てたら全身が痛くなるし濡れるよな。

 いやいやそれよりもなんで風呂で寝てるんだ。

 記憶を手繰り寄せ切断箇所を探る。と、ほどなくアムちゃんの腕が首筋に絡み付くビジュアルが脳裏に蘇る。

 爽やかな朝の清らかな空気を抜けて届いた陽光が窓から射し込み、そそり立つ亀の子を聖剣のように神々しく照らし出していた。


「いや、亀の子たわしってほど剛毛じゃないんだが」


 自身の脳内描写にツッコミを入れ、風呂桶からの脱出を図る。

 冬季の朝に裸でいるのは辛すぎる。湯が染み込んだ服も冷めきって凍りそうなほどだった。早く身体を拭いて服を着ないと風邪引き必至だ。

 立ち上がり視線を巡らすと、脱衣所への扉が開いたままになっていて、その先で毛布が丸まっていることに気が付いた。

 もしかして、と思いながら前まで移動して、そろりとめくってみる。


「すぅ……すぅ……」


 寒さを少しでも和らげようと互いの体温を伝え合うように密着しながら静かに寝息を立てているアムちゃんがそこにいた。


 状況から察するに、僕は昨夜の入浴中に気絶してしまい、そのまま眠りこけてしまったが、アムちゃんの力では風呂桶から出すことができずにやむなくこの場でやり過ごすことにして、湯を抜き見守ることにしたのだろう。

 僕のことを心配して、少しでも近くにいようとここに居続けてくれたのだ。嬉しすぎるし愛おしい。

 そんな愛おしい我が娘の前に全裸の父親が仁王立ちしているのが今の状況だ。

 第三者の視点で見たとしたら通報不可避。

 まず、服を着よう。

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