第二十二話
ー調査四日目ー
「そうか…クソッ…まさかそんなことになっているとは」
アルバスはギルロックから調査経過報告を聞いて、彼には珍しくただ嘆いていた。
ギルはルビールまですぐに戻り、夜遅くだったので一夜明けてから、アルバスへと訪問した。
おそらくギルド内部に内通者がいること、そしてSランク以上の魔物の卵が盗まれてしまったこと、その魔物が人間を襲い、卵を取り戻すためにやがてこの国に来る可能性があることを。
アルバスが思わず悪態を漏らしたのは、自分の管理するギルド内に裏切り者がいるという事実のせいだ。
「それで…「足」とやら。お前には必要な情報を吐いてもらう。もちろんわかっているとは思うが、拒否権はない」
「足」は項垂れた様子だ。恐らくはもうすでに色々と諦めているのだろう。
「俺は他のギルド長とは違い、かなり寛大な方だ。お前さえやる気があるのなら、全てを話すことを条件にこのギルドで雇ってやってもいい」
彼ら伝達係は、恵まれない者が多い。身分を持たない孤児が成長し、ろくな仕事にも就くことができず、最終的に落ちぶれてしまった者がほとんどだ。
結果的に身分を持たない使い捨ての人間が誕生してしまう。
そうした人間でも冒険者になることはできるが、ほとんどがその道を選ばない。いや、選べないのだ。どうあがいても生き抜くことのできない幼少期を、闇社会ですごすことになり、最初から選べる道などないことがほとんどだからだ。
「本当か…?」
「足」は少しだけ顔を上げ、アルバスの方を見た。
「約束しよう。俺は約束を破らない。まぁそれも、罪を償ってからだが」
「足」はその場でうつむくと、目元をこすり始めた。それが涙をぬぐう動作だとアルバスとギルロックは気付いていたが、あえて口に出すほど野暮ではない。
彼が泣き止むまでの間に、アルバスは一度話を変えた。
「ギル、方針を決めたい。この後はどうする?おそらく俺とお前が対応すれば、ドラゴソードテイルなら何とかなる。討伐…という選択肢もありだ」
「それは俺も考えました。ですがドラゴソードテイルはあの森林地帯の頂点に君臨する魔物です。このまま討伐してしまえば、森林地帯の環境はさらに悪化します」
「…そうか…しかし手段を選んでいる時間はあるのか?俺とお前がそろっていなければ、ドラゴソードテイルの討伐は厳しいぞ?」
「俺も成長しています。いざとなればドラゴソードテイルは俺一人でも討伐可能です。一番の問題はドラゴソードテイルの卵を盗んだロブリー達を、捕まえられなくなる可能性があることです」
Sランク以上の魔物の卵は危険なので、おそらくロブリー達はまだどこかに隠し、取引を行ってはいないはずだった。今アルバスが言ったように、討伐されてから安全に取引に向かう可能性が高い。そして取引が終われば、彼らはまた姿を消すだろう。
「しかしだな…旧知の仲の俺としては、お前に無理は…」
「問題ないです。年老いたあなたに足を引っ張られる方が困ります。俺の実力は序列で証明しているはずです」
「…むぅ、年寄りの言うことは聞いておいた方がいいぞ?」
「優しさは受け取っていますよ、十分に。でもそろそろ自分が心配される立場であることも自覚するべきでは?」
「ぐ、ぐぅ…老人に容赦ないなお前」
「それも俺とあなただからですよ。とりあえず方針としては、卵の奪還ということにして欲しいです。今後のヘキサスの冒険者たちの為にも」
「…わかった。年よりは潔く引き下がるとしよう」
アルバスはギルロックの提案を承諾した。
「それで、卵の場所が分かるか?」
ギルが次に視線を投げたのは「足」の方だった。
「いや…俺は知らない」
「そうか」
「信じるのか?」
意外にもすんなりと納得したギルに、逆に驚いて「足」は彼を見返した。
「嘘なのか?」
するとギルロックが逆にそんな質問を返した。
「いや…嘘じゃないが…」
「さっきまでの涙は嘘に見えなかった。お前はやり直せるよ」
淡々とギルロックはそんなことを口にした。すると隣にいたアルバスが思わず吹き出し、そのまま口を開いた。
「ブハッ…お前相変わらずのお人好しだな。まぁそういうところを気にいっているわけだがな、ガハハ!」
なぜかアルバスは嬉しそうにギルを見ている。そんな彼の思考回路を全く理解できない彼は、一度アルバスの方を不思議そうに見ると、そのまま話を進めた。
「隠れ家の場所については?」
「あぁ、それなら少しだけわかる。奴らは偽装を避けるため、重要な情報は全て魔法を避け、あえて手紙で取引していた。俺はその中継みたいなもので、人から人へと手紙を渡していたんだが、受け取り役は必ず荒地地帯にいた。サハラ付近まで向かい、そこで人に渡していた。誰かは分からない」
「サハラ…地区か」
アルバスが面倒臭そうに頭をかいている。それもそのはずだ。サハラ地帯は荒地地帯の中でもっとも危険だと言われている場所であり、元々あった荒地地帯の硬い地面を、他の場所から来たサンドワームという魔物が耕し、砂漠のようなサラサラの砂に作り変えた場所だ。
歩きにくいのはもちろんのこと、その砂漠はサンドワームのテリトリーでもある。踏み入れば彼らに狙われてしまう。
サンドワーム自体もAランクの魔物であり、強力な魔物だ。言ってしまえば体長十五メートルを超えるミミズで、口には螺旋状の歯が付いている。
「…ならチャンスはあるな」
アルバスが悩ましい顔をしていると、不意にギルロックがそうつぶやいた。
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