第二十七話


 あの日、全てに絶望していたあの日。


 彼が指さしたのは、深くフードを被った私だった。


 素性もわかるはずもなく、置物同然に感情を殺してただそこに座っていただけの私を、彼は指さした。


 最初は私を指さしているとは思えなかった。


 私はギルド長であるアルバスさんに問われるままに、自己紹介をした。


 それが正しい選択かもわからず、私は思わず周囲を見渡し、アブドさんの姿を探した。そして私と彼の目は、その瞬間噛みあい、彼は私の方を見て小さく頷いた。


 それは私が調査補助員になることを意味していた。


 私の人生は想像以上の速度で加速し始めていた。


 彼が私を指さした、そんな一動作のせいで。


 ●


 彼の名前はギルロック・ホームズ。


 正直変な名前だと思った。


 彼は私に敬語を使っていた。誰からも雑に扱われていた私は、その彼の態度に居心地の悪さを覚え、ついついやめるように言ってしまった。


 もう誰かに何かをお願いすることはないと思っていたけれど、その瞬間は案外すぐに来た。


 それから私は彼にいくつかのお願い…我儘を吐露することになる。


 彼はその全てを受け入れ、何もできない私すら受け入れた。


 そして彼は私に戦闘における専門分野を聞いた。私はきっと人生最後の我儘だと思って、本心を口に出した。


 私の願望は何もかも失ったあの日、唯一残ったものだった。


 もしかすると私は執着していたのかもしれない。


 どうしようもない現実から目をそらすために、ただその思いを口に出した。


「えっと…魔法使いになりたいです」


 私はきっと、「お前には無理だ」そう言われると思っていた。


 でも彼は店員の方を見てこういった。


「この店で最高級の魔導士の装備を」


 私の願望であるそれを、彼はすぐに受け入れてくれた。


 何が起きているのか分からなかった。何もできず、なんの才能もない、それが私の全てだったはずなのに。


 何もかも諦めていた私に、彼はいとも簡単に希望を与える。


 完全に捨て去ったはずのそれを、いとも簡単に私の胸の内に生み出した。


 彼はヘキサス内でも高級なお店で、本当に私に最高級の装備を与えた。


 美しい衣服に袖を通したのは、私が貴族だった五歳以来だった。


 私の人生に光が灯り始める。


 翌朝、私は思わず彼に買ってもらった装備を披露してしまった。


 まるで両親に衣服を与えられた時のように、全身で喜びを表現してしまっていた。


 もう随分前に私の前を通り過ぎていった幸せが、そこにはあった。


―調査一日目―


 そして私は初めて調査に出ることになった。


 言ってしまえば彼は、私の知っている常識の外側の人間だった。


 私ならなすすべもなく死んでしまう、そんな場面を彼は簡単に覆す。


 例えば初日に目の前から走ってきた、私よりも遥かに大きな魔物を、彼はいとも簡単に倒して見せた。


 正直あそこまでの魔物を見るのは人生初で、とても怖かった。


 一瞬の緊張からの緩和に耐えきることができず、私は粗相をしてしまった。


 すでに彼に憧れのようなものを抱いていた私は、とても恥ずかしかった。


 でも彼はそんな私をしかりつけることなく、ただ川へと一緒に行ってくれた。そんな些細な優しさに、私がどれだけ触れていなかったか、もちろん彼は知らない。


 川へ向かった後、私は粗相の処理をして、彼が恥ずかしがり屋だと知った。


 あとそれを誤魔化すのが下手なことも。でもそれは私にとって完璧だった彼の美点でしかなく、私はもっと彼のことが知りたくなった。


 でもあの時、彼が私の下着を強く握りしめていたのだけは、少しだけ嫌だったけれど。でも彼ならそれもすんなり許せた。

 

 その後、私は焚火の準備をした。組織で働いていた経験が役に立った瞬間だった。ものを運ばされる時、野宿は当たり前だったから。


 そして彼は、私に魔法を教えてくれた。


 魔法なんて使えるわけない、そう言われるのが普通だった。最初に挑戦した時、私は心のどこかでそう思っていた。だってずっとそう教えられていたから。


 魔法はもちろん使えなくて、そんな私に彼は、自分の義手を見せた。


 普通なら弱点になるそれを、私に魔法を教えるために。


 彼は私に魔法のコツを教えてくれた。


 あの時の彼の言葉を一言一句違わずに言える。人に何かを教わるのも、人に

何かを期待されるのも、本当に久しぶりのことだった。


 組織の人間は私の内側には興味がなく、外側にだけ価値を見出していたから。


 私は彼に安心感を与えられて、初めて魔法に集中することができた。


 そしてそれが、私が魔法を初めて使えた瞬間だった。


 初めて枝に火が付いた瞬間、私は涙を流しそうだった。


 私はまた、思わず彼に聞いていた。


「私も…ギルロックさんみたいに、強くなれますかね?」


 彼は言った。


「…さぁな。俺は未来が見える訳じゃない。ただ…魔法の才能はあるかもな」


 その些細な一言が、私の心の死んでいった何かに、再び命を宿した。


 どれだけ嬉しかったか、どれだけ私が救われたか。


 彼とずっと一緒にいたいと、神様に祈った。


 それが叶わない願いだと、知っていたはずなのに。


 願わずにはいられなかったのだ。


 再び命を宿したその気持ちが、私の理性を凌駕したのだから。


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