第三十一話


 ロブリー達の隠れ家上空三百メートル。


 それは確かに笛の音を聞いていた。


 真っ直ぐにその地点を見降ろす。他の魔物よりも遥かに高い魔力の知覚能力にものを言わせ、ギルロックのいる場所を正確に見抜いていた。


「ホー」


 喉を鳴らすように一度だけ鳴くと、そのまま真下へと急降下。


 一筋の白い閃光が、砂漠の上空から飛来する。


 地面付近まで凄まじい速度で到達すると、オウルは体を反転させ、体の中で最も頑丈な足でその地点へ落下した。


 ズガンッ、という凄まじい音が、ロブリー達の耳に届く。


 屋根の一部が破壊され、砂漠の砂が一気に隠れ家に流れ込んだ。砂煙が一瞬で室内に巻き上がる。


「魔法部隊!風魔法で砂煙を隠れ家から出せ!!!」


 ザビウスが瞬間的に的確な指示をすると、魔導士たちが一斉に魔法を放った。屋根に開いた大穴から、一気に砂煙を追い出す。


 対応は迅速だったが、ザビウスの思ったような結果にはならなかった。


 そこにさっきまでいたはずのギルロックが、檻ごと姿を消していたのだ。


 それを見たアブドが怒りのままに、アイネの方へと近付いていく。


 腰に下げた剣を抜刀し、構えた。


「待てアブド!」


 アブドの持つ剣がピクリと震える。


「その女を今殺せば、あいつと真正面から戦うことになるぞ?絶対にあの調査員はまたここに戻ってくる。さっきまでのやり取りを見ていただろう?アイネは確実に人質として使える」


「…すみません。頭に血が上りました」


 アブドはそういうと、剣をしまった。そしてそのままアイネを拘束した。


 それを見たザビウスがすぐに追加の指示を出す。


「…陣形をとれ。厄介なことになったが…まだ俺たちが有利だ」


 ●


 オウルはまた空高く飛んでいた。


 足で檻ごとギルロックを持ちながら、それでも飛行を続けている。


「…助かったよオウル。」


(…まさか盛られるのがコカピルだとはな。普通に毒物を飲まされた方がまだましだった…魔力が乱れて魔法も使えない)


「ホー」


 ギルロックは空から広大な大地を見渡していた。


「頼みがある。俺を落としてくれ」


「ホー?」


「心配は分かるが…まだ何も終わってないんだ。彼女を助けに行ってくるよ」


「ホー…」


 オウルは少しだけ心配そうにしている。


 そんなオウルとギルの視線が、少しだけ噛み合った。すると少しの間を開けて、オウルは檻から爪を外した。


 檻は落下を開始する。


 ギルロックは檻の天井に張り付いた。


 数瞬後、檻はドガシャンッ、という大きな音を立てつつ砂漠の上に落下した。


 その衝撃はすさまじく、周囲の地面を揺らした。


 しかし、彼はその中から平然と立ち上がった。といっても無傷というわけではなく、体のいたるところから出血している。落下の影響で檻自体も破損し、簡単にそこから出ることができた。


「ふぅ、やっと目が覚めた。…これで戦える」


 ギルロックの脳内には、大量の涙を流すアイネの映像が流れていた。すると自然に彼の眉間にしわが寄る。


 余談だが、サハラ地区では絶対にやらないほうがいいことがある。それは大きな音を立てること。


 縄張りからほとんど出ないサンドワームも、大きな音につられれば流石にその場所から出て、獲物を探す。


 無論、音のなる方へ。


 まだ日が出ておらず暗いが、それでも夜目が利くギルロックは、正面の砂が盛り上がる瞬間を眺めていた。


 まるでシャチが力強く水面から飛び上がるように、サンドワームが回転しながら大きく螺旋状の口を開けて現れる。


 そのままギルロックを飲み込もうと、彼の方へ一直線に飛んできた。


 そんな様子をまるで他人事のように眺める彼は、ゆっくりと自分の左腕に触れる。アームホルダーも取られ、その腕には包帯が巻かれているだけだ。


「久しぶりだ…ここまで怒りを感じたのは」


 そのまま義手で、包帯が巻かれた腕を引き抜いた。


 腕は引き抜かれるのと同時に、その形を長く白い刀へと変えていく。ステッキとは対照的に、それは驚くほど真っ白な刀だった。柄には包帯が巻かれている。


 彼の背丈よりも、もう少し長く、非常に緩やかに曲線を描いている。


 人が振るうには、あまりにも長すぎる気がしなくもないが、その欠点も彼の義手である腕がカバーする。力も駆動域も、その全てが人体の限界に左右されない。


「力を貸せ、「蛇鉄じゃてつ阿弥陀皇あみだすめらぎ」」


 その元腕、現白刀はくとうを、まるで力も入れていないような素振りで、直立不動のまま、腕だけでサンドワームへと振り下ろした。


 彼の動作と、起きた現象はまるで噛み合わない。


 ただ落とすようにその白刀を振り下ろしただけで、サンドワームは一頭両断され、頭から綺麗に左右へと別れてしまった。


 サンドワームは当たりに緑色の粘液をまき散らしながら、そのままギルロックを避けるように通り過ぎていった。


 その結果を当然のように眺めた後に、ギルロックは「蛇鉄・阿弥陀皇」と呼んだ白刀を眺め、あの日を思い出す。


●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●


「まさかここまでたどりつける人間がいるとは…」


「「慈王じおう」、俺の腕をやる」


「人とは愚かよ…すでに右腕無き者が、左の腕まで捨てるのか」


「守るべきものを守れなかったこの両腕はもう必要ない。俺に必要なのは、全てを守ることのできる両腕だ」


「ふむ、面白い。お前の生きざま、最後まで見届けてやろう。その代わり、左の腕は貰うぞ」


「持っていけ。その代わり俺は力を貰う」


●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●―●


(随分と昔の、下らないことを思い出したものだ)


 その瞬間、サンドワームは地面へと落下し、ドスンッという大きな音を鳴らした。

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