第二十四話


 ●


 アイネとギルロックは夕暮れ時に行動を開始し、無事に荒地地帯までたどりついた。


 移動に時間を消費してしまったので、すでに日は傾き、夜が訪れている。


 アイネは魔法によって以前よりも素早く火を起こし、キャンプ地を作り上げた。


 荒地地帯はほとんど何もないのが特徴だ。乾いた地面から乾燥した草が所々生えているものの、その数は非常に少ない。


 言ってしまえばそこは、枯れた土地だった。


 だからこそ休憩にした午後に、アイネは買い出しを頼まれていた。分かりやすくメモに書かれたそれは、キャンプをするために必要な品々でだった。ここまで運んだのはもちろんオウルだが。


 荒地地帯は隠れるための遮蔽物などがなく、魔物に見つかれば非常に危険だ。しかし生息地から出る魔物が少ないため、分布図を頭に入れていれば見つかることはほとんどない。二人がキャンプ地に選んだのもそんな場所だった。


 焚火を眺めながら、二人の間に無言の時間が広がる。


 アイネは買ってきたキャンプ用の食材で、簡単なスープを作っていた。


 無言の空間が気まずかったのか、先に口を開いたのは彼女だった。


「あの…ロブリー達の隠れ家は、どうやって見つける気なんですか?」


「捉えたあの男が、荒地地帯の中でもサハラ地区にアジトがあることを教えてくれた。見れば簡単にわかることだが、この荒地地帯に何かを隠すための場所なんてない。隠れ家なんて大きなものなら特に隠すのは難しいだろう」


 ギルロックは焚火を眺めながら、淡々と答えた。


「た、確かにそうですね」


 アイネは周囲を見渡している。


「おそらく隠れ家は地表にはなく、地中にある。穴を掘って作ったんだろう。サハラ地区の砂は非常に柔らかく、普通そんなことをするのは困難だが、魔法を前提に考えればそれはさほど難しくない」


「な、なるほど…魔法を使えば…」


「そしてサハラ地区にはサンドワームという非常に危険な魔物が生息している。その魔物のせいで他の魔物や冒険者は、ほとんどあそこには近づかない。隠れるなら絶好の場所だろうな」


「でもそんな危険な魔物がいるなら、なおさら隠れ家なんてないんじゃ?」


「それが盲点を生み出している。近年の調査結果でサンドワームの移動にはある法則があることが分かった。発見した調査員はそれを「周回軌道」と名付け、その規則を分析した。あいつらは普通の生物とは違い、その地帯ではなく特定のルートのみを自分たちの縄張りとしている。そのせいでそこから出ることはない」


 アイネが完成したスープを、簡易的な木の器に盛りつけ始める。味気のなさそうな透明なスープであるそれは、周囲に素晴らしい香りを漂わせた。


 ギルはアイネからそのスープを受け取った。すると話を続行する。


「一見サンドワームの存在はロブリー達に有利に働くように思える。だが実際はそうはならない。逆に考えればサンドワームの周回軌道が分かれば、おのずとロブリー達の隠れ家がある場所を絞れるということだ。夜に来たのは、朝からサンドワームの周回軌道を確認するためだ。時間がないからな」


 彼は彼女の作ったスープを一口飲み込んだ。優しい味わいだが、素材本来のうまみが出ており、美味しいスープだった。

 

 アイネはその光景を、ただ無表情で眺めていた。


「…そう…ですか」


 彼女が無機質にそう答えると、次に先に口を開いたのはギルロックだった。


「なぜなんだ?」


「なぜ…?」


 アイネは首を傾げる。


「どうして奴らに力を貸す」


 ギルロックのその一言に、アイネはハッと目を見開いた。


「気づいて…いたんですか?」


「…確信を得たのは、アルバスさんから資料を見してもらってからだがな」


「なら…どうしてスープを飲んだんですか?」


 アイネは相変わらず無機質な表情で、ギルロックの方を見返している。


 普段から警戒心を高めているギルロックなら、そのスープにあるものが混入していたことはすぐに気づていたはずだ。しかし彼は彼女の作ったスープを飲んだ。


「聞こえていたからだ」


「…?」


「私には守る価値なんてない、そう言っていただろ?」


「なら…」


「違う、だからだ。俺はその言葉を聞いていなければ、こんな行動はとっていない。後悔していなければ、あんな言葉は出ない」


 アイネの表情は徐々に崩れ始め、目元から涙が流れ始める。殺した感情が、一斉に目覚め始めていた。


「君はまだやり直せる」


 ギルロックはそんな潤む瞳を、ただまっすぐに見つめた。


「でも…もう遅いです。私は…私には…何もないから…」


「君のこれまでの人生がどんなに辛いものだったのか、俺は知らない…!?」


 その時、彼の体に変化が起き始めていた。ひどい幻覚症状が現れ始め、何を飲まされたのか一瞬にして悟る。


 毒物に耐性を持つ彼でも、特定の弱点はある。「コカピル」、厳密には毒物ではないが、人体に有害であることには変わりない。「禁忌資源」とされるそれの耐性など、もちろん彼は持っていない。


 おそらく麻薬として娯楽の為に使用する際の数十倍の量が盛られていた。


 それでも彼は言葉を紡ぐことを止めなかった。


「何もないなら…作ればいい。君は…まだ始まったばかりだ」


 ギルロックはそれだけ言うと、その場に倒れ込んだ。強い幻覚作用と共に、意識がどんどん混濁していき、全身に力が入らなくなっていった。


 意識はあるが、もはや戦うことなど不可能な状態になってしまっていた。


 そんな状態に彼が陥ると、二人の男が夜の闇から姿を現した。


「…よくやった。無事、作戦は成功だな」


「そうですね、アジトまで連れて行きましょう」


「ま、待ってください!」


 二人がギルロックを連れて行こうとすると、アイネがそれを遮った。


「彼の…命だけは助けるって…」


「あぁ?お前が何か要求できる立場な分けねぇだろう!」


 男は彼女の頬を手の甲で叩いた。彼女はその場で、尻餅をついた。


「チッ…標的に情なんかわかせやがって、これだから女は」


 男は地面にへたりこむ彼女を見ると、そうつぶやいた。


「まぁまぁ、彼女もこれからは大事な商品の一人になりますから。後は娼館の奴らに任せておきましょうよ。顔に消えない傷なんかできれば、商品にならなくなってしまいますよ?」


「ふんッ…まぁいい。アジトに行くぞ」


 男が歩き出そうとすると、アイネが男の右足にへばりついた。


「お願い…します…彼の…命だけは…」


 ボロボロと涙を流し、そうつぶやいている。


「このクソ女!涙でズボンが汚れるだろうが!」


 男は怒りをあらわに、アイネの後頭部を踏みつけた。そしてその瞬間、彼女は動かなくなった。


「あ~あ。アブドさんキレやすいんだから…やっちゃいましたね」


 その光景を見たエアロバは、そうつぶやいた。

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