第二十九話


 ―調査四日目―


 私は彼と一緒にダンベルさんを監視することになった。


 彼は私からすれば想像もできない速度で、真実へと近づき始めている。私とは対照的に彼は全局面において優れていた。


 その頭脳も、戦闘力も。


 ダンベルさんは組織と連絡を取るために、危険な森へと向かった。恐らく想像以上に早く自分たちの存在に気付きつつあった彼に恐怖心を抱き、アブドさんだけではなく組織に判断を仰ごうとしたんだともう。


 そして彼は、森で「足」に手紙を授けるも、そこで命を落とした。


 ドラゴソードテイルは人間に卵を奪われていたことにすでに気付いていた。


 でも彼はそんな危険なドラゴソードテイルを見事に撃退して見せる。


 私たちは無事「足」を捉えてギルドへと帰還した。


 彼からすれば計算通りであったそれも、組織の人間からすればそれは想定外の事態だった。彼がまたギルド長室でアルバスさんと話している間に、私は再びアブドさんに声をかけられた。


「…あの男、「序列持ち」…ってのはこんなにすげぇのか。まさかここまでの速度で俺たち潜入組に近づいてくるなんて…クソがッ!」


 アブドさんは小声だったけれど、私の側で悪態をついた。


「もう時間がない。どうも俺たちは調査員の「序列持ち」という意味を、少ししか理解できていなかったらしい」


 アブドさんは小声でまくしたてるように話す。ここまで追い詰められることがそもそも計算外だったんだと思う。


「わかっているな?もうお前が例のぶつを盛るしかない。そうしなければあいつを殺すしかなくなるぞ?時間がない」


「そんな…」


「潜入組や隠れ家の場所までバレちまった暁には、俺たちは終わりだ。そうなる前にあいつを殺すしかない。お前があの男にコカピルを盛るのが先か、俺たちが殺しちまうのが先か、もうそんな場所まで事態はきちまってるんだよ!」


「…わか…りました。必ず…」


「当たり前だ。お前の行動は逐一この間の紙で監視しているからな」


「はい…」


「よし、いい子だ。期待しているぞ」


 それからはアブドさんと一緒に少しの間どうコカピルを盛るのかなどの作戦会議を行った。彼が戻ってくるのが遅かったので、しっかりと話し合うことができた。


 でも今思えば、そもそもそれすら彼の作戦だったのかもしれない。


 十分に私たちに時間を与え、油断させるための。


 結果から言ってしまえば、彼は私たちの正体を見破っていた。


 私がまた後悔に陥るあの日には、彼はもう全てを知っていたのだ。


 私は彼にコカピルを飲ませた。


 彼はそんな私にまだやり直せるといった。


 私は…私は…どれだけその言葉が嬉しかったか。


 でも私は、彼が差し伸べてくれた手を、自分で放した。


 私は、私という運命は、どんどん深く沈みこんでいく。


 結局は彼も助けることができなかった。


 きっとどれだけ空が私を照らそうと、私という存在まではその光は届かない。私は深く、深く沈んでいったのだ。


 生物が生き残ることすらできないような、そんな深海へと。


 藍色は深い水の色。


 きっとそれは、光の届かない深海を表している。


 どれだけ上へと手を伸ばそうとも、光には届かない。


 髪も目も藍色の私はきっと、この深海から出ることはできない。


 ●


「ん?目を覚ましたか」


 男は隣で眠っていたアイネに声をかけた。


「…ここは?」


 眠りから覚醒したアイネは、周囲を見渡し、そこがロブリー達の隠れ家だとすぐに気付いた。そして必死に彼の姿を探す。


「焦ることはない。お前の愛しい調査員は、まだ生きている。俺の指示だったんだぞ?感謝して欲しいな。本当はもう死んでいるはずだった」


 頑丈そうな檻の中に、ギルロックは手足を拘束されて入っていた。檻の周囲にはローブを被った魔導士たちと、数人の戦士が待機している。


 ステッキや外套は回収されてしまっているようで、戦えるような装備は彼の側にはない。そしてそれはアイネも同じだった。彼女もローブや魔石剣を奪われていた。


 アイネはギルがまだ生きていることを知り、安堵した。


 するとアイネが見守る中、彼はゆっくりと上体を起こした。


「ほう…存外早い目覚めだな、調査員」


「口が聞けるようになるまで、少し時間がかかっただけだ」


「おや、お前は普段敬語だと、アブドから聞いていたんだが?」


「尊重する相手は選ぶ」


「まだ随分と威勢がいいようだな」


 その言葉を聞いた男は、右手を軽く上げ、檻の周りに待機する魔導士たちに指示を出した。


 周囲の魔導士たちは、一斉に魔法を詠唱し始める。


 ギルロックの真下に魔法陣が現れ、そこから雷属性魔法が放たれた。彼の全身を青白い雷が包み込む。


「や、やめて!!!!」


 アイネが叫ぶ。


 無論その呼びかけでは止まらず、五秒ほどそれが続くと、男が上げていた右手を降ろした。そうしてようやく魔法が収まる。


「叫び声すらあげないとは。流石に只者ではないな。”序列持ち”の調査員をこうして見るのは初めてだ」


「…」


 返事すらせずに、ギルロックは男を睨みつけている。


「おっと、攻撃手段があるとは思えないが、抵抗はやめた方がいい」


 男がそう口にすると、アイネの首元に剣が突き付けられる。


 すると今度は彼女が口を開いた。


「裏切った私に人質の価値なんて…あるわけないじゃないですか」


 アイネがそう断言するも、ギルロックはただ無言で男を睨み返すだけだった。抵抗するようなそぶりは一切ない。


「そんな…どうして?」


 彼女はその様子を見て、目を見開く。


「残念だったな。お前が考えている以上に、お前には人質の価値があったらしい。どうもギルロック君は、筋金入りのお人好しみたいだな?」


 アイネの問いかけに返事をしたのは男だった。


「さて、話を本題に戻そうか、ギルロック・ホームズ君。俺の名前はザビウス・デルト・ピアーズ、よろしく」


 ザビウスは薄く笑みを浮かべながら、そう名乗った。

 

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