第7話 異邦への来訪

 ゲーム【スレーブメード】の世界――

 それは、奴隷が階級として容認され、人身売買が常態化した世界――


 ゲームの主人公は、買いつけた人物を育成しメードとするか、虐待し奴隷とするかを、教育や調教を経ながら選択していくことになる。

 立派に育成されたメードは裕福な家庭に供給するブローカーに高値で売れるし、主人公の欲望の赴くままに虐待された奴隷も主人を慰めるための技能に秀でていれば高値で売れることがある。

 一方で、自分の子供として幸せな家庭を築き上げることも可能で、自由で幅広いプレイスタイルを実現している点がジャンルを超えた評判を呼んでいる。

 ただし、子供として育てるだけでは収入が多く得られず支出がかさみ、クリア条件が厳しくなるという世知辛いシステムでもある。

 主人公と買い付ける相手のいずれも男女のどちらも選べるのが自由度をさらに増しており、業の深いシチュエーションを突き詰めようとプレイする者もいると聞く。

 性の分別がない状態にすることも出来るらしいが――これ以上は深入りするつもりがないのでやめておこう。


 もしもこの【異世界】がイコール【スレーブメードの世界】であったなら。

 人身売買が良しとされる文化が定着し、自身や家族や大切な人がいつ売り飛ばされてもおかしくない不安を抱えながら生活を送ることとなるとしたら。

 僕は心を壊さないまま生きていくことが出来るのだろうか。

 アムちゃんとハムちゃんを売り飛ばそうとする魔の手から守りきることが出来るのだろうか。

 いつしか僕はこの世界の生活に染まり、家族を金品に交換する行為にまで手を染めてしまうのだろうか――


 折り重なって浮上する、おぞましい予感たちの暴力に、次の一歩を踏み出す足を果てしなく重くさせる。


「いつまで牛歩戦術を披露してるんですか父様ー」


 先導しようと前を進んでいたアムちゃんが、靴底が外れ掛かったスニーカーをポコポコと音を鳴らしながら駆け戻ってくる。

 そしてごく自然に腕を絡めてきた。

 これでは父娘というよりカップルに見えてしまうのでは? 僕は嬉しいけど。


 楽しそうに弾む声を上げるアムちゃんに牽引されながら、周囲の建物と道行く車などを品定めするようにじっと見つめる。

 ここは紛れもなく、僕の知る東京都あきる野市だ。建物は現代日本のデザインそのものだし、自動車は激しく行き交っている。たまに自転車が走っているのも見かける。

 違和感があるとすれば、その自転車を漕いでいる人の姿だ。外国人観光客のように見える容姿ながら、生活感の溢れる使い込まれたママチャリを駆っている。

 商店街までやって来て、人の往来が激しくなると、まるで海外の都市にある日本街にやって来たのではないかとの錯覚に陥った。

 この街で見慣れている黒髪の人もいるが、金髪もいればその中間くらい、自然なブラウンの茶髪もいるし、少し赤っぽかったり、栗色だったり、灰色だったり、老人ではなさそうなのに白髪の人もいる。

 ただ、アニメチックで非現実的な緑や青の入った色や、自然ではない原色系の髪色は見掛けない。

 顔立ちも様々で、アムちゃんがたちみたいに日本人離れした人もいるけど、ハーフやクォーターって感じの人が多い気がする。

 これではまるで、日本が多民族国家のようではないか。


「ねえ父様、街の様子はあちらと変わりないのですか?」

「うん、この商店街は良く見慣れた風景そのものだよ」


 見慣れた風景そのものだけに、行き交う人の姿が違和感を増幅させる。


「何か欲しいものがあるのですか? 言ってもらえれば探してみせます」

「ならまずは本屋に行ってみたいな」

「でしたらこちらですね」


 良く知る場所なのか、即座に歩き出すアムちゃん。

 ほどなくして本屋の前に到着した。

 外観は元いた世界にある本屋と変わりなく見える。

 自動ドアの入り口をくぐり、店内に入った。本屋と聞いて想像する通りの、印刷された上質紙の匂いに包まれる。


 本屋に来たかったのは当然ながら、この世界の知識を得るには本が最適だと考えたからだ。立ち読みは褒められたものではないが、幅広いジャンルを能動的に選択できて必要なだけ目に入れられるし、文明レベルが推し量れるし、世俗についても収集しやすいだろう。文字が読めないのでは厳しかったが、誓約書に記されていた完膚なきまでの日本語ぶりからしてその心配はないだろう。

 世俗に関してならテレビも有効そうだが、放映されている番組で扱われている内容を選別する幅に限りがあるし、何より貧乏な我が家にはテレビが無さそうだった。テレビがある世界なのかどうかが判断できる環境ではない。チアキさんの話や、街を見て感じた文明レベルからすると普通にありそうだから、機会があったら観てみたい。


「ちょっとあちらを見てきていいですか?」

「うん、好きなように見てくるといいよ」

「ありがとうございますっ」


 アムちゃんも見たい本があるのだろう。家に本はほとんどなかったが、嫌いなわけではないようだ。本すら買えないほど貧乏な可能性すらある。

 ごめんなアムちゃん。本がたくさん買えるよう、僕も頑張って造花を作れるようにするからね。


 まず近くにあるコーナーから見て回ることにした。そこは週刊誌のコーナーだ。世俗を知るにはうってつけだろう。

 ぺらぺらと適当にページを繰る。書かれている内容は芸能人のスキャンダルやら最新のトレンドやらで、いかにも週刊誌でイメージする内容そのものだ。

 モノクロのページも多いため判別はしにくいが、やはり掲載された写真に出ている人物は多くが日本人らしくない容姿をしているように見える。

 むしろ違和感はその程度しかなかった。


 次に趣味のコーナーを見てみる。

 スポーツ、クルマ、音楽、カメラ、ガジェットとほぼ見慣れたラインナップだ。

 これらのラインナップを見ただけで、どちらの世界も文明と科学の進展具合は同等と判断して良さそうだ。

 ただ、拭えない違和感を覚えたのは、書かれているカタカナ文字の少なさだ。スポーツは運動、カメラは映写機、ガジェットは電子機器と表されている。つまりは英語の表現がなされていない。第二次世界大戦中に敵性語として英語が封じられ、全て日本語表現に置き換えられていた過去があると聞いていたが、現代にそれを再現するとこうなるぞとやっているかのようだ。

 容姿は外国人のような人が多いのに、一方で日本語に固執したような文書表現ばかりなのが違和感ありすぎて滑稽にすら思える。


 続いて漫画のコーナーに来てみた。

 平積みされた作品の表紙を見るに、少年漫画の王道であるバトル物は見当たらない。

 ほとんどの作品で人物同士が密着している様子が描かれている事から想定するに恋愛物が売り場を占拠しているようである。

 見慣れない絵柄が多いためきちんと判別できているのか自信はないが、カップリングのバリエーションが実に豊富だ。大きく年齢の離れた組み合わせもあれば、少年同士、オジサン同士がある。ならこの世界には腐女子が多いのだろうと思ってみたら、おねショタ、おじロリも完備と来ている。予想される組み合わせは網羅されていそうだ。

 驚いたのは、一般誌の売り場と思えるこのコーナーに、薄汚い服が破れ露出した肌に虐待の痕と思われる傷を多く刻んだ人物が、下卑た笑みを浮かべるスーツ姿の人物に寄り添うように描かれた作品も置いてあることだ。普通ならレーティングが課せられそうな表現だろう。

 生々しい描写だったので痛ましさを覚えてふと顔を上げた先に、赤いジャージ姿の子が齧りつくように本のページを覗き込んでいるのが目に入った。

 その表紙には【捧身艶戯】の題名と、メード服の一部がはだけている少女が紳士風のオジサマに抱かれているシーンが描かれている。

 明らかに、未成年の子が見るのはアウトそうな作品だった。


「アムはそういう作品に興味があるのか?」

「ひゃうっ!」


 くすぐられた時に発するような声が上がり、硬い表情に似つかわしくない瞳孔が開いて爛々とした目がこちらを向いた。


「いえ違うのですこれは父様がこのおじさまみたいにしてくれたらいいななんて絶対に考えていませんのでご安心くださいませ」


 わかりやすく狼狽えているアムちゃんも意外な一面で可愛らしく思えるが、弁明する内容は言葉とは裏腹に安心できないものだった。

 年齢相応に未だ性の自覚が無さそうな雰囲気を出しながら、オジサンに性的ないたずらをされる願望があるとか父親として看過できなさすぎる。だからそういう花売りは不許可だ。

 でも、父様にご奉仕する目的ならば許そう。スレーブメードの世界で父娘としてのプレイを選択した以上はごく自然な成り行きだ。まるで問題は起こり得ない。

 今夜もアムちゃんと寝床を共にするのであれば、情けない悲鳴を出して拒絶してしまわないようにしよう。と、下心に誓ったのだった。

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