第二十話(元第二十五話)


 右から迫りくるドラゴソードテイルの尾は、そのままギルロックへと直撃した。


 ギルロックはそのまま凄まじい勢いで宙をを舞う。


 アイネは彼の体が一刀両断される未来を想像していたので、彼が吹き飛んだという想定外の結果に目を見開く。


 なんてことはない。ドラゴソードテイルが尻尾を走らせた瞬間、ギルロックは自身の右半身に防御魔法を展開。ドラゴソードテイルの尻尾は彼の魔法に直撃し、だるま落としの原理でそのまま彼は横に吹き飛んだのだ。


 手による圧力と、尻尾による斬撃の脅威から同時に生還すると、ギルはそのまま宙に着地する。


 そして彼は存在しない壁がそこにあるかのように、重力に逆らって体を横向きにしながら宙にとどまり、腿をたわませ、反発するようにドラゴソードテイルへと体を一直線に伸ばし、跳んだ。


 するとそれに瞬時に反応したドラゴソードテイルが、再び尾を薙ぐ。


 高速で移動するギルロックに正確に合わせるように、尾が彼の元へと急接近する。


 彼はドラゴソードテイルの目前まで迫るも、横から迫る尾に追いつかれた。


 ギルロックは一瞬して黒刀を尾の方へと立て、あえて衝撃を受けながら、その勢いをそのまま真横に受け流す。


 結果、彼の体は高速で横回転した。


 そのまま宙で器用に衝撃を味方につけ、勢いを殺さないまま堅い鱗に覆われたドラゴソードテイルの顔面を、回転しながら切り裂いた。


 ドラゴソードテイルは咄嗟に顎を持ち上げるも、顎下にある数枚の鱗を彼の黒刀によってはがされ、皮膚に刃が到達し出血する。


 致命傷には程遠いその斬撃は、ドラゴソードテイルを警戒させるには十分だった。


 しかし、ドラゴソードテイルはそれで逃げ出すほどの強さではない。


 顎を持ち上げたまま再び尻尾を、今度は地面へと走らせると、そのまま地面へと尾を突き刺した。

 

 厄介なことをする前に追撃をしようとするギルロックの真下から、砂塵が一瞬にして巻き上がった。


 目の前に砂煙の壁が出来上がり、視界を失ったギルがそのまま宙で停止、全ての気配に五感を集中させ、感覚を頼りにドラゴソードテイルの位置を感じ取ろうとする。


 ドラゴソードテイルがとった手段は生物上もっとも単純な動きであり、彼があえて想定していなかった動きだった。


 実行したのはただの突進、強大な額が気付いた瞬間にはギルの目前へと迫る。真正面に防御魔法を展開すると、衝撃を殺し切れずに彼はそのまま吹き飛んだ。


 受け流すことすら叶わなかった衝撃がギルロックの全身へと走り、そのまま彼は吹き飛ぶと、衝突した頑強な木がへし折れた。


 そしてその木が地面へと到達すると、ズシンッという大きな音を鳴らし、再び周囲に砂煙を巻き上げる。


 そのまま間髪入れずにドラゴソードテイルが向かったのは、先ほどアイネたちが隠れた茂みの方だった。


 隠れているはずのアイネと、その方向を見つめるドラゴソードテイルの目線がかみ合う。一切減速していないはずのその動きが、アイネにはやけにゆっくりに見えた。


 死を間近にした人間の感覚ほど研ぎ澄まされるものはない。


 ただ、それに抵抗する手段など一切持たない彼女は、その光景をただの情景として眺めることしかできなかった。


 ふとこれまでの人生が一瞬で彼女の脳内にフラッシュバックする。


 いわゆる走馬燈、それが彼女の脳内に乱立していた。


 彼女の頬に一筋の涙が流れ始める。


 しかしそれは間近に迫る死のせいではない。彼女のこれまでの全ての人生が、彼女の頬に涙を津たらせたのだ。


 ただ茫然と涙を流しながら目前を眺める彼女へと、ドラゴソードテイルが尾を振り回しながら迫る。


 真上から一直線。彼女も、後ろに倒れる謎の男も、そのどちらもが一撃で死ぬ攻撃が、容赦なく真上から振り下ろされた。


 瞬間、それは起きた。


 真横から黒い閃光が一瞬してアイネの目前へと到達、その斬撃を真正面から受けと止めた。

 

 衝撃が彼の体を貫き、周囲に小さな地割れを、まるでクモの巣のように伸ばした。


 アイネはギルロックの方を見上げる。先ほどの衝撃のせいか、額から血を津たらせており、この戦いが過酷であることをアイネに伝える。


 彼女はその瞬間理解した。これが彼の普段の戦いではないことを。


 自分を守っているからこそ、こうして攻撃を受け続けているのだと。


 そんな彼女の感情を知ってか、彼は息を整え、至極冷静であることを装いながら、丁寧につぶやいた。


「問題ない。君は必ず守る」


 ギルは全身に巡る魔力を右腕へと集中させ、そのまま受け止めているドラゴソードテイルの尾をはじき返した。


 圧倒的であるはずの力の差を、魔力によって一瞬だけ埋めたのだ。


「ふぅ~」


 息をゆっくりと吐きながら、地面に転がる小石を一つ、黒刀によって一瞬ではじいた。それはまるで弾丸であるかのように、凄まじい速度でドラゴソードテイルの眼球へと到達した。


「ギャインッ!?」


 ドラゴソードテイルは眼球に走る苦痛に、思わず後ずさりした。


 その一瞬の隙を見逃さず、魔走術によってギルロックは瞬時にドラゴソードテイルへ到達、横回転を幾度も繰り返しながら足の間を潜り抜けた。


 ドラゴソードテイルの足の鱗をはがしながら、皮膚を傷つけ幾筋もの傷を与えた。


 ドラゴソードテイルはその痛みにうめきつつも、尾を振り回しつつギルロックか距離を取った。


 ギルとドラゴソードテイルの間に数メートルの距離が出来上がり、しばらくお互いに視線をそらさずに睨み合った。


 そして数秒後、ドラゴソードテイルは撤退を選択した。


 そのままギルロックに背を向けると、その場から退散していってしまった。


「…追い払ったか」


 魔物の背を見送った彼は、疲れた様子でそうつぶやいた。


「あの、大…丈夫ですか?」


 見るからに大丈夫ではない彼へと、アイネはすぐに駆け寄った。


「少しだけ休めば…問題ない。」


 彼はそういいながらも倒れる謎の男へと近づき、自分のブーツから靴ひもを外すとそれで男を拘束し始めた。ひもは特別製で、よほど力が強くなければ切れない。頑丈な紐は、調査や野宿には必需品だ。


「この男が目覚めるまで…少しだけ休む」


 そういうとギルロックは木にもたれかかり、そのまま目を閉じた。少し経つとスースーという彼の寝息が聞こえ始める。


 アイネはそんな彼を見ながら、小さくつぶやいた。


「私には…守る価値なんてないのに…」


 アイネの頬に再び涙がつたる。


 彼女のその小さな呟きを聞いたのは、静寂を取り戻した森の木々だけだった。

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