第二十八話

―調査三日目―


 調査二日目、魔物によって殺された冒険者を発見した。


 私は彼を知っていた。アブドさんにギルドへと連れていかれたあの日、彼とアブドさんが会話をしていたからだ。でもそんなことは口が裂けても言えなかった。


 彼と一緒にいたいと思うたびに、私が抱える大きな秘密は、まるで毒薬のように私を苦しめるようになった。


 私たちは一度ギルドへと戻った。


 彼がギルド長であるアルバスさんに調査経過を報告するためだ。


 私は酒場で待機することになった。ギルドに戻ってくるということは、当然内部に潜入している人たちと接触することになる。


 もちろんアブドさんは私に話しかけてきた。


「お前、上手くやっているみたいだな」


「…はい」


「あの時許可を出した俺の判断に誤りはなかったようだな。ま、あいつが俺を選ばなかったのだけが誤算だった。…何が悪かったのかは理解できんが」


 アブドさんは少しだけ首をかしげると、話をつづけた。もちろん周囲に聞こえないようになるべく小声で。


「さて、今回の計画の内容を雑用であるお前は知らないはずだ。だがお前がもし掴まった時のことを考えて、余計なことは余り教えられない。お前の使命だけ理解すればいい」


「私の…使命ですか?」


「そうだ。お前の役目はこうだ。あのギルロックとかいう男の信頼を勝ち取り、あいつにコカピルを飲ませろ。それで意識を混濁させるんだ。無論あの男には死んでもらうことになるが…な」


 アブドさんがそういった瞬間、私の心臓は恐ろしいほどにその鼓動をました。この時にはすでに、私はどうすればその最悪の事態を避けられるのかだけを考えていた。私はどうしても彼を助けたかった。


 私が何か言う前に、アブドさんは先に話をつづけた。


「もちろんお前にとっていい話もある。無報酬で働かせるのは悪いと思ってな。お前のやる気が出るように、俺があの人に話を付けておいた」


 彼は得意げに大きく鼻息を吹いた。


「お前、冒険者になりたいんだろう?もしも今回の件を上手くやれたら、お前は冒険者を続けてもいいそうだ」


 まるで密のように甘い、それでいて危険な提案を彼はしてきた。


「あの男の価値は、お前を買い取った額の数千倍は堅い。…どうだ?お前にとっても悪い話じゃないだろ?」


 アブドさんは私の方を見た。


 おそらくアブドさんの想定では、ここで私が喜んで彼の話に乗ると思っているんだと思う。


 でも私は、そうしたくなかった。彼を犠牲にして得るものなんて、今の私にとっては全てが無価値だと思える。


 だから私は考えた。


「魔法使いの夢も…冒険者としての生活も…全部諦めます。この件が終わればすぐに娼館で、何も逆らわずに働きます。だから…だから彼を殺すのだけはやめてくださいい…お願いします」


 私に希望の全てを捨てる覚悟があれば、彼を守ることが出来るのではないかと。


「…ほう?お前あの男に惚れたのか?」


「そんなんじゃ…ありません」


「なるほど…な」


 アブドさんは右手で顎をポリポリとかきながら、しばらく天井を見上げた。


「…いいだろう。その条件飲んでやる。ただし許容してやれるのは命を奪わないという要求だけだ。コカピルを盛るところまではやってもらう」


「…命は…助かるんですね?」


「あぁ。元々命はついでだったからな。目的は別にある。あの人もそれくらいなら許容してくれるはずだ。ただ、それもこれもお前が約束を守れば…だがな?」


「…わかり…ました。やります」


 きっとどうにもならない私のこのくだらない人生を犠牲に、彼の人生を救えるのならそれも構わないと、私は本当に思っていた。


 私が最後に触れることのできた、純粋な優しさへのお返しはできたと思う。


「…なら仕事の話に入ろう。あいつの調査経過を教えてくれ」


「チェスさんが森で死んでいて…その報告に来ました」


「チェスが死んだ報告は受けた。だが…そうか、調査員に発見されちまったのは状況としては芳しくないな…まぁいい。お前がこちら側な時点でこっちのが有利なんだ…やりようはいくらでもある」


 アブドさんは少しの間考えた後、話をつづけた。


「お前は今、どれくらいあの男の信用を得ているんだ?どれくらいでコカピルが盛れそうなんだ?」


「それは…分かりません」


「慎重にやれよ。あいつ、「序列持ち」らしいからな。上手く調査員を呼び寄せたと思えば、ハズレなんだか当たりなんだか…。まぁいい、これを渡しておく」


 アブドさんはズボンのポケットから一枚の紙を取り出した。


「それは?」


「お前の行動を監視するためのものだ。もしも裏切られれば危険だからな。当然対策はさせてもらうぞ?これを持っている限り、位置と声はこちらに筒抜けだ。わかっていると思うが、お前はこちら側の人間だ。当然、裏切るなよ?」


 目力を強め、アブドさんがこちらを睨んできた。私はゆっくりと頷いた。


「それとこれも、チャンスがあれば…わかっているな?」


 中身が漏れないように丁寧に折られた紙を渡された。


 言われなくても中身はすぐにわかった。


 私がそれをしまうと、丁度彼が戻ってきた。


 最初から後戻りなんてできなかったけれど、これで本当に私の人生は終ったんだと思う。きっともう逆転することはできない。


 後悔はしてない。


 それで彼を救えるのなら。

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