第三十話(元第三十五話)


「我々の目的は…別に君の命ではない。いや、言いなおそうか。調査員の命ではないんだ。わかるか?」


「それっぽい話し方をすれば大物ぶれる。そう考えているアホがいることだけだな、俺が現状わかったのは」


「…黙れ」


 ザビウスがまた右手を挙げた。


 するとギルロックの全身へと電撃が走る。しかし、彼は一向に叫び声をあげず、ただ正面を眺めるだけだ。


 電撃を浴びながらも、ギルはゆっくりと話し始めた。


 まるで効いていないかのように。


「お前たちの狙いは俺たち調査員の制服だろう?あれは無条件に国家へと入国することのできる、いわば無条件入国許可証だ」


「ほう?気付いていたのか?」


 そう返事をすると、ザビウスは手を前後に振った。するとさらに電撃の威力が強まり始める。


 流石のギルロックの表情も、一瞬だけ歪む。


「ドラゴソードテイルの卵じゃ、危険性とその価値は釣り合わない。恐らくその強奪自体が調査員をこの地に呼び寄せるための行動だったんだろ?頭がいいとはとても思えないがな…」


「なかなか頭がいいじゃないか」


「お願い…もうやめて」


 泣きながらアイネが懇願する。すると意外なことに、ザビウスは素直に手を下げた。そして電撃が収まる。


「我々にとって、補助員を付けていない調査員が来ることは誤算でもあり、同時に朗報でもあった。アルバスが補助員の候補を募った時、我々がどれほど喜んだことか…。補助員はお前ら調査員の内側、もしも仲間がその一人になることができれば、旨味はもはや外套だけではなくなる」


 ザビウスはアイネの首に突き付けた剣を、ゆっくり彼女の肩へと移した。


 そして徐々にそこへ力を籠める。すると白いシャツに血が滲む。


「…ッ!!!」


 しかしザビウスの期待通りにはならなかった。アイネは必死に下唇を噛み、叫び声を上げないように抵抗している。


 よほど力を入れているのか、下唇からも出血している。


 そんなアイネから視線をそらし、今度はギルロックの方を眺めた。


 一見彼は無表情に見えるが、ザビウスはその表情の中に隠れる焦燥を正確に見破っていた。


 そんな彼の反応を見たザビウスは、満足げに話し始めた。


「さらに誤算は続いた。まさかヘキサスに来た調査員が、「序列持ち」だなんて、信じられるか?外套を手に入れるのが、より困難になった。まぁ今は、こうして手の中に勝利がある以上、何も言うまいが」


 唐突に飽きたのか、ザビウスはアイネに剣を当てるのをやめた。


「もっとも、調査員の中でもギルロック君が余りに優秀で、真実にたどりつきそうだったから焦ったがな」


 ギルロックはアイネの方を見ながら、また口を開いた。


「裏切り者をあぶりだした方法は簡単だ。俺はダンベルがお前たち側の人間だとあたりを付けた瞬間から、狙いが調査員である可能性も考慮していた。なら最も怪しい人間は、俺の補助員候補だった三人」


「ご名答。しかし誤算だったよ、お前がこいつを選んで。だがアイネはこちら側の人間だったんだよ、最初から。我々にとって幸運なことに。そのおかげでお前はこうしてそんな状態で今ここにいるわけだが」


 ザビウスが再びアイネへと剣を突き付ける。


 するとギルロックはまだ話を続けた。


「彼女のことも…すでに気付いていた。そもそも彼女は最初から怪しかった。特にアブド…お前はボロをだしすぎだ。最初に俺が彼女を指名した時、大きなローブを被っていた彼女を、「あの女」…そういっていただろう?あの服装じゃ普通、彼女の性別なんてわからない。おそらくアルバスさんでさえ、あの瞬間には中身が誰だかわかっていなかっただろう」


「…」


 ザビウスは無言でギルロックの方を見ている。


「だがらお前が彼女を「あの女」と呼んだ時点で、二人には少なからず接点があることを知った。それも上下関係もな。それに俺がギルド長室から戻るたびに会話をしていたのも怪しかった」


「…なるほど」


 ザビウスが納得したのか、数度拍手をした。


「充分にわかったよ。お前の危険性が…な。アイネがいれば、お前を何かに利用できるのではないかと思い生かしておいたが…それはやめだ。お前は優秀すぎる。やはり殺しておくことにする」


 するとザビウスは、手に持っていた剣の柄をアイネの方へと向けた。


「…!?」


 アイネは何事かと、その剣を見た。


「お前が殺すんだ、アイネ。二つに一つだ。お前が殺すか、俺たちが苦しめて殺すか、そのどちらかしかない。アブドから聞いたよ、お前こいつに依存しているんだってな?最後くらい、お前の手で終わらせてやれ。それが優しさだろ?」


「それは…優しさ…なんか…じゃ」


「なぁ聞け、アイネ。俺はずっと考えていたんだ。お前には容姿と、”没落貴族”という点くらいしか価値がない。だからお前はもう俺たちには必要ない。もしもお前が今俺たちの目の前で、この男を殺すことができたなら…お前を解放しよう」


 ザビウスの声色は、普段とは対照的に優しい。まるで小さな子供に、子守唄を歌うかのようだ。


「私は…」


「これはお前の絶望しかない人生の最後の希望だと思ったほうがいい。もしも俺たちがこのギルロック君を苦しめて殺したなら、お前はこのまま俺たちの仲間。無論行き先は娼館だが…」


「…」


 アイネは剣を見ながら、ゆっくりと喉を鳴らした。


「あいつを殺すのではない。お前は今からあの男を救うんだ。苦しみから。そしてあの男を救えば…お前まで救われることになる。両親に売られたお前ならできるだろう?賢い選択が…な」


 アイネは両親に売られた当時の記憶を思い出し、涙を数滴地面へとこぼす。するとザビウスから剣を受けとった。


 彼女はうつむきながら、檻の中にたたずむ彼の方へと近づいていく。


 救われたかったのだ。何よりも、この辛い瞬間から。


「…ごめんなさい。本当に…ごめんなさい。…こんな…ことにしかならないなんて。やっぱり…私は無能なんです。何もできない…無能だから…あなたを救うには…もうこうするしかないんです」


 アイネはゆっくりと剣の先端を、ギルロックの胸へと当てた。


 後は力を籠めるだけで、全てが終わる。


「本当に…ごめん…なさい。…私も…必ず後を追いますから」


 彼女がそういうと、ギルロックはゆっくりと口を開いた。


「あいつは間違っている。確かに最初から選択肢は二つしかなかった。だがそれは俺を殺すかどうかではない」


 彼の方へと、アイネはようやく視線を合わせた。


「変わるか、変わらないかだ」


 その言葉を聞いた瞬間、アイネの剣を持つ手がピクリと揺れた。


「君はもう、火を灯した」


 アイネは思わず力強く剣を握りしめた。


「あの日、君が初めて魔法で枝に火を灯したあの日から、君は変革を手にしている」


「……………わだじぃ……………変われまずか?」


 アイネ・クラインはボロボロと涙を流しながら、ギルロックにそう問うた。


「変われる。何度でも言うが、君はまだ始まったばかりだ」


 彼女はその言葉を聞いた瞬間、走り出した。全力で、ただひたすらに。この場所で目を覚ましてから見つけていたその場所へと。


 その出来事に、ロブリー達が目を見開く。


「馬鹿な…」


 ザビウスは悔しそうに表情をゆがめた。


 アイネが一直線に向かったのは、ギルロックの持ち物の方だった。見張りの兵士へとぶつかるように剣を突き刺すと、そのまま起き上がり、彼の荷物の乗った机の上からそれを手に取った。


 それは彼の武器ではなく、梟を象った小さな笛だ。


 そして彼女は、ついに変革の笛を鳴らした。

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