第三十二話


 ●


 ロブリー達は全員が外から聞こえたすさまじい音に耳を澄まし、その存在の接近に気付いていた。音は計二回、地面の揺れからよほどの衝撃だったことが推測できる。


 そしてその数十秒後、それは白い大梟の開けた穴から再び降りてきた。


「…魔法部隊、魔法を放てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 ザビウスがその瞬間を見逃さず、間髪入れずに指示を出した。


 炎、水、氷、雷、風、あらゆる属性の魔法がその場に叩き込まれていき、当たりに砂煙を巻き上げる。


 もはや隠れ家の倒壊の可能性など構っていられないのだ。


 砂塵で視界を失い、ロブリー達は一瞬だけ魔法を止めた。


 そしてその瞬間、砂煙が長い白刀によって一瞬で切り裂かれる。


 そこからギルロックが現れ、気付いた瞬間には魔法部隊に接近、白刀を一閃すれば、全員が壁に激突した。


「…馬鹿な…武器は奪ったはず」


 その様子を見たザビウスがうろたえるようにつぶやく。よく見ればギルロックには先ほどまであったはずの左腕がない。


「う、動くな!!!」


 唐突に大声を上げ、ザビウスはギルロックを牽制した。アイネを抱き寄せ、後ろから首元に剣を突き付けている。


「…動くなよ…アイネがどうなってもいいのか?」


 アイネは苦しそうにつぶやいた。


「私のことはいいから…この人たちを倒して…」


 ギルは白刀を上へと投げた。誰もがその美しい白刀を目で追った。その美しさもあったが、何よりも突飛な行動が目を引いたのだ。


 アイネもそれは同じだった。ただ空を舞う白刀を目で追う。


 穴から差し込むわずかな朝日を反射し、とても美しい輝きを周囲にもたらしていた。


 そして、ギルロックは全員が自分から視線を逸らす、その一瞬を狙っていた。


 白刀を放した右手に、ギルロックのステッキが飛んでくる、それを見事に受け取ると、形態変化を行いながらザビウスの方へと投擲した。


 真っ直ぐに飛んで行ったそれは、一瞬視線をそらしていたザビウスの隙を完全に捕らえ、正確に彼の肩へと刺さった。


「グッ!!!???」


 一瞬うめくも、ザビウスはそれでも彼女を放さない。彼女を手放すのと、自分の命運を手放すのが同義だと悟っていたからだ。


 しかし、その判断の間に目を逸らしたおよそ二秒、ギルロックは彼の真横に到達していた。魔走術と瞬間的な身体能力強化が、それを可能にした。


 自分の頬にいつの間にかめり込み始めている拳にようやく気付いた時には、ザビウスは壁へと吹っ飛んでいた。


 その衝撃に倒れそうになるアイネを、ギルロックは抱き寄せた。


 その瞬間、二人の視線が真正面から重なる。


「…ギルロックさん」


 アイネは再度涙を流しそうになるも、何とかそれを我慢した。


「…待たせたな」


 アイネを放すと、彼の義手へと一直線に白刀が飛んでくる。ギルロックはそれを全く見ずにキャッチした。


「さて、ここからが本番だな」


 周囲にゆっくりとロブリー達が近づいてくる。その数は合計で二十人ほど。その中にはアブドとエアロバの姿もある。


 壁を崩しその奥へと飛んで行ったザビウスも、穴の開いた壁面を乗り越えるようにして戻ってきた。


(手加減しすぎたか…想像以上に頑丈だな)


 ザビウスは赤くはれた頬を撫でている。


「チッ…やってくれるじゃないか」


「…降参するならこれが最後の機会だが、どうする?」


「舐めるなよ、ただ楽に勝てなくなっただけだ。勝機は十分にある」


 そういいながら、ザビウスは肩に刺さった黒刀を引き抜いた。


「なら仕方ない。この人数差じゃ上手く手加減できないが、恨むなよ?」


「つくづく舐めやがって…」


 ザビウスがその顔を悔しそうに、醜くゆがめる。


「アイネ、悪いがここからは俺に任せてくれ。今はまだ、君がいない方が助かる。悪いが笛を吹いてくれるか?」


「…わかりました」


 残念そうな表情をするも、アイネは聞き逃してはいなかった。「今はまだ」という彼のその言葉を。


 先ほど拘束された時からずっと手放していなかった笛を吹いた。すると空からまたそれが降りてきた。オウルは砂煙を巻き上げながら、大きな音を立てながら天井にもう一つ穴を開けた。


「クソッ…またか!?」


 ザビウスは砂が目に入らないように、手でかばった。


 魔法部隊が倒れている為、先ほどのように簡単に払うことはできない。


 無論その間にもギルロックは動いている。煙などもろともせず、魔走術を使い一瞬で敵部隊に迫る。


 次々と周りで倒れていく仲間たちの気配を感じながら、アブドとエアロバは構えをとった。しかしすでに心が折れかけているエアロバは、小さくつぶやいた。


「ダメだ…勝てない。俺たちは喧嘩を売る相手を間違えたんだ…」


 肩を震わしながらも、必死に構えをとる。煙の蔓延するその中では、視界を保つことが困難で、依然ギルロックの姿は見えない。


 そんなエアロバの耳にドサッ、ドサッ、という人が倒れる音だけが届く。


 自分の順番が迫っていることを理解し、もはやその体を震わすことしかできない。


「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」


 エアロバはついに恐怖に支配され、一心不乱に前方へと走り出した。だがその瞬間、目前にそれは到来した。


 武術とかそういった技術の一切を無視した、ただ前に押すだけの蹴りがエアロバの腹を貫いた。その一撃は彼がかつてくらったどんな攻撃よりも重く、一瞬にして彼の意識を彼方へといざなった。


 そしてエアロバが倒されると、風魔法が発動され、砂煙の全てが天井の穴からはけていく。


 ザビウスとアブドは周囲に広がる光景を見ると、静かにその目を見開いた。


 二人以外はもうすでに意識がなく、その場に倒れていたのだ。


 たった数十秒の間に、それは起きた。


「馬鹿な…ありえない…」


 流石のザビウスもその光景にうろたえていた。


 ギルはアブドの方を睨むように見ると、ゆっくりと口を開いた。


「アブドさん、俺は執念深い男で、一度見た嫌な光景はなかなか忘れません。あの時、アイネの後頭部を踏みつけてましたよね」


 普段通りの彼の敬語も、今のアブドからすればありえないほどの恐ろしさを発揮していた。


「い、いや、それは…お前の見間違いだ!俺は降参する!参った!もう二度とこんなことはしない!だから見逃してくれ。もうお前達に関わらないと誓う!よければ金も払う、後生だ!」


 アブドは必死に言葉を紡ぐ。そして土下座の姿勢に入り、その場で地面に頭をこすりつけた。


 するとその後頭部にゆっくりとギルロックの足が押し付けられた。


「自分を守ることしかできないお前に、彼女の気持ちの一端でもわかればな」


 そのまま思い切り足に力を入れ、アブドは頭部を地面にめり込ませる。全く容赦されることなく、そのまま意識を失った。


「さて、残ったのはお前一人だ、ザビウス」


「ちょ、調子に乗るなよ。ロブリーは力量主義の縦社会だ。この支部を任された俺の実力を侮ればッ!?」


 突然視界が歪み始める。何が起きているのか理解できず、ザビウスはギルロックの方を苦しそうに見返した。


 すると彼は、いつの間にか剣を振り切った後の姿になっていた。


 徐々に痛みの信号を脳が発し始め、顎を白刀の峰ではじかれたことにザビウスはようやく気付いた。


 そのころには膝から崩れ落ち、ただギルロックの方を見返すだけになっている。


「ま…まっれくらひゃい…わりゃひは…ろびゅりぃにしゅいてのじょうひょうをしっていみゃふ…れしゅから…」


 顎の骨が砕け、もはや何を言っているか分かり辛いが、ザビウスはギルロックに懇願していた。


「…できればお前たちを殺さずに持ち帰りたかったが…そうもいかないらしい。だが悪党にはお似合いの最後かもな」


 ギルロックはそれだけをザビウスに告げると、何かを探した。そしてお目当てのドラゴソードテイルの卵を見つけると、それを持って天井の穴から脱出した。


「ば…ばかが…これでまひゃ、ひゃりなおしぇる…かなりゃず…ふくしゅうしてひゃるからな」


 ザビウスがギルロックの出ていった天井を見上げながら、下卑た笑みを浮かべる。


 するとその瞬間、壁を突き破りながらそれが彼の元へと迫った。


 螺旋状の歯を回転させながら、大きな音に寄せられたそれが。それも一体ではなく複数が、一気に隠れ家を食い破った。


 どんどん崩れていく隠れ家の様子を、ギルロックは離れた場所から眺めた。


 白刀を手放すと、それは元の左腕へと戻る。


 左腕にはまるで火傷のように、蛇に巻き付かれているかのような跡が刻まれている。見る者によっては気付くこれを、あれ以来人目を避けるように隠し続けている。


 そんな腕を眺めながら、ギルロックはぼそりとつぶやいた。


「あっ…ステッキ忘れたな…」


 そんな彼を、いつの間にか顔を出した朝日が健気に照らした。

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