第5話 並行世界の僕と僕

「それで、マジカル☆チアキさんはロムさんをたぶらかしたと」

「君、人聞きの悪いことを言うもんじゃないよ。まあ言い得て妙なのは認めるがね」


 認められてしまった。

 どうやらマジカルと自称しているだけあって魔女の類であるようだ。


「ところで、レンヤ君は転生したことを随分すんなりと受け入れているような印象があるんだが、気になったことはないかい?」

「ありすぎてわからなくなってしまうくらいですよ」

「じゃあ理解を助けるためにもう一度言おう。ここは並行世界なんだ。今までいた世界とほとんど同じだよ。ほんの一部だけじ曲がったパラレルワールドさ」


 捩じ曲がった性格のチアキさんが言うだけに説得力があるような気がする。

 しかし、それだけで真相にたどり着けるほど僕は世界のことを知らないようだ。

 不本意ながら、まだこの人に助言をもらいたい立場である。しばらく聞き手に徹することにしよう。

 僕の覚悟が伝わったのか、チアキさんは一度前髪を掻き上げてからニヤリとした表情を浮かべ、人差し指を立てて語り始めた。


「レンヤ君がいた場所と、ここは時間軸も空間軸も全く変わらない。時代、土地、宇宙の理は共通で、文明と文化、果ては歴史までもほぼ変わりなく同時になぞられている」


 見慣れぬ家に、旧文明さながらの家具ばかりが配置された部屋で、日本人離れした金髪の女に言われたところでピンと来ないが、一旦は額面通りに受け入れておく。


「文明については、ここは日本の東京都あきる野市で、自動車が行き交う道路が整備されている。文化については、朝の食卓に豆腐と油揚げ入りの味噌汁と醤油ダレの納豆が主役を張る大豆に支配された和食が根付いている」 


 醤油があったのは良かったが、ソースも登場しそうになっていたぞ。

 でも、それならフライもあるのだと期待していいだろう。フライにはソースだよねこれ絶対。


「日本人と言えばサムライとゲイシャを代表とする、着物の似合う艷やかな黒髪の人たちだ」


 いや、今時着物を着ている人なんてイベントでもない限りめったにいないだろう。

 黒髪だって――ん?

 アナタ、ナニジンデスカ?


「そう、並行世界で掛け違えられている要素はそこなのさ。あちらの世界では二十一世紀に至ってなお単一民族国家然としている日本が、こちらでは多民族国家として成立している」


 そしてチアキさんはおもむろに手鏡を取り出した。

 僕に正対するように鏡面を向ける。


 見慣れた僕の姿がそこにはあった。黒髪に覆われた冴えない顔が。


「こちらではロムと名乗ってはいるけれど、この身体は紛うことなきレンヤ君と同一の個体だよ。性格、口調、癖まで何もかも同じ、私が以前から知るロム君その人だ」


 そっか、なら何も問題ないな――とはならないだろう。

 僕は訊かずにいられない。問い質さなければならない。


「じゃあ、ロムさんはどうなってしまったんですか? 僕が身体を乗っ取ってしまったんですか?」


 アムちゃんにとっては唯一無二の存在であろうロムさんがこの世界から追放されてしまったのならば、僕はこれからその枷を背負っていかなければならない。

 かつてのロムさんが僕のせいで居なくなったことを伝えたとしたら、あの父を慕う少女はどんな顔をするのだろうか。考えるだけでも切なくなる。


「やっぱり君は根がいい人だ。ロム君と同一人物だって言ってるのに、ロム君がいなくなったんじゃないかと心配をしてくれるんだから。そりゃそうか、ロム君は生活能力が低くて貧乏なのに、孤児院の子を引き取るお人好しだからね」

「孤児院の子……」


 僕が元の世界のゲーム内で作っていた容姿の子は、こちらの世界では孤児院にいたらしい。

 ゲーム世界の、孤児院をキャラクターの供給元とする設定に符合する。


「アムちゃんのことを溺愛するあまり、ロム君からあちらの世界の君に干渉して、それが好みの容姿だと思い込ませてしまうのも無理はない。レンヤ君がロム君に干渉する以前から、ロム君はレンヤ君に干渉していたと言えるのかもしれないね」


 確かに不思議な感覚はあった。作り込む前からかなり明確なイメージが浮かんできていて、それが自分の好みなのだとどこかで刷り込まされているかのように思えた。


「それにしても、随分と悪趣味なゲームに愛娘を使われてしまったものだよなロム君は。その点についてはレンヤ君の反省を望みたいね」

「悪趣味って……いや、否定できないですね」


 スレーブメード。タイトルのとおり、奴隷を侍らせるのを主眼としたゲームで、性的な関係を結ぶためのキャラクターを作成した結果が、アムちゃんそっくりだという点を指摘されたに等しい。

 つまりは、孤児院から引き取ったアムちゃんをそんな目で見ていたなんて、ロム君のエッチ! と言われたに等しい。


「孤児院から引き取ったアムちゃんをそんな目で見ていたなんて、ロム君の残虐非道性癖倒錯者!」


 更に酷い言われようだった。

 でも、そんな目で見たくなるほど魅力的な子だと思っているのは図星だからそこは認めてやろう。


「そりゃアムちゃんは可愛いから、抱きたいって気持ちが湧かないとは言えませんけど、それはまあごく普通に、好みの女の子を前にして湧き上がる感情として……」


 歯切れが悪く、言い訳にしかなっていないのはチアキさんにも伝わっている事だろう。

 抱くって行為は、父親として守るように抱き締めたいって意味だぞ、と声に出して言えない程度には、父と子の立場になってしまったことを悔いている自分がいるのだ。


「おーいロム君、君のそっくりさんは大事な娘を性的な意味で抱きたいって言ってるぞ。実は君もそんな考えだったなんて言わないよな?」


 チアキさんは僕の中にいるロムさんに呼び掛けているようだ。


「そうそう、ロム君も意識下では今の会話を聞いてるはずだよ。アムちゃんに手を出そうものなら、ロム君が怒ってレンヤ君の魂を消し去ってしまうかもしれないね」

「僕の魂……」

「いや、魂っていうのは便宜上の表現であって、実際にはそんな抽象的なモノではないけどね」

「じゃあロムさんと僕って今どういう状態なんです?」

「同じ環境下で新しいアカウントを作って、そこに君のあちらの世界での記憶をバックアップしたものを展開した状態だよ」


 僕はコンピュータだったのかよと。そんなコピーアンドペーストできちゃう魂とか人格とか都合が良すぎる設定は、SF界隈に持ち込んだらフルスイングで叩き割られちゃうのが関の山。

 だけど、別世界への転生などという【この物語はフィクションです】の但し書きが必須なはずの現象を実体験するに至った今、スイングせずに一球見送るくらいの見極めが求められそうだ。


「じゃあロムさんのアカウントは一旦サインアウトされて、僕というアカウントがサインインして動作中ってことですか?」

「そう。転生は別パーティションに別OSを入れてから複製してる状態だし、転移は別の機器に引っ越し作業をした状態だけど、君の場合は同一パーティションに個人の記憶だけを複製してるだけだからルートを取った側にいつでも入れ替わる可能性があるし、二重人格の形成と大差ないね。傍目から見れば単なる精神疾患者だよ」

「なんだか僕のことを精神病患者扱いしようとしてません?」

「じゃあプロフィールに表示させる特性は小児性愛者だけにしとく?」


 待って。そんなどこの異世界に出しても恥ずかしくない完全無欠の倫理破綻者設定をプロフィールに刻み込むのはガチっぽくなるからマジでやめて。


「えーと、つまりは僕ってロムさんと今も共存してるだけの状態で、転生ではないってことで合ってます?」

「そうさ。転生なんて奇跡がそうあってたまるか。ここはファンタジー世界じゃないんだぞ。モンスターもいなければ魔法だってない、科学だけが真実の力として社会の歯車を動かして、歯車となりボロボロの身体が軋む音を立てている社畜が新しい潤滑油となる新人をいじめるのが常態化している吐き気がするくらいあちらの世界と変わりない東京都だぞ」


 社会人経験のない僕にはよくわからない社会の構図だが、その口ぶりからすると、僕のよく知る東京都とほぼ変わりないのだと理解していいのだろう。

 ちょっとだけ安心する。


「まあ、私は奇跡と共に現出した転生者なんだがな。なんたってマジカル☆チアキ様なんだから」


 前言撤回。この人に出会ってしまった以上、安心してはならなそうだ。

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