第二十一話
「む…?」
「あ、目が覚めましたか?」
木にもたれかかり、一度眠りについたはずのギルロックの後頭部には、なぜか温盛と柔らかさがあった。
それに圧倒的に身長で優る自分を、アイネが見下ろしているのも不自然だった。
数秒後、脳が完全に目覚めると、自分が膝枕をされているのだと気付いた。
すぐにアイネの腿から起き上がる。
「悪い…足、辛かっただろう?」
「いいえ、全然!私にはこれくらいしかできないですから!」
「そんなことはないと思うが…まぁ…その…ありがとう」
「は…はい」
なんとなく気まずい空気が二人の間を流れる。
ギルはゆっくりと頭を振るうと、まだ戦闘のダメージが抜けていなかったようで、少しばかりの頭痛が走った。
「そういえば、あの男は?」
「あ、えっと…見てたんですけど彼はまだ眠っているみたいです」
ギルロックはこちらに背を向け横になっている男の方を見る。
(呼吸のリズムが余りにも規則的すぎる…眠ったふりか)
「いつから起きていた?」
そして彼は男にそう声をかけた。
「え?」
アイネは予想外の言葉に目を見開いている。
「…そこの嬢ちゃんは騙せても、流石に調査員は騙せないか」
手を後ろに、足を一つに固定されているが、それでも器用に上体を起こした。それから器用に体を回転させ、二人の方へと向き直る。
「森で会って以来だな」
まるで整えられていない無精髭に、短髪で、体毛は全て赤色をしている。目は人より開かない方で、鼻は長い。独特な顔立ちをした男だった。茶色い革鎧を胴体部分にだけ身に着け、中にはロングTシャツを着ているだけだ。下は薄い緑色のズボンをはいている。そういう色なのではなく、緑色のズボンが劣化した結果だろう。
右上腕には包帯をしていた。
「名前はあるのか?」
非常に独特な質問だった。名前などあるのが普通だろうと、アイネがギルの方を思わず見返している。
「…ご名答、名前はない」
アイネが次に目を見開いて見ることになったのは、この謎の男の方だった。どうも何らかの確信があってギルロックは彼に名前の有無を聞いたらしい。
「そうか。あいつらからはなんて呼ばれているんだ?」
「足…だな」
「足?そのまんまだな」
「ま、ぶっちゃけ俺たちみたいのは奴らの都合のいいように使われて、最後はどこぞのゴミ置き場で死んでいるのがいいところだ。仕方ないだろ」
「足」と呼ばれる男も、ギルが自分が何者かを正確に理解していると考えているのか、二人の話は全て何かを前提に進んでいる。
「ちょっと待ってください…えっと…?」
アイネのその表情を見て、説明が必要であることを彼は悟った。
「この男はロブリー達が外部と内部で連絡を取るために利用している…いわゆる伝達役だ。ロブリー内でこの手の役割を持つ者は大体が身分を持たないものが多い。名前だとか、素性だとか…な。空白が多いほど、変えがきく」
彼はロブリー内の伝達役の性質上、男に名前がないことを言い当てていたようだ。
なぜ伝達役と確信したのかは、おそらくダンベルと「足」の会話によって推測したのだろう。
「外部と内部…?」
「そうだ。どこの国にも入国できないロブリー達は、通常なら国内と国外でつながるのが普通だが…。恐らく今回は、ギルド内部と国外だろうな」
「え!?」
「俺がした”禁忌資源”についての説明を覚えているか?」
「は、はい。麻薬成分を含むものとか…あとは強力な毒物とか…ですよね?」
「身になっているようでよかった。ただそれ以外にも実はあってな。かなり実現困難だから説明を省いたんだが…ま、言ってしまえばSランク以上の魔物の卵・または幼体だ。卵や幼体を奪われた親は当然怒り狂って暴れる。それがSランク以上の魔物ならば、もはや災害と一緒だ」
アイネは何とか頭を回転させ、ギルロックの思考へと追いつこうとする。
「もしかしてですけと…今回の魔物の強さの変動って、さっきの大きな魔物が暴れているのが原因で…さらにその原因はロブリーが禁忌資源とされるSランク以上の魔物卵…つまるところドラゴソードテイルの卵を奪ったから…?」
彼女は自分が話している最中にも思考が絡まり、それでも何とか言葉を紡いだ。
「正解。だんだん優秀になってきたな。根拠は単純で、ドラゴソードテイルはこのあたりに生息する魔物ではない。本来はもっと森の奥に生息する魔物だ。恐らくは人間が卵を奪っていくところを目撃したから人間だけを狙い、そしてより人間の住居が近いこの場所まで来たんだろう」
ギルロックは「足」の方を見た。無論、体の部位ではなく、人間である「足」を。
「足」はギルロックの視線を受け、静かに頷いた。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!それじゃあんな危険な魔物が、ヘキサスに迫ってきているっていうことですか!?」
「そういうことになる。卵の奪還が目的で、それを果たせていないからな」
(異常が起き始めた時期、俺がヘキサスに来るまでの日数、それにヘキサスに来てからの日数、それらを考慮すればもう時間はほとんどない)
無駄におびえさせる必要はないので、ギルロックは考えていることを口には出さなかった。
「えぇ!?」
「「足」、進んでやっていたのか、そうではないのかは分からないが、お前にはギルドに来て色々吐いてもらうことになる…それに、気になることもあるしな」
疲労があるにも関わらず、ギルロックはすぐに立ち上がった。
「…アイネ、彼を埋葬したらすぐにギルドに戻るぞ」
「え?」
アイネはギルの視線を辿り、それがダンベルの亡骸だと知った。
「その人も…埋葬するんですか?」
アイネは暗に彼が悪人だと言いたいのだろう。
「死んでしまえば同じだ。仮に悪人でも、善人でも、そこに残るのは骸だけだ。」
少しだけ悲しそうにそういうと、彼はステッキの形態をスコップへと変えた。
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