第三十三話(元第三十七話・第一部最終話)



「…はぁ…本当に来やがった」


 アルバスは周囲の阿鼻叫喚の中、その光景を退屈そうに眺めている。


 それが目撃されたのはつい先ほど、森からドラゴソードテイルが現れ、このヘキサスへと向かっているとの報告があった。


 現状ヘキサス内最大戦力であるアルバスは、老いているとはいえ最前線に立っていた。周囲の冒険者たちの中には、Sランクの魔物を見ることすら初めての者たちまでいる。


 なるべく死者を出さない為、彼らは後衛に配置されているが。


 そもそもアブドたちはルビールでは相当な戦力でもあり、それが欠けている現状もかなりの痛手だった。


 それでもこの国は「魔物産業」中心に成り立っているだけあり、相当数の冒険者がいるため何とかなるが。


 アルバスは真横の地面にぶっ刺してある大斧を手に取り、それを担いだ。


「行くぞ野郎ども!あのトカゲに俺たちの力を思い知らせるんだ!」


 ドラゴソードテイルがヘキサスへとたどり着く前に、冒険者へと前進の指示を出した。


 その時、一斉に走り出した冒険者たちと、ドラゴソードテイルがぶつかるまであとわずかというタイミングで、それは空から飛来した。


 地面直前で加速が急に柔らかくなり、まるで何事もなかったかのように着地する。


 男は右手に卵を抱えており、その体はかなりボロボロだ。


「全員止まれぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 冒険者たちはその様子を見て、一斉に足を止める。


 そんな中ギルロックは卵を地面に置き、ドラゴソードテイルから距離をとった。


 魔物は卵へと接近、数度匂いを嗅ぐと、それを大事そうに両の手で持った。


「足、怪我させて悪かったな。ま、これでおあいこにしよう」


 彼が疲れた様子でそういうと、魔物はまるでそれが通じたかのように、森の方角へと帰っていってしまった。


 ドスンッ、ドスンッ、という大きな音が離れていく。


「おいギル!遅いぞ!」


 アルバスがすぐにギルの方へと駆け寄った。


「相変わらずの大きな戦斧ですね」


 しかし彼が口にしたのはどうでもいい感想だった。


「全く…お前は…。解決したのか?」


「えぇまぁ…多少手こずりましたが」


「何?お前が?話を聞かせろ!酒の席でな!」


 丁度そんな話をしていると、空からオウルが降りてきた。その背にはアイネが乗っており、無事に着陸すると背から降りた。


 彼女はすぐにアルバスの元へと駆け寄り、何かを言い辛そうにしている。


「…あの…アルバスさん…私は…本当は」


 深呼吸して息を整えると、アイネは正直にそれを白状した。罪を清算しなくては、前に進めないと思ったからだ。


「ロブリーなんです。だから…私を捕まえてください。今回のこの騒動にも…加担していました」


「…ほう、なるほどな」


 アルバスはそういうとアイネの方を見返した。


「それで…ギルロックさん、罪を償ったら…また私を…。いや、やっぱり補助員じゃなくても良くて、使いっぱしりでも、奴隷でもなんでもいいですから、また私と…一緒に…」


 アイネの言葉はいつも通り、最後の方でしぼんでいく。


「…アイ」


「なぁ嬢ちゃん」


 ギルロックが何か言おうとした瞬間、それをアルバスが遮った。


「じゃぁ嬢ちゃんを捕まえる!投獄するし、罪を償ってもらおうと思うんだ」


「はい…もちろんです」


「ま、意味ないと思うがな。それじゃぁ刑期を全うしてくれたまえ。ガッハッハッハッハッハ!!!」


 アルバスは豪快に笑うと、アイネをその肩に担いだ。


「キャッ!?」


 ギルロックはその様子を見て唖然としていた。


 ●


 あれから丸一日が経過していた。


 私はヘキサスの牢屋の中だ。明るい未来を思えば、この生活も悪くはない。正直彼から明確な答えを貰えなかったのは悲しいことだけど、もう断られたって何度でもお願いするって決めている。


 一緒にまた連れて行って下さいって。だって彼となら、きっと私はどこへでも行けるから。


 ロブリーで過ごしていたのが嘘みたいに、ここの生活は辛くない。


「…ったくあのおっさんは…こんな事の為に何個特権を使わせる気なんだ。…本当、どうかしている」


 コツ、コツ、というステッキを地面に打ち付ける独特の音と、聞き覚えのある声が廊下からした。いつもの兵士の声ではなく、それは間違いなく彼のものだった。


「あの…?」


 彼は私の牢屋の前に立つと、私と目を合わせた。


「悪かったな。あのおっさんの余興に付き合わせて」


 そういうと当然のようにポッケからカギを取り出し、それで私の牢屋を開けた。


「…ほえ?」


 私はその様子を見て唖然とした。


「なぁアイネ」


「は、はい!?」


 彼は唐突に私の名前を呼んだ。今思えば彼に名前を呼ばれたのは初めてのことだ。唐突に訪れたその瞬間に、私の心臓は高なった。


「俺の補助員になってくれ」


「えっ!?…その…私…犯罪者ですし…その…えと…あの…」


「お前がいいんだ」


「ぎょえぇぇぇぇぇぇええええええ!!!???」


 私は素っ頓狂な声を上げると、そのまま自分の頬っぺたを思い切りつねった。


「ハハハ…何してるんだよ。夢だと思ったのか?」


 その笑顔にドキッとしたのは秘密だ。


「えっと、はい…そのえっと…え?」


「答えは?」


「ももも、もちろんです!」


「ならいくぞ。皆待ってる」


 彼はそういうと、何かの布を私の背中にかけるようにして、私を引っ張った。


 それは私が彼からもらった外套で、なくしたことをずっと気にしていた。


 そんなまだ動揺も冷めないまま、私は彼にルビールへと連れていかれた。


 そして中に入った瞬間、いきなり大量のクラッカーが放たれた。


「アイネ・クライン!刑期満了おめでとう!!!そして調査補助員決定、おめでとうさん!」


 アルバスさんが指揮を執ると、一斉にみんなが大きなジョッキを掲げた。


 何が起きているのかと、私はぱちくりと瞼の開閉を繰り返した。


 すると隣にいるギルロックさんが、小声で説明してくれた。


「この宴会がしたくて、君を投獄したそうだ。君は確かにロブリーに加担していたが、どうせ雑用かなんかだろ?」


「で、でも私ギルロックさんに…」


「俺はただ仲間を助けるために作戦を実行しただけだ。あれもこれも、全部ロブリーのアジトにすぐにたどり着くために取捨選択した結果で、あれは俺の意志でもある。君が気にする必要はない」


「でも私…こんなに幸せで…いいんですか?」


 私の涙腺が刺激され、また涙が溢れそうになる。


「いいんじゃないか?これもまた、君の選んだ道なんだから」


 彼はそういうと、私の髪がくしゃくしゃになるまで頭を撫でた。


「ほら嬢ちゃん、主役なんだから早く来い!みんな別嬪さんと飲みたがってる!」


「アルバスさん、スケベ心丸見えですよ」


 彼はそういいつつも、私の手を引いて、そっと宴会の輪に入った。


 私の名前はアイネ・クライン。


 物語の序章は終わり、私は深海から浮上した。


 /|_________ _ _

〈  To BE CONTINUED…//// |

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